SS8.10_秋の終わり。
厄災の幼体は討たれた。
龍の亡骸を心臓としたCEは、戦士との死闘により厄災へと進化し、人が招いた厄災さえも戦士に祓われ、厄災の魂は、世界の覇者である者によって殺された。
――誇れ、旅人よ。
誇れ、冒険者よ。
貴様らの力は、厄災に届きうる。
貴様らの力は、厄災を殺しうる。
厄災の骸を越え、厄災さえも糧とし、世界を人の手に取り戻すのだ。
かつて、青い星の覇者だった時代を、取り戻すのだ。
‥‥最強は、我々人類であらねばならぬ。
◆
厄災は討たれた。
嵐は過ぎ去った。
赤龍は、天まで焦がす同胞への手向けを残し、燃える空へと消えた。
嵐の跡から、アイとハルがむくりと起き上がる。
身体は、泥だらけの傷だらけ。
戦いは終わった。
村一帯を覆う結界が消滅し、魔の領域が解かれる。
結界が解かれ、戦闘状態が解除されたことで、アイたちの負った傷が急激に回復し始める。
2人は、力尽きたセツナの元へ。
アイがポーションを使うと、セツナが戦闘不能から回復する。
戦闘も終わったため、戦闘不能から即時体力が全快する。
「ありがとう。――とんでもないのが見れたね。」
アイが手を差し出し、セツナが立ち上がる。
セツナも、赤龍と幼龍の激突を見ていた。
自分たちは間違いなく、厄災を討った。
しかし、それは厄災の幼体。
我々は、いずれ彼の赤龍を討たなければならない。
ちらりと、未だ燃え止まぬ火柱を見た。
都市ひとつを、丸ごと消し飛ばす炎。
空を焦がし、天を焼く炎。
それらは、まさしく終末の炎。
人類に、2度目の絶滅を与える存在。
セツナたちは、もう1人の戦友であるブーマーのところへ。
戦闘不能になっている彼の蘇生を試みる。
ブーマーは相変わらず、大の字で寝転がっている。
美しい悠久の草原は、戦いによって破壊され、めくられた地面が土の匂いを辺り一面に漂わせている。
3人がブーマーの顔を覗き込んで、ハルがポーションを取り出す。
すると――。
「あ、大丈夫。」
ブーマーがいきなり、ハルを静止した。
屈もうとしていたハルはビックリして、小さく跳ねてブーマーから離れる。
「へへへ。」
戦闘不能なのに、何だか元気そうなブーマー。
セツナとアイは互いに顔を合わせて、ため息。
ブーマーの反応と、セツナとアイの反応を見て、ハルはちょっとだけむっとする。
どうやら、初心者の自分だけ知らない何かがあるようだ。
初見ドッキリにまんまと引っ掛けられて、「もう!」と頬っぺを小さく膨らませる。
ブーマーは、どこからともなく除細動器を取り出す。
ドラマや漫画でよく見かける、心肺を蘇生させる機器。
現代では、技術の進歩により、導電パドルだけの形状となっている。
彼が手に持っているのは、電気ショックを与える2つパドルが、コードで繋がれているもの。
パドルを練り練り。
電気ショックの通電を良くするためのジェルを、パドルの導電面に満遍なく伸ばす。
そして、2つのパドルを、服の上から胸に当てる。
充電ボタンを押して――、準備完了。
パッシブ「自発的な救命措置」が発動。
「Yes!!」
身体がビリビリ、骨がスケスケになったかと思うと、ブーマーは上体をむくりと起こす。
「オレッち、ふっかぁぁぁっつ!!」
パッシブ「自発的な救命措置」は、戦闘中に自爆ダメージで死亡した場合に発動できる。
発動すると、除細動器で九死に一生を得ることができる。
使用にはブレイブゲージが必要で、なおかつ1度の戦闘で1回しか使えない。
しかし、戦闘中で無ければ、何度でも使える。
‥‥そうしないと、発破士のバカタレどもは、あっちで自爆こっちで自爆して、ミッションが前に進まないからである。
パルクール中に爆発の加減をミスって、ビルに突っ込んでは死に、車に乗れば、爆風を使ってインを攻めてクラッシュして死ぬ。
ネタクラスのネタ行動に、一々癇癪を起していては、堪忍袋の緒が何本あっても足りない。
よって、発破士の「自発的な救命措置」を含む蘇生系のパッシブは、非戦闘状態時の使用条件が緩くなっている。
ブーマーは上体を起こした姿勢のまま、パドルを練り練り。
「どうどう? ビックリした? ――サウィン・イリュージョ~~ン!」
身体を左右に振りながら、ビックリしたハルを煽る。
ハルは頬っぺたを含ませ、腕を組み、ご立腹のポーズ。
セツナが、膨れた頬っぺを突いて、ちょっかいを掛ける。
ぷすーっと、頬っぺから空気が抜ける。
――セツナが、狼のネイルで頬を引っ掻かれた。
無言で頬を抑えて、痛みを誤魔化すためにピョンピョンと跳ねまわる。
「――え?」
ブーマーの練り練りが止まった。
ハルがしゃがみ、ブーマーと視線を合わせる。
(にこっ!)
