2.1_闇と光
マジック&サイバーパンク。略称M&C。
シグレソフトが開発した、VRゲーム。
「アクションゲームで出来ること、全部やりたい」そんな開発コンセプトを元に作成されたゲームは、世間一般基準ではコアユーザーと評されるユーザーたちに受け入れられて、VR界隈をひっそりと賑わせていた。
また、M&Cには、もうひとつ開発コンセプトがある。
それは、「自分だけの冒険譚」というコンセプト。
プレイヤーに、同じ場所、同じ風景を見せても、同じ感想を抱くとは限らない。
同じ物を見ても、同じことを考えるとは限らないのだ。
いや、むしろ、そういうことの方が多いであろう。
キャラのステータスを自由に振り分けられるゲームであれば、ステータスのポイント振りには個性が出るだろう。
オープンワールドだったり、フリーシナリオだったりであれば、最初に足を運ぶ街が違うかも知れないだろう。
そのような、個性がが出る要素を排除したとして――。
同じストーリー、同じ戦闘を経験したとしても、やはり個人が思い浮かべる”心”には、違いが生まれる。
むしろ、違いがあって良いのだ。
どんなに、ゲームがエンターテインメントとして発展しても、レトロな64ビットのゲームが自分にとっての神ゲーであっても良い。
どんなに、世間が神ゲーと評しても、自分の肌に合わなくったって良いのだ。
同じ世界を体験しても、同じ思いは抱けないのだから。
結局、ゲームの世界とは、自分の目で見て、自分の目で体験するしかないのだ。
成功、失敗、挫折、学習。
その全てが、最後には思い出となって、甘くなったり酸っぱくなったりする。
ゆえに、M&Cは、固有の特権は排除するが、個性の権利には寛容であることをコンセプトにした。
シネマチック・シナリオシステム。
いわゆる、シナリオ分岐システム。
AIが発達した世界であれば、シナリオを分岐させるだけでなく、システムがシナリオを新たに作ることだってできる。
プレイヤーの個性や選択が、ダイレクトに世界へ影響を与えていくのだ。
もし、個性と個性が重なる、マルチプレイを遊ぶのなら、今日その日、そのプレイヤー達だからこそ起きるイベントも――、あるのかも知れない。
それを、ユニークシナリオと受け取るか?
プレイヤーストーリーとして受け取るか?
全ては、体験するプレイヤー次第。
◆
「――さて、エージェント・セツナ。それから、ESSのマル君。
なにか、申し開きはあるかね?」
前にも、こんなことあったな。セツナは、そう思った。
ディフィニラ局長を前にして、あの時の出来事を思い出す。
「「コイツが、いけないんです!」」
ただならぬ気配を感じたセツナとマルは、取り合えず、お互いに責任をなすりつけることにした。
セツナは指でマルを指し、マルは吹き出しでセツナを指差す。
何か申し開きがあるとすれば、それはボルドマンの追跡劇で出た被害に他ならない。
セントラルシティの都市部にボルドマンを逃がした挙句、戦闘でビルの壁や窓を破壊。
確かに、ボルドマンはセツナの手によって討たれたが、セツナの手によって被害が広がったとも取れる。
マルが、自分を指差す不届き者に、反論をする。
「だいたい、セツナさんの運転が下手っぴだからいけないんじゃないデスかー?
もっとスマートに運転できてれば、レッドタウンで決着をつけられていたでしょう?
妹さんみたいに、リアルでもハンドルを握らないからですよ!」
この、ボケナスぅ。と、マルの主張。
「うっさいなあ! そもそも、そういう人間の至らなさを支えるのが、キミたちの役割でしょ!
な~にが、セツナさん前、前ぇ~だよ! だから、前がどっちかって聞いてんじゃん!」
この、ポンコツぅ。と、セツナの反論。
――ボケナスぅ! ポンコツぅ!
――ボケナスぅ! ポンコツぅ!
CCC支部3階、ホロ・オペレーションルーム。
ディフィニラを前にして、セツナとマルは、罵詈雑言の応酬を繰り返している。
まるで子どものケンカ、とてもセントラルの危機を救ったコンビとは思えない。
ディフィニラは、咳払いをして、2人の応酬を止めさせる。
ビクリ! と、2人とも同じタイミングで静かになって、ディフィニラの方に視線をぎりぎりと動かして向き直る。
「ふふ――、すまないな。少し意地の悪いことをしてしまった。許してくれ。
マル君、キミは聞いた通り、とても個性豊かなESSのようだ。」
ディフィニラの表情が柔らかくなる。
どうやら、怒られることはなさそうだ。
念のため、セツナが確認してみる。
「あの‥‥、ディフィニラ局長。都市部の被害の件ですが‥‥。」
「ああ、それならば気にすることは無い。キミの任務はボルドマンの暗殺で、その手段は問わないと言った。
幸い、便乗暴動による怪我人こそ出たが、死者は居なかった。建築物の破壊など安い――。
いや、許容の範囲内だ。」
安いものだと言ったら、今度はビルごと破壊しそうなので、一応、釘を刺しておく。
この男には、前科があった。
エージェントの研修期間中に、暴走した警備ロボットを鎮圧しろと指令を出したら、家屋ごと吹き飛ばしたことがある。
確かに、警備ロボットが家屋や敷地の外に出て、被害が拡大する前に家屋ごと吹き飛ばす方法にも、百歩譲って一理ある。
しかし、死者が出なければ良い、という訳では無い。何事にも限度がある。
ともかく、ボルドマンの件でのお咎めは無いらしい。
安心した。マルと顔を合わせて、「セーフ、セーフ」とジェスチャーをする。
安心したところで、セツナが話題を変える。
