6.10_ULT(ウルト)
「‥‥まったく、見るに堪えないわね。」
セツナの繰り出した右手を、新月の女神が受け止めた。
静かで騒がしい夜に、レイが姿を顕した。
レイは、涼しく退屈そうな顔で、セツナの右手首を掴み、彼を下から見下ろしている。
「この私に啖呵を切っておきながら、随分と、無様な戦い方ね。」
セツナがレイに殴り掛かる。
レイの手を振り払い、赤い瞳をギラつかせて、顔面を狙う。
彼の意思では無い。
身体と、暴走する闘争心がそうさせる。
レイは、顔に目掛けて振るわれた拳を、彼の手首を掴んでいた手で捌く。
再び手首を掴み、相手の力を使いつつ重心を奪う。
相手の重心と軸を、自分の軸に傾けさせて主導権を握る。
転身。身を翻す。
その動きと力にして、セツナの脚は勝手に地面を離れ、宙で一回転して背中から叩きつけられる。
合気道における、呼吸投げに似た技。
もっとも、彼女に合気道の覚えはない。
ただ、捌いたらそうなった。
それだけだ。
セツナの頭が低くなり、レイとしては眺めが良くなった。
そこに、暗い月が襲い掛かる。
顔に張り付けた暗い笑みからは、セツナには向けていなかった、明確な殺意が隠せずに漏れている。
「‥‥‥‥はぁ~。」
それを心底退屈そうに、面倒くさそうに見つめるレイ。
レイは、セツナの右手首を取ったまま、暗い月の相手をしてやる。
猪突の闘牛をいなし、腹に裏拳を一発。
続けて鼻っ柱に裏拳を一発。
裏拳の衝撃が、体内で爆ぜる。
吹っ飛ばすでもなく、怯ませるでもなく、壊すための打ち方。
ついでに、暗い月の首に引っ付いている、セツナの左腕を回収。
自分の頭よりも高い位置にある左腕を引っ張る。
すると、暗い月の頭まで一緒について来てしまった。
レイは膝を上げて、置く。
彼女の膝が、暗い月の鳩尾に突き刺さった。
この期に及んで首から離れない左腕の、手首を極める。
手の甲の付け根。
小指と薬指の甲骨の付け根。
そこに指を食い込ませて、手首を返して、引き剥がす。
お次は、いつまでも自分の膝に乗っている、うっとうしい暗い月を追い払う。
身体の力を抜いて、抜重。
重心を下げ、鋭く上げる。
発勁。
身体の重心移動により、零距離で鋭い一撃を与える。
暗い月の身体が僅かに浮いて、レイから離れ、地に足を付ける。
地に足を付けた暗い月に、先ほど彼女からひったくった、セツナの左腕を見舞う。
セツナの身体から離別している左腕を横に振るい、暗い月の頭を横から殴る。
気まぐれで、追撃もしておく。
左腕を振るった遠心力を使い、今度は腕の持ち主である、セツナ本体を振るう。
地面に背をつけていたセツナの身体が浮き上がり、身体が暗い月と衝突。
暗い月は吹っ飛び、道路を転がりながら、丸焦げになった車に衝突。
ドアがひしゃげて割れて、暗い月は車の中に収容される。
レイは、セツナを振り回し一回転。
‥‥肩から、イヤな音が聞こえた。
彼女は、暗い月を圧倒した勢いそのままに、続けてセツナまでぶん殴る。
セツナを放り投げる。
抵抗できず、暗い月を磔にしていた壁に、自分も磔にされる。
天地が逆さまの体勢で。
天地逆さのセツナに、レイは鉄山靠。
磔のセツナに、背中を使った当て身。
重心の乗った当て身に、臓器が揺れる。
止まった心臓が揺らされて収縮して、拍動を取り戻す。