とてもいい笑顔で、彼の手から除細動器を強奪した。
にこにこ笑顔を貼り付けて、練り練り。
ブーマーの額に、冷や汗が滲む。
(――動いたら、やられるッッ!!)
カワイ子ちゃんに介抱してもらえるという、念願成就のシチュエーション。
鼓動が高鳴る。
‥‥悪い意味で。
「い、いやぁ~~、カワイ子ちゃんに介抱してもらえるなんて‥‥。
オレってば罪な男だ――。」
ボルテックスチャージ!
ブーマーは、その場で横になった。
白い煙を上げているブーマーと、フンと鼻を鳴らすハル。
厄災を討った者たちで頓智奇とやっていたら、他のプレイヤーもぞろぞろと北の草原に集まって来る。
結界も消え、サンタの軍勢も消えたのだろう。
空を見上げると、今宵の騒動の首謀者であるサンタが、ゆっくりと地上へ下りて来る。
戦闘態勢を取る者は居ない。
戦いは終わった。勝負はついた。
それは、旅人もサンタも認めるところだ。
サンタが、チキンとコーラを置いて、ソリから降りる。
「Congratulation! おめでとう! 良い子の諸君の勝ちだ。
今日のところは、ハロウィンに主役を譲ろうじゃないか。」
サンタは潔く、今宵の勝者を讃える。
そして、キザな所作で、手を2回叩く。
すると、夜空にいくつものトナカイとソリが駆けて行く。
「アイムソーリー! アイスクリーム!」
空から、いくつものお菓子が降って来る。
村全体に、村を覆いつくさんばかりに。
『わぁ! お菓子!!』
『キラキラ! ピカピカ!』
『冷え冷え! サクサク!』
「HA! HA! HA! 良い子たちには、セントラルのお菓子をプレゼントだ!」
『『『いえ~~い!』』』
『『『クリスマスさいこー!』』』
『『『サンタさんありがとう!』』』
「HAHAHA――!」
軽い! 妖精さんのノリが軽い!
紛いなりにも、このサンタのせいで故郷が破壊されたのに、妖精の棲み処と呼ばれる遺跡を壊されたのに、対応が綿あめのように軽い。
――これは、サウィンが見せる幻。
妖精も、村も。
すべては、あの世との繋がりが見せる、一時の幻。
『よ~し、サンタさんのお菓子で、収穫祭だ~!』
『『『お~~~!』』』
カブの妖精さんたちは、小さい体で、お菓子をかき集める。
11月の夜、お菓子が降る日。
その夜は、お菓子の収穫祭が開かれるのであった。
はしゃぐ妖精をひとしきり眺めて、サンタは旅人たちを指差す。
「今日のところは勝ちを譲るが、クリスマスは、こうも行かないぜ!
良い子の野郎ども! せいぜい、クリスマスを首を洗って待っているんだな!」
(良い子の野郎ども? 首を洗って?)
