6.1_不穏のきざし。
――観測座標、???。
時間軸、◆◆#‘@。
その世界は、明けない夜の世界。
赤い夜、赤い月が永遠を支配する、死と屍鬼の世界。
死体が彷徨い、死体が死体を食らう街。
街の真ん中の高台にお城が建っていて、それを囲むように街が広がり、街を石の城壁が覆っている。
西洋の城郭都市を思わせる街並みだ。
べったりと、乾かぬ血と腐肉がこびりついた、かつて美しかった風景の中を、1人の女性が歩いている。
まともじゃない世界を、まともに歩く彼女もまた、まともではない。
首元まで伸ばした銀髪。
不機嫌そうな銀瞳。
自らの肢体を、女としての魅力を隠しもしない服装。
下に着ている布が見えるほどに薄い、シアー生地の白い半袖のブラウス。
長い脚に不釣り合いなほど短い、白いショートパンツ。
細い脚首を際立たせる、アンクルバンドのあるストリングサンダル。
赤い夜、赤い都市に目立つ銀髪が月に照らされると、動く死体たちが彼女に集る。
それを、女性は石の棺で払いのける。
本来、火薬を使い振るう石の棺を、細腕ひとつで振るい、動く死体を動かない死体に変えていく。
死体の掃除と駆除をして、街を血と肉で汚しながら、女性は街の中心にある城の方へ。
城門を不躾に潜り、そこにいた狼の案内によって、城主の元へと進んだ。
城を進み、蠢く肉塊や、人のものであるのか定かで無い悲鳴や呻き声を聞きつつ、玉座の間、玉座の前へ。
数段のひな壇の上に鎮座する玉座からは、吸血鬼が女性を見下ろしていた。
‥‥‥‥。
‥‥。
――と、その場面で時は止まる。
目に痛かった赤い月は、見慣れた黄色い月に変わり、玉座の間には目に優しい室内灯が灯る。
城の華やかな内装が、白い室内灯で照らされる。
同時に、銀髪の女性の美しさと、煽情的な服装も、明るい光の下で露わとなる。
「――この状況を見るに、吸血鬼と三番目は、何か接点があったようだね。」
明るくなった玉座の間、女性を見下ろす吸血鬼に、吸血鬼を睨む女性。
セツナは、その間に入って、両者を交互に見る。
それから、動きが止まった女性の周りを少し回って観察し、玉座の方を見た。
「ボクたちが知らないところでも、話しは動いているっぽいね。」
吸血鬼の後ろ、玉座の方から、ダイナがひょっこりと顔を出した。
玉座の肘置きにちょっとお邪魔して、ちょこんと腰を下ろす。
「俺たちを襲っただけでなく、吸血鬼もそそのかして――、おまけに魔神まで‥‥。
碌なことしてないな、この三女。」
そう言って呆れるのは、JJ。
月灯りの差し込む窓際に、胡坐をかいて座り込んで、再生されている映像を鑑賞していた。
CCC支部、地下4階。データベースルーム。
そこでは、この世界に関する様々な資料に目を通すことができる。
エージェントの活動を支えてくれる人物の資料や、エージェントと戦ったワルの資料。
それから、いまセツナたちが視聴していた、舞台裏で起こっていた物語を記録した映像。
プレイヤーは、この世界の全てを見聞きすることはできない。
であるから、プレイヤーからすれば、何の脈絡も無く現れた敵と戦うことも少なくない。
しかし、彼らの前に脈絡なく現れた敵にも、そこに繋がる物語があるのだ。
データベースルームでは、プレイヤーが知り得ない、プレイヤーに繋がるまでの物語を、一部視聴することができる。
まるで、その場に自分が居るのかのように、視聴ができる。
3人は、次の事件が起きるまでの束の間を利用して、ムービーを鑑賞していたのだ。
見ていた映像は、夢の跡地遠征の最中にあっただろう、幕間。
夢の跡地にて、3人の前に現れた吸血鬼。
彼が、赤い世界から太陽の下に現れる前に起こった出来事を記録した映像。
彼もまた、夜の空に月を見た者の1人。
月の女神の3番目、暗い月のリリウムに祝福され、彼は生まれて初めて、太陽を見た。
