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Magic & Cyberpunk -マジック&サイバーパンク-  作者: タナカ アオヒト
6章_明けない夜

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178/230

6.7_七月 梨々の微笑み。

現実世界では、都市伝説界隈が勢いを増していた。


全国で相次ぐ、謎の失踪事件。

自衛団の団員が負傷し、意識不明となって発見される、自衛団狩り事件。


そして、暗い月の都市伝説。


いわく、この世界には、名前を呼んではいけない女神が存在する。

いわく、その名を呼んだ者は、光を失う。


ハードVRという僻地から広まった、暗い月の都市伝説。

有力なハッカーがデータを解析するも、電脳世界の中に、女神の本当の名は無かった。


失踪事件も、自衛団狩りも、暗い月の都市伝説が界隈に認知されたころから起こり始めた。


人間の脳は、とかく因果を求めたがる。

それが、荒唐無稽な物だったとしても。


科学が、魔法へと変貌しつつある社会はいま、都市伝説に湧いていた。





「はん! くっだらない!」


リリィは、不機嫌そうに悪態をついた。


月の女神が3番目。

水曜の女神、暗い月のリリウム。


彼女は、自分が()()()男の背に胡坐をかいて座っている。


芸術を司る女神の召す衣装は、薄いトップスに、短いボトムス。

季節は冬にも関わらずである。


胡坐に左肘をつき、右膝は貧乏ゆすりをして、たいそう不機嫌そうだ。


リリィが椅子にしている男の他にも、10人ほどの柄の悪い男が気を失って倒れている。

この場に居る全員、リリィがぶちのめした。


‥‥この女は、姉妹と一緒に居るとき以外に、機嫌が良い時が果たしてあるのか?

