6.5_許さない。
‥‥夢を見ていた。
イバラによって、セントラルが崩壊していく夢。
人々は眠りに落ち、化け物が徘徊し、生存者を襲っていく。
一刻も早く、セントラルへ。
◆
右手に太陽を。両手に闘志を。
パッシブ「安定的な超新星」、「双子の火星」発動。
AAGスキル ≪双星炎撃掌≫ 。
魔力圧力により自己融解をする黒い太陽を、イバラに向かって放つ。
鉄のように硬いイバラは氷が溶けるように破壊され、道が開ける。
それを、もう一発。
覚めぬ眠りの夜の底を、悪夢の監獄を、太陽が尽くを焼いて照らす。
セツナたちは、イバラの眠りからの脱出を図っていた。
やり方はシンプル。
壁をぶち抜いて、真っすぐ進む。
それを、壁が無くなるまで続ける。
呑気に迷宮探索や、脱出ゲームに付き合ってやる義理は無い。
この箱を管理する責任者が出向いてくるか、その責任者の居場所を見つけるまで、3人はただひたすらに暴れ回る。
異変に気付き、イバラの看守たちが3人を制圧しようと押し寄せる。
看守が杖刑棒で地面を叩くも、茨の呪縛は死の淵から生還したセツナたちには通用しない。
通用しなければ、看守がいくら押し寄せようとも、物の数では無い。
彼奴等を殴り飛ばし、火薬の煤に変え、夕暮れへと招き消し去る。
暴れ回り、破壊し、障害を叩き壊し、ついに外の光が見えた。
3人は一斉に外へと飛び出す。
目が明順応をして、外の明るさに慣れて、外の景色が明らかになる。
眼前に広がっていたのは、青空。
イバラの籠に囲まれた向こうに、青空が見える。
3人は重力によって下へと落ちていく。
地上は湖になっていて、水面が広がり、そこからイバラが伸びている。
前を見て、下を見た次、周辺を見た。
すると、彼らが良く知る、ランドマークの姿が飛び込んでくる。
――大瀑布。
空から絶え間なく落ちている、大瀑布。
それが、イバラと空の向こうで、虹の橋を描いて地上へと落ちている。
どうやらここは、天蓋の大瀑布らしい。
なぜここに居るのか? それは分からない。
だが、ただ事ではないことだけは理解した。
ここは、浮き島。
天蓋の大瀑布の上にある、古代の都があった場所。
その都が崩れた断片。
それが、今もなお浮き島となって存在し、天蓋の上と下を繋ぐ道の途中で、群島を成している。
――3人は、湖の水面へと着水。
湖は浅く、靴が浸るほどの水深しかない。
水面には、映る限り一杯に青空が広がり、空と雲を水鏡に映している。
空を見上げれば、イバラの鳥籠に、その向こうの青空。
不思議なことに、湖は不気味なイバラを映しておらず、美しい空だけが澄み渡っている。
どこまでも広がる空、浮き島を横切る雲海。
水平線まで広がる澄んだ湖と、島の一切を逃さぬように広がる薄ら赤いイバラ。
セツナたちは、セントラルの災害の只中にあって、魔法界の美しくも不気味な島に居た。
脱獄者を追って、看守たちが空へと飛び出す。
飛び出して、彼らの後ろにドボドボと落ちて積もる。
しかし――。
湖の水に触れた途端、看守はインクが水に溶けるように、形を保てなくなって消えてしまう。
赤い色素が抜かれ、透明なイバラとなり、水になって消える。
代わりに、湖に赤い濁りが広がり、澄んだ水を汚す。
看守たちは、水に溶けて居なくなった。
彼奴等の積もる背後には、悪夢の監獄。
セツナたちが囚われていた、城のような監獄がそびえ、青い空へと伸びている。
監獄からは脱出した。
今度は、セントラルに戻る手段を探らねば。
いまだに主力火器も使えなければ、オペレーターと通信を取ることもできない。
「ねえ! あれ見て!」
ダイナが、空を指差す。
差した先には、宙に浮いている鳥籠が見えた。
監獄城から離れて、ひっそりと浮かぶ離れ小島。
何かがありそうと思うには、充分な立地だ。
「だが、流石に高くないか?」
「ジャンプでどうにかなる‥‥、高さではなさそう‥‥。」
目的地への距離は目算で、湖の水面から上方向に300メートル強。
周辺や籠の下に、足場として使えそうな壁などは無い。
最近は戦闘で、みんな当たり前のように空を飛んでいるが、完全に足場無しで300メートル上に飛ぶのは難しい。
不可能ではないが、プレイヤーのクラスやビルドによっては現実的ではない。
と、そんな時。
湖に漂う、赤いインクが動き出す。
急に3人の足元を通り過ぎて、鳥籠の方へ。
そして、インクが水面の上へと伸びていく。
インクが成長し、透明なイバラとなって、鳥籠までの道を創っていく。
イバラの上には、湖の水を使ったガラスの階段を用意。
安全に鳥籠に至るまでの道が築かれた。
ガラスの足場を頼りに、3人は上へと昇り始める。
