6.8_明けない夜
――素晴らしい。
人の身を捨て去り、復讐に臨む凶行。
永遠に終わらぬ、執拗な責め苦。
それでこそ、人は美しい。
――青い空が憎いと言ったか?
――回る世界が憎いと言ったか?
その妄執、叶えてやろう。
暗い月が命じる。
今宵の月は、決して沈んではならぬ。
◆
いつものように、現実世界から電脳世界へと潜る。
ダイブして、セントラルにやって来た途端、異変に気付いた。
空には、銀色の月。
青く白く輝く、銀色の黄金。
月は、薄い雲の笠を被っている。
月の光が雲に反射して、光の輪を空につくっている。
月笠が出るとは‥‥、雨が近い。
――などと天体観測をしている場合ではない。
いや、そもそも、天体観測ができることがおかしい。
ここは、都市部のど真ん中だ。
港の町ならいざ知らず、不夜の灯りが照らす都市で、月が明るく見えようはずがない。
セツナは周囲を見渡す。
車道の真ん中で停まっている車。
車道と歩道を照らす街灯。
夜のビルを彩る、室内灯。
そのどれも、灯りが点いていない、消えている。
夜空に浮かぶ銀色の月こそが、センター唯一の光源で、地上を青く白く照らしている。
月の光は、夜空に星が輝くことを許さぬほどに明るい。
車やセツナの足元には影が伸びて、街路樹には零れ日が揺らめいている。
‥‥とても、とてもイヤな予感がする。
イヤな予感は、不意に入った通信により、いよいよ実態を帯び始める。
アリサから、通信が入っている。
「――セツナさん? セツナさんですか? 応答してください。」
「アリサさん、聞こえているよ。」
セツナが応答すると、アリサの安堵の声が聞こえる。
普段の任務の時とは違う、藁にも縋った安堵の声色。
「ああ‥‥。寝起きで悪いんだけど、何が起きてるの?」
通話の向こうから聞こえるのは、沈黙。
事情を説明するために、事態を整理しているのだろう。
この時点で、彼女が相当参っていることだけは分かった。
「セツナさん、落ち着いて聞いてください。
セントラルは今、明けない夜に遭遇しています。」
「‥‥‥‥。空に月が昇ってから、どのくらい経った?」
「すでに、18時間は経過しています。」
セツナはもう一度、周囲を見渡す。
「街に、人の気配が無いようだけど。」
「確認できた限りでは、私とセツナさん以外、この街には――。
局長やオペレーターとも連絡が取れません。」
アリサは現在、イバラ症を研究するために、セントラルの研究病院に出向していた。
CCCのオペレーターとは別行動を取っており、そのおかげで、彼女だけは無事だったのだろう。
‥‥この広くて暗い街に独りぼっちが、無事とは言い難いが。
「この異変と、イバラやディヴィジョナーとの関連は?」
「分かりません。
茨の龍も、その他の茨も、セツナさんが投薬した抗体によって消滅しました。
それ以降、新たなレッドアラートは検知されていません。」
「――――。
うん。分かった、ありがとう。
何とかしてみるから、アリサさんは安全なところに隠れてて。」
「‥‥? は、はい。分かりました。」
夜の道路の真ん中を、風が通り過ぎて行った。
道路に止まる車を撫で、木漏れ日を揺らし、セツナの身体を横切っていく。
正面から吹く風に指さされ、ゆっくりと後ろへ振り返る。
そこには、この街で3人目の、起きている人間。
銀髪銀瞳。
情婦のように肌を晒した服装。
龍の眼を思わせるほどに、大きな宝石をつけたネックレス。
月灯りに照らされ、小さくも存在感を放つ、左人差し指に嵌めた指輪。
暗い月が、歪んだ三日月が、愉しそうに嗤っている。
――魔導ガントレットを装備。戦闘態勢に入る。
夜の元凶を見つけた。
解決方法も分かった。
‥‥けれども、それが、途方も無く無謀なことでは‥‥、あるのだけれど。
暗い月は両手を広げ空を仰ぎ、セツナへ向き直る。
――得意なのであろう?