そう錯覚してしまうほど、リリィの性格は、女神のそれに相応しくない。


異界渡りの英雄エフトラをして「女と子供の悪い所を煮詰めたような性格」と言わしめた気性は、伊達ではない。

容姿の他に、褒められるべき点が見当たらない。


数時間ほど前、リリィは夜の街に繰り出していた。

日本人として身分と姿、七月(ななつき) 梨々(りり)の姿となり、日課の男漁り。


今日は、ちょっと乱暴にされたい気分だったので、手頃な男を見繕おうと、ちょっと危ない雰囲気の場所を歩いてみた。


漁るまでも無く、男は釣れた。

‥‥いつぞや、姉を攫った連中と同じ気配のする悪漢たち。


姉に手を出した者の仲間というだけで、梨々にとっては彼らを殺すには充分だ。

しかし、今宵に限って、彼らは命拾いをした。


梨々はいま、乱暴にされたい気分なのだ。


お前たちは運が良い。

夜が明けるまで愉しませてくれたのなら、許してやろう。


よくよく鼻を利かせてみれば、お前たちからは新月の気配がする。

あのババアの手駒でも奪って、男漁りのついで、嫌がらせでもしてやろう。


――結果、悪漢どもは、梨々のお眼鏡に適わなかった。


人気のないビルに連れ去られて、乱暴はされた。


最初の”脱出ゲーム” は愉しめた。

が、その後がマズかった。


ちょっと命乞いをして、無様を晒して見せたら、男たちはゲームを中断して、我先にと手を出して来たのだ。


気分が萎えた。

でも、1回目はジッと我慢。


ここから、一発逆転の展開があるかも知れない。

頑張れ♪ 頑張れ♪


結局、服を破られ、全員の相手をさせられるだけであった。


萎えて沈んだ落胆は、すぐさま怒りへと変色する。


我が身は女神。

女神に、3度目は無い。


彼女の機嫌は、急転直下の怒髪天。

梨々は、リリィの姿を顕して、悪漢ども成敗したのだ。


悪漢たちの敗因は2つ。


ひとつ、脱出ゲームを中断してしまったこと。

命乞いを受け入れるフリをしつつ、可能な限り尊厳と引き換えに希望を与え、そしてゲームオーバーを突きつけるべきだった。


もうひとつは、事が終わるまでに彼女を殺さなかったこと。

首を絞めるとか、腹に弾丸で風穴を開けるとか。

おおよそ、リリィが悪漢どもに期待していた乱暴をされなかった。


半端にしか女の消費できぬ小悪党に、リリィの相手は務まらない。

同じく、彼女の愛を受けるには足りない。


所詮は、人に迷惑をかけることでしか承認欲求を満たせず、社会に寄生することでしか生きれないクズ。


2度と手に入らないであろう美女を、しょうもない用途と欲望で消費するという、ナンセンスで耽美な味が、足りない脳ミソでは分からぬらしい。


「――チッ! あのババア、男の趣味まで悪いのか、使えない。」


耄碌(もうろく)すると、男の趣味まで悪くなるらしい。

一刻も早く、さっさとくたばって欲しい。


月の女神は7人姉妹だったはずなのに、ある日8人目として新月を名乗って――。

おかげで、自分が受けるはずだった1番目からの愛情が、減ってしまったでは無いか。


せめて何か、自分の役に立つのなら、お目こぼしをしてやっても良いのだが、アレはダメだ。

次に見かけたら殺そう。そうしよう。


貧乏ゆすりをしながら、静かな夜と部屋に木霊する、大きな溜め息。


右手を挙げる。

すると、部屋の空間が裂け、そこから夜が顔を覗かせる。


室内にプラネタリウムでも点けたように、星空が広がる。


星空からは、女性の姿をした悪魔が降りて来る。

その数、20体ほど。


これらは、夢魔・夜魔、あるいはサキュバスと呼ばれる類いの悪魔。


夢魔は部屋の中を飛び、床でのびている男たちを品定めしている。


3匹ほどのベテラン風な悪魔は、不機嫌なリリィにちょっかいをかけている。


1匹は背後に回り込み、彼女の膨らみに両手を置いている。

1匹は右耳に甘く噛みつき、彼女の耳を弄ぶ。

1匹は尻尾を腕に絡ませ、彼女の頭を撫でている。


リリィの舌打ち。

ちょっかいをかけている連中に睨みを利かせ、右手を振って追い払う。


夢魔たちは、不機嫌なリリィを意に介さず離れていく。


「キャ~、こわ~い。」とでも言いたげに、3匹で寄り集まってリリィを煽る。

今宵は、夢魔の気分でも無いらしい。


「エサは好きにしろ。何に使おうが、構わない。」


リリィがそう命令を出すと、夢魔は悪漢を持ち上げ、裂けた夜空の中へと連れ込んでいく。

その様子を、女神は退屈そうに眺めている。


――ギロリ。

銀瞳が、窓の外を睨んだ。


「あぁん?」


さっきからジロジロと。

リリィの姿が、部屋の中から消える。


一瞬で外の夜空へと移動し、覗き魔を捕まえる。

ビルの3階を外から見ていた、ドローン。


美しい相貌の口元に、歪んだ三日月が昇る。


「――いまから、そっちへ行ってやる。」


ドローンのカメラに向かって、そう指差し、女神はドローンと共に姿を消した。


カメラが映す映像が、切り替わる。

映っているのは、女神の狂気じみた顔では無く、自分の後ろ姿。


「うわ――!?」


ドローンを操作していた青年の襟首をつかみ上げる。

女性の細腕とは思えぬ怪力で、青年の足は地面から離れる。


「うわぁぁぁぁぁぁ!?!?!? 助けて!!!! 殺されるッ!!!!」


青年は絶叫。

一心不乱に、声を張り上げて、助けを求める。


(‥‥‥‥! こいつ‥‥。)