小柄で儚い外見とは、まるで裏腹。
パワフルな一撃に、壁は割れ、セツナは吹き飛ぶ。
肺の中で停滞していた空気が換気され、咳き込む。
セツナは、ビルのエントランスへ。
床を転がっていると、背中をレイに蹴り上げられる。
ビルを壁から出て行って、向かい側へ。
顔を上げると、やっぱりレイがそこに居る。
新月を見上げる。片目だけ赤い瞳で。
「‥‥あら? まだ治っていないようね。」
そう言って、もう一発。
サッカーボールでも蹴るように蹴り上げられて、弧を描き宙を舞い、今度は別のビルの5階へお邪魔する。
要領を得ることなく、レイに好き勝手にされるセツナ。
這いつくばる彼を、小さな身体で最大限見下ろす新月。
レイの視線が、自分が手に持っている、セツナの左腕へと向く。
「‥‥ああ。ごめんなさい。忘れてたわ。」
左腕を、持ち主に返してあげる。
腕は、問題なくくっ付き、問題なく動く。
瞳から、赤みが失せていく。
「‥‥さて。」
治してあげたところで、レイはセツナの頭を、思いっきり踏みつける。
どれくらい思いっきりかというと、床が抜けるくらい。
床を何枚も、瓦割り気分でぶち抜いて、1階にクレーターができる。
レイは、セツナの頭から足を上げない。
月灯りで照らされていない、薄暗い屋内で、レイの銀瞳だけが光っている。
「‥‥言わなかったかしら?
三番目に不覚を取る程度の人間が、どれほどやれるかは分からないと。
その程度で、神殺しに届くとでも?」
レイの踏みつける足に、力がこもる。
「‥‥あなた、いったい何を手こずっているの?」
「‥‥‥‥。」
セツナは何も答えない。
その瞳からは、赤い光が失せている。
――違和感がある。
戦闘によって鋭くなっている感覚だからこそ、分かる違和感。
違和感を覚えたのも束の間、2人だけの空間に、招かざる客。
暗い屋内に、乾いた足音が響く。
暗い月だ。
口元に歪んだ三日月を浮かべて、おどろおどろ、2人に近づいてくる。
――新月。その気配。
――お前、理外から来ているな? この世界に。
‥‥‥‥なるほど。
セツナは、お前が見出した――。
――――”悪魔” か。
暗い月とレイ。
互いの銀瞳が交わる。
暗い月の、全ての光を吸ってしまいそうなほどに暗い、淀んだ瞳。
レイの、暗闇でこそ光を放つ、澄みつつも諦観を映す瞳。
レイが、セツナの頭から足を上げる。
しっかりとした足取りで、セツナが立ち上がり、外れていた右肩の関節を嵌める。
立ち上がった彼に、新月の女神が語りかける。
「‥‥もう、気付いているでしょう? 暗い月の殺し方に。」
首を縦に振る。
「なら、さっさと、そうしてちょうだい。
‥‥こんな遊戯に手こずって、私を失望させないで。」
セツナの体力が全快する。
侵略者の寄生を押さえ込み、人の身として蘇る。
暗い月が襲い掛かる。
セツナでは無く、レイの方へ。
10メートルはあった距離が、彼女が1歩だけ走ると、すぐそこまでの距離に縮まる。
駆け出したと思ったら、もう目の前に現れる。
レイに向けて、貫手が放たれる。
――お前の、その銀の瞳が気に食わん。
――お前の、その銀の髪が気に食わん。
瞳を潰すどころか、頭を貫く勢いで繰り出された貫手が、止まる。
貫手の衝撃で、屋内に火花が走り、石火によって明るくなる。