「では、もうひとつ質問を良いですか?」
「許可しよう。」
ゲーマーの勘が言っている、ボルドマンをウェアウルフの姿にした、あのナイフはヤバい代物だと。
「ボルドマンが使用した、ナイフのような物に、心当たりは?」
「‥‥‥‥。」
ディフィニラは、しばし沈黙。
その後、机の上にある端末を操作した。
すると、3階の景色が変わる。
オペレーションルームの映像をホログラムで投影していた3階の景色が変わって、真っ白な部屋に変わる。
真っ白となった部屋に居るのは、セツナとマル、それとディフィニラの3名だ。
「これから話すことは、他言無用だ。なので、人払いをさせてもらった。」
つまり、この空間で話されることは、外部には漏れることはない、ということだろう。
ディフィニラが、机の上で腕を組んだ。
「セツナ君。キミは、過去の厄災――、人類が滅ぶことになった原因は知っているかね?」
「色々と要因があったそうですが‥‥、厄災の最大級はドラゴンであったと聞いています。」
「その通りだ。」
ディフィニラが、一拍置いてから続ける。
「では、その厄災、人類をかろうじて絶滅から救ったものは何かを、知っているかね?」
セツナは、首を横に振った。
彼の反応を見て、ディフィニラは「ふむ」と相槌を打つ。
「人類を絶滅に追い込んだ原因がドラゴンならば――。」
「――絶滅を救ったのも、またドラゴンなのだよ。」
セツナとマルは、互いに顔を見合わせて、ディフィニラに向き直る。
「その様子だと、見当が付いたようだね。
そう、人類を絶滅から救った道具、それこそがボルドマンの使った道具の正体。古くは”龍の牙”と呼ばれる道具だ。」
龍の牙、ドラゴンウェポンとも呼ばれる道具。
過去の厄災を払ったのは、この道具たちだと、ディフィニラは言う。
「龍の牙は、その名の通り、龍の死体を元に作製した道具だ。
使用することで、人間の内なる魔性を引き出し、強力な力を得られる。
キミの報告にあったボルドマンの不死性も、力の一端だろう。
これにより、我々人類は、絶滅の窮地を脱したのだ。」
ゆえに、この道具は危険視され、歴史と文明の闇と混沌に葬られた。
もし、誰かが龍の魔性に魅入られて、力を得るために、龍を呼ぶような真似をすれば――。
人類は、たちまちのうちに絶滅するだろう。
過去の厄災では、龍は一匹では無かったという。
複数の龍からドラゴンウェポンを作り出し、それで龍や厄災を狩ってまわった。
薄氷の平穏を築いたあと、ドラゴンウェポンは放棄された。
終末と混沌の世界に、龍の力は魅力的過ぎる。
けれども、龍の力と、龍の武器が現代に蘇ってしまった。
「――これは、私の予想ではあるが、最近多発している魔導兵器による犯罪と、セントラルに現れた赤龍は、同じ源泉に繋がっていると考えている。」
一通り話しを終えて、ディフィニラは、自身の推測を口にする。
セツナも、同じ考えだ。
同じ考えなので、もうちょっと突っ込んで聞いてみる。
「ディフィニラ局長、この空間で喋ったことが外に漏れる可能性は?」
「完全なシステムなど存在しないが、猫一匹たりとも聞き耳は立てられないと保証する。」
「では心置きなく。局長、もしかして、この”ヤマ”には内部の人間も関わっていると思ってます?」
質問を投げかけられた彼女は、少し考えるそぶりをみせて答える。
「セツナ君、たいそれた発言には気を付けたまえ。
‥‥だがしかし、動くべき時が来れば、キミの力を借りることもあるだろう。
それまでは、用心して任務にあたるように。」
「部下の死亡手続きをするのは、堪えるのでな」、ディフィニラはそう付け加えた。
秘匿性の高い空間だからこそ、零れた発言だろう。
「――ああ、局長も、ボルドマンの件では気を揉んだことだと存じますよ。
‥‥こう、上手く言えないけど、何と言うか‥‥。」
言葉に詰まったので、身振り手振りで言いたいことを伝える。
「板挟み、板挟み」みたいなジェスチャーをして、何とか伝える。
伝わって欲しい。
アリサから、先の任務において、オペレーションルームで何があったかは、だいたい聞いた。
だいたい聞いたから、何とかフォローしたい。
ディフィニラ局長は、恐らく全責任を自分で背負って、セツナを捨て駒として扱うつもりだったのだろう。
多くを守るために、少数を犠牲にする。
誰だって、そんな十字架を背負いたくは無い。
目上の人間に対して、差し出がましいようだけど、自分は気にしてないって伝えたい。
ここは、マルに頼るのも違う。
自分の力で伝えなければ、意味が無い。
そう思ったのだけれど、上手くいかない。
カッコ良くは決められない。
しかし、それでもセツナの気持ち自体は、汲んでくれたようだ。
「ふふ、現場のキミ達に比べれば、私の労など大したことは無いさ。
だが、そうだな。ありがとう。気持ちは貰っておくよ。」
白い空間が、塗り替えられていく。
CCC支部3階、ホログラムで投影されたオペレーター達が、業務に当たっている。
「さあ、話しは終わりだ。
エージェント・セツナ、及びマル君。引き続き、セントラルの秩序の維持に励むように。
そのためには、チームを組んで任務に赴く、その選択肢も持っておいてくれ。」
「「はい!」」
龍の牙、ドラゴンウェポン、魔導兵器の犯罪、赤龍。
ボルドマンという問題を片づけたら、それよりも厄介な問題が増えた。
それでも、やっていけそうな気がする。
自分が何とかするのではなくって、みんなで何とかすれば良いのだ。
自分は、自分にできることを。
そう、セツナは思うのであった。