6.6_イバラの厄災
――許さない。――許さない。
青い空が憎い。
何も知らず、回り続ける世界が憎い。
女性の無念と非情を啜り、イバラの龍が蘇る。
落下によって砕けた身体を接ぎ、怨念によって宙に浮かび、イバラに葉脈が浮き上がり、脈を打つ。
幽鬼のように生気も無く漂い、しかし、目と心臓に、収まらぬほどの狂気を宿している。
――青い空が憎い。
――青い空が憎い。
空が暗くなる。
空は飽きれるほどに晴れ渡っているのに、まるで曇天の空模様。
光が失せ、重い日和となった。
薄暗くなった地上で、イバラ龍が燃えるような妖気を放っている。
この龍は奪っているのだ、空の光を。
植物の持つ光合成の力を、魔力で拡大して。
龍の身体が変貌していく。
ツルを束ねただけだった身体が、細かく分化し、龍の身体へと近づいていく。
翼は翼らしく、頭は頭らしく、顔は顔らしく。
それでも、足元だけは、幽鬼のように定まらぬまま。
龍の大口が開いた。
口から漏れる、赤黒い煙が、光を奪っていく。
吠えることも無く、殺気を振り撒くでもなく、静かに、イバラの厄災との戦いは始まった。
◆
最初に動いたのは、茨龍。
音も影も無く、忽然とその場から姿を消し、ホワイトナイトの目の前に現れる。
右腕を振りかざし、ホワイトナイトを襲う。
対するホワイトナイトは、エネルギーシールドを展開。
自分を体を覆えるタワーシールドを展開して、茨龍の爪を受けた。
攻撃を防ぎ、白騎士がわずかに後退る。
‥‥爪を受けたシールドから、ヤドリギが芽吹く。
ヤドリギは急成長し、瞬く間に盾を覆いつくさんとする。
ヤドリギの急成長によって、ホワイトナイトの重心がぐらつく。
それなりの重さを持っているようだ。
ジェネレータから、シールドにエネルギーを供給。
高圧魔力によるパルスを発生させ、ヤドリギを根元から焼き切る。
魔力パルスが生じた盾を使って、シールドバッシュ。
堅牢な盾は、時に剣よりも優れた武器となる。
茨龍にシールドバッシュが命中。
身体の表面を焼きながら、ダメージに怯む。
エネルギーソードで追い打ち。
その剣戟は、姿を消されて躱される。
茨龍の幽体移動は、テレポートと原理が似通っているらしい。
移動先の座標を、魔力野で追うことができる。
1度目で気づき、2度目で対応。
幽体移動に合わせて、プロトエイトが動く。
CE屈指の加速性能と旋回性能で、ホワイトナイトから距離を取った茨龍に斬りかかる。
カタールを龍の背後から突き刺す。
突き刺し、捻じってから横に切り裂く。
攻撃は入った。
利いているのかは微妙だが。
茨龍の傷口から、ツルが伸びて来る。
CE随一の加速力で持って、それをやり過ごす。
茨がカラスを追い払っているあいだに、テストウドとホワイトナイトが距離を詰める。
背中から生やしたツルが燃える。
空から奪った光の熱を使い、自身を燃焼。
燃える鞭を振るい、ホワイトナイトを攻撃。
迫る鞭を、剣で切り落とす。
盾で受けては、しなって絡みつかれる可能性がある。
搦め手に備え、あえてリスクを負い、鞭を叩き斬った。
鞭は切断され、燃え尽きて塵と消える。
ホワイトナイトの出力が低下する。
背中からチューブが伸びて、ショルダーショットガンにエネルギーを充填。
茨龍の攻撃対象とならなかったテストウドが、距離を詰める。
瞬発力に秀でるブースターの出力を解放し、ぶちかまし。
茨龍が姿を消す。
幽体移動。
(――気配が!?)
姿を消した瞬間、魔力野が不可解な魔力の流れを捉える。
力の流れが、3つに分かれた。
茨龍たちが姿を現す。
3体に分裂し、テストウドを囲む。
ダイナが、ショルダーショットガンの引き金を引く。
分裂した1体を即座に攻撃し、一射で蜂の巣にする。
幽鬼は木くずとなって、空から落ちていく。
テストウドが、分裂した1体に張り手を見舞う。
分裂体は張り手を受け、張り手に絡みつく。
偽物は、バインドトラップとしても機能するらしい。
残った本物の茨龍が、テストウドに襲い掛かる。
――シンクロ!
