6.2_夜へ。
――許せない。――許せない。
‥‥‥‥憎い。‥‥‥‥憎い。
奪われた。裏切られた。
許さない。許さない。
◆
3人の乗ったCEは、イバラの龍が出現したポイントに到着した。
出撃命令から約10分。
到着した場所は、イバラの庭園となっていた。
スマートデバイスが鳴動。
レッドアラート。
デバイスが、ディヴィジョナーの存在を知らせる。
センターの一角を埋め尽くす、イバラの絨毯。
イバラは都市に寄生し、カズラのように建物に絡みつき、薄ら赤い絨毯となって敷き詰められている。
赤いような、紫のような、生理的な不安感を掻き立てる色。
身体の皮膚を剥ぎ、肉を削いだ中に走る、鮮やかな血管にも見えれば、血色悪く、土気色をした患い顔の色にも見える。
鮮やかにも、土気色にも見えるイバラを空から見れば、湖のように広がっている。
――不気味だ、あまりにも。
地響きのひとつも立てず、これほどの災害が起きた、その異質さが。
闘争と抗争のセントラルにおいて、銃声によって始まる人災とは違って、この静けさは異常だ。
人間の臓腑を侵す病のように、静かに、そして確実に、セントラルに巣くい人々を蝕んでいる。
イバラの湖の上には、紫色の龍が佇んでいた。
翼で自分の身体を包み、蕾となっている。
龍の脚は、絡み合って束になって1本のツル。
地上からイバラの茎が何本も絡み合い、それが空へと伸びて、空で龍の上半身を形作っている。
龍の翼が開き、イバラが開花する。
目や口にあたる器官は見られない。
身体は、イバラを寄せ集めて形作られ、造形こそ龍のそれであるが、造詣以外は植物それだ。
龍の上半身はCEの、2倍は大きく、脚はその3倍は長い。
スマートデバイスは警告する。
この龍こそが、ディビジョナーであると。
龍は、吠えることも無く、静かに殺意を高めている。
驚くほど静かに、龍との戦いは始まった。
‥‥‥‥。
‥‥。
龍の脚、地上から伸びているイバラが蠢く。
枯れ枝が折れる音、蛇が地を這う音。
それらに似た、湿っぽく乾いた音を立てながら、脚のツルが動く。
ツルに隙間が生まれ、そこから巨大な枯れた実が空中に放り出される。
枯れた実は、やる気の感じられない速度で空を進み、そして勢いよく爆ぜる。
一部の植物の実は、成熟すると爆ぜる生態がある。
日本の植物で言えば、ホウセンカやカタバミ。
これらの実を触ると、実が弾けて中の種子を周囲に飛ばす。
カタバミはクローバーに似た雑草で、草引きをしていると、爆ぜて飛んだ種子が目に入ることもある。
龍が飛ばした実も、それと同じ性質を持っているらしい。
直径2メートルはあろう実が、空中で爆ぜて中身の種子が飛び出す。
雑草ていどであれば何ともない種子の飛散も、龍のスケールとなると話しが違ってくる。
直径2メートルの身から、拳ほどの石のような弾が飛び出してくる。
セツナの駆るプロトエイトは高度を上げ、種子の加害範囲から離れる。
JJの操るテストウドは、その場から動じず。持ち前の装甲で種子を受け弾く。
ダイナが乗っているホワイトナイトは、シールドを展開。エネルギーシールドで種子を凌いだ。
CEたちが攻撃に転じる。
プロトエイトが、回避で稼いだ位置エネルギーを使い、急降下。
片刃のブロードソードを握り、龍の上半身に斬りかかる。
それと同時、テストウドも背中を反り、両手を体の前で交差させて攻撃態勢。
ブースターの出力を一気に上げて、勢いよく頭突きをかます。
龍の脚は、地上にべったりだ。
その見た目の通り、どうやら移動はままならないらしく――。
斬撃と突進を、その巨体で素直に受けた。
((固い‥‥!))
