2.2_類と友
「おおっ――。センチュリオン、やっぱりカッコイイ!」
セントラルの摩天楼、その一柱。
赤龍によって破壊された超高層ビルの改修が、青い空の下で進められていた。
セツナはそれを、ビルの下から眺めている。
――小さな子どもたちに混ざって。
センチュリオンは、兵器としての運用だけでなく、巨大な体と飛行能力を活かして建築作業や、人命救助にも使われている。
兵器転用を防ぐために、出力や機能に制限がかけられているモデルが、セントラルの生活を支えている。
空を飛び、建材を運ぶセンチュリオンと目が合った。
子どもたちとセツナは、手を振ってみた。
手を振り返してくれた。
子どもたちは、大はしゃぎしている。
‥‥セツナを含めて。
その姿を、保育用アンドロイドが見守っている。
セントラルの未来を守るために開発されたアンドロイドで、危険が迫ると、腕がガトリングに変形したり、バズーカに変形したりする。戦闘プロトコルは、専守防衛。
さらに、敵の攻勢が激しく、より積極的な専守防衛が必要と判断すると、どこからともなく、換装パーツや拡張パーツが飛んで来て、それを装備して戦う。
ちびっ子たちを見守る、優しくて強いアンドロイド。
それが、保育用アンドロイドである。
子どもたちの未来を守るため、常に先端技術の粋が集められ、常にCCC支部による無償のアップデートがなされている。
CCC支部内での最大部所が、エンジニア部である理由がここにある。
このように、子どもには優しいが、無法者には過剰と呼べる火力で応戦するので、アンドロイドに守護されている子どもには手を出さないのが、アウトロー長寿の秘訣。
セツナと子どもたちが大はしゃぎしていると、そこに1人、ガタイの良い男がやって来る。
スーツをピッシリ着込んで、厳ついサングラスを掛けて――。
子どもを肩車して、子どもを前と後ろにおんぶ(?)した、男が現れた。
その後ろに、保育用アンドロイドが控えている。
「よお! セツナ。」
「やあ、JJ。」
JJ、プレイヤー。本名、城山 譲治。
古い武家の生まれで、スポーツとロマンをこよなく愛する、タフガイ。
幼少より武術の手ほどきを受け、中高生時代はラガーマンだった。
‥‥余談だが、幼馴染で美人の彼女がいる。
もっと余談だが、すでに尻に敷かれている。
セツナとJJが挨拶をすると、JJに張り付いていた子どもたちは彼から下りた。
セツナの方の子どもグループ達と知り合いだったようで、10人ほどのグループとなり「キャッキャッ」とはしゃいでいる。
ひとしきりはしゃいで、もう帰るようで、アンドロイドがセツナとJJに頭を下げて、子どもたちを引率していく。
手を振る子どもたちに、2人は手を振って見送った。
M&Cは、マルチプレイに対応している。
MMOほどの規模では無いが、フレンドと協力したり、プレイヤー間で戦うPvP要素もある。
時には、100人規模での大規模イベントが、期間限定で行われることもある。
ソロでも充分に楽しめるし、全ての要素を解放できるが、マルチはマルチで遊べるようになっている。
そこで、シューティングゲームで知り合って以来、意気投合している2人で、M&Cを遊ぼうとなった運びである。
「それにしても――。」
セツナはJJの格好を、下から上、上から下へとチェックする。
スーツに革靴、ベストにネクタイ、ネクタイピンにポケットチーフまで着けっちゃって、随分とカッチリ着込んでいる。
「そんなキャラだっけ? もっとこう、シャツとジーパンにタンカージャケットをドン、みたいなスタイルだったでしょ?」
過去のJJのファッションと、今のJJのファッションは、随分と毛色が異なる。
JJは、サングラスを外して、インベントリにしまい、不敵な笑みを浮かべる。
「――フッ。話せば長くなるんだが、ディフィニラ局長や、ボルドマン。
この世界のカッコイイ奴は、皆等しくスーツを着ている。」
「そう‥‥。つまり影響されたんだ。」
「うん」と、首肯が返ってきた。
「――で、どう?」
JJは、セツナに感想を求める。
スーツとは、16世紀頃に生まれ、その頃に確立し、完成されたファッション。
セツナが暮らす現代日本でも、そこは変わらない。
今、若者たちの間では、「レトロカルチャー」という、AI黎明期の時代がトレンドとなっているが、一過性のそれとは違い、スーツは今から昔まで、連綿たる歴史を持つ装いだ。
もう一度、JJの装いを見てみる。
スーツは、黒地を基調としている。上下のセットアップ。
よく近づいて見ると、細く赤のラインや白のラインが入っている。
これにより、普通に人と接する距離だと、真っ黒の生地よりも柔らかい印象の黒色となる。