リリィは、襟首から手を離す。

青年は、みっともなく尻もちをつき、地を四つん這いで這う這う進み、そこから立ち上がって、一心不乱に走り出した。


振り返ることも無く、必死に腕を振り、震えてもつれる足を無我夢中で動かしながら、リリィの前から去っていった。


無様な背中が見えなくなるまで、女神は動かない。


「‥‥‥‥素敵。」


やっと動きだしたと思ったら、自分を抱きかかえて、頬を紅潮させるのであった。


――青年よ、狂喜乱舞するといい。

君は、女神のお眼鏡に適ったようだ。


それは、この世で、最も不幸なことのひとつなのだけれど‥‥。





佐藤(さとう) 一樹(いつき)。都市伝説を追う、無名のネット配信者。


学業・運動、ともに並以下。

それでも、一発逆転を夢見て、ネット配信で一山当てようと活動をする青年。


自身のチャンネルで扱っているのは、主に都市伝説関係。

別に、都市伝説が好きというわけではない。


ただ、最近なんとなく、ホットだからという理由。


アングラ (アンダーグラウンド)から世間大衆の知る所となり、市民権を得たばかりの界隈は、2匹目のドジョウを狙いやすい。


――と、そう思い、別に好きでも興味がある訳でもないが、都市伝説の動画を作っては動画サイトに投稿している。


動画の反響は、鳴かず飛ばず。

閑古鳥も、伽藍(がらん)と鳴くようなありさまだ。


世は、エンタメ最盛の時代。

人々は、AIとネクストの恩恵により労働から解放され、時間と自由を持て余している。


必然、エンタメ界の競争は激しくなり、そのような激戦区において、無個性な一樹の存在感など、あろうはずが無かったのだ。


ネクストの発見により、前時代よりも遥かに発展を遂げた新現代。

されど、時代が変われども、そこに住まう人々は変わらない。


人類は、何百年も前に、飢餓を克服しているのに、未だにひもじかった頃の記憶を忘れられない。

人類は、何百年も前に、地上の覇者となったのに、未だに戦争の欲求を忘れられない。


文明の進化に、人類が適応しきれていない。

それは、今も昔も変わらない。


変わらないからこそ、今でも昔と同じ失敗を繰り返す。


一樹もそうだ。

彼は分かっていない。


エンタメ界隈、クリエイティブ界隈でもいい。

そこは、才能があることが大前提の世界だということを。


動画の台本を作るのに、四苦八苦する彼には分からないだろう。

たった400文字の台本を作るのに、1時間もかかる彼には分からないだろう。


例えば、文章を書くことが好きな者であるならば、素人でも1時間あれば2000文字の文章を書くことができる。

筆が乗れば、1日で1万文字を書くことだってある。


また、それらの作業は、すべてアウトプットのための作業。

頭の中で、もう全ては組み上がっていて、それを出力しているにすぎない。


筆を握ったころには、原稿は仕上がっているのだ。

感覚としては、料理に近い。


夕食を作ろうとキッチンに立ったとき、多くの場合は、今日の献立は決まっているし、必要な材料も揃っている。

キッチンに立ったあと、今日は豚汁を作ろうと考えて、ゴボウを買いに行くようなことはしない。


それと同じで、文章を書く趣味人も、筆を取る頃には、すべての情報が揃っている。

あとは、文章の形となるように、材料を料理をしていくだけだ。


料理でも文章でも、他のどんな道にも通じるが、物好きのスキルは、一般から見ると特殊なスキルに見える。

好きな者からすれば、造作も無いことも、そうで無い者からすれば、非常に難しい。


世の中には、そういう「弱い天才」が、世間から注目されることなく、大勢いるのだ。


そして、極まれに、「弱い天才」の中に紛れる、突出した才能と情熱を持つ「強い天才」が、エンタメやクリエイティブを席巻する。


人間は、自身が理解し得ないことを、認識することも、想像することもできない。


凡人にすら落第するの一樹には、弱い天才の姿や背中すら、認識することができない。

不幸であり、幸福なことだ。


(よ、よし! これはいける。)