サンタの愉快な語彙に、首を傾げるセツナ。
首を傾げていると、どこからともなく、剣と魔法の世界に似つかわしくない、エンジンの音が聞こえてくる。
騒音のする方へと目をやれば、無人で暴走する黒いバイクが、こちらに向かって来る。
バイクはオフロードを盛り盛りと突き進み、お菓子は踏まないように魔法で横に移動させながら、サンタの前で停まる。
アメリカンスタイルの、伝統的なクルーザーバイク。
長い車体に、U字のハンドル、低い位置のシート。
サンタは、自分が乗っていたトナカイ背をポンポンと叩く。
トナカイは、サンタを残してソリを引いて空へ向かう。
赤い聖衣を来た白髭おじさんが、バイクに跨る。
サングラスを掛けて、バイクを到着を待ってるあいだに火を点けた葉巻で一服。
シガーカッターを使わずに、歯で噛み切った吸い口から、流れの整わない煙を味わう。
味わって、煙を吐き出す。
この、切り口が整っていないシガーが生み出す、味の濁りが美味いのだ。
仕事終わりは、これに限る。
最後に、旅人の方へと向き直る。
「私はこれにて、退散させてもらおう。
ハニーとジュニアが、スウィートホームで待っているのでな!
さらばだ良い子の諸君、シーユー! あばよ!
HAHAHAHAHA――――!」
バイクが前に走り出す。
走り出した途端、車輪は地上を離れ、空へと進路を取る。
広々とした道を、トルクを盛り盛りと上げて走り、サンタはあっという間に見えなくなった。
空を覆っていた雪雲が晴れ、月が空に帰って来る。
こうして、怒涛のサウィン祭1日目は幕を閉じた。
旅人は、妖精たちと共に収穫祭に興じ、勝利と恵みに酔いしれて、夜はますます更けていく。
セツナは、雪雲が晴れた空を見上げ、ふと物思いに耽る。
‥‥‥‥。
‥‥。
(オレの仮装、誰もコメントしてくれなかったな‥‥。)
彼だって、仮装していたのである。
半着 (着物の一種)に袴の、武士道スタイルをしてたのである。
雪だるまと戦っている最中、袴に足を引っ掛けて、転ぶアクシデントもあったのである。
おてての擦り傷が、ヒリヒリで痛かったのである。
‥‥なのに、誰も! 何も! ノーコメント!!
(ハロウィンのバカヤロー!!)
罪のないハロウィンに向かって、心がそう泣いているセツナであった。
――期間限定イベント「リターン・オブ・ハッピーサウィン」クリア。
◆
「あぁ‥‥! さっっっぶ!」
骨身に沁みるなんて、昔の人はよく言ったものだ。
そう、まさに骨身に沁みる、この寒さは。
寒さが肌を突き抜けて、骨が凍る感じ。
冬夜の冷え込みとなると、寒さが骨の髄まで響く。
それを、骨身に沁みる。
言い得て妙だ。
今この状況では、ことさらに。
刹那はいま、船の上に居た。
田舎を流れる川に浮かぶ、船の上。
夜の寒空に、ポツンと屋台が一隻。
さっき、川に手を突っ込んでみたら、川の方が温かかった。
今年の冬は、寒くなるそうだ。
早くも、冬将軍の軍配が唸る。
「おう! セツ、お疲れ。」
彼のことをセツと呼んだ男性は、刹那にお酒を渡した。
「ノンアルで悪いけど。」
「サンキュー、ツッチー。」
刹那は、ツッチーからノンアルの缶を受け取る。
「冷てぇ~‥‥。」
キンキンに冷えたノンアルが、貴重な体温を容赦なく奪っていく。
「温めようか? 火あるし。」
「いらない、いらない。」
軽口を言いながら、缶の口を開けて一口。
‥‥気分は、あったまった。
刹那は、バスケ仲間の5人で、田舎町に1泊2日の旅行に出かけていた。
彼らの住んでいる「にのまえ市」から車で3時間ほど。
そこに、山と川の自然豊かな田舎町がある。
ここでは、この季節になると、ちょっとした観光名所が出来る。
それが、刹那たちが船で漕ぎ出している川。
山から田舎の町並みを突っ切るこの大きな川は、クリスマスシーズンが近づくと、灯篭で飾り付けがされる。
