5.18_恋する漢女
M&Cには、5強クラスと呼ばれるクラスが存在する。
ベルセルク・ナイト・モノノフ・ブレイバー、そしてメイジ。
5強クラスは、それぞれに強烈な個性を持ち、性質も立ち回りも大きく異なる。
その個性派ぞろいの5人組にも、ひとつの共通点がある。
それは、近接戦闘において無類のパフォーマンスを発揮すること。
魔法使いクラスのメイジであっても、5強に名を連ねるからには、そこに例外は無い。
よって、M&Cのメイジは、一般的な魔法使いのイメージとしてありがちな、ひ弱さや打たれ弱さが一切存在しない。
◆
2つの太陽が爆発し、JJとダイナは空に放り出された。
太陽の爆発から逃れるため外へと逃げた2人に、熱で焦げ付く風が追い付いて、彼らを吹き飛ばした。
魔法の熱で背中や頬が焼ける。
風で身体は空を渡り、遥か眼下、広い道路を飛び越えていく。
道路を飛び越えた身体は重力で落下し、摩天楼に隣接するビルの屋上に不時着した。
かろうじて受け身を取り、赤いエフェクトを伴いながら屋上を転がる。
ダイナが回復石を砕き、2人の体力を回復させる。
‥‥セツナには、回復は届いていなさそうだ。
さすがに距離があり過ぎる。
自分たちが居たセントラルビルの壁面を、雷が奔っている。
シグマ部隊を引き受けたセツナの方は、それなりに戦えているようだ。
ビルの屋上へ2人を追って、ハーマンがやって来る。
鍛え抜かれた脚力で空を幅跳んで、片膝をついて着地する。
メイジは遠近両用。
近距離が強い代わりに、遠距離が強い。
なるほど、ハーマンを見れば一目瞭然だ。
ダイナは杖を構えてハーマンを見据える。
聞きたいことがある。
「それだけ強いのに、どうしてディフィニラ局長の元から去ったのさ?」
ハーマンは、セントラルの英雄たるディフィニラに師事していた本部の変わり者。
変わり者であるがゆえに、無実の罪で本部を追い出された。
その後、謎の行方不明となり、今はCCCのエージェントと戦っている。
かつて自身が師事していた恩師が束ねる組織と敵対する。
それが、ダイナにはどうにも解せない。
ディフィニラに一目を置かれる人間の行動には思えない。
ハーマンは、ダイナの問いに戦いの構えを解く。
ゆっくりと空を見上げる。
どこまでも青い空、あきれるほどに眩い青い日差し。
「うふふ。それはね――――、恋をしたからよ。」
「‥‥‥‥?」
怪訝な顔をするダイナ。
訝しみながら、疑念を言葉に変える。
「もしかして、夜の空に月でも見た?」
ダイナの言葉に、ハーマンは自分の頬をそっと撫でる。
「詩的でロマンチックな言い回しだけど、違うわ。」
ハーマンの動機は、月の女神とは別の所にあるようだ。
そう、ダイナとJJは納得する。
「アタシが恋したのは――。そう、いまこの空にある太陽。
太陽のように眩しく、苛烈な人♡」
どうやら、ハーマンさえもこの件の首魁ですら無いようだ。
ハーマンは続ける。
「素敵なエージェントさんには教えてあげる。
アタシは、あの人の夢をお手伝いしているの。」
「それが、今回の事件?」
「そうよ。あの人は、あなた達に興味があるみたい。
ふふ、妬けちゃうわ。」
「それだけじゃ、ないんだろ?」
JJが、さらに事件の核心へ踏み込む。
「俺たちに興味があるなら、直接ケンカを売ってくれば良い。
この騒動は、あまりにもやり方が回りくど過ぎる。」
「あら、漢女はデートに出掛けるまでに、たくさんの時間を掛けるのよ?」
「――その逢瀬に呼んだのは、俺らだけじゃないな?