そんな彼にも、チャンスが巡って来た。

無能無個性な凡人に残された道は、身体を張ること。


炎上ギリギリ、削除ギリギリを狙い、ついに特ダネを仕入れることができた。


廃ビルに入り浸る、謎の男たち。

男たちが攫って来た女性。


黒髪から、銀髪へと姿を変える女性。

科学では到底説明ができない力を行使する女性。


挙句、その一部始終をドローンで撮影していた一樹の背後に現れ、襟首を持ち上げた。


一樹はいま、言い知れぬ高揚感と全能感を味わっていた。

誰も知らない、世界の秘密を、社会の闇を、自分が暴いたのだという全能感。


これをネットに流せば、自分は一躍有名人。

キラキラとした舞台に立ち、人々からの羨望を浴びる、「上の人間」へ仲間入りだ。


そしたら、ネット有名人とお近づきになって、あわよくば――。


夜が明けて、はやる気持ちを抑えながら、とあるマンションの一室へと赴く。

マンションを事務所の代わりにしている、小さなイラスト会社。


部屋のチャイムを鳴らすと、扉が開き、従業員が一樹を出迎える。


「あ‥‥、あの、サトウ都市伝説事務所の――。」

「サトウさんですね? お待ちしておりました。」


どもる一樹に、ニコリと笑顔を向ける従業員。


彼を出迎えたのは、スーツ姿の美人であった。

‥‥心なしか、タイトスカートの丈が短く思える。


従業員に案内されて、部屋に通される一樹。

そこそこ広い部屋で、合計5人が働いているらしい。


「社長。本日ご予約の、サトウさんがお見えです。」

「はいはい。どうも、社長の新田(にいだ)です。」

「どうも。」


5つのデスクとPCが並べられた作業スペースの、一番奥。

そこから社長の新田と名乗る男が立ち上がり、一樹に挨拶をした。


「ああ~、七島ちゃん。サトウさんの対応、そのまま任せちゃっていい?」

「お任せください。」


一樹を出迎えた従業員は、七島というらしい。

彼女の案内で、応接スペースに通された。


座り心地の良いソファに腰を掛ける。


席に座ると、七島が一樹に名刺を渡す。

今の時代では珍しい、紙の名刺。


「サトウさんの案件を担当させていただきます。七島 梨果(りか)です。」

「あ、よろしく――。」


ニコリと笑みを浮かべる七島に、ドキリとしてしまう。

言葉に詰まり、言葉尻が弱弱しく消えていく。


(ふふふふふ――。あぁ~!! 可愛いっ!)


そう、心中ときめかせるのは、七島。


言うまでも無いが、この七島という女、中身はリリィだ。

彼女の権能のひとつ、「成り代わり」を使い、この事務所に入り込んでいる。


成り代わりに使った人間は、今ごろ自宅でぐっすりだ。


リリィは、一樹に一目惚れをしていた。

惚れたので、ストーカーをした。


ストーカーをして分かったのは、彼が無名の動画投稿者だということ。

そして、自分の得ダネを、この事務所を使って投稿しようとしていること。


現代は監視社会。

監視社会において、一樹が特ダネを投稿しても、すぐさま消されるだろう。


だからこそ、アンダーネットな仕事も請け負っている、この事務所を通じて動画を投稿してもらう。

そういう算段。


いわゆる、炎上系の投稿者にとっては常套手段だ。


監視社会において、AIやコンピューターの盲点は、アナログな手法。


この事務所も、チラシやポケットティッシュと言った手法で、アンダーネットな宣伝をしている。

彼らに動画を渡せば、AIの摘発ルーチンを掻い潜り、動画を投稿することができる。


そして、衆目を浴びて、燃えて消えるまでに再生数を稼ぎ、承認欲求を満たして気持ち良くなる。


また、動画を海外のサーバーや海外の動画サイトに投降し、そこへの動線を構築し、日本ユーザーに流すようなこともできる。


表では、小さなイラスト屋さん。

裏では、そこそこ有名な、裏ネット仲介業者。


それが、この事務所の正体だ。


一樹は、七島に動画のデータを渡す。

データを物理的に保存した、メモリデバイス。


そこには、徹夜で編集した動画が保存されている。


七島はメモリデバイスを受け取り、中身を確認。


「ほう、これは――。」


興味深そうな‥‥、フリをして動画を視る七島。

社長の新田が、熱いお茶を持ってきて、横目で動画を覗く。


「ほーん。」


新田は、裏での活動が長いのか、日本の秩序がひっくり返るような動画を前にしても、ひと言で流して自分のデスクに戻って行った。


「ああ、申し訳ありません。

 うちの社長は、職人気質(かたぎ)でして。

 お客様の持ち込む動画の内容に、あんまり興味を持たないんですよ。」


「あ、いや、そっちの方が助かります。」

「ふふ、ありがとうございます。」


七島がニコリと笑みを向けると、一樹は視線を逸らす。


(わっはー↑ 一樹くん、可愛すぎなんだけどマジで! チョロいわ~~↑↑

 さすが私の彼氏。)