川沿いの木造民家に、灯篭が灯されるのだ。
灯篭は、クリスマスのイルミネーションの代わり。
田舎の自然と風情を活かすため、華々しいイルミネーションよりも、素朴な灯篭が町を照らすのだ。
寒夜に明らむ灯篭川を、行く年を惜しみながら下る。
ここは、忘年会や観光の、隠れた名所となっているのだ。
11月末、刹那たちは、5人でちょっと早い忘年会。
年末が近づくと5人で集まれるタイミングが減るので、11月の末にすることにしたのだ。
おかげで、川の利用者は少なく、予約もすんなりと取れた。
レンタルした屋台船(※)を刹那が操り、一行は川下りへ。
※
ここでの屋台船は、屋形船のことではない。
一行が乗っているのは、壁と座敷のある屋形船ではなく、屋根だけが付いているタイプの、狭義の意味での屋台船。
※
――となる前に、少し寄り道。
川を下る前に、川を少し登ってみる。
灯篭も街灯も無い、上流へと船首を向ける。
前時代では、夜の船旅は非常に危険だった。
川や海は、街灯や車線が無い。
ガードレールも無い。
だから、事故が起こりやすい。
しかし、世はAI普及時代。
センサーの類いも進化して、船の上では見守りドローンも待機している。
さらに、船主は自衛団の刹那。
彼は、自衛団パワーで購入した、暗視ゴーグルを首に掛けている。
スキーゴーグルに似た形状のこれを使えば、夜でも相当安全に船旅ができる。
それだけに留まらず、全員ライフジャケットを装備。
冬夜の下、船の上でお酒を飲むのだから、安全への配慮は怠らない。
船をレンタルした地元民にも、川を登る旨は伝えてある。
そして、充分な安全手段を持っていることも証明済み。
自衛団の肩書は、こういうときに便利だ。
大学生の身分であっても、社会的な信用を得ることができる。
さて、なぜ一行が川登をしているか?
それは、ノブナガのバカどもが原因だ。
刹那とツッチーが船尾で会話をしている前で、バカ2人が何やらやっている。
「いいか、スミ? よく見てろよ。」
「オーケー。見取ってやるきぃ。」
「川釣りで大事なのはな、投げ方。」
「ほーん。」
「魚っていうのはな、低い木の影によく集まるの。」
「ほんほん。(ペラペラ)」
「でもな、低い木が生えているところに上から投げたら、糸が木に絡まっちゃうでしょ?」
「ぼんぼん。(シュッシュ)」
「テメェ! 折り紙を折ってじゃんねぇよ!」
「――ノブ、長い。」
スミと呼ばれたバカの苗字は、住永。
ノブはノブ。
2人でノブナガコンビ。
‥‥2人とも、バカなのだが、頭は良い。
頭は良いので、5人で勉強会をする時と、バスケの試合をしている時は、まあまあ頼りになる。
5人は全員、学科は別々。
しかし、卒論の発表練習をしたり、質疑応答の練習を一緒にすることがある。
その時は、ノブナガが珍しくまあまあ頼りになる。
ノブナガコンビの会話は続く。
「よし、折れた。」
「紙飛行機?」
「うん、科学的に飛ぶ紙飛行機。」
「どんな風に科学的?」
「見ればわかる。」
そう言って、スミは紙飛行機を、船から投げた。
飛行機の素材は、水に溶ける紙。
環境負荷を気にする必要は無い。
紙飛行機は、順調に空母から離陸。
安定した重心で揚力を受けながら――、夜の闇に消えていった。
「やべ! 暗くてどこ行ったか分かんねぇ。」
「おまえバカだろ!」
船灯が周囲を照らしているが、それは夜の闇を照らせるほど明るくはない。
見えて10メートルほど。
逆に、それ以上の光は明るすぎる。
刹那とツッチーが、2人の後ろでため息をつく。
スミの順番が終わって、今度はノブの番。
ノブが釣竿を構える。
「投げるよー!」
「「「はいよー。」」」
ノブが、全員に声掛けをする。
投げた釣り糸が、誰かに引っ掛かるのを防ぐためだ。
声掛けに、スミを除く3人が返事をする。
「紙飛行機はいいから、俺の釣りテクを見ろって!
