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Magic & Cyberpunk -マジック&サイバーパンク-  作者: タナカ アオヒト
6章_明けない夜

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181/230

6.10_ULT(ウルト)

「‥‥まったく、見るに堪えないわね。」


セツナの繰り出した右手を、新月の女神が受け止めた。

静かで騒がしい夜に、レイが姿を顕した。


レイは、涼しく退屈そうな顔で、セツナの右手首を掴み、彼を下から見下ろしている。


「この私に啖呵を切っておきながら、随分と、無様な戦い方ね。」


セツナがレイに殴り掛かる。

レイの手を振り払い、赤い瞳をギラつかせて、顔面を狙う。


彼の意思では無い。

身体と、暴走する闘争心がそうさせる。


レイは、顔に目掛けて振るわれた拳を、彼の手首を掴んでいた手で捌く。


再び手首を掴み、相手の力を使いつつ重心を奪う。

相手の重心と軸を、自分の軸に傾けさせて主導権を握る。


転身。身を翻す。

その動きと力にして、セツナの脚は勝手に地面を離れ、宙で一回転して背中から叩きつけられる。


合気道における、呼吸投げに似た技。


もっとも、彼女に合気道の覚えはない。

ただ、捌いたらそうなった。

それだけだ。


セツナの()が低くなり、レイとしては眺めが良くなった。


そこに、暗い月が襲い掛かる。

顔に張り付けた暗い笑みからは、セツナには向けていなかった、明確な殺意が隠せずに漏れている。


「‥‥‥‥はぁ~。」


それを心底退屈そうに、面倒くさそうに見つめるレイ。


レイは、セツナの右手首を取ったまま、暗い月の相手をしてやる。


猪突の闘牛をいなし、腹に裏拳を一発。

続けて鼻っ柱に裏拳を一発。


裏拳の衝撃が、体内で爆ぜる。

吹っ飛ばすでもなく、怯ませるでもなく、壊すための打ち方。


ついでに、暗い月の首に引っ付いている、セツナの左腕を回収。

自分の頭よりも高い位置にある左腕を引っ張る。


すると、暗い月の頭まで一緒について来てしまった。


レイは膝を上げて、置く。

彼女の膝が、暗い月の鳩尾に突き刺さった。


この期に及んで首から離れない左腕の、手首を極める。


手の甲の付け根。

小指と薬指の甲骨の付け根。


そこに指を食い込ませて、手首を返して、引き剥がす。


お次は、いつまでも自分の膝に乗っている、うっとうしい暗い月を追い払う。


身体の力を抜いて、抜重。

重心を下げ、鋭く上げる。


発勁(はっけい)

身体の重心移動により、零距離で鋭い一撃を与える。


暗い月の身体が僅かに浮いて、レイから離れ、地に足を付ける。


地に足を付けた暗い月に、先ほど彼女からひったくった、セツナの左腕を見舞う。

セツナの身体から離別している左腕を横に振るい、暗い月の頭を横から殴る。


気まぐれで、追撃もしておく。


左腕を振るった遠心力を使い、今度は腕の持ち主である、セツナ本体を振るう。


地面に背をつけていたセツナの身体が浮き上がり、身体が暗い月と衝突。

暗い月は吹っ飛び、道路を転がりながら、丸焦げになった車に衝突。


ドアがひしゃげて割れて、暗い月は車の中に収容される。


レイは、セツナを振り回し一回転。

‥‥肩から、イヤな音が聞こえた。


彼女は、暗い月を圧倒した勢いそのままに、続けてセツナまでぶん殴る。


セツナを放り投げる。

抵抗できず、暗い月を磔にしていた壁に、自分も磔にされる。

天地が逆さまの体勢で。


天地逆さのセツナに、レイは鉄山靠(てつざんこう)

