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Magic & Cyberpunk -マジック&サイバーパンク-  作者: タナカ アオヒト
6章_明けない夜

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6.9_暗い月

月の女神は、銀軸の女神。


太陽との車輪で世界を回す、運命の女神。


月と銀軸は、車輪であり、鏡である。

目の前の光を映す、鏡である。


とくに暗い月は、心の狂気を、ひときわ大きく映し出す。

人が飲み込み、臓物の奥に沈め、腐った汚泥を映し出す。





月の剣を握るセツナが踏み込む。

新月の剣は、それを手に取る者に、速足の加護を与える。


加護と魔法を融合。


加護と、霹靂の電光石火を混ぜ合わせる。

速足は、縮地の領域へ。


地上を稲妻が駆けた。


屈み、左手に持つ、月の爪を地面に刺し込む。

ブレーキを掛けながら、暗い月の足元に剣を振るう。


剣の攻撃とは、線の攻撃。

剣を受ける時は、その線の軌道から離れたり、軌道に武器を置くことで受ける。


その性質上、下から足元を狙う攻撃は受けずらい。


魔法が無ければ、屈むことによる機動力の低下を看過できない。

しかし、この世界には魔法がある。


屈んだ姿勢でも、膝をついた状態でも、常人が走るよりも速く移動する方法が存在する。


屈み、暗い月の足元に、横一文字。

二刀流は、相手の攻撃を受けるのが相当難しい。


片腕だけでは、武器を支える支点が弱く、攻撃を受けきれずに弾かれやすい。

ゆえに、相手の剣を逸らすように受けることが肝要なのだが、足元の横一文字を逸らすことなどできない。


そもそも、横方向の剣戟を逸らすことは、人体の構造上不可能。


だからこそ、日本の武術では、水平斬りに対して、相手の懐に姿勢を低く潜り込むような返し手が存在する。


‥‥足を狙う水平斬りを、潜って避けるのは無理なのではあるが。


暗い月は、自分も一歩踏み込み、月の剣の切っ先でセツナを穿つ。

腕を伸ばし、滑り込んで来るセツナの前に、切っ先を置く。


斬って、突くだけが剣戟ではない。

剣を置くのだって、立派な剣戟だ。


武器を振らないと、攻撃モーションに入らないと、当たり判定が発生しない。

なんてことはあり得ない。


剣に触れただけでも身は切れるし、刺さる。


暗い月は半身になり、突っ込んで来るセツナに切っ先を見せて牽制する。


横薙ぎを打てば、死ぬ。

そういう牽制。


――セツナが、月の爪を地面から引き抜く。

膝を支点に方向転換。


膝行(しっこう)と呼ばれる、膝を使った歩法を用い、暗い月の切っ先を捌き、彼女の横を通り過ぎる。


身を翻しながら、爪を立て、膝裏を切り裂きながら背後に回り込む。


剣の持ち方を変える。

刃の部分の中腹を握り込み、柄の部分を鈍器として扱う。


立ち上がり、柄剣を横に振るう。

(ガード)を使った打撃攻撃。


重心が柄の部分に偏っている剣を、遠心力を使って振るう。


暗い月は、打撃の攻撃から逃れるように、セツナに向き直りつつ後ろに下がる。


セツナが、彼女を追って踏み込む。

踏み込んで、爪の間合いへ。


爪を立てた状態から、逆手状態へ持ち変える。

人指し指に通したリングのおかげで、爪が簡単に逆手持ちとなる。


打撃を振るった遠心力をそのままに、ナイフで首筋を狙う。


暗い月は、胸椎から上を後ろに引っ込めることで、首筋を狙うナイフをやり過ごす。


ナイフは振り抜かず、胸の前に留める。

防御と、攻撃の準備。


互いにナイフの間合い。

剣を振るうには遅すぎる。


暗い月が、爪を伸ばす。

爪を逆手から順手に。


順手のナイフを、左フックを打つ要領で繰り出し、セツナの構えたナイフをすり抜けて首元を狙おうとする。


だが、そのナイフは、途中で動きを止める。

セツナが、暗い月の左脇にナイフを食い込ませたのだ。


この距離、使うならばナイフしかない。

ならば、相手がナイフを振り次第、空いた脇にナイフを滑らせてやればよい。


カランビットナイフは、湾曲した刃のおかげで、相手の腕や脚を取る用途でも使用が可能。


暗い月の左腕を封じた。