こうな、竿をこう振ってな――!
サイドから投げて水切りさせてやれば――!」
サイドキャステングからの、スキッピング。
竿の先端が鋭くしなり、キュロキュロと耳触りの良い、ライン (釣り糸)の伸びる音。
ラインは水面の上を走るように伸びて、勢いよく船から遠ざかって――、夜の闇に消えていった。
耳を澄ますと、ルアー (疑似餌)が水切りをする音が、かすかに聞こえる。
「やべ! 暗くてどこ行ったか分かんねぇ。」
「おまえバカだろ!」
刹那とツッチーが、2人の後ろでため息をつく。
痺れを切らしたツッチーは、いよいよ2人のところへ。
「もういいから、分かったって。お前らもバーベキューの準備を手伝え。」
そう言って、遊んでいる2人に仕事をさせようとする。
――すると、料理長から待ったがかかる。
「いいって! バカ2人をこっちに押し付けんなよ。仕事が増えんだろ。」
料理長の名は、ヒデ。
バスケのポジションは、センター。
彼は船の真ん中で、手際よく炭に火を起こし、お酒を片手に、焼きおにぎりの面倒を見ている。
おにぎりが網に引っ付かないように、時折りひっくり返して、特性のタレを塗り込んでいく。
ニンニクの香りが乗った醤油ダレが炭火で炙られて、乗組員の腹の虫を起こしに掛かる。
彼の横には、バットに一杯の切り肉が、山になっている。
すでに、肉を焼く準備も、整っているようだ。
今宵の主役は、ジビエ肉と地鶏。
地元で狩猟したイノシシと、地元で育てた鶏を頂く。
手際と段取りの良い料理長。
対してバカ2人は、働く料理番の売り言葉に、買い言葉。
喰ってかかる。
「はぁ? 手伝いくらいできるし! 舐めんなし!」
「俺ら鉄壁の二遊間 (※)よ? 料理くらい楽勝よ。」
※野球のセカンドとショートのこと
彼らは、ベースボーラーではない。
2人のポジションは、スミがパワーフォア―ドで、ノブがスモールフォア―ドである。
訳の分からない自信と言い分に、ヒデとツッチーが隠れ笑い。
顔を伏せたり、背けたりして、肩を小さく震わせる。
「スミ! オマエのとっておきを見せたれ!」
「おうよ。」
そう言って、スミは自分のリュックサックから、何かを取り出す。
5人は事前に、バーベキューの食材を持ち寄ることを決めていた。
おにぎりや肉など、なにがどう間違っても問題ない備えはしているが、後は5人のセンスが試される。
そして、スミの取り出した食材は――、あの白くて美味しいヤツ。
白くて、柔らかくて、焼くと旨みが出る、今が旬のエリンギ。
‥‥では無くって、マシュマロ。
「「「‥‥‥‥。」」」
沈黙するツッチー、ノブ、ヒデ。
刹那がAIに船を任せて、グリルの前に。
彼に気付いたスミが、マシュマロの封を開ける。
パリッと、無機質な音が木霊して、袋をひっくり返して空ける。
マシュマロは、全て網の上に。
「バカバカバカバカ――! 何やってんだ!」
料理長のヒデが、大慌てで網の上からマシュマロを取り除き、紙皿に避難させる。
紙皿に積まれたマシュマロを、混乱の元凶であるスミが一口食べる。
「俺、マシュマロ好きなんだよね。」
「最初に食うもんじゃないだろが! それちょっと腹膨れてから食うもんだろうが!」
料理長兼、ツッコミ役のヒデである。
船主のセツナを除いて、すでに全員お酒が入っている。
この町に来る道中、車の中で0次会をやっている。
お酒のテンションと無礼講で、皆やりたい放題である。
「はいはい! じゃあ次、俺ね?」
相棒の無念を晴らすべく、ノブが立候補する。
大きなカバンの口を大きく開けて――、大きなキャベツが出てきた。
「「「「‥‥‥‥。」」」」
「いやさ。今日、出発する前にバイト先の人がくれたんだよね。」
ノブは、植物工場で働いている。
このキャベツは、そこで今日の朝一に収穫したもの。
水耕栽培により、丸々太り、バスケットボールくらいあるキャベツ。
「――野菜食えよ!」
「多過ぎんだろ! 食いきれねぇよ!」
みんなを代表して、やっぱりヒデが突っ込む。
「――てか、お前のカバン重いと思ったら、これ入れてたのかよ!?