磔のセツナに、背中を使った当て身。


重心の乗った当て身に、臓器が揺れる。

止まった心臓が揺らされて収縮して、拍動を取り戻す。


小柄で儚い外見とは、まるで裏腹。


パワフルな一撃に、壁は割れ、セツナは吹き飛ぶ。

肺の中で停滞していた空気が換気され、咳き込む。


セツナは、ビルのエントランスへ。


床を転がっていると、背中をレイに蹴り上げられる。

ビルを壁から出て行って、向かい側へ。


顔を上げると、やっぱりレイがそこに居る。

新月を見上げる。片目だけ赤い瞳で。


「‥‥あら? まだ治っていないようね。」


そう言って、もう一発。

サッカーボールでも蹴るように蹴り上げられて、弧を描き宙を舞い、今度は別のビルの5階へお邪魔する。


要領を得ることなく、レイに好き勝手にされるセツナ。

這いつくばる彼を、小さな身体で最大限見下ろす新月。


レイの視線が、自分が手に持っている、セツナの左腕へと向く。


「‥‥ああ。ごめんなさい。忘れてたわ。」


左腕を、持ち主に返してあげる。

腕は、問題なくくっ付き、問題なく動く。


瞳から、赤みが失せていく。


「‥‥さて。」


治してあげたところで、レイはセツナの頭を、思いっきり踏みつける。

どれくらい思いっきりかというと、床が抜けるくらい。


床を何枚も、瓦割り気分でぶち抜いて、1階にクレーターができる。


レイは、セツナの頭から足を上げない。

月灯りで照らされていない、薄暗い屋内で、レイの銀瞳だけが光っている。


「‥‥言わなかったかしら?