リリィの脳内では、もうすでに一樹は彼氏になっているらしい。


思わず、化けの皮が剥がれそうになるところを必死で取り繕い、リリィは七島を演じ続ける。


「動画の内容は分かりました。

 では、続けて料金の方ですが――。」


そうやって、七島と一樹の商談は、七島の主導で進んでいった。


時折、スーツのジャケットを脱いで見せたり、紙の契約書にサインしてもらう時に、彼の前に屈んで見せて、短いスカートでチラリズムを狙ったり。


彼女は、ほどほどに一樹を揶揄いつつ、その反応を愉しんでいた。


そして、商談が終わりに近づいた頃、七島は彼の耳元で囁く。


「あの‥‥、よろしければ、この後、喫茶店でコーヒーでもいかがですか?」

「――え!?」


慌てふためく一樹の口に、柔らかい人差し指がそっと乗せられる。


「私、サトウさんのチャンネルの、ファンなんです。

 20世紀にあった都市伝説の動画から。」


もちろん、そんなのはウソである。

だが、そのウソに気付ける男なんて、この世にはいない。


「サトウさんのお話し、聞きたいんです。

 聞かせてください。」


一樹は、無言で首を縦に振った。

無言だが、鼻の下が伸びているのが隠し切れていない。


こんな美人がファンなんていうのが、相当うれしいらしい。


昨夜、女絡みで怖い目に遭った経験は何処へやら。

特ダネでヒーローになれるという期待と、弱小コミュニティのファンに出会えた喜びで、一樹はすっかり舞い上がっていた。


七島は社長に、今日は退社すると伝え、一樹の持ってきた動画と契約内容をまとめた書類を渡す。

「はいよ~」と、気楽な返事が社長から帰ってきた。


‥‥‥‥。

‥‥。


マンションの入り口で一樹が待っていると、私服姿の七島が降りて来た。

いわく、事務所の隣が、物置兼更衣室になっているのだという。


(ま、ウソだけどね☆)


私服姿の七島は、黒いタートルネックに白いミニスカート。

黒のストッキングに黒いブーツ。

上着に、水色のロングコートを羽織っている。


色が重くなりがちな冬の装いに、白と水色を取り入れて、暗くなり過ぎないように。


それだけでなく、黒の収縮色を使い、ボディラインをくっきりと見せる。


タイトなタートルネックは、彼女の細くも柔らかいプロポーションを、服の上からでも強調させる。

ケルト十字のチャームを付けたペンダントをアクセントにして、視線誘導もバッチリ。


十字架が、暗い生地の胸元で輝いている。


七島の拘りは、服だけに収まらない。

メイクも、一樹の好みに合うように変えている。


彼女は元々、美人寄りの顔立ち。

ややもすれば、近寄りがたい印象を与える、目鼻立ちの通った顔立ち。


これでは、童貞受けが悪いなと思った。


なので、アイメイクで目元に魔法を掛けた。

上まぶたに、赤色のアイシャドウ。

下まぶたに、ブラウンのアイシャドウ。


世の男どもでは気付かない、女の魔法。

上下に使うアイシャドウを変えることにより、目元の印象を和らげている。


目の上の輪郭を暖色系でぼかし、目の下を肌よりも少し暗い色にして目立たなくさせて、目元を柔らかく見せる。

あとは、アイラインでたれ目になるようにチョイチョイとしてやれば、あら不思議。


一樹悩殺メイクの完成。


「さあ、いきましょう。」


さりげなく手を繋いで、七島は歩き出す。

一歩遅れて、一樹も歩き出す。


(一樹くん。照れてる照れてる。)


この女は、性格も男の趣味もオワっているが、人心掌握に関しては悪魔や邪神にも勝る。

人間の規格に無理やり当てはめるのであれば、サイコパスに分類される人種。


相手が望む行動や仕草を、良心やプライドの呵責(かしゃく)なく演じることができる。


人を操るために、まずは自分が舞台に立ち、誰よりも長く踊るのだ。


ニコニコと愛嬌を振りまいて、獲物を品定め。


(頭は悪くて、運動音痴。意志薄弱で他責思考。

 それなのに、自分は有能だと信じて疑わない。


 努力したことも無いのに、頑張っている人を見下す浅はかな精神性。

 無能なクセに、達観しているかのように冷笑する性根。


 オマエなんか、誰も見てねぇし、興味ねぇよ!