火花の明かりに歪んだ三日月が照らされ、冷淡な新月は、明かりの影に隠れる。
‥‥暗い月の貫手を、セツナが籠手で受け止めていた。
屋内が暗くなる。
暗闇に月が舞う。
新月の前に立ちはだかる、セツナに向けて、凶爪が襲い掛かる。
両の凶腕から繰り出される攻撃を、両手で払い続ける。
セツナの腕に、胸に、顔に、傷がついていく。
腹を貫こうとした左爪を、右手で叩き落とす。
叩き落とし、掴み、引き寄せる。
セツナの方から、密着距離を作る。
暗い月が、狂った笑みを浮かべる。
彼の脇腹を、右の爪で滅多刺しにしていく。
先ほどまでは感じさせなかった殺意を込めて、腹の肉を削いでいく。
3度4度と突き刺して、力が抜けたセツナに頭突きをかまし、そのまま腹を蹴り飛ばした。
物凄い勢いで飛んで、物凄い勢いで壁を割り、道路を情けなく転がる。
「‥‥‥‥。」
異変を感じたのは、暗い月の方。
暗い屋内で、自分の首元へ視線を落とす。
‥‥首にに飾ってあった、ネックレスと宝石が無くなっている。
視線を上げる。
視界の横で、新月が月と消えて居なくなる。
銀月に照らされる外で、情けなく転がっている男が、宝石を高々と掲げる。
レイのおかげで、一呼吸を置けたからこそ気付けたこと。
それが、逆転の一手。
神を殺す手段。
――このネックレスからは、龍の気配を感じる。
最初は、暗い月の神気に気圧されて分からなかった。
だが、手に取った今なら、ハッキリと感じられる。
月に照らされて、この宝石は手の中で、脈を打っている。
ネックレスが、形を変える。
月に輝き、セツナの右手の中で、真の姿を顕す。
これは、赤い夜の世界の遺物。
別世界の遺物であり、この世界の異物。
この世界では、今はもう棄てられた、厄災の遺産。
――ドラゴンウェポン。
宝石は、ナイフの形となった。
かつて、「簡単な仕事」で、ボルトマンが使っていたナイフに酷似している、厄災の遺産。
セツナは起き上がる。
起き上がり、龍の牙を逆手に握り、左の手の甲に思いっきり突き立てた。
‥‥‥‥。
‥‥。
牙は易々と、甲を貫き、手の平へ突き抜けた。
それに対して、痛みは感じなかった。
切れ味が良すぎて、神経が切られたことを自覚していないのか?
牙が通り過ぎたという感覚すら、感じない。
が、痛みは無くとも、身体に変化は起き始めた。
龍の力が、身体に流れ込んでくる。
――これは、膨大な、魔力の力。
焼けつくような、温かいような、温もり。
激しい灼熱のような、止めどない濁流のような、衝動。
太陽のような、月のような、この世界この宇宙を凝縮した、神の恵み、神の慈悲。
銀の夜に、太陽が昇った。
赤く燃え、白く輝く太陽。
ステート:龍の血
効果 :AGが全快し、減少しなくなる。
太陽が、暗い月の居る暗がりを照らす。
歪んだ三日月が、火に寄る羽虫のように、月明かりと太陽の元へと駆け出す。
三日月を炙り出し、炎の勢いが落ち着く。
ガントレットに、無限の闘志と、コアレンズを封じ込める。
ソードコア × ライトニングアクセル = 天魔の蹄
ソードコア × ライトニングアクセル = 天魔の蹄
セツナと暗い月の脚に、銀色の足甲が装備される。
この足甲は、天魔の蹄。
攻撃性能の向上には乏しいが、大幅な機動力の向上を図る。