 三番目に不覚を取る程度の人間が、どれほどやれるかは分からないと。

 その程度で、神殺しに届くとでも?」


レイの踏みつける足に、力がこもる。


「‥‥あなた、いったい何を手こずっているの?」

「‥‥‥‥。」


セツナは何も答えない。

その瞳からは、赤い光が失せている。


――違和感がある。

戦闘によって鋭くなっている感覚だからこそ、分かる違和感。


違和感を覚えたのも束の間、2人だけの空間に、招かざる客。

暗い屋内に、乾いた足音が響く。


暗い月だ。

口元に歪んだ三日月を浮かべて、おどろおどろ、2人に近づいてくる。


――新月。その気配。

――お前、理外から来ているな? この世界に。




‥‥‥‥なるほど。


セツナ(それ)は、お前が見出した――。


――――”悪魔” か。



暗い月とレイ。

互いの銀瞳が交わる。


暗い月の、全ての光を吸ってしまいそうなほどに暗い、淀んだ瞳。

レイの、暗闇でこそ光を放つ、澄みつつも諦観を映す瞳。


レイが、セツナの頭から足を上げる。


しっかりとした足取りで、セツナが立ち上がり、外れていた右肩の関節を嵌める。

立ち上がった彼に、新月の女神が語りかける。


「‥‥もう、気付いているでしょう? 暗い月の殺し方に。」


首を縦に振る。


「なら、さっさと、そうしてちょうだい。

 ‥‥こんな遊戯に手こずって、私を失望させないで。」


セツナの体力が全快する。

侵略者の寄生を押さえ込み、人の身として蘇る。


暗い月が襲い掛かる。


セツナでは無く、レイの方へ。

10メートルはあった距離が、彼女が1歩だけ走ると、すぐそこまでの距離に縮まる。


駆け出したと思ったら、もう目の前に現れる。


レイに向けて、貫手が放たれる。


――お前の、その銀の瞳が気に食わん。

――お前の、その銀の髪が気に食わん。


瞳を潰すどころか、頭を貫く勢いで繰り出された貫手が、止まる。


貫手の衝撃で、屋内に火花が走り、石火によって明るくなる。

火花の明かりに歪んだ三日月が照らされ、冷淡な新月は、明かりの影に隠れる。


‥‥暗い月の貫手を、セツナが籠手で受け止めていた。


屋内が暗くなる。

暗闇に月が舞う。


新月の前に立ちはだかる、セツナに向けて、凶爪が襲い掛かる。


両の凶腕から繰り出される攻撃を、両手で払い続ける。

セツナの腕に、胸に、顔に、傷がついていく。


腹を貫こうとした左爪を、右手で叩き落とす。

叩き落とし、掴み、引き寄せる。


セツナの方から、密着距離を作る。


暗い月が、狂った笑みを浮かべる。

彼の脇腹を、右の爪で滅多刺しにしていく。


先ほどまでは感じさせなかった殺意を込めて、腹の肉を削いでいく。


3度4度と突き刺して、力が抜けたセツナに頭突きをかまし、そのまま腹を蹴り飛ばした。


物凄い勢いで飛んで、物凄い勢いで壁を割り、道路を情けなく転がる。


「‥‥‥‥。」


異変を感じたのは、暗い月の方。

暗い屋内で、自分の首元へ視線を落とす。


‥‥首にに飾ってあった、ネックレスと宝石が無くなっている。


視線を上げる。

視界の横で、新月が月と消えて居なくなる。


銀月に照らされる外で、情けなく転がっている男が、宝石を高々と掲げる。


レイのおかげで、一呼吸を置けたからこそ気付けたこと。


それが、逆転の一手。

神を殺す手段。


――このネックレスからは、龍の気配を感じる。


最初は、暗い月の神気に気圧されて分からなかった。

だが、手に取った今なら、ハッキリと感じられる。


月に照らされて、この宝石は手の中で、脈を打っている。


ネックレスが、形を変える。

月に輝き、セツナの右手の中で、真の姿を顕す。


これは、赤い夜の世界の遺物。

別世界の遺物であり、この世界の異物。


この世界では、今はもう棄てられた、厄災の遺産。

――ドラゴンウェポン。


宝石は、ナイフの形となった。

かつて、「簡単な仕事」で、ボルトマンが使っていたナイフに酷似している、厄災の遺産。


セツナは起き上がる。

起き上がり、龍の牙を逆手に握り、左の手の甲に思いっきり突き立てた。


‥‥‥‥。

‥‥。


牙は易々と、甲を貫き、手の平へ突き抜けた。

それに対して、痛みは感じなかった。


切れ味が良すぎて、神経が切られたことを自覚していないのか?