ブロードソードから火花が散る。
イバラの表皮は、鉄みたいに固く、中は木材みたいに堅い。
龍の身体がしなり、2人の攻撃の威力を殺す。
龍の身体が蠢く。
寄せ集めたツルが綻び、身体の内部が白日に照らされる。
プロトエイトとテストウドが距離を取る。
直後、龍の身体は、ハリセンボンになった。
サボテンのように、身体の至る所から鋭く硬いトゲが生え、CEを刺し貫こうとした。
2機ともトゲからは逃れ、被害は受けなかった。
テストウドが背中を反る。
ブースターが噴き上がり、どすこいと突進。
圧倒的な装甲と角力によって、伸びたトゲをへし折り、龍の身体に頭突きをかました。
龍がしなり、反作用でテストウドが後退。
そのまま、張り手で龍を突っ張る。
ぶちかましをお見舞いして、張り手を連打。
ケンカ相撲で畳み掛ける。
龍は、トゲを引っ込め、執拗に打撃を仕掛ける鉄の力士を両手で掴もうとする。
が、それは失敗に終わる。
龍の足元で、爆発が起きた。
太く絡み合ったツルに、大穴が空き、龍がバランスを崩す。
ホワイトナイトの一撃だ。
チャージしたエネルギーバリスタが、龍の脚を撃ち抜いた。
一時的にCEの出力を大幅に低下させ、エネルギーのチャージを行い発射するバリスタ。
ハイリスクハイリターンな武装だが、動かぬ敵が相手ならば、これほど通りの良い武装も無い。
テストウドの背後を、プロトエイトが急降下していった。
極彩色のカラスが、傷口を啄む。
脆くなった足元に、斬撃。
大穴を抉り、傷口を広げる。
足元が不安定となり、龍はよろめく。
テストウドを掴もうとした両腕が空を切ってしまう。
力士が再び、頭突きの体勢。
龍の腕を隙間を潜り、器用に龍の顎を頭突きで撃ち抜く。
さらに、龍の顔面に張り手。
大穴が空いた足元では、ホワイトナイトが距離を詰めていた。
――機内の電装系がダウン。肩のバリスタがエネルギーを充填。
バリスタが散弾を発射。大穴を抉っていく。
「セツナ、合わせて!」
「了解。」
龍の足元を攻撃している2機が連携。
「「シンクロ!」」
パイロットの闘志を、鉄の心臓に流し込む。
ジェネレータを熱い血潮が流れ、出力が増加。
CEに、仮初の命が吹きこまれる。
龍の背後で、ブロードソードの白刃が光る。
龍の前で、騎士がエネルギーソードを抜刀する。
カラスの白刃と、騎士の居合斬りが命中。
龍の足元が、真横に両断された。
しかし、植物の生命力が、切断されたそばから身体を接合しようと試みる。
間一髪、脚と地上が繋がり、龍は事なきを得る。
「シンクロ!」
土俵際に追い詰めた龍を、テストウドが押し込む。
ここ一番で、ここ一番の角力を発揮。
龍の顔面に、鉄砲を放つ。
重量級CEが、軽量級CE並の加速力で突進し、諸々のエネルギーを両手に乗せて叩き込んだ。
インパクトの瞬間、自身のCEファイバーを意図的にクラッシュ。
CEの血管であり、筋肉の役割を果たすCEファイバー。
そこに高付加を与えてショートさせ、爆発を起こす。
爆発する鉄砲を食らい、龍の身体は大きく後ろに反れる。
爆発鉄砲を放ったテストウドは、余裕綽々の様子で残身。
テストウドを力士なので、筋肉がショートクラッシュしても耐えられる。
龍の重心が傾く。
傾いた重心と自重により、紙一重で接いだ足元が千切れる。
龍の身体は、翼で飛ぶことも無く、重力に従って、自身の巨体に引きずられて、そのままイバラの湖に落ちて行った。
大木が倒れる乾いた音が一帯に響いて、龍の身体は粉々になった。
「「「‥‥‥‥。」」」
3人は、空から静観。
龍の残骸を、空から観察している。
3人とも、考えていることは一緒だ。
――簡単すぎる。
あまりにも、この龍は弱すぎる。
これを嵐の前の静けさと受け取って、セツナたちは誰も気を緩めない。
第2ラウンドを想定して、意識を絶やさず、周囲の警戒を続ける。
‥‥‥‥。
‥‥。
ふと、機内に、甘い香りが漂った。
すると途端に、CEの制御ができなくなる。
(‥‥眠気が。)
抗い難い、強烈な眠気が、セツナたちを襲う。
薄れる意識の中で、JJとダイナは回復アイテムを使う。
サバイバルキットを脚に刺すも、効果は無い。
回復石を砕くも、眠気は晴れない。
ホワイトナイトが落ち、テストウドが落ち――、プロトエイトが落ちた。
暗くなっていく意識と視界で、セツナは龍の脚に咲く、白い花を見た。
「ヨルガオ――? いや、ユウガオ。」
シワの寄った花弁を持つ、白い花。
ヒルガオの仲間であるヨルガオに似た花をつける、ウリ科の植物、ユウガオ。
似ているが、丸い花の形とシワの寄った花弁で、花の種類を見分けた。
なんで、イバラにユウガオなのだろう?