柄剣を、短く握り直す。


鍔付近の刃を握り込み、長さの調節。


いまの間合いは、剣の間合いでは無いが、柄剣の間合いではある。


柄頭(ボンメル)で、暗い月の腹を殴打。

そのまま、柄頭に体重を掛けながら、前へと歩く。


柄頭が、暗い月の腹に食い込んでいく。

痛みから逃げるように、暗い月が後ろに下がる。


その逃げようとする足を、セツナは踏みつける。


暗い月が、後ろへバランスを崩す。

左脇に刺したナイフで、倒れる彼女を引っ張って引き付ける。


柄頭の一撃、二撃。

固い柄頭で、顔面を殴打していく。


彼女も、やられっぱなしではない。

ロングソードの刃を、素手で握り込む。


白く美しい手のひらを、剣が切り裂いていく。


構わず刃を短く握り込み、セツナの腹に刺した。


今度は暗い月がセツナの足を踏み、彼が柄剣を振れないように身体を密着させ、腹に刺し傷を増やしていく。


セツナは、左脇に刺したナイフを使い、彼女を引き剥がそうとするが上手くいかない。

執拗なまでに、暗い月は恋人同士の距離を保ち、腹を穿っていく。


――やむを得ない。


脇からナイフを引き抜く。

ヌラリと赤光りするナイフを、腹へ。


ヘソの辺りを刺して、それを――、上に持ち上げる。


ナイフは、縦一直線に、腹を捌いていく。

捌いていって、胸骨 (胸の中心にある骨)によって止められる。


持ち上げる。持ち上がる。


魔力で強化された肉体が、女性の身体を片手で持ち上げる。

暗い月の足が、地面から離れた。


狂気のナイフが、セツナの腕に浅い傷を作る。

腹を裂かれ、持ち上げられても、狂気は止まらない。


暗い月が剣を振り上げ、振り下ろす。


それに対して、セツナは左腕の力を緩める。

彼女を持ち上げている、左腕の力。


ふわりと、身体が下に落ちて――、また素早く上に戻って来る。


ナイフの嚙みなおし。

暗い月の体重を使い、より深く、刃を通す。


暗い月の動きが止まる。

口から、大量の赤い液体を吐き出した。


それが、セツナに容赦なくかかる。


‥‥騎士の象徴である剣を手にしたのに、やっていることは相変わらず、泥臭い近接戦闘。

2人に握られた剣は、まともな用途で使用さえされず、華々しさの欠片も無い。


月の女神は、相手を映す鏡。

つまり、この泥臭さこそが、セツナの本性なのであろう。


腹からナイフを抜く。

腹を捌かれて、やっと大人しくなった暗い月の足が、地に着く。


身体の損傷により足がもつれており、反撃の気配は無い。


セツナは、柄剣に遠心力を溜める。

切っ先を握り、肩を支点に縦に、振り回す。


1回転、2回転させて、暗い月の脳天を鍔でカチ割るべく攻撃。


‥‥‥‥。


暗い月は、今宵で最も暗い笑みを、口元に浮かべた。


彼女の腹が裂ける。

黒い泥をまき散らしながら、腹の中から、腹の底から、泥の触手が何本も伸びて来る。


触手は、セツナの右腕を絡め取る。

生暖かく、ハチミツ牛乳のように甘ったるい香りの触手。


それらが、セツナの腕を、剣もまとめて暗い月の腹へと引き摺り込む。


(‥‥化け物が‥‥‥‥ッ!)


暗い月をナイフで滅多刺しにするも、触手を切り払うも、大した効果は得られない。


そうこうしているうちに、セツナの右腕は肩まで女神の腹に食われてしまう。


AGを2本消費。

ナイフから、銀色の光が溢れる。


セツナの横に、新月の女神の幻影が現れる。

‥‥それは、暗い月の機嫌を逆撫でする、最悪の選択肢。


女神の口から、瞳から、笑みが消えた。

次の瞬間には、般若の形相でセツナを睨む。


暗い月は、持っているナイフを捨てる。

空いた左手で、触手に飲まれるセツナを掴み上げる。


ブチブチと、肉の繊維が切れるような音がして、触手は千切られる。


掴み上げたセツナを、投げ飛ばす。

そして、暗い月は新月に襲い掛かる。


新月に膝蹴りをかまし、長い髪を掴んで地面に押し倒し、剣を突き立てていく。


何度も、何度も。

執拗に、身体の至る所を突き刺し、幻影を殺した。


新月が消えると、彼女に再び、暗い笑顔が戻る。

新月を殺した剣が、大剣へと変わる。


――新月を呼ぶとは。

――よりにもよってッッ!! あの女を呼ぶとはッ!