CEファイバーに負荷を与え、ショックスパーク。
ツルの絡みつく腕を茨龍に向けると、腕が爆発。
バインドトラップを爆発で四散させ、その向こうにいる茨龍にもダメージを与える。
茨龍は、爆発を左腕で受ける。
受けた直後、左腕を切り離す。
植物の身体だからこそできる、安易な四肢の切断。
自分の枝先を折る感覚で腕を切り離し、ショックアブソーバーとして扱う。
片腕で爆発を凌ぎつつ、脚の存在しない下半身で攻撃。
脚が無く、尻尾のようになっている下半身でテストウドを突き刺した。
重量級の装甲は厚く、貫通させるには至らない。
だが、これで充分。
種は撒いた。
テストウドの胴体からヤドリギが成長する。
茨龍の心臓が眩く光る。
空から奪った光を、開放する。
世界が、薄ら赤い景色に変わっていく。
茨龍の身体と同じ色をした光が、一帯に広がる。
これは、この植物が反射した光。
光合成に使わない、赤い波長の光。
その光は、一瞬でツルを燃焼させるほどの熱を持つ。
CE機内にある計器が、高温と高熱を検知。
――テストウドから煙が上がった。
胸に、深々と亀裂が入る。
ツルの持つ水分が、高温により一気に膨張し、装甲を砕いたのだ。
水に濡れた石を焚火に当てると、爆発することがある。
それと同じ原理。
重装甲に深く走る亀裂に、茨龍は畳み掛ける。
この龍は、派手な攻撃手段こそ持たないが、搦め手からの一点突破に秀でているらしい。
さざれ石に苔が生すように、植物の成長が石を割るように。
じわじわと、相手を追い詰めていく。
追い打ちを仕掛けようする茨龍の頭上から、プロトエイトが落ちてきた。
カタールを構え、龍の脳天に突き刺す。
そのまま、落下スピードを使って、龍をテストウドから引き離す。
脳天を割ったカタールに、ツルが巻き付いていく。
カタールを手放す。
手放して、宙で一回転して、踵落とし。
おおよそ、CEとは思えない人間的な動きで、カタールの根元まで龍の頭に食い込ませた。
茨龍は頭に踵落としをもらい、地上へと墜落。
茨の広がる地上で、土煙の中に消える。
――空が暗くなる。地上に赤黒い灯りが光る。
熱線。
空から光を奪い、奪った光を空に目掛けて放つ。
地上から伸びる熱線が、3機を狙う。
その隙に、茨龍は地に根を張る。
根を張り、自分が吸収したエネルギーを地下へと流していく。
たちまち、地下には根が成長し、張り巡らされる。
地下茎が伸びて、茨龍の数が増え、さらに増殖し、寄り集まる。
茨龍は、ついに大地を引き抜いて我が物とした。
文字通り、根の張った領域を根こそぎ剥ぎ取り、宙へと浮かべる。
セントラルに、大穴が空く。
距離にして、直径100メートル。
深さにして、10メートル。
その大地を持ち上げ、そこをプランターにして、龍は巨大化をする。
巨大化する龍の姿は、おとぎ話に登場する、ジャックと豆の木。
あっという間に見上げるほどの大きさに成長し、その巨体で持ち上げた大地を軽々と支えている。
茨龍の身体が大きくなることによって、日光は、ますます龍に奪われていく。
セントラルに曇天が広がっていく。
真っ先に、セツナが危機感を覚える。
「‥‥マズい! このままじゃ、コイツは加速度的に成長する。」
「でもどうする? こんなに大きくなったんじゃ‥‥。」
「速攻は難しいぞ。」
すでに茨龍は、CEが見上げるほどに成長をした。
もはや、山が飛んで動いているような状態だ。
さすがに、CEでどうにかできるスケールを越えている。
どうにかできるとしても、時間が掛かり過ぎる。
手を打っている間に、また彼奴は成長をするだろう。
このイバラにとって、一瞬は千年。一秒は万年なのだから。
悪いニュースは続く。
CEのセンサーが、巨大な魔力反応を捉える。
(‥‥‥‥赤龍!)