殴って解決ができるのであれば、挑んでみるがいい。
◆
右手を地面に向けて広げる。
掌から、足元から、炎の魔力が噴き上げて包む。
右手に太陽を。
太陽の力を、ガントレットに封じ込める。
無防備にも力を溜めるセツナを前に、暗い月は動かない。
歪んだ笑みを浮かべ、彼を眺めるばかり。
セツナの姿が夜闇に消える。
テレポート。暗い月の眼前へ。
スキル ≪炎撃掌≫ 。
パッシブ「安定的な超新星」「双子の火星」発動。
手元で膨張する太陽を、両手で暗い月に押し付ける。
太陽は膨張し、爆ぜる。
初撃は命中。
焦げた匂いと煙が立ち込め、暗い月が吹き飛ぶ。
地面に背中を打ち付け、それでも衝撃を殺せずに、跳ね転び遠ざかって行く。
――火星の二撃目。
瞬間移動を行い、遠ざかる暗い月との距離を、瞬きの間で詰める。
宙を無様に転がっている暗い月に対して、二撃目を押し込む。
膨張する2発目を見て、暗い月の左手が輝く。
銀色の、炎。
銀色の、太陽。
燃え盛る火球と、銀に溶ける太陽が衝突。
銀色のガントレットが、太陽に焼かれて僅かに溶ける。
銀色の太陽が、槍や蛇ようにセツナの手元へ襲い掛かる。
瞬間、爆発。
両者吹き飛び、セツナは蛇に腕を食い千切られずに済む。
体勢を立て直したのは、暗い月が早かった。
先ほどの爆発を使い、姿勢を整えたのだ。
地面を這うほど低い姿勢で、暗い月がセツナに絡みつこうとする。
セツナが、足を振り上げる。
――大地を踏み割る。
地面がめくれ、岩塊が浮かび上がる。
岩塊は、姿勢を低く取る暗い月の顎や腹に衝突。
華奢な月の身体が、岩塊に持ち上げられて浮き上がる。
火炎を纏った足を振り上げる。
振り上げて、踵落とし。暗い月の脳天に食らわせる。
上下からの衝撃に、頭が潰される。
暗い月の美しい顔面は、岩塊に叩きつけられ、岩を割って地上にめり込む。
ギロリ、と。
それでも暗い月は、地の底から凡百を睨み、見下ろす。
暗い月が、両手を地面につける。
不敬にも自分の頭を踏みつける足から頭の逃して、腰を反り、足を上げる。
女性特有の身体の柔らかさ。
それを利用し、海老反り気味にキックを繰り出す。
だが、その攻撃は、曲芸の域を出ない。
セツナは、暗い月の反った背中を蹴り飛ばす。
マジレス一閃。
合理性の欠片もない攻撃に、手痛い反撃を与える。
「こひゅ」と、暗い月の口から空気が漏れる。
そして、口の形はすぐに歪む。
ブレイブアーマー。
暗い月の身体を、青いオーラが包み、彼女はあらゆる攻撃で怯まなくなる。
セツナの蹴りは、彼女の背中に食い込むばかりで、吹き飛ばすことができない。
暗い月は、不退転を得た身体で、反撃に対して反撃。
セツナの伸ばした足を、自分の脚で絡め取る。
海老反りに上方向へ反った脚を垂らし、セツナの脚に絡みつく。
「――――ッ!」
霹靂と、軸足に稲妻を宿す。
電光石火。
火花が散って消えるよりも速く地上を移動し、その勢いを使って、月が絡んだ脚を振るう。
雷光迸る速度をそのままに、脚を車の側面に叩きつけた。
暗い月は背中から車体に叩きつけられるも、拘束を解かない。
それどころか、暗い瞳に、恍惚とした表情を浮かべている。
暗い月が、セツナの脚に噛みつく。
蜂に刺されたかのような、肉が弾けんばかりの刺す痛みに、思わず怯んでしまう。
力の抜けた脚を、暗い月は我が物であるかのように扱う。
彼女は、セツナをうつ伏せに押し倒した。
セツナの尻の上にペタンと座り、彼の右脚を取る。
右脚を、自分の左腕で抱え込み、脚を固定。
そのまま、右手で足首を捻り――、関節を極める!