視点がどんどん高くなっていき、湖をどんどん方々まで見渡せるようになっていく。
目を水平線の方へとやれば、白く壮大な雲海が広がっている。
とても幻想的な景色だ。
こんな、緊急事態で無ければ。
それと、高所恐怖症で無ければ。
鳥籠へと続く道を渡り切り、JJが格子を破壊する。
中が見えないほどに密度の高い格子を壊して、一行は鳥籠の中へ。
‥‥‥‥。
‥‥。
「――許せない。――許せない。」
籠の中は、驚くほど静かで、おぞましかった。
「‥‥‥‥憎い。‥‥‥‥憎い。」
女性の恨み辛み、湿った刃音。
びっしりと繁るイバラに木霊して、それらが鳥籠の中に幾重にもなって響く。
「奪われた。裏切られた。」
止まった籠の中で、長い黒髪の女性だけが、声を発し、腕を動かしている。
3人に背を向けて床に座り、ただひたすらに、腕を上から下へと振るう。
手には、鋭いイバラの棘。
棘も手も赤く染まり、それが自分の物なのか、誰の者なのか判断が付かない。
「許さない。許さない。」
女性は、鳥籠の壁が破壊され、侵入者を許すも、意には介していない。
ひたすらに腕を振り上げ、背中の向こうの何かに、執拗に棘を突き刺している。
「「「‥‥‥‥。」」」
3人は、顔を見合わせる。
どうしたものかと、困ってしまう。
見たところ、話しが通じそうな相手では無い。
かと言って、無抵抗な相手に攻撃をするのも憚られる。
今回のミッションは、プレイヤーの精神というか、正気度というか、そういうのを削ってくる。
いよいよ、殴って解決が通用しなくなってきたと、そう感じる。
全員が困った顔でアイコンタクトを取って、セツナが1歩前に出た。
鉄砲玉は自分の役目と、女性に近づいていく。
乾いた足音がするも、女性は気にも止めていない。
いよいよ、腕を伸ばせば届く距離になって、女性の肩に手を伸ばそうとする。
「――――!? うっ!?」
セツナが顔をしかめる。
生理的な嫌悪感。鳥肌が立つ。
それもそのはずだろう。
女性は背中の奥で、ピンク色の肉塊へ、執拗に棘を刺していたのだから。
いったい、どれほどの時間、どれだけの回数、繰り返せばそうなるのだろうか?
しかも、肉塊はまだ生きているようで、イバラが刺さると湿った音を立てて、筋肉が硬直を起こして固く収縮をしている。
イバラが引き抜かれると、ドロドロと溶けて、スライムみたいに不定形へと変貌する。
辺りに飛び散った肉片は、塊とひとつになろうと、床をドロドロと這っている。
セツナの正気度が、ここに来て、また削られる。
「ダイナ!」
セツナが叫んだ。
――この女は、終わっている。
無抵抗だからと、戦意が無いからと、情や情けを掛ける必要は無い。
セツナの声に、ダイナが魔法で答える。
杖を構え、杖の先端に火球を生成。
火球はみるみる巨大化し、ダイナの身の丈を超えるほどに。
鳥籠の床を削りながら、火球が放たれた。
セツナが射線から走って離れ、火球は女性の背に直撃。
背中を容赦なく焼いた。
「――かはッ!?」
女性の口から、黒い煙が上がる。
肺が焼け、吐血は熱により蒸発し、血が口の中で乾く。
火球の衝撃により、目の前に勢いよく倒れる。
肉片を押し潰し、ぶちまけながら、床に伏す。
「‥‥‥‥許せない。‥‥‥‥許せない。」
力尽きる死力を削ってまで、彼女はイバラを振るう。
もう、そこに憎むべき相手は居ないのに。
だが、イバラを、恨みを振るわずには居られない。
「‥‥‥‥あぁ。‥‥どう‥‥‥‥し、て‥‥。」
右手を上げて、すすり泣く声が漏れて、彼女は事切れた。
――赤い瞳を瞼が隠し、悪夢は終わる。
振り上げられたイバラが、重力で腕と共に落ちて、床を引っ掻いて砕けて折れた。
‥‥なんとも、後味が悪い。
出だしも最悪なら、後味まで悪い。
最悪も最悪だ。
終わっている。
いったい、この任務は何処に向かって、何処に着地しようとしているのか。
3人とも、気疲れからか、無意識に口から無言の文句が漏れてしまう。
もう、この場には居たくない。
一刻も早く、ここから離れたい。
皆、同じ気持ちで、出口へと向かう。
ダイナとJJが外に出て、セツナを待っている。
セツナも足早に、2人の元へと歩いていく。
――その時である。
セツナの足が止まる。
ダイナとJJの視線が、セツナの奥へと向く。
死んだはずの鳥籠の中で、物音、物の動き。
衣擦れの音がして、女性の死体がひっくり返る。
死体の下から、美しい女性が姿を現す。
銀髪銀瞳に、醜く歪んだ口元。
月の女神が3番目。
水曜の女神、暗い月のリリウム。
歪んだ三日月が、狂った箱庭の中に顕れたのだ。
