5.20_誰の指すチェックメイト
シグマ部隊と戦うセツナ。
部隊のうち2人は倒し、残り2人。
狙撃兵と擲弾兵。
部隊の後衛が残る形となった。
セントラル第5ビルの屋内に戻ったセツナの足元が、爆発によって崩落する。
残りの敵は、下の階に居るらしい。
相手の招待に乗り、足元にできた穴を落ちていく。
その隙に、コアレンズをベルトポーチから取り出す。
ソードコア × グランドスマッシュ = 火薬の石棺
天井から落ちてくるセツナを、擲弾兵が狙っている。
銃の引き金が引かれ、フルオートのグレネードランチャーが火を吹く。
擲弾の雨が、セツナに降り注ぐ。
雨は暴風をともなって、標的に打ち付ける。
その爆発を、石の棺桶で受け止める。
分厚い石棺は爆発の衝撃を吸収し、擲弾から身を守る盾として機能する。
床に着地。石棺を盾に、足元に雷を纏う。
雷の力で石棺を押し出すように、盾を構えたまま突進。
床を石の塊で抉りながら、擲弾兵の元へと駆けて行く。
擲弾兵は、守りを固めるセツナに対して、銃口を斜め上に向ける。
山なりの曲射にて、前からではなく後ろから攻めるつもりだ。
しかし、電光石火の速度で突っ込んでくるセツナを捉えることができない。
擲弾が爆発するよりも速く、彼は爆発の前を駆け抜けて行く。
グレネードランチャーの弾が切れた。
口径が大きい分、装弾数は少なく、機関銃のボックスマガジンに20発しか入っていない。
それでも下手な小機関銃よりも重たいから、扱いには苦労する。
攻撃手段を失った擲弾兵に対し、セツナは石棺を振るう。
棺を縛っている鎖を振るい、魔導ガントレットに込めたソードコアが、内部で爆発を起こす。
ガントレットから黒い煙が上がって、火薬の爆発力で石棺が唸り振るわれる。
横に振るわれた棺を、擲弾は後ろにステップを踏み回避。
――セツナの足が燃え盛る。
棺を捨て、距離を詰め、彼の顔面に飛び膝蹴りを浴びせる。
巨大な得物からの、大振りな一撃のあとである。
追撃など無いだろうと思っていた擲弾兵は、虚を突かれる。
セツナは流れるように得物を手放し、流れるように追撃の選択肢を取った。
魔導拳士はもとより、徒手空拳のクラス。
自分が呼び出した武器であっても、頓着や執着はしない。
それは、敵を倒すための手段でしか無いのだから。
徒手で倒せるならば、捨てても構わない。
セツナの不意打ちを、擲弾兵はグレネードランチャー構えて受ける。
攻撃は凌いだ物の、体重と速度の乗った攻撃が、銃を通じて両腕の関節を痛ませる。
セツナは左手で、擲弾兵の右手を掴む。
敵の銃による殴打を防ぎ、なおかつ逃げられないようにする。
跳び膝蹴りから着地。
重心を落としながら、自分を身体を入れ込むように右腕で肘打ち。
肘打ちが、擲弾兵のボディに刺さる。
そのまま、捕まえた右手・右腕を支点に、背負い投げ。
肘打ちで懐に入った流れで擲弾兵を背負い、投げて床に叩きつけた。
叩きつけてから武装解除。
擲弾が右手に握っているグレネードランチャーを取り上げ、彼に向けて銃口を向ける。
銃を奪ったセツナの視界の端で、警告アイコンが表示される。
グレネードランチャーのトリガーに、ロックが掛かったことを表すアイコン。
この銃は、認証されたユーザーしか使用ができないようだ。
ハッキングすれば使えるようになるだろうが、いまそんな時間は無い。
――右手に火球を作り出す。
トリガーに指を掛けたまま、火球が手の中で膨らみ、銃が高熱に当てられる。
熱に当てられた銃は、溶けていく。
銃の引き金や薬室など、銃の心臓とも呼べる機構が熱によって溶かされ、死んだ。
床で寝ていた擲弾兵が立ち上がろうとするのを、ただの鈍器となったグレネードランチャーで殴ろうとそた、――その瞬間。
屋内に、けたたましい銃声が響いた。
セツナが、この階に降りてから姿を見ていない狙撃兵。