それこそ、足に翼が生えたように、自由で素早く、どこまでも駆けられるほどに。
風を置き去りにして、両者の蹴撃の応酬が交わされる。
天魔を宿した2人には、もはや地上や空などという区切りは要を成さない。
道路を吹き抜ける疾風となり、駆け、飛び、戦う。
セツナが文字通り宙を駆け、暗い月に蹄で蹴りかかる。
地を走る彼女に向けて、空から急降下。
暗い月は地面を滑りながら躱し、進行方向に背を向けて反撃。
摩擦が存在していないかのように地を滑りながら、降って来たセツナに連続蹴りを浴びせる。
ローキックからのハイキック、ハイキックからすかさずローキック。
途絶えぬコンビネーション。
セツナもそれに合わせて蹴りを放ち、同じコンビネーションで攻撃を相殺していく。
攻撃の隙間、暗い月のローキックに合わせて跳躍。
反撃。
得意の、跳躍後ろ蹴り。
暗い月は、ローキックをしようとした足を引っ込め、両膝立ちになり、背中を添ってセツナの攻撃を交わす。
暗い月の上を、セツナが空から通り過ぎていき、着地する。
膝立ちの彼女が振り返りつつ立ち上がる。
今度は、彼女が地面を蹴った。
空から、地上にいるセツナに飛び掛かる。
天魔の蹄を爪として、再び連続蹴り。
今度は両脚で。
セツナの上から、彼を踏みつけるように、連続蹴りを浴びせ続ける。
連続蹴りを、両腕をクロスさせ、受けて凌ぐ。
≪天魔の蹄≫ は、攻撃性能の上昇に乏しい。
派手で苛烈なこの連続蹴りも、生身の肉体で充分に受けることができる。
――蹄を解除。
セツナの足元から、銀の防具が消える。
同時に、ソードコアによるスキル制限が解除される。
右手に、太陽を宿す。
パッシブ「安定的な超新星」「双子の火星」が発動。
そして、勇気を太陽に。
ブレイブゲージを消費、ブレイブキャンセル。
力を溜めを強制中断。
力溜めで生じた、揺らめく火球を、消えて霧散する前に暗い月へ叩きつける。
クロスしていた腕に力を入れる。
暗い月の脚を払いのける。
払いのけられて、脚を踏み外して、受け身を取ろうとしている彼女の腹に、燃える拳を捻じ込んだ。
暗い月の口から、焦げた空気が抜ける。
拳に力を込め、路肩のビルに向けて殴り飛ばす。
暗い月が弧を描き、足の翼で姿勢と勢いを制御し、ビルの壁に着地する。
翼を失ったセツナを、上から猫のように壁に張り付いて見下ろしている。
セツナに飛び掛かる。
両手を伸ばし、爪で切り裂かんとする。
セツナは大地を踏み割る。
足元から岩塊を切り出し、右手のアッパー。
空の猫を、岩で迎え撃つ。
暗い月は。天魔の蹄で機動を変える。
飛来する岩の上に手を付けて、綺麗な前転。
それから、自分の服を破り捨てる。
激しい戦いにより、すでに破れかぶれとなっている服を剥いで脱ぎ、手に取る。
地上から飛来する銀の魔力を躱し、滑りながら着地して、セツナの背に回る。
そして、剥いだ布を、彼の首に巻き付ける。
巻きつけて、絞め上げる。
服を使った首絞め。
暗い月は、セツナの背中に抱きつき、自分の脚をセツナの脚に絡みつかせて、動けないように固定。
そのまま絞め落とそうと、手に力を込める。
動けなくなったセツナは、暗い月に良いようにされる。
≪炎撃掌≫ で布を焼き切ろうとするも、布をよりキツく絞め、皮膚を擦って剥いで、魔法の発動を妨害する。