シマウマを遠くから見ると、灰色に見えるのと同じである。
真っ黒だと厳つ過ぎる、かと言って、灰色は年齢が早過ぎる。
それを解決する良い塩梅。
スーツの下には、インナーとしてこげ茶色のベスト、青色のワイシャツを着ている。
シャツの色が青色なのは、黄色人種は青色が似合うという、そのクセがゲームにも及んでいるせいだろう。
肌の色を変えられるけど、手癖で選んだ感が漂う。
自分も肌の色を変えていないから、人のことは言えないのだけれど。
ネクタイの色は、薄いピンク色、サクラ色である。
青いワイシャツと相まって、空に花びらが舞っているよう。
後で聞いたが、ベストで隠れて見えない部分に、桜の刺繡がされているらしい。
見えないオシャレ。
これを、ベストのちょっと上のところで、ワニ口式のネクタイピンでとめている。
胸ポケットのポケットチーフもサクラ色。
頭をちょこんと出して、全体的に暗めで落ち着いた装いに、フレッシュなアクセントを加えている。
ジャケットの裾をめくって、ベルトの確認。
ズボンの裾をめくって、靴の確認。
‥‥革靴だと思っていたら、ショートブーツだった。
通気性や排水性を確保するための、メダリオンが品良くあしらわれていて、ブーツの野暮ったさを感じさせない。
ブーツとメダリオンが調和して、スマートな力強さを演出している。
ベルトと靴の色は茶、栗色に近い。
ベストと色を合わせているのだろう。
JJの脚を持ち上げる、膝をくの字に曲げて、靴底の確認。
紳士的な雰囲気とは裏腹に、靴の底面は彫りの深い合成ゴムが使用されており、ソールだけ見れば軍靴のようである。
革のソールは滑る、歩く時の音は素晴らしいが。
別にゲームだから滑ることは無いのだけれど、紳士然とした装いに忍ばせた”野生”という意味で、この靴底はありだ。
もちろん、セツナが知る限り、JJにこんなオシャレは無理なので、コーディネートをしたのは、彼女なり誰なり、他人であることは確定的に明らかである。
付け加えるなら、セツナもそこまでファッションに詳しくないので、先ほどまでの解説は、マルが調べてくれたデータをカンニングペーパー代わりに、服装を上から下へ見て回っただけである。
‥‥‥‥。
‥‥。
うんうん、素直にカッコイイと思う。
バッチリ決まっている。
サムズアップして、答える。
「うん、良く似合っているよ! 馬子にも衣裳だね!」
「‥‥褒め言葉として受けっておく。一言めも、二言めも。」
にこやかな談笑を、車道を行きかう車が気にも留めずに過ぎていく。
今日も、セントラルは平和である。
――大型バイクが歩道を突っ走り、セツナを今まさに後ろから轢こうとしているが、平和である。
バイクがウィリーの姿勢になり、前輪が浮き上がり、巨体と重量で轢き倒そうとする。
セツナは、大音声を立てるバイクに目もくれず、後ろから迫る脅威に対して、屈んでやり過ごそうとする。
それだけでは避けられるはずが無いのだが、問題ない。
今日は、2人で居るのだから。
セツナに襲い掛かるバイクを、ドライバーごと爆炎と衝撃が吹き飛ばした。
車道に吹っ飛んで、向かい側の歩道まで勢いよく転がっていく。
混乱を察知したのか、車道の車が停止、あるいは引き返していく。
停止した車からは、セントラルの住民が降りて来て、避難していった。
慣れたものである。
ここに、更なる脅威が到来。
同じく大型のバイクが、前輪を浮かせてJJに襲い掛かる。
JJは、それをチラリと一瞥したが、すぐに興味を失う。
コイツは、自分の獲物では無い。
セツナが、屈んだ状態から横っ飛びにバイクの側面を取る。
構えられていた右手にはガントレットが装備されている。
すでに火球が収束していて、それがバイク目掛けて放たれる。
質量を持つ火球は、バイクを弾き飛ばし、ビルの改修工事のために設けられた壁に激突した。
ほのぼのとした昼下がりが、一気に騒がしくなって、静かになった。
横に飛んで、胴体を地につけていたセツナが立ち上がって、JJの元に歩く。
「まったく、今日も平和だね。」
「ああ、まったくだ。」
JJは、先ほどバイクを、飛距離的な意味でかっ飛ばした、自身の得物を肩に乗せる。
火薬鎚、両手でも片手でも扱える長さの柄に、シリンダーが埋め込まれた鎚を取り付けた武器。
その外観を表現するならば、リボルビングハンマー。ヘッド部分に装填された火薬の力によって、爆発的な火力を生み出す武器。
銃のリボルバー、その射撃機構を、そのままハンマーに取り付けたような、頭の悪い武器。
火薬鎚は、クラス「火薬術士」が用いる「火薬武器」の1種である。
最強に強い近接武器達と、最強に強い銃を合体させたら、超最強でしょ?