 オマエは、オマエが笑っている人間が立っているステージにさえ立てて無いんだよ!


 ああ、なんて可哀そうな一樹くん。


 でも大丈夫!

 私が、みんなの分まで愛してあげるから♪)


手を繋ぎ、身体を押し当て、彼女は一樹という男を探っていく。

猛獣と呼ぶのすらおこがましい化け物と手を繋いでいる当の本人は、化け物の舌なめずりには気づいていない。


七島の柔らかい手と、上目遣いにドギマギしている。


(ふふふ。女や恋愛に興味ないふりして、ちょっと色目を使ったらこれなんだから。)


そこが、七島にとっては、もう本当に可愛いらしい。


(‥‥もっと揶揄っちゃお♪)


暗い月の嗜虐心に火が付く。


「サトウさんって、女の子にモテてたりします。」

「――え?」


「手の握り方。女の子慣れしてる握り方です。」

「そ、そうかな? 意識したこと無いけど。」


(うはー↑ 女慣れしてる握り方って何だよ? 愛撫じゃねぇんだぞ!)


自分の発言に、自分でツボる七島。

七島の奇天烈な言葉にさえ、一樹は気付けない。


‥‥経験が無いのだから、奇天烈も普通も無いのだ。


そうこうしているうちに、2人は喫茶店に到着した。


カランコロンと、喫茶店の扉が開く。


扉が開くよりも前、店の中で、お姉ちゃんセンサーが反応。


(‥‥おや? この香水の香りは――。)


紅茶を受け皿(ソーサー)に戻し、出入り口を見るのは、リリィの姉である亜里亜(ありあ)

彼女のお姉ちゃんセンサーが、リリィを感知。


(おお! やはりリリィ!)


――と、その横に居る、知らない男。


(ぶふぅ――――!?!?!?)


月隠れの権能を使い、周囲の認識を阻害。

同時に亜里亜は、口から紅茶の霧を吹いた。


紅茶の霧は、綺麗な虹を描く。


さすがは、全能を超越せし女神。

その面目躍如といったところか。


(リリィが!? 私のリリィが!?!? 知らない男と!?!?!?)


七島は、亜里亜に気付かないフリをして、一樹と腕を組んだまま店内を歩き、席に座る。


(しかも、お姉ちゃんを見ないフリ!?

 なんと! そこまで、その殿方が良いと言うのですか!


 いけません。お姉ちゃん、認めませんよ。

 ぜったいにぜったいに、ぜ~~っったいに認めません!)