彼の射撃だ。
この階層の部屋のどこかに隠れている狙撃兵の射撃が、セツナの頭を撃ち抜いた。
電脳の身体は、ヘッドショットくらいでは倒れない。
魔力で強化された肉体を、銃弾は貫通できない。
(ここで仕掛けて来るか。)
狙撃兵の姿が見えないのは知っていた。
ならば、機を狙ってこちらを狙撃してくるのであろう。
それも予想していた。
予想は現実となり、どういう理屈なのかは分からないが、彼奴は壁越しにスナイプを決めた。
だから、ダメージを受けても動揺はしない。
だから、目の前で立ち上がった擲弾兵の攻撃にも対処ができる。
擲弾兵が腿に装備した長刃のナイフを引き抜き、セツナに切りかかる。
それを、奪ったグレネードランチャーを使って受ける。
銃に阻まれたナイフはすぐに引っ込み、素早く2撃目を繰り出す。
重いグレネードランチャーでは、捌き切れない。
頭を狙い、突いてきたナイフを、首を曲げて避ける。
避けながら反撃。
3撃目のナイフを繰り出そうとしている擲弾兵の、内腿を蹴りで狙う。
金的の対策はされていると読んだ。
ならば、皮膚が薄く、太い血管のある内腿を狙う。
セツナの胸を狙うナイフを、身体を反らしながら避けつつ、振り子のように脚を上げる。
ナイフは外れ、蹴りは命中する。
追撃を入れたいところだが、身体を反った状態で、それはままならない。
かといって、このまま反った上体を起こしては、再びナイフの攻撃に晒されるだけだ。
セツナは軸足に力を込めて、跳躍。
変則的な姿勢から、バックフリップをする。
強化されている肉体だからこそできる、荒々しく無稽なアクロバット。
擲弾兵との距離を開けつつ、自身の体勢を整えた。
バックフリップという隙だらけの動きも、先ほど相手の内腿に攻撃を入れたおかげで安全に行えた。
変則的なジャンプから綺麗に着地を決め、セツナはその場で屈み込む。
屈んだ彼の上を、銃弾が通り過ぎていった。
狙撃兵が撃つなら、味方を誤射しないタイミング。
それは、このように自分と敵の距離が開いたとき。
読みは当たっ――。
続けざまに狙撃。
(――2発目!?)
相手は、避けられることも想定に入れていたらしい。
側頭部に、弾丸をもろに食らった。
怯んだセツナの顔面に、擲弾兵の前蹴りが迫る。
グレネードランチャーを盾に受ける。
怯んだ姿勢で受けたせいで踏ん張りが利かず、ゴロゴロと床を後ろに転がる。
ゴロゴロが弱まり、足が床を掴む。
それと同時、咄嗟にグレネードランチャーを身体の横に構える。
銃を床と垂直に立てて、その影に隠れるように構える。
銃を、甲高い音が叩いて、甲高い衝撃が骨に響く。
右手の指関節が、銃の振動に痛む。
――掌に、灼炎を滾らせる。
擲弾兵が、刃渡りの長いナイフでセツナを切りつける。
膝を付いて低くなった頭に目掛けて、突きを放つ。
先ほどから、この兵士はナイフで突きばかりしている。
だが、それは有効だ。
泥臭い戦場では、ナイフ術だなんだと講釈を垂れるよりも、単純にして強力な攻撃を連発した方が有効な場合がある。
ちょっとやそっと切りつけられただけでは死なない、セントラル人の肉体であればなおさらそうだ。
セツナだって、昨夜の港で、技もへったくれも無い滅多刺しを披露したばかり。
この戦術の有用性は、よく知っている。
腹に刺したナイフの切っ先を上に向けて押し込む?
それで、腹の中から肺を潰す?
そんな暇と能あるなら、腹に3つ穴を開けてやった方が痛い。
この身体は、片方の肺に穴が開こうが、ある程度は動けてしまうのだ。
土壇場で恰好なんてつける必要は無い。
相手を倒せるならば、なんだって良いのだ。
ナイフの突きを、グレネードランチャーで弾く。
すぐさま、2撃目の突きが放たれる。
それを、同じくグレネードランチャーで受ける。
(こいつを食らえ!)