今日は、よくコイツに遭う日だ。
ぜんぜん嬉しくないが。
茨龍は、空に現れた赤龍を睨む。
鳥籠を破壊された恨みを晴らすように、今まで無口だった亡霊が吠えた。
二龍は睨み合い、龍同士の挨拶を言わんばかりに、ブレスを放つ。
白い火球と、赤黒い熱線が衝突し、セントラル上空を真っ白に染めた。
巨大な魔力が衝突し、力場が乱れ、セントラル中に停電が発生する。
それだけでない、巨大な力の衝突は、情報災害を引き起こす。
2次災害。
行き場を失った魔力が、物質世界を汚染。
魔力の竜巻となって、都市のビルを巻き込み破壊していく。
空では、地上の世紀末など露知らず、厄災の二頭が平然と睨みを利かせている。
この二頭に付き合っていては、セントラルが持たない。
赤龍は、自分よりも何倍も大きな茨龍を、相変わらず上から見下している。
自分の方が格が上であると、それを信じて疑わない。
茨龍は、空に浮く山となった身体を誇示し、厄災の頂点と対峙する。
復讐の邪魔をするのであれば、容赦しない。
誰が相手であろうと、例外は無い。
奇しくも、人間を破滅させる者同士が争っている。
その下で、人類は確実に滅亡へと向かっていく。
‥‥いつの時代も、忘れてはいけない。
人間は、自然には勝てない。
龍とは災害、肉体を持つ天災。
どだい、人間が抗うなど、不可能なのだ。
それは、夢戻りのエージェントであっても変わらない。
「何とかして、止めないと!」
一気に蚊帳の外となってしまったセツナが、そう口にする。
手元では操縦桿が小刻みに暴れている。
茨龍の足元では、情報災害が起きて嵐となっている。
この状況でできること。
それを考える。
あわよくば、龍が相討ちになってくれる。
なんてハッピーなことは考えない。
挨拶代わりの一撃で、地上は世紀末となって嵐が起きる始末だ。
次、まともにブレスをぶつけあったら、都市部は壊滅する。
ホラーな大脱走の次は、テラーなガルガンチュアと来た。
もう、何もかも滅茶苦茶だ。
この世の終わりを、3機のCEは見上げることしかできない。
‥‥‥‥。
‥‥。
「――――さん。――答してください。――セツナさん。」
絶体絶命のピンチに、通信。
通信の主は、久しぶりに声を聞いた、アリサ。
「アリサさん!?」
予想だにしない相手からの通信に、驚くセツナ。
「セツナさん、詳しく説明している時間はありません。
いま、そちらにドローンを飛ばしています。
ドローンには、対ディヴィジョナー用の抗体を持たせています。
コアレンズに加工した、因子不活性化の抗体です。」
「――!! なるほど、了解。」
アリサから、ドローンの供給地点が送られてくる。
地点へ向けてプロトエイトを動かす。
その通信に、ダイナも混ざる。
「待って! 待って! 赤龍はどうするの?」
「それに関しては、アタシが説明するね。」
ダイナの質問に答えたのは、オペレーターのカエデ。
「ダイナっちと、じぇーじぇーに、赤龍を迎撃してもらうね。」
「どうやる?」
「このポイントに向かって、エンジニア謹製のドラゴンキラーを送ったから。」
「「了解。」」
セツナがビルの屋上で、ドローンからコアレンズを受け取る。
受け取り次第、すぐさまプロトエイトに乗り込み、ブースト全開で茨龍の元へと向かう。
空では、二頭の龍が大口を開け、力を溜めている。
プロトエイトで、空に浮かぶ山のふもとを飛んで登る。
山から、イバラの触手が伸びて来る。
ジェネレータに闘志を流し込む。
極彩色のカラスが、大きく翼を広げる。
翼を広げたカラスは、重力でさえも捕まえることはできない。
触手も、重力さえも振り切って、プロトエイトは山の一番高い所へ。
機体の胸が開く。
そこから、迷わずセツナが飛び降りる。
魔導ガントレットに、コアレンズを装填。
「――バスティングコア。」
同時刻。
ホワイトナイトとテストウドは、ビルの屋上にて、2機掛かりで巨大なカノン砲を担いでいた。
「うぎぎ――ッ! 重い――っ!!」
「テストウドの関節が軋んでるぞこれ!」