ブレイブバースト。
セツナの身体から青い衝撃波が発生し、上に乗る暗い月を跳ね飛ばす。
頭から地上に落ちていく暗い月は、両手を地面について、起用に着地。
その隙にセツナも立ち上がり、右脚をプラプラと軽く動かす。
関節を持っていかれる前に、対応ができた。
暗い月が、ゆっくりと前に歩き出す。
セツナが、燃える足で地面を蹴って走り出す。
距離が近づき、地面を滑りながら屈む。
下段蹴り。――を意識させて、上!
セツナの十八番。
回転後ろ蹴り。
跳躍と回転と、炎の力を混ぜ合わせ、視線が下を向いている暗い月の側頭部を狙う。
暗い月は、前傾姿勢になりつつ、後ろ蹴りを躱す。
そのまま、地面を蹴り跳躍。
ムーンサルトキック。
攻撃を空振ったセツナに、ムーンサルトキックが襲い掛かる。
――マジックワイヤーを巻き取る。
下段を打つフェイントした際に、地面に刺していたワイヤーを起動させ、空中で後退。
鼻先寸前でムーンサルトをやり過ごす。
暗い月は攻撃が外れて、背中から音も立てずに着地。
フロアムーブ。
ブレイクダンスでも踊る要領で、近寄ってきたセツナを、細く長い脚で追い払う。
ダメージ覚悟で突っ込む。
暗い月のムーブメントに、身体を入れて割り込む。
銀色の軌跡を描く脚を、両腕を使って受け止めた。
受け止めて、足首を掴む。
華奢な身体を振り回し、近くにあった車のボンネットに叩きつける。
ボンネットは凹み、車から液体が漏れて地面を濡らす。
燃える足で、車を蹴り飛ばす。
セントラル製の車は、良く燃える。
ヘッドライト付近を蹴られた車は、スピンをしながら暗い月と踊る。
スピンを1回転する頃には、車は火柱に包まれ、爆発炎上。
ファイヤーダンスを踊る車から、暗い月が服を燃やしながら転げ落ちる。
転げ落ちたのを、服をひっ捕まえて無理やり立たせる。
そして、頭突き。
端正な顔の鼻っ柱に、硬い額の骨が命中。
ダメージと痛みにより、意識が上に行ったところで、腹部に膝蹴り。
さらに膝。もう一度――。
暗い月が距離を詰める。
セツナの首に両腕を回し、柔らかい身体を密着させて、膝を打てないように。
女性とは思えない怪力でセツナの首を押さえつけ、首筋に噛みつく。
街灯の無い夜に、赤いエフェクトが滲み、甘い香りと鉄の味が混じる。
ホルスターから銃を引き抜く。
暗い月の脇腹に銃口を押し当てて、射撃。
静んとした都市に、一等大きく銃声が2回響く。
拘束の力が弱まり、顎の力も弱まる。
纏わりつく女神を引き剥がし、顔面に頭突きをお見舞いして、3発目。
暗い月の眉間をぶち抜いた。
歪んだ笑みを浮かべて、女神は倒れる。
セツナは、首元を抑えつつ、銃をしまう。
女神は、まだまだ底を見せず、手を使わずに立ち上がる。
そして、今度は彼女から動いた。
駆け寄り、右手を握り、拳を放つ。
拳を払い、こちらも拳を打つ。
暗い月が合わせる。
クロスカウンター。
自らの拳でセツナの拳を逸らしつつ、自分の一撃を顎にヒットさせる。
が、同時に、暗い月が膝をつく。
セツナは、顎への一撃を食らいざま、ローキックを膝に浴びせて体勢を崩させたのだ。
すかさず、姿勢を崩した暗い月の顔に、前蹴りを放つ。
コンビネーション。
膝蹴りで崩せるのを確信していたかのように、間髪を置かず前蹴りが放たれる。
前蹴りに対して、フックで受ける。
拳を、中指の関節を立てた状態で握り、踝の後ろを狙う。
踝と靱帯の真ん中。
人体の隙間に、中指を捻じ込む。
鞭のようにしなる蹴りが、暗い月を捉える。
暗い月のフックも、前蹴りを捉えた。
セツナは足を引っ込めるも、痛みで表情が歪む。
足に、痺れが走る。
到底、武術の達人であっても真似できない反撃方法。
漫画や映画の中だけの技を、この女神は平然と使って来る。
片脚が痺れ、片足立ちを余儀なくされるセツナに、暗い月が襲い掛かる。
無駄のない動きで立ち上がりつつ、セツナを鳩尾を突き上げるように肘打ちを放つ。
胸郭で守られた内臓に、胸郭の下からダメージを負わせる肘打ち。
AGを消費。
片脚でバックステップを踏む。
アサルトステップ。
セツナの姿が消える。
背後に回り込み、瞬間移動を利用して、空中で回り蹴り。
アサルトアタック成立。
アサルトダッシュへ移行。
回し蹴りをガードした暗い月にタックル。
バランスを奪いつつ距離を取らせる。
瞬間移動。
彼女の足元へ。
崩れた姿勢を刈り取る、下段蹴り。
暗い月が嗤う。
AGを消費。アサルトステップ。
セツナの下段蹴りは避けられる。
暗い月は、瞬間移動で背後へ回り込む。
――セツナは、屈んだ姿勢のまま、両手を地面につける。
腕で身体を支えて、上段蹴り。
暗い月の顎を蹴り上げる。
蹴り上げた足に、中指を立てた拳が突き刺さった。
(クソ‥‥ッ!)