せめて、持って来るなら芯切ってから持って来いよ!」
「いや、芯は魚の餌にできるかなって。」
「たぶん、食べないと思う。」
セツナの冷静なツッコミ。
キャベツを海藻替わりに使う方法は知っているが、さすがに芯がどうなるかは知らない。
ヒデが呆れながら、キャベツを受け取る。
何とかしてくれるらしい。
川の水を汲んだ桶の中で洗って、取り合えず切ってみる。
包丁を、前と後ろの両方から入れて、何とか半分に。
まな板の上でキャベツと格闘していると、長ネギがグリルの上を横断して、ヒデの方に伸びていく。
これも貰ったらしい。
そっとネギを渡して、そっとカバンの口を締める。
「うわ!? カバン、ネギ臭ぇ!」
ノブナガコンビ、撃沈。
しかし、人生七転び八起き。
ノブは只では転ばない。
「ねえねえ、ヒデ。芯ちょうだい、芯。」
この男、キャベツでタイ(?)を釣るつもりである。
「よしスミ、行こうぜ!」
「おうよ。」
キャベツの芯を渡して、バカ2人をグリルの前から掃けさせる。
料理長のヒデが指摘した通り、あの2人をグリルの前に寄越しても碌なことは無かった。
少しだけ落ち着いたところで、セツナがツッチーに話しを振る。
「ツッチーは、何を持ってきたの?」
「え? オレの見る?」
ヒデは、面倒を見ていた焼きおにぎりを、網の端に移動。
次のおにぎりを焼き始める。
食べ盛りのスポーツマン5人が「いただきます」をしたら、一瞬で無くなるので、多めに焼いておく。
ヒデも、ツッチーが何を持って来たのか興味があるらしい。
料理番としても、全員が何を持って来やがったのか、把握しておく必要がある。
「じゃあ、持って来るわ。」
「お! 頼むよリーダー。」
ツッチーは、5人のまとめ役。
人当たりが良く、顔が広い。
ポジションは、ポイントカード。
この5人でつるむようになったのも、彼に依るところが大きい。
バスケサークルの同級生は他にも居るが、ツッチーはバスケ以外にも、今回のような旅行などを企画することが多い。
他にも、大学の講義を抜け出して、フットサルやボウリングをするとか、若気の至りを企画することも多い。
この5人組は言わば、ちょっとバカをする集まり。
大学生になることによって、自由が一気に増えるのは、前時代も現代も変わらない。
とくに、現代の成人は18歳。
お酒やタバコも、徴兵の名残で18歳からとなっている。
大学生。
それは、人生で最もバカな期間。
我らがリーダー、ツッチーがリュックを持ってきた。
大きな口を開けると、なんだかフルーティーな香りが船内に漂う。
((もうダメそう‥‥。))
刹那とヒデは、黙ってリーダーの雄姿を見届けることにする。
「そう言えば、ツッチーのリュックも何か重かったな」と、思い出す刹那。
リュックから出てきたのは、黄色いヤツ。
市場で働く人間のあいだには、こんなジンクスがある。
――黄色い果物で売れるのは、バナナとレモンだけ。
リュックの中から出てきたのは、バナナ。
鎖国に伴い、食文化の多様性を守るべく品種改良された、国内産の島バナナ。
それが、どどんと20本束でリュックから出てきた。
「いや~、業務スーパー行ったらさ、これ売ってて。
まあ、買っちゃうよね。」
「やべぇ。バカしか居ねぇ、この船!?」
ツッチーは、房からひとつ、黄色いヤツを失敬して、皮を剥いでパクリ。
「バナナ好きなんだよね、オレ。」
「美味しいけどね、バナナ。」
刹那が、ツッチーに同意を示す。
同意が嬉しかったのか、房を千切って寄越すが、それは遠慮しておいた。
バナナ、そこそこ日持ちするし、お腹に溜まるし、食べやすいし、栄養価も高いし。