牙が通り過ぎたという感覚すら、感じない。


が、痛みは無くとも、身体に変化は起き始めた。


龍の力が、身体に流れ込んでくる。

――これは、膨大な、魔力の力。


焼けつくような、温かいような、温もり。

激しい灼熱のような、止めどない濁流のような、衝動。


太陽のような、月のような、この世界この宇宙を凝縮した、神の恵み、神の慈悲。


銀の夜に、太陽が昇った。

赤く燃え、白く輝く太陽。



ステート:龍の血

効果  :AGが全快し、減少しなくなる。



太陽が、暗い月の居る暗がりを照らす。

歪んだ三日月が、火に寄る羽虫のように、月明かりと太陽の元へと駆け出す。


三日月を炙り出し、炎の勢いが落ち着く。

ガントレットに、無限の闘志と、コアレンズを封じ込める。



ソードコア × ライトニングアクセル = 天魔の蹄


ソードコア × ライトニングアクセル = 天魔の蹄



セツナと暗い月の脚に、銀色の足甲(グリーヴ)が装備される。


この足甲は、天魔の蹄。

攻撃性能の向上には乏しいが、大幅な機動力の向上を図る。


それこそ、足に翼が生えたように、自由で素早く、どこまでも駆けられるほどに。


風を置き去りにして、両者の蹴撃の応酬が交わされる。

天魔を宿した2人には、もはや地上や空などという区切りは要を成さない。


道路を吹き抜ける疾風となり、駆け、飛び、戦う。


セツナが文字通り宙を駆け、暗い月に蹄で蹴りかかる。

地を走る彼女に向けて、空から急降下。


暗い月は地面を滑りながら躱し、進行方向に背を向けて反撃。

摩擦が存在していないかのように地を滑りながら、降って来たセツナに連続蹴りを浴びせる。


ローキックからのハイキック、ハイキックからすかさずローキック。

途絶えぬコンビネーション。


セツナもそれに合わせて蹴りを放ち、同じコンビネーションで攻撃を相殺していく。


攻撃の隙間、暗い月のローキックに合わせて跳躍。


反撃。

得意の、跳躍後ろ蹴り。


暗い月は、ローキックをしようとした足を引っ込め、両膝立ちになり、背中を添ってセツナの攻撃を交わす。


暗い月の上を、セツナが空から通り過ぎていき、着地する。


膝立ちの彼女が振り返りつつ立ち上がる。

今度は、彼女が地面を蹴った。


空から、地上にいるセツナに飛び掛かる。


天魔の蹄を爪として、再び連続蹴り。

今度は両脚で。


セツナの上から、彼を踏みつけるように、連続蹴りを浴びせ続ける。


連続蹴りを、両腕をクロスさせ、受けて凌ぐ。

≪天魔の蹄≫ は、攻撃性能の上昇に乏しい。


派手で苛烈なこの連続蹴りも、生身の肉体で充分に受けることができる。


――蹄を解除。

セツナの足元から、銀の防具が消える。


同時に、ソードコアによるスキル制限が解除される。


右手に、太陽を宿す。

パッシブ「安定的な超新星」「双子の火星」が発動。


そして、勇気を太陽に。

ブレイブゲージを消費、ブレイブキャンセル。


力を溜めを強制中断。

力溜めで生じた、揺らめく火球を、消えて霧散する前に暗い月へ叩きつける。


クロスしていた腕に力を入れる。

暗い月の脚を払いのける。


払いのけられて、脚を踏み外して、受け身を取ろうとしている彼女の腹に、燃える拳を捻じ込んだ。


暗い月の口から、焦げた空気が抜ける。


拳に力を込め、路肩のビルに向けて殴り飛ばす。

暗い月が弧を描き、足の翼で姿勢と勢いを制御し、ビルの壁に着地する。


翼を失ったセツナを、上から猫のように壁に張り付いて見下ろしている。


セツナに飛び掛かる。

両手を伸ばし、爪で切り裂かんとする。


セツナは大地を踏み割る。

足元から岩塊を切り出し、右手のアッパー。


空の猫を、岩で迎え撃つ。


暗い月は。天魔の蹄で機動を変える。

飛来する岩の上に手を付けて、綺麗な前転。


それから、自分の服を破り捨てる。

激しい戦いにより、すでに破れかぶれとなっている服を剥いで脱ぎ、手に取る。


地上から飛来する銀の魔力(シルバームーン)を躱し、滑りながら着地して、セツナの背に回る。


そして、剥いだ布を、彼の首に巻き付ける。

巻きつけて、絞め上げる。


服を使った首絞め。

暗い月は、セツナの背中に抱きつき、自分の脚をセツナの脚に絡みつかせて、動けないように固定。


そのまま絞め落とそうと、手に力を込める。


動けなくなったセツナは、暗い月に良いようにされる。

≪炎撃掌≫ で布を焼き切ろうとするも、布をよりキツく絞め、皮膚を擦って剥いで、魔法の発動を妨害する。