‥‥仕置きが必要だ。


神と戦士、女と男。

狂気の死合いたる逢瀬に、よりにもよってあの女の呼んだことに、暗い月は立腹。


腹の蟲は居所が悪くなったのか、彼女腹の中へすごすごと帰って居なくなっている。


大剣を振るう。

凡百ではまともに扱えない大剣を、軽々と振るい、そこから銀の刃が伸びていく。


横に伸びる銀の三日月を、セツナは屈んで避ける。


足に炎を纏い、前へと駆けだす。

剣は、女神の腹に飲まれてしまった。


残された片割れのナイフを頼りに、距離を詰める。


暗い月は飛び上がり、回転しながら落ちてくる。


大剣が地べたを震わせると、そこから銀の魔力が溢れ出す。

その魔力は、周辺一帯へと広がり、月焼けによって尽く(ことごとく)を焼いていく。


セツナも、魔力の奔流の犠牲になった。

まるで、月が地表に落ちて来たような一撃。


道路の車は炎上し、ビルの窓が割れ、溶けていく。

セツナの体力が、底を尽き始める。


暗い月は畳み掛ける。

大剣は使わず、彼を嬲るように、徒手で打ちのめしていく。


手始めに、三半規管と聴覚の一部を奪った。

セツナの耳に平手打ちをして、耳の機能を奪う。


怯んだ瞬間を狙い、目を潰す。

その次は、喉。


そして、金的。

勢いよく、急所を脚で蹴り上げた。


倒れ伏したセツナを片手で掴み上げる。

そして、潰した目を直してやる。


――残念だ。

――新月さえ呼ばなければ、もっと別の運命もあっただろうに。


大剣が、セツナの胸を貫いた。

深く、致命的なほどに、セツナの胸は、剣の根元までくわえる。


当然、体力は底をつく。


身体の力が抜けていく彼の頬に、女神は口づけをする。

セツナは崩れ、へたり込み――、そのまま下を向いて動かなくなった。


彼の耳元では、届くはずのない、アリサからの通信。


「そんな‥‥。セツナさん!? ――セツナさん!!