スポーツマンからすると、頼もしい果物である。
オマケに、焼いても美味しい。
「ヒデ、これ焼いて。」
「‥‥分っかんねぇよ、焼き加減。」
「お願い、お願い!」
リーダー権限で、ツッチーはヒデに焼きババナの調理を命じる。
リーダーがこれなら、この5人組はダメかも知れない。
「セツ、何とかしろ!」
「オーケーベイビー。」
流れを変えるために、ヒデが刹那に話しを振る。
4番手、刹那。
ポジションは、シューティングガード。
彼は、持参したクーラーボックスを持って来る。
お茶などの、ソフトドリンクを入れる用のクーラーボックス。
「どけどけバカども! 網開けろ!」
「ほら、バナナしまえ! 後で焼くから。」
ヒデが、クーラーボックスの登場に乗じて、バナナが網に乗る前に排除した。
クーラーボックスの蓋を開ける。
開けて、講釈を垂れる。
「――ったくよう。
マシュマロやらバナナやら、軟弱な物ばっか盛って来やがって。
バーベキューつったら、旬の魚介のひとつでも持ってこんかい!」
「「おぉ! マジ、魚!?」」
クーラーボックスの中から、ブツを取り出す。
出てきたのは、鮭!
北海道産の、鮭!
「「おぉ!!」」
――の、干物。
鮭とば。
「「おぉ‥‥。」」
鮭とばを、網の上で炙り始める刹那。
「ショッピングモールでさ、北海道フェアやってたんだよね。
美味しいよ、これ。」
「そうだけどッ!!」
違う、そうじゃない。
4番目も、あえなく撃沈。
――と、思わせて。
「ま、嘘なんですけどね。」
そう言って、クーラーボックスから本命を取り出す。
出てきたのは、牡蠣。
いまが旬の、大粒の牡蠣。
「「うおぉぉ!?」」
「みんなが、車代とか船代を出してくれるから、浮いたお金で奮発しちゃった。」
刹那は、5人で旅行をする時、ドライバーを担当することが多い。
車のレンタルや、船の運転など、足の調達係だ。
彼は、運転が下手。
しかし、それはあくまでも、カーチェイスなどの高度な技術が求められる環境での話し。
平時の運転は、何の問題もなくこなせる。
自動運転が普及してから久しいが、田舎道は何が起こるか分からない。
イノシシやシカが飛び出して来たり、道端が崩落していたり、土砂が堆積していることもある。
街よりも遥かに不測の事態が多いことから、田舎の道で飲酒運転は禁止されている。
同じ理由から、船の飲酒運転も禁止。
逆から言えば、街中での飲酒運転はOKだ。
AIがハンドルを握り、人間よりも完璧に運転をこなす。
なので、旅をするのであれば、ハンドルキーパーが必須。
そこで、お酒の味が良く分からない刹那が、ハンドルを担当しているのだ。
彼は、素面でも酔っ払いのテンションについて行ける(!?)ので、そこも問題なし。
今回は、みんなが車代と船代を負担してくれたので、浮いたお金を、この旅行に還元することにした。
それが、この牡蠣。
「ま、カッコイイことを言ってるけど、単にオレが食べたかっただけなんですよね。
ヒデ、イチバン良い焼き加減を頼む。」
ヒデがサムズアップで答えて、牡蠣が網にセットされた。
バカどもに酒が回り過ぎて、味が分からなくなる前に、みんなでいただく。
網の上に並べられる牡蠣を見ながら、ツッチーが話しを振る。
「そう言えば、ヒデは何もってきたの?」
「うん? バカお前、俺は料理番よ? お前らと一緒にされちゃあ困るんだぜ?」
「え、それフリ? もうフリでしょ、それ?」
刹那とツッチーが顔を合わせて、もうダメそうな気配を感じる。
ヒデが、クーラーボックスを開ける。
「お前ら、バーベキューつったら肉だろうが!