玉座を睨む、不機嫌な美女の正体とは、月の女神であったのだ。
セツナは、映像として出力されたリリウムの顔を覗いてから、その視線をJJに。
「‥‥ところで、JJ。」
「うん?」
「キミ、何やってるの?」
「うん?」
ダイナの視線も、JJの方へ。
地面に胡坐をかいているJJ。
玉座の間にゴザ (植物の茎を編んで作った敷物)を敷いて、尻の下に座布団を敷いて、その横にはちゃぶ台。
ちゃぶ台の上では、茶柱が立った湯呑が、湯気を立たせている。
セツナとダイナの視線に、彼はお茶をずずっと啜って答える。
「――やっぱ、そろそろコタツにするべきだよな?」
「そうじゃなくって!?」
すっかり寛いでいるJJであった。
映画を鑑賞する時は、リラックスして見る。
それが大事。
※余談だが、JJのガールフレンドの趣味は、ゾンビ映画の鑑賞。
JJの突飛でマイペースな行動に、ダイナがクスクスと笑っている。
茶をしばいていた彼は立ち上がり、セツナのところへ。
手には、お茶請けのお菓子が握らている。
お菓子の袋から出てきたのは、ビーフジャーキー。
グールが呻き、ピンク色の肉塊が蠢いている場所で‥‥、ビーフジャーキー!
「食べる?」
「いらんわ! 状況考えてよ!」
旨いのに、と、燻製肉を頬張るJJ。
笑いを堪えきれなくなって、床に撃沈するダイナ。
「それと――!」
すびっと、勢いよく床を指差すセツナ。
「マル! キミも何やってんだ!」
指を指した先には、敵情視察をしている、ぬいぐるみ姿のマルが居た。
彼は、床の視点から、天井を見上げている。
‥‥女神の足元で。
「人間のマネ。」
「よしなさいって!」
「じゃあ、セツナさんのマネ。」
「やめなさいって!?」
女神をローアングルから見上げるマル。
それを嗜めるセツナ。
「おうおう、マル君も男の子だねぇ。」
「気持ちは分かるよ。顔だけは良いからね、この女神。」
「止めなさいって!」
マルの肩を持つ、JJとダイナ。
孤立無援のセツナ。
ダイナが、玉座が陣取るひな壇から降りて来る。
自分よりも頭ひとつ、背の高い女神を下から見上げて、セツナの方を向く。
「でもでも、VRならともかく――。ビデオゲームなら、みんなやるでしょ?」
「うっ‥‥!? それは‥‥‥‥。」
「大乱闘スマッシュオールスターズで――。」
「‥‥‥‥。」
「カメラモードで遊んじゃったりして~~?」
「‥‥‥‥。」
「男の子なら、やったことあるでしょ。」
「‥‥‥‥。」
――セツナは、顔を横に逸らした。
語るに落ちている。
「ほら~~!!」
ダイナが、セツナを指差す。
「1人だけ真面目ぶって、いけないんだ~!」
「そうだそうだ。」
「変態! むっつり! スケベ!」
「ウナギ! 高麗人参! オットセイ!」
「――だァぁ!! 畳み掛けて来るんじゃねぇ!!」
なぜか自分が煽られる展開に、頭を抱えて天井を仰ぎ、絶叫するセツナ。
「ああ、ああ。人間のマネ。人間のマネ。」
天を仰ぐセツナの足元で、マルが女神を見上げている。
‥‥3人集えば、烏合の衆。
騒ぐ3人は、収集が付かなくなりかけて、マルは人間のマネを続けて。
その時である。
「――人間のマネ。人間のマネ。」
そう呟くぬいぐるみの頭に、影が差す。
影に光が遮られ、視界が陰って――。
勢いよく、女神の足がマルの頭を踏みつけた。
「ありがとうございマスッ!?」
マルの断末魔(?)と、大きな足音に3人が反応。
セツナは、頭だけ女神の方へを振り返る。
「は?」
動くはずの無い映像が、勝手に動き出している光景に、セツナは間抜けな表情で固まってしまう。
不機嫌そうな女神は、セツナの肩を掴む。
「え? ちょっと!? 何!?」
肩を掴み、セツナを振り返かせ。
女神は、渾身の右ストレートを顔面に叩き込んだ。
「ぶへぇ!?!?!?」
痛恨の一撃。