主導権を握られてしまい、徐々に重心が後ろに傾いていき、月を下敷きに倒れ込んでしまった。

仰向けに転び、力が全く入らない姿勢にされてしまう。


首絞めにより、体力がジリジリと削られていく。

体力の減少は、加速度的に早まっていく。


――無限の闘志を消費。

拳に、地鳴りの魔力を纏う。


拳鎚を振り下ろす。

AGスキル ≪グラウンドスマッシュ≫ 。


拳鎚が大地を揺らし、地鳴りが起きる。

地鳴りは、暗い月の背中を穿ち、衝撃で骨の髄を殴る。


暗い月の肺から、空気が漏れる。

彼女を伝播して、衝撃が伝わり、セツナもダメージを負う。


2回目の地鳴り。

先ほどよりも大きな地鳴りが、暗い月と、セツナも巻き込んで、大地の怒りを浴びせる。


3回目。

路肩の車たちが跳ねた。


暗い月の身体と、セツナの身体が宙に浮く。

互いに、背中に大きなダメージを負う。


首への拘束が弱まる。


セツナが拘束を解く。

布を引き千切り、いち早く着地。


宙で姿勢を整えようとしている暗い月に、魔法を放つ。


スキル ≪飛燕衝≫ 。

左の掌から衝撃波が発生し、暗い月を貫く。

小回りの利く魔法により、機先を制する。


暗い月が宙から、頭を地面に向けて落ちて来る。


着地狩り。

右手による、炎の掌底。

さらに、左手による無属性の衝撃波。


≪炎撃掌≫ ≪飛燕衝≫ と繋ぎ、さらに ≪炎撃掌≫ を叩き込もうと踏み込み手を伸ばす。


セツナの顔を、鞭が叩く。

暗い月の反撃だ。


彼女は、ショートパンツを留めているベルトを外し、武器として使ったのだ。


女性用の細いベルトがしなり、バックルがセツナに命中。


炎の掌底は不発に終わり、攻撃も逸れて、隙が生じてしまう。

その隙に、暗い月がムーンサルトキックを叩き込む。


セツナの脳天に足が落ちて、衝撃が頭から尻まで突き抜ける。


身体が、前にぶっ倒れる。

‥‥その力を使って。


セツナもムーンサルトキック。

ダメージを受けた勢いで加速して、暗い月の背中にキックが突き刺さる。


暗い月が腹から地べたに落ち、セツナが後頭部から地べたに落ちた。


――コアレンズを取り出す。

タクティカルベルトのポーチから。ショートパンツのポケットから。


ストライクコア × ブレイズキック = スーパーブレイズ


ストライクコア × 飛燕衝 = ライジングインパクト


セツナがジャブを打つ。

確実に当てられる状況を作るための、布石となる攻撃。


暗い月は足払い。

ここに来てセツナは、見え見えの足払いに、引っかかる。


後頭部へのダメージのせいで反応が遅れた。


コアスキルを発動させた暗い月の前で、無防備にすっ転んでしまう。


慌てて、テレポート。

暗い月の後ろへと回り込み、体勢を整えつつ距離を取る。


セツナが、立った状態で、彼女に背を向けて現れる。


テレポート狩り。

魔力の流れを読み、暗い月は背後に移動したセツナとの距離を詰める。


走り、腰を落とし、腕を振り上げて跳躍。

瞬間移動を終えたセツナに、 ≪ライジングインパクト≫ を上から打ち下ろす。


セツナが振り向く。

後ろ回し蹴り。


下に落ちる ≪ライジングインパクト≫ を、 跳ばない ≪スーパーブレイズ≫ で迎え撃つ。


拳と蹴りがぶつかる。

インパクトと炎熱が交差し、衝突が斥力を生み、地面をめくり、壁を割り、粉塵が空に舞って消える。


――――!


出力に勝る ≪スーパーブレイズ≫ が、 ≪ライジングインパクト≫ を破る。

暗い月の拳を、燃える回し蹴りで払いのけ、跳ね飛ばす。


キックを振り抜き、暗い月は地面をゴロゴロと転がる。

一方のセツナも、蹴りを放った左脚が、力の衝突に耐えられず軋みを上げ、軸足がもつれて、膝から倒れ込む。


セツナが先に立ち上がり、右手を下に向ける。


暗い月が遅れて立ち上がり、コアレンズを取り出して握りつぶす。



エレメンタルコア × 炎撃掌 = プロミネンスフレア



暗い月のコアスキルに遅れて、ガントレットに太陽を封じたセツナが、コアレンズを装填する。



エレメンタルコア × 双星炎撃掌 = ――――。



セツナの両手に、双子の火星が燃え盛る。

自身の魔力圧力により融解している、黒く濁った双子。


それを、両手を合わせ、融合させる。


双子は混ざり合い、さらなる魔力と圧力が生じる。

そして、魔力は臨界を超える。


双子は、双星から極星へ。

黒く濁った魔力が、臨界を超えて焼き切れて、白く輝く。


‥‥同時に、極星の背後で、空がかすかに明焼ける(あかやける)