本部の連中もそうだ。」
「まあ! 強いだけでなくって、知的な殿方なのね! ますますイイ男♡」
微妙にハーマンにペースを乱されるものの、努めて平常心を維持する。
チラリと隣に視線を配れば、ダイナと視線があった。
視線が合い、彼女はJJに向けて頷く。
おそらくだが、ダイナも同じ結論に思い至ったようだ。
「あんたの想い人の目論見を当ててみよう。
あの人とやらは、セントラルのパワーバランスを計るために、この騒動を企てた。
違うか?」
JJの言葉に、上の方でパンッと火薬が弾けた。
2人の頭に、ヒラヒラと紙吹雪が舞い落ちてくる。
「すっごく頭が切れるのね! 花丸あげちゃう♡」
新型爆弾をめぐる事件が、これで1本の線で繋がった。
繋がった線の先に見えた、黒幕の存在。
この事件の首謀者は、夢戻りのエージェントに興味を示している。
彼らが、どれだけやれるのか?
そして、彼らとやり合える勢力は居るのか?
黒幕は試しに、本部の懐刀であるシグマ部隊をぶつけることを画策した。
シグマ部隊を表舞台に引っ張り出すために、ハーマンに対エージェント用の兵器を製作させた。
シグマ部隊の属する本部は、夢戻り組を煩わしく思っている。
そんな煩わしい人間を、1発で消せる威力を持つ爆弾があるとしたら、彼らは血眼になって探すだろう。
何としても手に入れるために、本部は私欲でシグマ部隊を動かす。
結果、新型爆弾をめぐり、夢戻りのエージェントとシグマ部隊が衝突する。
そういう筋書き。
爆弾をアゲハに盗ませたのも理由がある。
彼女の手に爆弾が渡れば、エージェントも本部も、そう簡単に爆弾までたどり着けない。
捜査が長引けば、それだけエージェントと本部が衝突する機会が増え、噂を聞きつけた悪党との戦闘も勃発する。
全ては、「あの人」が書いたシナリオの通り。
ここに居る全員、そして――、この西セントラル全体が、あの人の舞台装置であったのだ。
JJの口から、呆れたようなため息が出てしまう。
「赤龍やディヴィジョナーの相手で忙しいっていうのに、同族でドンパチやってる場合かよ。」
「それは違うわよ、色男さん。
セントラル人にとって、闘争とは恋と同じなの。
どうしようもなく、後先も考えずに、燃え上がるの!!」
JJは頭を振る。
自分も、鍛錬や強さが「目的」となっている人間だが、セントラル人も大概だ。
とんだ模擬戦民族、模擬戦国家である。
「さあ、お喋りはここまでよ!
アタシたちも、もっと激しく燃え上がろうじゃないッ!!
太陽にだって負けないくらいッ、舞台の上で踊りましょうッ!!」
ハーマンが再び、戦いの構えを取る。
ダイナは、戦闘再開に応じる。
自身の握る杖を、無造作に天高く放り投げた。
投げた杖は回転しながら、青い空へと吸い込まれていく。
――空に、少しだけ夜が訪れた。
『あはははははははは――――!』
狂った三日月の嗤い声が空に響き渡る。
空に投げた杖は、鈍くギラつく湾曲した鎌となり、嗤い声と共に空から落ちて来る。
三日月の鎌が、ダイナの前に突き刺さる。
同時に、歪んだ三日月の幻影も降りて来て、禁忌を唱えた魔法使いを後ろから抱擁する。
ダイナの髪留めが外されて、毛先を銀色に染められる。
左の瞳が、茶色から灰色へと変えられる。
紺色のスーツの上に、灰色のトレンチコートを羽織らされる。
歪んだ三日月は、自分の色に染まる魔法使いを愉快そうに見つめる。
昏く深い瞳をダイナに向けて――、ダイナの首筋に噛みつく。
――見ていたぞ、別の女に現を抜かしていたのを!
三日月の嫉妬が、ダイナの生命力を奪う。
首筋に噛み痕を残し、夕暮れの大禁忌は成る。
三日月は、ダイナの耳に息を吹きかけ、続けてそこに噛みつく素振りをするイタズラを働く。
‥‥ダイナには無視された。
イタズラを意に介さないダイナをいっそう強く抱きしめ、彼女が相対する眼前の敵を一緒に睨む。
昏い瞳と歪めた口角で敵に微笑み、幻影は消えた。
空から夜が失われ、完全な青い空と日差しが戻る。
ダイナが鎌を手に取り、振るう。
EXスキル ≪魔導異書ウィルドネスサイス≫ 。
『「答え合わせは済んだ。幕を引こう。」』
‥‥‥‥。
‥‥。