「うわ‥‥、出たよネタクラス。」
「ふっ、カッコイイだろ。」
火薬術士は、武器に込めた火薬を触媒として戦う魔法職、いわゆる魔法戦士。
――というのは、ネタクラスを愛用しているプレイヤー達の言い分で、魔法はあんまり関係ない。
ちょっとしか関係ない。
そして、マジックシリーズ屈指のネタクラスでもある。
まず、スキル(※)が少ない。
基本的に、武器に装填された弾丸(火薬)を消費して強力な攻撃を行って戦うのだが、だいたいこれで立ち回りが完結するため、スキルの絶対数が他クラスよりも圧倒的に少ない。
※スキルとパッシブ
(このゲームでは、スキルとは、攻撃や防御などの、”アクション”を行う物を指す。
パッシブは、いわゆるパッシブスキルのこと。混同を避けるため、単にパッシブと呼称、表記されている。
パッシブはステータスを増強させたり、スキルに特殊な効果を付与したりする。)
ただし、スキルが少ない代わりに、色んな火薬武器を使える。
なので、アクションの引き出しという意味では、スキルが少なくても問題ない。
し・か・し――。
武器を使うためには、該当するパッシブを装備しなければならないので、パッシブ枠を圧迫する。
火薬武器のように、スキルに似た役割を果たすパッシブのことを、「クレッシェンド」あるいは「クレッシェンドパッシブ」と呼ぶ。
クレッシェンドパッシブで、火薬術士のパッシブ枠は、常にカツカツ。
それを解決するためにどうするのか?
頭の良い火薬術士たちは、スキル欄にパッシブを盛り始めるのである。
スキルの装備欄には、パッシブの効果に似た、ステータス増強や補助効果を得られるものがある。
スキルに依らずに戦いたいプレイヤーや、ビルドの関係でスキルの数が絞られている時に有効なスキル群で、これらをまとめて「アクセント」あるいは「アクセントスキル」と呼ぶ。
名前の通り、空いたスキル欄にアクセントとして加えるのが、主流な使い方。
にも関わらず、火薬術士はスキル欄がガラガラなので、アクセントを盛り盛りにする。
結果、スキル欄をパッシブの役割を果たすアクセントが占有し、パッシブ欄をスキルの役割を果たすクレッシェンドたちが占有するという、逆転現象が起こる。
武器の設計思想もアレならば、ビルドの構築思想もアレなのである。
一見すると、理にかなっているようだが、どこかオカシイ。
どだい無理な設計を動かすために、あちらこちらに無理のシワ寄せが来ている。
そして、シワ寄せを取り除こうとして、新たに運用的な無理をこしらえる。
立ち回りに関しても、火薬を使うアクションは強力だが、火薬が切れた時のアクションにはクセがある。
スキルが少ないので、スキルによって得られる慣性を駆使するムーブに乏しい。
クセの強い挙動に、慣性移動に乏しい機動力。
プレイヤー達の総評は、「立ち回り最弱」。
シリーズ1作目から、「当たれば強い、ハマれば強い」という、ネタクラスとして不動の地位を築いている。
セツナが使っている魔導拳士クラスの触れ込みである、「使いこなせれば強い」にも通じることだが、大体の場合、○○すれば強いという表現の裏にある事実は、強みが活きる状況は中々こないということである。
どんなゲームにおいても、特化した性能よりも、汎用的に色んなシチュエーションに対応できる方が強い。
しかし、だからこそ、何かを犠牲にして獲得した圧倒的な個性には、男の子を惹きつけて止まない何かがある。
ロマンとは、そういうものだ。
硝煙を漂わせながら、ハンマーを担いで胸を張るJJ。
相変わらずの友人に、頬を指で掻くセツナ。
――そんな2人を、路地裏や車の中から、ガラの悪い連中が出てきて取り囲んだ。