暗い月が、銀色の太陽(プロミネンスフレア)を放つ。

大きな、とても大きな銀色の太陽。


広い道路に敷かれている、車線の3つを丸々吞み込んで、セツナへと迫る。


銀の太陽に、極星を抱えて突っ込む。

太陽は、それに触れる前からセツナの肌を焼き、ベルトの金具を溶かしていく。


太陽が迫り、太陽に迫り、飲まれる寸前、極星を前に突き出す。


大きな大きな太陽と比較して、あまりにも小さな極星。

拳の中に収まるほどに小さな、白い極星。


――小さな極星が、大きな太陽を打ち破る。


白い極星が、ボロボロになったセツナと共に前へ出る。


「極星――。」


暗い月を、手を伸ばせば届く。

その距離に捉えた。


「――炎撃掌!!」


≪極星炎撃掌≫ を、暗い月の胸に叩きつけた。


質量を持つ魔力が、暗い月に捻じ込まれる。

‥‥硬い。この魔力は硬く、熱い。


極星は、最期まで爆ぜる事は無く、何度か眩く明滅を繰り返し、暗い月を地の彼方まで押し返した。

セツナの姿が辛うじて見える距離まで、暗い月は吹き飛ばされて、地に四肢を投げ出している。


セツナは、焼けた肺に空気を送りながら、4()()()のコアレンズを取り出す。


龍の力に触れ、覚醒した力。

魔導拳士、最強のコアレンズ。


七芒星が刻印されたコアレンズは、Ultスキル発動のためのコアレンズ。


「オーバーコア――。」


コアレンズをガントレットに装填する。


彼方で、暗い月が立ち上がり、胸元から七芒星を取り出す。

取り出し、口に含んで飲み込んだ。



オーバーコア (Ult) × シルバームーン = 銀月の大剣(フルムーン・クリーオ)



暗い月の手元に、銀の大剣が握られる。

そして、彼女の元に、1人の幻影が顕れる。


暗い月と同じく、銀髪銀瞳の女性。

暗い月よりも優しい顔立ちをした、女性。


彼女は、暗い月の頭を優しく撫でる。

暗い月の瞳に光が戻り、顔に愛らしい笑みを浮かべる。


銀の大剣の封印が解かれる。

女神の寵愛を受け、大剣が真の力を発揮する。


大剣を構えると、その後を星空の魔力が粒子となって追いかけ、地上に夜空を創り上げる。


セツナは、彼方に見える暗い月と、そこから広がる夜空に右手を向ける。

右手を広げ、その手首を左手で握る。


瞳に、青い色をした、電子的な幾何学模様が浮かび、照準を定める。


彼の背後で、空が青くなり、地平から黄金色の光が覗く。

空の光に気付いたアリサが、声を漏らす。


「――夜が‥‥、明けて‥‥。」


右手に、太陽の力が収束していく。


これは、魔法界に伝わる、古い時代の奥義。

吸血鬼狩りの狩人が、夜の不死(イモータル)を滅するために用いた、太陽の術式。



オーバーコア (Ult) × 炎撃掌 = ――――。



「パイルドライバーッ!!」



セツナの右手から、太陽の光線が放たれた。

光線は、銀色の太陽に迫る大きさを誇り、その軌跡を逆になぞりながら、一直線に暗い月へと向かっていく。


暗い月が太陽に嗤う。

太陽光に向けて、東の太陽に向けて、大剣を振るう。


くるりくるりと勢いをつけて、全身全霊を込めた一閃。

横薙ぎに大剣が振るわれて、横に三日月が伸びていく。


――大きい。太陽さえ、霞んでしまうほどに。


伸びた三日月は、その銀色に輝く刃で、道路を見下すビルを、紙切れのように切り裂いて進む。


被害は、戦闘の舞台となっているメインストリートの隣りまで及び、さらには、そのまた隣りの通りまで及び、ビルは切り口から焼かれて爆発し、たちまちのうちに粉微塵となる。