それどころでは無いのに、朦朧とする意識は、そんな事ばかり考えている。
この眠気は、CEのAIもダメにするらしい。
3機は、予兆も抵抗も無く、空から落ちて、イバラの湖に墜落した。
‥‥‥‥。
‥‥。
◆
現実世界の喫茶店。
そこで、1人の女性が本を読んでいた。
七月 亜里亜。
彼女はいま、デートの待ち合わせ中。
嫉妬深い、3番目の妹と待ち合わせ中。
「お姉ちゃん♪」
「おっとっと。」
気配も無く、後ろから抱きつく、亜里亜に似た女性。
七月 梨々。亜里亜の妹。
しっかりと冬の装いをしている梨々。
‥‥まあ、上着を脱げば、その下はいつも通りなのであろうが。
梨々は、亜里亜の後ろから、姉が呼んでいる本を覗き込む。
「なに読んでるの?」
「これはですね、この国の恋愛小説です。」
「ふ~ん。どんなお話しなの?」
「ふふ。主人公である美少年が、5歳年上の義理の母に恋をする物語です。」
「‥‥‥‥は?」
「つまりこれは、おねショタであり、ママショタの物語です。」
「‥‥‥‥。」
「そして、主人公は、おねショタを拗らせた結果、ロリコンに目覚めます。」
――あっといけない、ネタバレはご法度でしたね。
――いや、ぜんぜん意味わかんないから、大丈夫。
「他にも、主人公とその友人が夜這い勝負をしたり、友人が恋をしていた女性を、主人公が寝取ったりもします。」
「お姉ちゃん!」
梨々は、慌てて姉から小説を取り上げる。
「そんな教育に悪い物、読んじゃいけません!
まったく! 最近の物書きは、こんなものばっかり書いて!」
「そう言わないで。これは、この国の古典文学なのですよ?」
「はぁ~!? 頭おかしいんじゃないの?」
梨々は、亜里亜から奪った小説を、ペラペラと早めくり。
文字を追って、文章を読んで、目を通していく。
「こらこら。小説の速読はいけません。
きちんと、文字の流れと、時間の流れを感じて読むのです。
その贅にこそ、小説の風情はあるのですから。」
姉に窘められて、梨々はしぶしぶ小説を閉じる。
「お姉ちゃんは、どの話しが好きなの。」
「そうですね~~‥‥。」
梨々は、亜里亜が考え込んでいるあいだに、テーブルを挟んで向かい側に座る。
「やはり、夕顔の話しでしょうか?
タイトルの付け方が秀逸です。」
夕顔は、夏の夕方に花を咲かせる。
夏の夕方。
その時間は、自然から声が失せる時間。
セミが鳴き止み、カエルはまだ寝ぼけている、無音の時間。
合唱が止まない夏において、この夕方という時間だけは、自然から音が消える。
これが、逢魔が時の不吉さと不気味さを、いっそう引き立てる。
夏の夕暮れこそが、最も不吉で、最も恐ろしい。
夏の怪談は、この国特有の気候が築いたのかも知れない。
夕顔とは、そんな時を好んで咲く花だ。
男女の逢瀬に、夕顔。
なるほど――。なるほど夕顔とは、良く名付けたものだ。
「素敵ではありませんか。たった2つの文字だけで、この物語の美しさと、儚さを表現できるだなんて。」
梨々は、亜里亜の言葉を、大人しく聞いている。
古典に興味は無いが、大好きな姉が、楽しそうに語っているのが、嬉しい。
「きっと、リリィも気に入ると思います。
夕顔は、あなたに贈るのに、ぴったりな花だ。」
そう言って、亜里亜は自分の小説を、梨々の前に差し出す。
梨々は、小説を手に取って、ゆっくりと顔に近づけて。
小説についた、姉の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
‥‥‥‥。
‥‥。