主導権を握られてしまい、徐々に重心が後ろに傾いていき、月を下敷きに倒れ込んでしまった。
仰向けに転び、力が全く入らない姿勢にされてしまう。
首絞めにより、体力がジリジリと削られていく。
体力の減少は、加速度的に早まっていく。
――無限の闘志を消費。
拳に、地鳴りの魔力を纏う。
拳鎚を振り下ろす。
AGスキル ≪グラウンドスマッシュ≫ 。
拳鎚が大地を揺らし、地鳴りが起きる。
地鳴りは、暗い月の背中を穿ち、衝撃で骨の髄を殴る。
暗い月の肺から、空気が漏れる。
彼女を伝播して、衝撃が伝わり、セツナもダメージを負う。
2回目の地鳴り。
先ほどよりも大きな地鳴りが、暗い月と、セツナも巻き込んで、大地の怒りを浴びせる。
3回目。
路肩の車たちが跳ねた。
暗い月の身体と、セツナの身体が宙に浮く。
互いに、背中に大きなダメージを負う。
首への拘束が弱まる。
セツナが拘束を解く。
布を引き千切り、いち早く着地。
宙で姿勢を整えようとしている暗い月に、魔法を放つ。
スキル ≪飛燕衝≫ 。
左の掌から衝撃波が発生し、暗い月を貫く。
小回りの利く魔法により、機先を制する。
暗い月が宙から、頭を地面に向けて落ちて来る。
着地狩り。
右手による、炎の掌底。
さらに、左手による無属性の衝撃波。
≪炎撃掌≫ ≪飛燕衝≫ と繋ぎ、さらに ≪炎撃掌≫ を叩き込もうと踏み込み手を伸ばす。
セツナの顔を、鞭が叩く。
暗い月の反撃だ。
彼女は、ショートパンツを留めているベルトを外し、武器として使ったのだ。
女性用の細いベルトがしなり、バックルがセツナに命中。
炎の掌底は不発に終わり、攻撃も逸れて、隙が生じてしまう。
その隙に、暗い月がムーンサルトキックを叩き込む。
セツナの脳天に足が落ちて、衝撃が頭から尻まで突き抜ける。
身体が、前にぶっ倒れる。
‥‥その力を使って。
セツナもムーンサルトキック。
ダメージを受けた勢いで加速して、暗い月の背中にキックが突き刺さる。
暗い月が腹から地べたに落ち、セツナが後頭部から地べたに落ちた。
――コアレンズを取り出す。
タクティカルベルトのポーチから。ショートパンツのポケットから。
ストライクコア × ブレイズキック = スーパーブレイズ
ストライクコア × 飛燕衝 = ライジングインパクト
セツナがジャブを打つ。
確実に当てられる状況を作るための、布石となる攻撃。
暗い月は足払い。
ここに来てセツナは、見え見えの足払いに、引っかかる。
後頭部へのダメージのせいで反応が遅れた。
コアスキルを発動させた暗い月の前で、無防備にすっ転んでしまう。
慌てて、テレポート。
暗い月の後ろへと回り込み、体勢を整えつつ距離を取る。
セツナが、立った状態で、彼女に背を向けて現れる。
テレポート狩り。
魔力の流れを読み、暗い月は背後に移動したセツナとの距離を詰める。
走り、腰を落とし、腕を振り上げて跳躍。
瞬間移動を終えたセツナに、 ≪ライジングインパクト≫ を上から打ち下ろす。
セツナが振り向く。
後ろ回し蹴り。
下に落ちる ≪ライジングインパクト≫ を、 跳ばない ≪スーパーブレイズ≫ で迎え撃つ。
拳と蹴りがぶつかる。
インパクトと炎熱が交差し、衝突が斥力を生み、地面をめくり、壁を割り、粉塵が空に舞って消える。
――――!