亜里亜は、震える両手で、なんとか紅茶をテーブルに返す。


――カップから手を離した瞬間、手元が狂って、紅茶がひっくり返った。

亜里亜の膝に。


「アツゥゥゥイ!?」


亜里亜は、誰にも見られることなく、触れられることも無く、床でのたうち回っていた。

その後、自分の粗相を掃除して、割れたカップを魔法で修復して、彼女はすごすごと店を出た。


店を出て、外から七島と、何処の馬の骨かも分からん男をガン見している。


大きな窓に張り付いて、お姉ちゃん見守りモードが発動中。


‥‥念のため、月の女神の名誉のために言及しておくが、こんなに愉快な性格の女神は、亜里亜とリリィだけだ。

これらの2柱以外は、皆まともな性格をしており、女神と信仰されるに相応しい品と格を備えている。


七島は、姉に嫉妬を向けられて、ちょっと良い気分。

彼氏(?)もできて、姉にも愛情を向けられて、今日はとても良い日だ。


――口元に、歪んだ三日月が昇る。

――亜里亜の表情が、真剣な面持ちに変わる。


そう、今日はとても良い日だ。

気分が良い。


気分が良いから、褒美に奇跡を授けよう。


この世に比類なき、奇跡を教える。

暗い月の女神、その本当の名を。


()()()()、暗い月の都市伝説に、興味はありませんか?」





一樹の動画は、社会を賑わす大きなニュースとなった。


日本の影で暗躍する、謎の暴力組織。

その暴力組織を、魔法としか表現できない力で撃退する銀髪の女性。


世間では、日本の鎖国による安全神話は陰りを見せ、魔法を騙るフィッシングサイトや動画が溢れはじめ、社会の潮流は、うねりを見せつつあった。


「みんな、今日は来てくれてありがとう。」


社会の闇を暴いた一樹は、一夜にしてネットのヒーローとなった。

無名の動画投稿者が、いまや都市伝説の第一人者。


何の取り柄もない、冴えない男は、ネットドリームを掴み、成功者となったのだ。


そして、都市伝説のヒーローは、この波を使って、さらに大きな波を起こそうしている。

そのために、今日、生配信を始めた。


「オレは、いま世の中を騒がせている、3大都市伝説の謎を、解き明かしたいと思っている。」


彼の放送には、過去には信じられないほどの人数が押し寄せた。


「もう消されちゃったけど、前に投稿した動画も、そのひとつ。」


コメントは、彼を応援するメッセージで埋まる。

それだけでなく、動画を消した社会に対する不満や、不信感を露わにするコメントも目立つ。


「全国で相次ぐ、謎の失踪事件。

 その真相は、海外のテロリストグループ、”ネメシス”による誘拐だったんだ。」


都市伝説の第一人者からの発言に、コメントは湧き立つ。


『やっぱりそうだったのか!』

『そうだと思った。』

『みんな、そう言ってる。』


などなど、彼に賛同する声ばかりだ。

第一人者が、ネメシスの名を口にしたことで、リスナーは意見を確固たるものにする。


‥‥だが、実際のところ、一樹にその確証はない。

いくらヒーローになろうとも、都市伝説の第一人者となろうとも、彼が無能なのは変わらない。


だから、ネットで噂されている言説を、そのままパクって講釈を垂れているに過ぎない。


まあ、これは前振り。

メッキが剥がれようが何だろうが、一樹にとってはどうでも良い。


今日の目玉は、テロリストではないのだ。


「オレは今日、3大都市伝説の、そのひとつをまた解き明かす!

 暗い月の都市伝説だ!」


『マジか!?』

『ハッカーが解析しても分からなかったのに!?』

『当てずっぽうじゃ、意味ないんでしょ?』


暗い月の都市伝説。

この世には、名前を呼んではいけない女神が存在する。


とあるゲームに登場する、水曜の女神。

彼女の本当の名は、呼んではいけないとされている。


手当たり次第に名前を呼んでも、意味はない。

確固たる、その名に確信を持って呼ばなければ、意味はない。


これは、地球上で現在、2人しか知らない名前。


「よく、この配信を見ていてくれ。」


そう言って、彼は配信のカメラに映るように、ロウソクへ火を灯す。


「女神の名が正しければ、その者は、光を失う。

 つまり、周囲にある灯りが、すべて消える。」


『それヤバくない?』

『ホラーじゃん。』

『ヤラセの可能性。』


コメントの一部では、信ぴょう性を疑う声も上がっている。

確かに、画面越しであれば、小細工でも何でも出来てしまう。


「それは、もう信じてもらうしかないよね。」


一樹はそう言いながら、ペンライトを取り出して折る。

包装された、市販品であることをカメラに移してから、開封していくつも折っていく。


黄色や青色に光るペンライトが、床に転がって散らばる。


準備が終わり、一樹がカメラに向き直る。

その表情は自信に溢れていて、失敗するなど、微塵も思っていない。


「さあ、これが都市伝説の真実だ!