腰の入った拳が、鼻っ柱に叩き込まれ、身体は鋭い角度で空中遊泳。
赤いバーストエフェクトを飛行機雲みたいに伸ばして、吹っ飛んでいく。
ひとしきり空中を背泳ぎと洒落込んで、玉座の間の、大きな窓ガラスを突き破る。
場外に吹っ飛ばされて、セツナの姿が見えなくなった。
「「‥‥‥‥。」」
目の前の光景に、思わず目と口が開いてしまう。
目と口を開けたJJとダイナの視線は、夜風が入り込む窓から、ゆっくりと女神の方へ。
女神は「ふん」と鼻を鳴らして、元の位置まで戻り、元のポーズを取り、映像に戻った。
セツナが、玉座の間に復活する。
上から落ちて来て、ちゃぶ台を背中で叩き割って復帰。
大の字に寝転がり、その目が潤んでいく‥‥。
「――――ッ! どう゛しでオレまで殴られたのぉ‥‥。ふえぇん。」
「ああ、泣いちゃった!」
目を腕で隠し、泣き真似をするセツナ。
不憫で不運な彼に駆け寄り、2人はセツナに手を貸す。
「ほら、元気だせ。」
「ごめんごめん。からかいすぎちゃった。」
「うぅ、ありがとう。」
ダイナが回復石を取り出して砕く。
すると、セツナの顔の痛みが即座に引いていく。
JJは、彼の背中でささくれている、ちゃぶ台の破片を、はたいて綺麗にしている。
そんな風に、愉快なムービー鑑賞をしていると、オペレーターから通信が入った。
3人の顔つきが変わり、すぐに通信に出る。
通信は、カエデからだった。
「みんな、至急CEで出撃して!」
普段はフランクで軽い感じのカエデからの、端的な指示。
これは、ただ事では無さそうだ。
3人はすぐに走り出し、データベースルームを後にする。
その行動でもって、カエデの通信に答える。
視聴室を出て、テレポート式のエレベーターに乗り込み、1階からCCCの外へ。
無人になり、消灯されたデータベースルームには、マル入ったぬいぐるみだけが転がっていた。
「ああ‥‥。床冷たい‥‥。気持ちいい‥‥。」
◆
『センチュリオン、オーバードライブ。』
CCC支部前の道路に、3機のCEがフォールする。
プロトエイト、テストウド、ホワイトナイト。
すぐさま乗り込んで、CEのブースターに火を入れる。
3機は、空へ飛び出す。
あっという間に、周辺のビルよりも高く飛び、空を時速200kmを超える速度で飛行する。
CE巡行モード。
非戦闘状態における、移動に適したモード。
火器の使用や制御、魔力装甲の展開をしない代わりに、そのリソースを移動能力に割り振る。
そうすることで、機体の理論最高速で機動が可能となる。
機体の最高速で、指定されたポイントまで移動する。
移動中、カエデから通信が入る。
「移動しながら聞いて。
現在、都市部に突如、巨大なイバラが発生。
イバラは、ビルを覆えるほど巨大で、センターの18箇所に、同時多発的に出現。」
機内にホロディスプレイが表示され、現場の画像が映される。
画像では、道路を突き破って伸びた巨大なイバラが、無秩序に伸長し、建物を飲み込んでいる様子が映されている。
周辺の状況から予測するに、イバラはかなり太く大きい。
大きさはビルを飲めるほど大きいので、一目瞭然だが、大きさに比例して太さもかなりある。
その太さは、まるで100年の時を刻んだ樹木のよう。
直径が3mか4mはある。
太いイバラが、青い街の地下から伸び、地上と空を侵蝕している。
「夢戻り部隊は、ポイント06に移動。
そこにはイバラの龍が現れて、街に被害が出てるの。」
龍という言葉に、3人の顔が引き締まる。
これは、本当にただ事では無さそうだ。
「現場に到着次第、ただちにイバラの龍を撃退。あるいは無力化して。」
「「「了解。」」」
空を飛ぶCEの下に、薄ら赤く蔓延る。イバラが見えた。
音も無く、影も無く、突如センターを襲った災害。
今回のミッションは、この災害を止める所から始まる。
‥‥‥‥。
‥‥。