出力に勝る ≪スーパーブレイズ≫ が、 ≪ライジングインパクト≫ を破る。
暗い月の拳を、燃える回し蹴りで払いのけ、跳ね飛ばす。
キックを振り抜き、暗い月は地面をゴロゴロと転がる。
一方のセツナも、蹴りを放った左脚が、力の衝突に耐えられず軋みを上げ、軸足がもつれて、膝から倒れ込む。
セツナが先に立ち上がり、右手を下に向ける。
暗い月が遅れて立ち上がり、コアレンズを取り出して握りつぶす。
エレメンタルコア × 炎撃掌 = プロミネンスフレア
暗い月のコアスキルに遅れて、ガントレットに太陽を封じたセツナが、コアレンズを装填する。
エレメンタルコア × 双星炎撃掌 = ――――。
セツナの両手に、双子の火星が燃え盛る。
自身の魔力圧力により融解している、黒く濁った双子。
それを、両手を合わせ、融合させる。
双子は混ざり合い、さらなる魔力と圧力が生じる。
そして、魔力は臨界を超える。
双子は、双星から極星へ。
黒く濁った魔力が、臨界を超えて焼き切れて、白く輝く。
‥‥同時に、極星の背後で、空がかすかに明焼ける。
暗い月が、銀色の太陽を放つ。
大きな、とても大きな銀色の太陽。
広い道路に敷かれている、車線の3つを丸々吞み込んで、セツナへと迫る。
銀の太陽に、極星を抱えて突っ込む。
太陽は、それに触れる前からセツナの肌を焼き、ベルトの金具を溶かしていく。
太陽が迫り、太陽に迫り、飲まれる寸前、極星を前に突き出す。
大きな大きな太陽と比較して、あまりにも小さな極星。
拳の中に収まるほどに小さな、白い極星。
――小さな極星が、大きな太陽を打ち破る。
白い極星が、ボロボロになったセツナと共に前へ出る。
「極星――。」
暗い月を、手を伸ばせば届く。
その距離に捉えた。
「――炎撃掌!!」
≪極星炎撃掌≫ を、暗い月の胸に叩きつけた。
質量を持つ魔力が、暗い月に捻じ込まれる。
‥‥硬い。この魔力は硬く、熱い。
極星は、最期まで爆ぜる事は無く、何度か眩く明滅を繰り返し、暗い月を地の彼方まで押し返した。
セツナの姿が辛うじて見える距離まで、暗い月は吹き飛ばされて、地に四肢を投げ出している。
セツナは、焼けた肺に空気を送りながら、4枚目のコアレンズを取り出す。
龍の力に触れ、覚醒した力。
魔導拳士、最強のコアレンズ。
七芒星が刻印されたコアレンズは、Ultスキル発動のためのコアレンズ。
「オーバーコア――。」
コアレンズをガントレットに装填する。
彼方で、暗い月が立ち上がり、胸元から七芒星を取り出す。
取り出し、口に含んで飲み込んだ。
オーバーコア (Ult) × シルバームーン = 銀月の大剣
暗い月の手元に、銀の大剣が握られる。
そして、彼女の元に、1人の幻影が顕れる。
暗い月と同じく、銀髪銀瞳の女性。
暗い月よりも優しい顔立ちをした、女性。
彼女は、暗い月の頭を優しく撫でる。
暗い月の瞳に光が戻り、顔に愛らしい笑みを浮かべる。
銀の大剣の封印が解かれる。
女神の寵愛を受け、大剣が真の力を発揮する。
大剣を構えると、その後を星空の魔力が粒子となって追いかけ、地上に夜空を創り上げる。
セツナは、彼方に見える暗い月と、そこから広がる夜空に右手を向ける。
右手を広げ、その手首を左手で握る。
瞳に、青い色をした、電子的な幾何学模様が浮かび、照準を定める。
彼の背後で、空が青くなり、地平から黄金色の光が覗く。
空の光に気付いたアリサが、声を漏らす。
「――夜が‥‥、明けて‥‥。」
右手に、太陽の力が収束していく。
これは、魔法界に伝わる、古い時代の奥義。
吸血鬼狩りの狩人が、夜の不死を滅するために用いた、太陽の術式。
オーバーコア (Ult) × 炎撃掌 = ――――。
「パイルドライバーッ!!」
セツナの右手から、太陽の光線が放たれた。