ナイフを受けたグレネードランチャーは、白刃を自らの内部に取り込りこんだ。
ドロリと銃に沈むナイフは、赤熱する木炭に水が掛かったような音を立てる。
セツナの足元に、黒い水滴がシトシトと滴る。
火球の熱で、銃が融解して溶けている。
溶けた銃を前へと押し込む。
手元から融解した銃は、飴細工のように変形して、ナイフを取り囲み、ナイフを握る腕にくっつく。
擲弾兵は、ナイフが融解した銃に刺さったせいで腕を引くのが遅くなってしまう。
銃がナイフに纏わりつき、素早かったナイフ捌きが鈍く鈍重になってしまう。
ナイフにと手に、べったりと飴になった金属がへばりつき、ナイフを素早く引き戻せない。
元は機関銃だった飴の重みが、手元の自由を奪っていく。
セツナは立ち上がり、さらに銃を前へと押し込む。
銃のバレル部分が、擲弾兵のタクティカルベストに引っ付いた。
‥‥氷魔法を持っていないのが残念だ。
持っていたのならば、この引っ付けた銃を瞬間冷却して、即席の拘束具にできたのだが。
擲弾兵は、あっけに取られる。
エリート部隊の一員であり、歴戦の猛者であっても、さすがにこの展開は奇天烈が過ぎる。
それでも、やはり相手はエリート兵。
思考は止まりつつも、しっかりと身体は動き、セツナに向けてローキックを繰り出す。
それを読んでいたように、セツナは片足でいなす。
蹴り上げようとした脚の前に、自分の脚を置いて、速度を殺し攻撃を潰す。
防御に使った足で踏み込んで、擲弾兵の背後へ回り込む。
回り込んで、擲弾兵の腰に組み付いた。
足に火炎を纏う。
跳躍。擲弾兵を伴い空中へ。
空中へ飛び、天井に着地。
足に電撃を纏う。
電光石火。擲弾兵を伴いグラウンドへ。
ビルの中に稲妻が落ちた。
天井を足場に、相手を床に叩き落とす、サンダードロップ。
速度、威力、共に申し分ない一撃。
対爆アーマーに守られている擲弾兵も、強烈な雷の一撃によって撃沈。
意識が刈り取られ、戦闘不能となる。
残りは狙撃兵のみ。
彼への対策として、いま床で寝ている擲弾兵を盾にして、スナイプを牽制しても良いが、今回は別の方法で勝負を決めにいく。
相手はプロ。死体は蘇生できるからと、身代わりごとスナイプしてくる可能性は大いにある。
盾作戦は却下。
頭ではなく、脚を使う。
稲妻とテレポートを組み合わせ、長距離を一気に移動。
向かった先は、石棺のところ。
自分が先ほど投げ捨てて、壁に突き刺さっている石棺を回収する。
AGを消費。
石棺の鎖を引き千切る。
棺の封が切られ、そこに眠るモノが目を覚ます。
重い蓋を蹴飛ばし無理やり開けて、すぐさま中身に手を伸ばす。
スナイプがセツナを襲うが、もう遅い。
両手を使い、眠っていた武器を持ち上げる。
棺の中から現れたのは、セントラル製の火薬武器、T.G.L。
棺の重さの半分は、コイツのせい。
セツナの両手には、巨大なグレネードランチャーが握られていた。
身の丈よりも頭ひとつ大きな棺から引っ張りだしたランチャーというだけあって、そのボディは巨大。
まるで、短砲身の戦車砲のようなグレネードランチャーが、場に現れた。
重い‥‥。
デカいだけでなく、重さも戦車級だ。
本来、機械や車両が扱うはずの武装に、人間用の引き金を付けただけなのだから当然だ。
もちろん、威力は折り紙付き。
過言なく、この階層ごと更地にできる。
巨獣の砲に取り付けられた引き金を引く。
まずは1発、挨拶替わり。
それは、指向性を持った山の怒り。
火山を下る火砕流。
棺の中で眠っていた巨獣が、眠りを妨げられて、怒りに暴れる。
双眸に怒気を孕ませ、爆発させ、自分の目に付く物、自分を御そうとする者を大顎の一声で持って破壊に至らしめる。
砲は、前方の壁を全てぶち抜いて、空にまで雄叫びを響かせて、遠い大地を震わせ、空を高くすくみ上らせる。
獣の手綱を握っていたセツナは、砲の反動によって跳ね上げられる。
暴れる後ろ足に蹴り飛ばされて、後ろの壁にヒビと穴をこしらえる。
砲は、カウンターウエイト (銃の重さによる反動軽減)など持たないかのように、反動で暴れる。
巨砲の重量は、魔力で強化された肉体でも重みを感じるほど。
魔力を使わないのであれば、力自慢が5人掛かりでやっと動かせるほどの代物だ。
そんなに重い首輪でさえ、この巨獣を御するには全く足りない。
‥‥もう一度、言おう。