ドラゴンキラーと呼ばれた兵器は、馬鹿みたいに大きなショルダーキャノンだった。
とてもCE1機で運用されることを想定していない、馬鹿みたいに大きな巨砲。
長さが、CE3機分ほどある。
ホワイトナイトは、肩のショットガンをパージし、ドラゴンキラーを担ぎ、背中のチューブを使いエネルギーを供給している。
テストウドも、ホワイトナイトの後ろでドラゴンキラーを抱えている。
テストウドには、武装を取り付けることができない。
しかし、ドラゴンキラーを動かすには、CEの動力が居る。
なので、機内の湯沸かし器を取り外し、そこに供給チューブをブッ刺した。
現在、供給チューブの都合で、コックピットは全開。
二頭の龍と、空を飛ぶプロトエイトが、肉眼で良く見える。
「よしダイナ。準備できた。」
「オッケー! じゃあ行くよ!」
ドラゴンキラーに、ジェネレータからエネルギーが供給される。
それだけでなく、パイロットのAG、それから体力もエネルギーに変換して、ドラゴンキラーに送り込む。
「「ゼクロス!!」」
ドラゴンキラーの周りに、黒雷が走る。
それは、悪魔の機体と呼ばれるCEの技術を転用した稲妻。
黒雷は、ゼナスという機能。
パイロットの命をCEが奪うことで、悪魔の眠れる力を呼び覚ます機能。
黒雷と闘志を融合させる。
それが、ゼクロス。
機械と悪魔の力により、人間とCEが限界を超越する技法。
ドラゴンキラーに、エネルギーが充填される。
CE2機のジェネレータ。パイロット2人の命。
超兵器はそれらを貪り、腹を満たし、力を蓄える。
黒雷が激しくなり、砲門に青白いエネルギーが収束していく。
――隼が、龍に爪を突き立てる。
――龍殺しが、赤龍に牙を突き立てる。
「――ブレイズキック!」
「「いけぇぇぇぇ!!」」
隼の爪は、イバラの山を撃ち抜いた。
抗体を持った爪が、イバラを枯らし、力を奪い、機能を停止させ、龍の動きは止まった。
龍殺しは、赤龍の胴を貫いた。
人間風情と慢心する心を、覇者たる肉体を、一瞬の閃光によって貫いた。
山を撃ち抜き、落ちていくセツナを、プロトエイトが迎え回収する。
ドラゴンキラーの砲門は出力に耐えきれず裂け、テストウドもホワイトナイトも、体の節々から火花と煙を吹いている。
茨龍は、空を仰ぎ、頭から全身が白く枯れていった。
主を失った、空に持ち上げられた大地は、重力によって落下して、都市を破壊し、そこに山を創った。
赤龍は、撃ち落とされ、地べたに足をつけた。
足をつけ、体と瞳を燃え滾らせ、憤怒を口から噴く。
その熱と光は、ビルの屋上からでも見えた。
「――逃げよう!」
「いぃ!? 退避ぃ!!」
JJとダイナは機体を捨て、ビルの屋上から飛び降りた。
直後、足を付けていた屋上は、消滅した。
赤龍は、鬱憤が晴れたのか、空へと帰っていく。
プロトエイトは、去り行く龍を、崩れ行く龍を、宙に留まり眺めていた。
空に光が戻り、街に青空が帰って来る。
――青い日差しが映す物。
それは、たった数時間前まで、平和だった街。
たった数分前までは、形を保っていた街。
それが今は、終末の街となった。
幅100メートルの大穴が空き、高さ10メートルの山ができ、災害による竜巻が、未だ消えずに幾つも逆巻いている。
事態は、それだけでは終わらない。
セツナの腕で、スマートデバイスが鳴動。
再び、ディヴィジョナー化した彼自信を、アラートによって警告する。
「‥‥セッツン、じぇーじぇー、ダイナっち。」
カエデが、いつになく沈んだ様子で声を掛ける。
「ま、まあ、後はアタシたちに任せて。
今日は、ゆっくり休んで。ね?
‥‥‥‥。」
これくらいで、セントラルは滅んだりしない。
この街も、ここの人々も、強いのだから。
だが、しかし。
この日の厄災は、街と人々に、大きな傷を与えた。
もしかすると、癒えないであろう、深い傷を。
――そして。
その日の夜、月は空から沈まなくなった。
人々は夜に眠り、暗い月が、終わらない夜を照らし続けている。
‥‥‥‥。
‥‥。