 暗い月の都市伝説、女神の本当の名前は――――。」






――暗い月のリーリィス。


そう告げた瞬間、部屋の灯り、ロウソクの灯り、ペンライトの灯り、すべてが消え、カメラは真っ暗となった。


そして――――。





「あはははははははははは――――。」


狂った女の高笑いを、マイクが拾う。


『ひぇ』

『ひっ』

『やばいやばい』


コメントの雲行きが、怪しくなる。

真っ暗な画面に、女の高笑いだけが響いている。


「ッッッ!?!?」


この状況に最も驚いているのは、一樹だった。


おかしい。

リハーサルの時は、こんなこと無かった。


確かに、練習の時でも、暗い月の名を口にすると、光が失われた。

しかし、すぐに室内灯の光は戻ったし、ましてや女の高笑いなど、聞こえた試しがない。


心臓の鼓動が、速くなっていく。

なにか、自分は取り返しのつかないことをやってしまった。


背中が、汗で滲んでいく。


「い・つ・き・くん♪」

「うわ!?」


耳元で声がしたと思ったら、そこに居たのは、七島。

一樹のファンを自称する、誰もが羨む美女。


世界に光は戻らない。

だのに、七島の姿は、暗闇でもハッキリと見えている。


「あはぁ‥‥↑ 呼んじゃったぁ‥‥↑ 呼んじゃったねぇ‥‥。

 何度も‥‥。何度も‥‥。」


――世界が塗り替わる。


天井に夜空が広がる。

壁が消え去って、屋外へとほっぽりださせる。


カメラは止まらない。

配信は止まらない。


世界が塗り替えられていく様を、常夜の都の風景を、カメラは視聴者へと送り続ける。


「梨‥‥果‥‥さん?」


ガタガタと歯が震える。

震えて、まともに名前を呼べない。


「ふふ‥‥、ふふふ‥‥‥‥。

 梨果。そう、わたし、梨果。」


歪んだ三日月が昇る。


「ふふ‥‥。はは‥‥。」






「な~~~んちゃって☆」


黒髪が、銀髪に変わる。

茶色い瞳が、銀色の瞳に変わる。


冬服が、情婦のような格好へと変わる。


「あ‥‥‥‥。うわ‥‥‥‥。」

「はぁ‥‥! 一樹くん! 一樹くん! かわいい! 大好き‥‥!」


一樹は腰を抜かす。


それもそのはずだ。

彼の目の前に居るのは、先日、彼を襲った銀髪の女だったのだから。


腰を抜かして動けない一樹に、リーリィスは近づき、屈んで、優しく頬に触れる。


「どう? あなたのことが大好きな、暗い月のリーリィスに会えた感想は?」


‥‥ダメだ。ダメだダメだ。

この女は、オワっている。


「一樹くん、有名になりたかったんでしょ?

 だからね、私、頑張っちゃった。

 神様の力を使ってね。」


姉妹には、物凄く怒られたけど。

そう付け加えるも、一樹に声は届いていない。


「でもね、神様の力には、対価が要るの。

 そういう、決まりなの。」


「‥‥‥‥あ‥‥‥‥う。」


呂律(ろれつ)の回らない一樹を前に、リーリィスは立ち上がり、人差し指を唇に当てて思案する。

それから、不気味なほど暗い瞳と、笑みを零す。


「大丈夫。安心して。

 一樹くんのこと、私が伝説の配信者にしてあげるからっ!」


そう女神が宣言すると、彼女は一瞬にしてカメラの元へ。

瞬間移動。


科学とか物理とかの法則を丸っきり無視した、魔法による瞬間移動。


「あは♪」


カメラのレンズを覗き込む。

配信の画面には、美しくもおぞましい女神の顔が写っている。


「あはは♪」


リーリィスは、カメラに右腕を突っ込んだ。

カメラは壊れることなく、女神の腕が、機材を透過するように吸い込まれる。


‥‥‥‥。


その画面の先では、阿鼻叫喚が広がっていた。

なんと、女神の腕が、画面から伸びて来たのだ。


腕は視聴者を襲い、掴みかかろうとする。


ある者は腕から逃れ、ある者は胸倉を掴まれた。

PCの電源を落としても、モニターを破壊しても、配信は止まらないし、女神の腕も消えない。


「あははは♪」


人間を脅かして、愉快そうに口元を歪め。

腕をカメラから引き抜く。


彼女の後ろでは、一樹が現実を受け入れられず、気絶して泡を吹いている。


暗い瞳は夜空を仰ぎ、両手を広げる。


「あはははははははははは――――。」


――我が名を讃えよ。

――我が名を祟えよ(たたえよ)




我が名は、月の女神が一柱(ひとはしら)

水曜の女神、暗い月のリーリィス。

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