――いや、彼女は最初から、ここに居たのだろう。
ここに居て、ここに囚われて。
この監獄はそもそも、彼女を捕らえ苦しめるための檻だったのだろう。
リリウムは、暗い笑みを浮かべる。
そして、無念を抱きかかえ力尽きた亡骸の顔を、踏みつける。
1度、2度、3度と踏みつけて、それから女性の頬を入念に踏みにじる。
それで気が晴れたのか、今度は上着の裾を両手で摘んで、亡骸に見せつけるような所作を取る。
リリウムの上着が、映像で見たときと変わっている。
生地が薄いのは相変わらず。
だが、半袖のブラウスから、長袖のワイシャツに変わっている。
――これは、彼からの贈り物。
彼とのお楽しみのための、プレゼント。
歪んだ三日月が、深く吊り上がる。
勝ち誇った表情を浮かべ、両手を広げ、くるくると回り踊る。
「あははははははは――――!!」
狂った嗤い声と共に、鳥籠が崩れていく。
小さな鳥籠も、大きな鳥籠も。
イバラにヒビが入り、形を保てなくなる。
3人は、リリウムを置いて撤退した。
ヒビが入り、崩れていくガラスの階段を下っていく。
「――うわ!?」
ダイナが、階段から足を踏み外した。
運悪く、体重を掛けると同時に、足場が崩れてしまったのだ。
JJがマジックワイヤーを伸ばす。
伸ばして、ダイナを捕まえ、放り投げて復帰させる。
「ありがとう。」
足元に竜巻を発生させて、落下の衝撃を軽減。
安全に着地をして、階段を下りていく。
――受難は、まだ続く。
『――――!!』
空に、龍の咆哮が響いた。
その咆哮だけで、イバラは砕けて消滅する。
階段は崩れ、3人は湖の水面へ向かって落ちていく。
全員、スキルを使って何とか着地。
落下速度を軽減し、受け身と取り、転がるように着地。
そんな彼らに、崩壊した天井のイバラが降り注ぐ。
空を覆っていたイバラがへし折れ、支えを失って、空から3人に襲い掛かる。
火薬や夕暮れの爆発を使い、何とか生存スペースを確保。
天井の残骸が、彼らを囲むように降り積もっていく。
水しぶきに、木片の粉塵。
視界が塞がり、明けて開けた先には――、大口を開けた赤龍。
胸に傷を負った、夢の跡地で戦った赤龍が、空から矮小な生物どもを睥睨している。
雲海が散っていく。空が歪んでいく。
都市ひとつを消し飛ばした、あの攻撃が来る。
「逃げるぞ!」
「うえ!? 逃げるったってどこにさ!?」
JJの言う通り、逃げたいのは山々なのだ。
だが今は、オペレーターの支援も受けられなければ、CEも呼び出せない。
「――いい!?!?」
具体的な策を出せぬまま、龍のブレスが、浮き島を焼き尽くした。
その一撃に生存者はおらず、残ったのは、尽きぬ湖の水だけであった。
‥‥‥‥。
‥‥。
「――は!?」
視界が真っ白になって、瞼の下が真っ赤になって、暗い閉所で目を覚ました。
セツナは反射的に飛び起きようとするが、それをシートベルトに咎められる。
CE用の、パイロットの安全を確保するための、シートベルト。
「‥‥‥‥あれ?」
戻って来た?
じゃあ、どれくらい寝てた?
突如、機内にアラート響く。
ビックリトラップ。
肩が、びくりと跳ねてしまう。
アラートは、腕に装備したスマートデバイスから。
種類は、レッドアラート。
スマートデバイスから、電脳野を介して、検知箇所の座標が送られてくる。
ポイントは全部で3箇所。
1つは、この機内。
1つは、JJの乗るテストウドから。
1つは、ダイナの乗るホワイトナイトから。
「‥‥‥‥。」
死亡からの蘇生。
暴走した肉体に、驚異的な怪力。
そして、アラートを響かせているスマートデバイスの画面のように、真っ赤な赤い瞳。
いま、すべての合点がいった。
どうやら、セツナたちは、ディヴィジョナー化してしまったらしい。
自我を保てているし、別段なにかが出来るようになった実感はないが。
CEの機能が復活する。
ジェネレータからエネルギーが各機関に供給され、パイロットの操縦を受け付けるようになる。
イバラ龍との戦闘後、イバラの群生地に墜落したCEを立ち上がらせ、空に浮かせる。
同じタイミングで、テストウドとホワイトナイトも空へ。
『――許さない。――許さない。』
群生地の中に、女性が1人佇んでいる。
恨みつらみを吐きながら、よろよろと、砕けたイバラの龍の元へ。
龍の亡骸の上に乗り、そこから1本、棘を引き抜いて。
『青い空が憎い。何も知らず、回り続ける世界が憎い。』
自分の心臓に、イバラの棘を突き刺した。
女性は、龍に抱かれるように倒れ、胸から流れる血を、龍が啜る。
植物の龍に流れる葉脈が、誰にも知られることなく、拍動を始める。
‥‥‥‥。
‥‥。