アサルトアタックが成立。
アサルトラッシュへ移行。
2人の姿が、その場から消える。
そして、束の間の静寂が木霊して、それを終わらせるように、ほぼ同じタイミングで、宙に爆発が3度起こった。
爆発が起きたと思ったら、宙には稲妻や炎の軌跡が、流星群のように描かれていく。
月灯りしかない都市を、2つの流星が眩く照らす。
戦闘領域は、地上から空中へ。
戦闘方法は、泥臭い肉弾戦から、煌びやかな魔法戦に。
セツナの回し蹴りが、暗い月に命中する。
防御は間に合ったものの、アサルトラッシュによって大きく向上した衝撃力により、大きく吹っ飛ばされる。
ビル上層の壁を破り突っ込むと、反対の壁から暗い月が宙に放り出される。
放り出された先には、すでにセツナが回り込み、拳を振りかぶっている。
拳を、身体を捻り躱す。
海の中でも泳いでいるかの如く、綺麗に拳を捌きつつ、セツナの脳天に足を落とす。
勢いよく、隼が空から撃ち落とされる。
撃ち落とされて、地面に小さなクレーターを作った。
すぐさま、砂塵の中から暗い月が飛び出し、片膝をついているセツナの顔面を蹴り飛ばす。
セツナの身体は、道路を速度違反で捕まるスピードで吹っ飛んでいく。
暗い月が霹靂と駆けて、速度違反を取り締まるべく距離を詰めていく。
迫る稲妻を前に、空中で姿勢を直し、タイミングを計り――、大地を踏み割る。
スキル ≪グラウンドスマッシュ≫ 。
大地がめくられて、岩塊が稲妻を受け止める。
≪ライトニングアクセル≫ は小回りが利かない。
障害物を、回り込んで躱せない。
暗い月が減速、立ち止まろうとする。
対するセツナは、地上から脚を離す。
まだ、吹き飛ばされた慣性は残っている。
マジックワイヤーを暗い月に撃ち込む。
そして――、吹き飛ばされる慣性で、暗い月を引き摺り倒す。
ワイヤーに引き摺られ、暗い月は岩の塊を、腹で砕く。
身体が「く」の字に曲がり、岩が砕けたあとは、道路を顔面を使って走っていく。
セツナが着地し、足元に雷を宿す。
ガバリと、暗い月が顔を上げる。足元に雷を宿す。
美しい顔は砂で汚れ、それでも狂気じみた笑みを浮かべている。
――予定変更。
セツナは暗い月に向かって、霹靂と駆けて行く。
足を振りかぶると、2つの雷が地上で激突する。
雷は相子、相殺。
あいこの次は、グー。
セツナの右ストレートに、暗い月が左ストレートで合わせる。
先ほども披露した、クロスカウンター。
(その手は、通じない。)
セツナの拳の内側を添うように、暗い月の拳が伸びていく。
身体の力を抜く。
脱力し、暗い月の拳にもたれ掛かるように。
合気の理合い。
脱力し、鋭敏になった感覚で力と重心の流れを読み取り、水となった身体で重心を奪う。
拳の上に乗られる形となった暗い月のカウンターは、威力が殺される。
勢いが死に、それどころか、腕を使ってバランスを崩される。
もたれ掛かられる体重に抵抗しようと、身体が前につんのめり、足が居着いてしまう。
――動きの止まった暗い月に、左ストレートが炸裂。
ダブルクロス。
ほぼ無抵抗な状態で攻撃を受け、暗い月の足が地面から離れ、遠ざかって行く。
‥‥低空を背泳ぎする彼女の手元から、マジックワイヤーが伸びている。
「――――ッ!」
セツナは、その場にすっ転んだ。