一筋の太陽に向けて、それを飲み込まんばかりの三日月が迫る。

ビルを粉微塵にしながら、街の崩壊を、世界の終わりを引き連れて、三日月が太陽と衝突する。


三日月と、太陽がぶつかった。

空では、夜と朝がぶつかった。


互いが互いを押し合い、互いの領土を奪い、争う。


神と戦士の戦いの、証人たるアリサが、静かに目を閉じ、祈る。


‥‥‥‥。


徐々に、徐々にだが、太陽が競り負けている。


西の空から、夜が広がっていく。

伸びた三日月が、ビルを破壊し、東へと迫っていく。


「――――ぐっ!!!!」


西から夜が迫る度、セツナの身体は、東へと押し戻される。

身体が月に押され、徐々に、徐々に、後ろへと下がっていく。


無情にも、彼が後退する速度よりも速く、月は伸び、迫って来る。


そして――、いよいよ三日月が目前まで迫る。

なおも、夜の勢いは止まらない。


魔導ガントレットが、煙を噴き始める。

人智を越えた龍の力に、魔装具が耐えかねている。


ボロボロと銀の装甲が剥がれ、地面で無惨な残骸となっていく。


セツナの掌を、三日月が切りつけ始める。


「‥‥‥‥。――――ッ!」


三日月が掌を通過し、切り裂き、切り裂き終えて、手首に迫る。

魔導ガントレットが赤熱し、割れて砕けて、セツナの右目に直撃し、視界を潰す。




――沈みゆく東の空に、一等まばゆく、太陽が輝いた。


「――――――――。

 いけぇぇぇぇぇぇッッッッ!!!!」


太陽が吠えた。

空が明けた。


セツナが、三日月を砕いた。


刃に亀裂が入り、彼の手首を越える寸前、押し負けて砕けた。


地上の太陽光が、一気に伸びていく。

更地となった街を奔り(はしり)、夜を終わらせる。


瞬く間に、太陽は暗い月の元へ。


彼女は、空へと大剣を放り投げる。

大剣は空まで届き、愛する姉の元へ。


両手をいっぱいに広げ、全身で太陽を浴びた。


暗い月の身体が、焼かれていく、燃えていく。


夜の不死を滅する光が、暗い月を妥当せんと注ぎ続ける。


――分からぬ。どうしても分からぬ。

――人は弱いクセに、なぜ、そこまで足掻くのか。


せめて女神の膝元で、永遠の安寧を享受すれば良いものを。

どうせ、絶滅する運命からは、輪廻からは逃れられぬ。


お前たちも、私たちも。

その輪廻からは逃れられぬ。


「あはははははははははは――――。」


両手を広げ、両膝をつき、太陽の中で高嗤う。


――良いだろう。せいぜい、足掻いて見せるといい。

――暗い月が、次に目覚めるまで。


‥‥‥‥。


東から太陽が昇った。

太陽光は止んだ。


暗い月は、明けた空を仰ぎ――。

ぱたりと手を下ろし、顔が下を向いた。


動かなくなり、手と足の指先から身体が崩れ、月と消えていく。


――それにしても、憐れなものだ。

――お前は、どんな悪魔として目覚める?


――理外に‥‥、悪魔の子を、魔法を持ち込もうとするなど‥‥、理解できぬ。



暗い月が完全に消えて居なくなった時、セツナもまた、地に倒れていた。

彼女と同じく、膝をつき、腕は垂れ、顔は下を向き、それから動かない。






(‥‥ヘビィだぜ。)


ひとつ、違うのは――。

彼の心臓は動いており、呼吸をしている。


‥‥‥‥。

‥‥。

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