光線は、銀色の太陽に迫る大きさを誇り、その軌跡を逆になぞりながら、一直線に暗い月へと向かっていく。
暗い月が太陽に嗤う。
太陽光に向けて、東の太陽に向けて、大剣を振るう。
くるりくるりと勢いをつけて、全身全霊を込めた一閃。
横薙ぎに大剣が振るわれて、横に三日月が伸びていく。
――大きい。太陽さえ、霞んでしまうほどに。
伸びた三日月は、その銀色に輝く刃で、道路を見下すビルを、紙切れのように切り裂いて進む。
被害は、戦闘の舞台となっているメインストリートの隣りまで及び、さらには、そのまた隣りの通りまで及び、ビルは切り口から焼かれて爆発し、たちまちのうちに粉微塵となる。
一筋の太陽に向けて、それを飲み込まんばかりの三日月が迫る。
ビルを粉微塵にしながら、街の崩壊を、世界の終わりを引き連れて、三日月が太陽と衝突する。
三日月と、太陽がぶつかった。
空では、夜と朝がぶつかった。
互いが互いを押し合い、互いの領土を奪い、争う。
神と戦士の戦いの、証人たるアリサが、静かに目を閉じ、祈る。
‥‥‥‥。
徐々に、徐々にだが、太陽が競り負けている。
西の空から、夜が広がっていく。
伸びた三日月が、ビルを破壊し、東へと迫っていく。
「――――ぐっ!!!!」
西から夜が迫る度、セツナの身体は、東へと押し戻される。
身体が月に押され、徐々に、徐々に、後ろへと下がっていく。
無情にも、彼が後退する速度よりも速く、月は伸び、迫って来る。
そして――、いよいよ三日月が目前まで迫る。
なおも、夜の勢いは止まらない。
魔導ガントレットが、煙を噴き始める。
人智を越えた龍の力に、魔装具が耐えかねている。
ボロボロと銀の装甲が剥がれ、地面で無惨な残骸となっていく。
セツナの掌を、三日月が切りつけ始める。
「‥‥‥‥。――――ッ!」
三日月が掌を通過し、切り裂き、切り裂き終えて、手首に迫る。
魔導ガントレットが赤熱し、割れて砕けて、セツナの右目に直撃し、視界を潰す。
――沈みゆく東の空に、一等まばゆく、太陽が輝いた。
「――――――――。
いけぇぇぇぇぇぇッッッッ!!!!」
太陽が吠えた。
空が明けた。
セツナが、三日月を砕いた。
刃に亀裂が入り、彼の手首を越える寸前、押し負けて砕けた。
地上の太陽光が、一気に伸びていく。
更地となった街を奔り、夜を終わらせる。
瞬く間に、太陽は暗い月の元へ。
彼女は、空へと大剣を放り投げる。
大剣は空まで届き、愛する姉の元へ。
両手をいっぱいに広げ、全身で太陽を浴びた。
暗い月の身体が、焼かれていく、燃えていく。
夜の不死を滅する光が、暗い月を妥当せんと注ぎ続ける。
――分からぬ。どうしても分からぬ。
――人は弱いクセに、なぜ、そこまで足掻くのか。
せめて女神の膝元で、永遠の安寧を享受すれば良いものを。
どうせ、絶滅する運命からは、輪廻からは逃れられぬ。
お前たちも、私たちも。
その輪廻からは逃れられぬ。
「あはははははははははは――――。」
両手を広げ、両膝をつき、太陽の中で高嗤う。
――良いだろう。せいぜい、足掻いて見せるといい。
――暗い月が、次に目覚めるまで。
‥‥‥‥。
東から太陽が昇った。
太陽光は止んだ。
暗い月は、明けた空を仰ぎ――。
ぱたりと手を下ろし、顔が下を向いた。
動かなくなり、手と足の指先から身体が崩れ、月と消えていく。
――それにしても、憐れなものだ。
――お前は、どんな悪魔として目覚める?
――理外に‥‥、悪魔の子を、魔法を持ち込もうとするなど‥‥、理解できぬ。
暗い月が完全に消えて居なくなった時、セツナもまた、地に倒れていた。
彼女と同じく、膝をつき、腕は垂れ、顔は下を向き、それから動かない。
(‥‥ヘビィだぜ。)
ひとつ、違うのは――。
彼の心臓は動いており、呼吸をしている。
‥‥‥‥。
‥‥。