で、肉の王様って言ったら何?」
「「トリ。」」
「牛だろうが! いや鶏も美味しいけど!?」
クーラーボックスから食材を取り出す。
「おら! 牛肉!!」
「「おぉ!」」
肉の王様にして、バーベキューの王様。
それは牛肉!
――の、ジャーキー。
「「おぉ‥‥。」」
「‥‥‥‥。
セツ! お前ネタ被せて来るんじゃねぇよ!
ふざけんじゃねぇぞ!!」
「理不尽すぎるでしょ。」
順番が違ってたせいで、ちょっと微妙な感じになっちゃう、ヒデのボケであった。
「いいよいいよ。もうジャーキー焼いちゃうもんね。」
料理長特権が発動。
ジャーキーが、牡蠣と一緒に並ぶ。
厚切りのジャーキーが並べられて、その上にチーズが乗せられて。
ブラックペッパーやガーリックなどを混ぜ合わせた、ミックススパイスが振り掛けられる。
肉の旨みに、チーズの濃厚な香りと、スパイスの刺激的な香りが合わさって、とても食欲をそそる。
「「おぉ‥‥!」」
見ただけで、美味しいと分かる料理だ。
お腹も順調に空いてきた。
ツッチーが、刹那に指示を出す。
「セツ、そろそろ船出して。川下ろう。」
「あいあいさー。」
グリルの前を離れ、船尾へと移動をする。
釣りをしているノブと、それを見ているスミの横を通り過ぎる。
「――!? 掛かったぁ!!」
「「「「‥‥え?」」」」
竿に当たりがあったらしい。
疑似餌の針に、キャベツの芯をくっ付けた、あの頭の悪い餌に食いついた?
そんな馬鹿な?
4人の疑念を払しょくするように、釣り竿の先端は、大きくしなる。
「おお! これデカいぞ!」
「地球を釣ったんじゃないの?」
ツッチーが茶々を入れるも、ノブの手元で、リールがグングン巻かれていく。
「全然全然、巻けてる巻けてる。」
全員の視線が、釣り糸の先へ注がれる。
魚影が船の灯りで見えるのを、今か今かと待つ。
‥‥‥‥。
針が戻って来た。
水面の下に影が映る。
大きい。
30cmから40cmくらいはある。
「マジじゃん。」
「セツ、網とって網!」
「了解了解――!」
網を取って、影に向けて伸ばし、下から掬い上げる。
川から、釣果が姿を現し、その正体が露になる。
「「「「「おお!!」」」」」
5人が歓声を上げる。
釣れたのは、大きさ40cmほどで、太さが男性の腕くらいある――――、流木。
「「「「「‥‥‥‥‥‥‥‥。」」」」」
刹那は網を下げて、ノブが魚を取れるようにしてやる。
ノブが竿を置いて、釣果を手に取り、針を外す。
ツッチーがすでにニヤニヤしており、隠れて笑っている。
ノブは、釣果を手に取り、上に掲げたり、ひっくり返したりして。
――それを、料理長のヒデに手渡した。
「ふふふ――。」
ついに刹那が堪え切れなくなって笑いだすと、全員が堰を切ったように笑いだす。
季節は11月の末。
もう、ほぼ12月だ。
川の夜に感じていた寒さは、すっかり無くなって、薄く汗ばむ身体を、川下からの風が冷やす。
酒宴の本番前からこれだ。
もう、今宵の寒さは気にならなくなるだろう。
そうやって5人は、終わる秋を惜しみ、行く年を惜しみ、来たる冬に思いを馳せるのであった。
――5.5章。11月のサウィン祭、完。