 ‥‥‥‥。」


暗い月は、背を向けて歩き出す。

そろそろ、生かしておいたオモチャが食べ頃だ。


木っ端の絶望など、淡くて腹が膨れぬ。


優秀で、聡明で、美しく、健気で――。

そのような者の絶望こそ、濃い味がする。


最期まで足掻くもよし、狂気に耐えられず、壊れるもよし。


なにせ、夜は永いのだ。

存分に、愉しむと良い。


‥‥‥‥。

‥‥。





‥‥発作が起きる。


心臓の上を、蛇が這いまわるような、ナイフの切っ先で引っ掛かれるような。

血が沸騰するように、血が泡立ち気泡立つような。


セツナの瞳が、赤く光る。



体力は底をついているのに、意識が目覚める、身体が動く。

ゆっくりと、大剣を掴み、引き抜いていく。


水っぽい音と、硬い音を小さくさせながら、胸に生えた剣を引き抜く。


剣を肩に担ぎ、幽鬼のように、音も無くふらふらと立ち上がる。


悠長に背を向けて歩く、暗い月を視界に捉える。


歩き出す。

歩き出し、進み、走り出す。


足音に気付いた暗い月が振り返る。

振り返った面を、左の拳で打ち抜いた。


暗い月が嗤う。

壊れないオモチャに、歓喜し、身を震わせる。


拳を受けても、女神は吹き飛ばない。

腰を反るばかりで、その場に留まっている。


‥‥なら死ね。


頭の中で、自己ならざる声が響く。

人類に魔力を与え、寄生する侵略者の声。


脳にへばりつく声を振り払うように、担いでいた大剣を振り下ろす。

人間の外、人外の膂力が、女神の寵愛も無しに大剣を軽々振り回す。


ガバリと暗い月の上体が起きて、歓喜の表情をセツナに見せつける。


大剣が、肩に刺さり食い込む。

重い一撃に、膝をつく。


気にせずに立ち上がり、暗い月はセツナの顔を殴る。

そのついで、彼から大剣を奪い、それをバットでも振るかのように腹へ打ち込む。


まともな人間であれば、上半身と下半身が両断される一撃。

しかし、まともな状態でないセツナは、それを、たたらを踏むだけで堪える。


すかさず、フルスイングをして隙だらけの暗い月に殴り掛かる。


大振りの、技術も何も、へったくれも無い、テレフォンパンチ。


暗い月は、その攻撃を避けない。

避けようともしない。


互いに不死同士。

不死らしく戦おうとする。


テレフォンパンチが顔に命中し、大剣を落として吹っ飛ぶ。


セツナが大剣を拾い、暗い月の元へ。

いま、彼が生き長らえているのは、身体に寄生する侵略者のおかげ。


イバラの悪夢の中で活性化した侵略者が、死体に鞭を打ち、鼓動の止まった身体を動かしている。


身体は、闘争本能によってのみ、拍動する。

戦いを拒めば、たちまち彼らに意識を奪われ、異形へと成り果てる。


まだ、使い道があるから、彼は生かされている。


地べたに転がる女神に、大剣を突き刺す。

暗い月が、新月にそうしたように、何度も何度も突き刺す。


何度か繰り返すと、暗い月は剣から逃れようと、背中を見せ這いつくばって逃げようとする。

これは、彼女なりの遊び、試し行為。


逃げる女神の脊椎を砕くように、剣が突き刺さる。


そのまま、地面を削りながら大剣を持ち上げる。

背を砕かれた女神も、剣と一緒についてきて、重力で深く剣が刺さっていく。


大剣を力任せに振るう。

遠心力で女神がすっぽ抜け、地面に叩きつけられる。


女神は、満足した表情で立ち上がる。


互いが互いを、壊れないオモチャとして、終わらない夜の中で踊る。


――月の姿が変わる。

彼女の足が、白い蛇の尾へと変わる。


尾を伸ばし、鞭としてしならせて、セツナを打つ。


大剣が、電柱ほどある尾を切り裂く。

尾を失い、暗い月は痛みでのたうち回る。‥‥フリをする。


セツナが踏み込もうとすると、切った尾が動き、セツナを鞭打つ。

太く長い一撃に、セツナの動きが止まる。


蛇の尾が月と消えて、暗い月が接近。


セツナの脇腹に指を捻じ込み、中身を握り、引っ張り出す。

彼の身体から、致死量の赤い液体が零れる。


もっとも、死人に致死量など関係ない。


暗い月の腹を蹴り、くの字に折れた身体に大剣を振り下ろす。


暗い月は、左手を大剣にくれてやった。

大剣が、腕を半分ほど切り裂いて、硬い物にあたって止まる。


暗い月による金的。

膝で2回、その後、顎に掌底。


コンビネーションにより、大剣を奪う。


左腕から大剣を引っこ抜いて、上段打ち。


腕で防御しようとするセツナを前に、跳躍。

宙で一回転して、空中上段打ち。


セツナの左腕が完全に切断され、大剣は彼の肩に刺さった。


腕を失い、肩を裂かれようとも、依然、肉体は平気で動く。

いよいよ、痛みにも鈍くなってきて、ショックで動けなくなることも減っていく。


傷など全く気にせず、タックル。


暗い月を突き飛ばし、跳躍後ろ蹴り。

くるりと宙で回る、後ろ蹴りが側頭部に命中して、暗い月の身体を浮かし、錐もみさせながら、ビルの壁へ磔にする。


大剣を落とし、大の字に磔られた暗い月の首元に、何かが投擲される。


それは、先ほど彼女が切り落とした左腕。

セツナがそれを拾い、彼女に向けて投げつけた。


左腕は細い首を掴み、明らかな殺意を持って首を締め上げる。


それだけでなく、抵抗しようとする彼女を持ち上げ、壁に叩きつけていく。


セツナが、左腕に弄ばれる暗い月に、ゆっくりと歩んでいく。


身体が不死であるのならば、何度も挑めば良い。

何度も挑み、神を相手に、一を引ければ (マグレ勝ちのこと)良い。


届く、勝てる。

今の状態なら、神にだって――。


右手に太陽を宿す。

太陽を握りつぶし、掌握する。


そして、繋がっていない左腕で拘束している暗い月に、太陽を叩きつけた。


‥‥‥‥。

‥‥。


「‥‥まったく、見るに堪えないわね。」


小柄で儚い、ワンピース姿の女性。

声の抑揚が無く、表情の起伏すらない、人形のような女性。


セツナの繰り出した右手を、新月の女神が受け止めた。

静かで騒がしい夜に、レイが姿を顕した。

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