この鉄の巨獣は過言なく、この階層ごと更地にできる。
「――さあ、隠れてみろ。」
どれだけ隠れようが、この火薬からは、この、人の手に余る獣からは逃げられない。
‥‥‥‥。
‥‥。
◆
セツナはシグマ部隊と戦い、JJとダイナはハーマンと戦っている。
血気盛んな男どもにとって摩天楼はずいぶんと狭いらしく、早々に壁や床をぶち破って、戦闘員は皆、何処かへ行ってしまった。
「ほんと、男って単純ね。」
そこが可愛らしく、ゆえに御しやすい。
だが、その単純さに、いまは感謝をしなければ。
おかげで仕事がやりやすかった。
アゲハは、ハーマンの会社がある階層の、小さなサーバールームにお邪魔をしていた。
もちろん、サーバールームにとって、彼女は招かざる客である。
セントラルのネットワークからは切り離された、スタンドアローンのサーバー。
技術者たちの銀行。
第5ビルの混乱に乗じて、彼女は火事場泥棒を働いていた。
自分を出し抜いたハーマンに一泡吹かせてやろうと、色々と情報を漁った。
すると、どうやらこの第5ビルには、本部から厄介払いされた人材が多く詰めていることが分かった。
ハーマンの所在が行方不明となり、姿を眩ませられた理由のひとつに、それがあるのだろう。
本部に含むところがある者たちのコミュニティに紛れ、隠れていたのだ。
そして、本部から厄介払いされた人間には、ハーマンを含め何かしらの理由がある。
「――ビンゴ!」
見つけた。
コンソールに表示されたのは、本部が手を染めて来た汚職の数々。。
厄介払いされた人間は、何かしら本部に不利益をもたらす者だったのであろう。
消すほどでは無いが、置いておくには邪魔な人間。
そういう者たちがここに集まり、細かな悪事を持ち寄り、いまアゲハの前でデータの山となっている。
このデータは、まさしく宝の山。
本部とは、もう「お友達」では居られない。
だからこそ、これからは彼らに、蜜ではなく鞭を使って接していかなければならない。
目の前のこれは、鞭として充分過ぎるほどの威力がある。
タヌキどもの化けの皮が剝がされて、苦悶に満ちた表情が目に浮かぶようだ。
「ふふふ――。バカな人たち。」
大人しく、差し出された甘い蜜を吸っていれば良かったのに。
蝶を駒と捨てるから、はたきおとされるのだ。
紫色の蝶は、美しく強い蝶。
大きな羽は、最強の蜂たるスズメバチさえも打倒する。
蝶よ花よと侮るから、痛い目を見る。
羽をもごうと、茎を摘もうとするから――。
羽で手の甲をはたかれ、手の平に棘を刺される。
お友達との思い出に浸りつつ、アゲハは本部の真っ黒な情報を、記憶媒体にコピーする。
‥‥少し、コピーに時間が掛かっている。
どれだけ悪行を重ねているのだ?
コンソールに表示されている文字列にチラリと目をやれば、本部が蝶と繋がっている情報が記載されていた。
情報の容量を増やすのに、自分も加担していたらしい。
数秒ほど待って、コピーが終わった。
仕事道具と記憶媒体をしまい、サーバールームをあとにする。
外はあの騒ぎだ。
エージェントと本部が、勝手に人払いをやってくれた。
これならば、子どもでも簡単に盗みに入れる。
さて、もうここに用は無くなった。
当初のプラン通り、エスケープルートに向かう。
摩天楼から地上を一望できる、窓際へと歩を進めていく。
曲がり角を曲がって、窓が見えて、窓の外で夜が訪れた。
空に月が浮かび、目の前のビルを月の光が消し飛ばした。
その光景を目の当たりにして、ゾクゾクと背筋が震える。
(やっぱり、手を出して正解だったわ。)
アゲハは口角を上げながら、戦闘によって割れた窓の傍まで歩いていく。
屋内と屋外の気圧差によって、風が彼女の背を押し、外へと連れ出そうとする。
(いい風。)
柄にもなく、少し感傷的になってしまった。
名残惜しい‥‥。もうすぐ仕事が終わってしまうのが。
センチな女心を、風が後ろから急かす。
急かす風に誘われて、アゲハは一歩前へと足を進めた。
「そこまでだ。」
背中を押す風が、弱くなった。
自分の後ろに、誰かが立っている。
その誰かは、自分に銃を向けている。
――ゆっくりと、両手を上に挙げる。
「ごきげんよう、泥棒の蝶々さん?」
「ごきげんよう、頼りになるエージェントさん?」
アゲハの背後には、ニューナンブの銃口を向けるセツナの姿があった。