攻撃を当てる直前、脚にワイヤーを撃ち込まれていた。
背中から地面に打ち付けられ、肺から息が漏れる。
咄嗟に首を引っ込めることで、後頭部だけは強打せずに済んだ。
ワイヤーを切り離した暗い月が、瞬間移動でセツナの前に現れる。
彼が立ち上がるよりも速く、彼女は大地を踏み割った。
Zキャンセル。
足を上げ、炎を纏った足で大地を踏み鳴らす。
本来、大地をめくるはずの力が分散し、魔力が地鳴りが起こす。
地鳴りで、セツナの背中が押され、身体が宙に浮く。
浮いた先には、暗い月が拳を構えて待ち構えている。
全体重を乗せた、渾身のテレフォンパンチが、セツナの顔に突き刺さる。
地鳴りで浮いた身体は、直ちに地べたに叩き落とされた。
‥‥後頭部を、激しく強打してしまう。
視界が真っ暗になり、意識が朦朧として、前後不覚に陥る。
地べたに寝そべっているはずなのに、宙に浮いているような、それとも立っているような幻覚を覚える。
暗い月が、両手でセツナの胸倉を掴む。
震える手で抵抗しようとすると、激しく地面に叩きつけられた。
1度、2度、地面に叩きつけ、大人しくさせる。
雷を宿し、霹靂と駆けて、建物の壁に突っ込み、セツナを壁に埋め込む。
暗い月は、手をまだ離さない。
再度、雷を宿し、壁沿いに霹靂と駆ける。
壁に埋め込んだセツナを引き摺りながら、壁をセツナで削りながら、雷の力で駆ける。
それが終われば、壁からボロ雑巾を引っこ抜いて、両手で高々と持ち上げる。
歪んだ笑みを浮かべ、暗い瞳をセツナに向ける。
「‥‥‥‥ソードコア‥‥。」
空の月が、明るく輝く。
月から光の柱が降りて、セツナを包む。
ソードコア × シルバームーン = 銀なる大輪。
空から伸びる月光が、暗い月の腕を焼こうとする。
月焼けを嫌い両手を離し、セツナは解放される。
彼の目の前に、エストックが月光の中から顕れ、左手にカランビットナイフが携えられる。
‥‥‥‥。
ソードコア × シルバームーン = 銀なる大輪。
セツナを煽るように、暗い月は微笑みながら、自分を両腕で抱いて、彼から距離を取る。
それから、自分の美貌を際立たせるように、そっと左の人差し指を唇の前へ。
――人差し指に押し込めていた、指輪が大きくなる。
大きな輪っかを指で回すと、それは太くなり、輪っかから尾が生えて伸びていく。
尾の生えた輪っか――、カランビットナイフを回して弄び、左手で握る。
空から、月光の柱が降りて来る。
セツナとは異なり、月からではなく、彼女の後ろに、空から真っ直ぐに。
両手を広げ、その光を潜っていく。
空には、月のエストックが浮かんでいる。
暗い月が、空を仰いだ。
エストックが、光り輝く。
月灯りを集めて輝き、それは空に、自身の所有者の名を高らかに謳う。
ケルト十字だ。
空に、月の光で、ケルト十字が描かれている。
――我が身は女神。3番目の女神。
――芸術と狂気の女神。夕暮れの母。
十字の剣に、太陽を思わせるほど明るい、月の円環。
銀軸の女神、太陽の対となる存在。
背を向けて空を仰いでいた暗い月。
腰を反り、狂った瞳でセツナを見つめる。
正面を向き直り、地に堕ちた月の欠片を拾い上げれば‥‥。
その切っ先をそっと、セツナに向けた。
‥‥‥‥。
‥‥。




