5.11_3度目の正直。
「こんにちは、泥棒のエージェントさん。」
「こんにちは、アゲハ。」
背後を取られ、拳銃を突きつけられているセツナは、両手をゆっくりと上げる。
「こんなところまで来るなんて、よっぽど仕事熱心なのね。」
「やられっぱなしは、性分じゃないんだよね。」
「ふ~ん。てっきり、私に会いたかったからって言ってくれると思ったのに。
言わなかった? また会いましょうって。」
「そんな花束で、蝶が喜ぶとは思わないけど。」
「花で気を引こうとするからいけないの。蝶は、追いかけるものよ。」
「捕まえるものでしょ?」
「捕まえてどうするの?」
「さあね? 標本にでもしようか。」
「ふふ。ずっと美しいままで居られるなら、それも良いかもね。」
船内には、外で繰り広げられている戦闘の音が聞こえている。
砲撃の音、CEのブースター、そして銃声。
船体が、不規則に発生する波によって、不安定に揺れる。
船が上下だけでなく、わずかに左右へ揺れているのが、足で感じ取れる。
セツナは、両手を上げてジッとしたまま、目線だけを横にやる。
「――それにしても、銃で脅すのはけっこうだけど、やり方が随分マズくない?」
アゲハに、杖が向けられる。
夕暮れの瞳が、彼女を凝視する。
『「そこまでだよ。」』
アゲハは、左手で胸を押さえる。
呪いを撃ち込まれたと、直感する。
心臓に、直に吐息を吹きかけられた感覚を覚え、寒気で凍る。
肋骨の間を隙間風が吹いて、心も臓も震える。
‥‥なるほど、これが夕暮れの禁忌。
ダイナがコンテナの物陰から躍り出て、赤い涙を流す左眼が、アゲハの生殺与奪を握る。
『「さあ、彼を解放するんだ。」』
船外で大きな音が響き、船が大きく揺れた。
CEが、海に突き落とされたのだろう。
しっかりと固定された荷物は、揺れに対しても動じない。
しかし、固定されていない小さな空き瓶が、ダイナの足元にコロコロと転がってぶつかった。
空き瓶には、先ほどまでポーションが入っていた。
勇気を、闘志に変換する、セツナのポーションだ。
彼は、甲板からここまで下りて来るさい、ダイナにポーションを渡していた。
彼女の魔法であれば、もしもの時に、荷物を船ごと破壊することができる。
魔法の杖が向いている先は、アゲハであり、この貨物船でもあるのだ。
アゲハは、夢戻りのエージェントを知っている。
戦闘データも、少しは知っている。
船が人質に取られていることを悟り、彼女はため息をついた。
セツナが諦観の蝶から銃を奪い、立場逆転。
今度はアゲハが、両手を上げることになった。
「はあ――。2人掛かりなんて、ヒドいわ。」
ダイナの瞳から、黄昏が消える。
アゲハの心臓を包んでいた、夕暮れも明ける。
「とぼけちゃって。わざとボクたちに捕まったでしょ?」
船内に乗り込んだエージェントは、2人居た。
セツナとダイナである。
アゲハ1人で、2人を拘束するのは無理がある。
文字通り、手が足りない。
2度に渡って夢戻りを欺いた蝶が、こんな愚策を行うはずが無い。
ならば、これもアゲハの策略だと、そう考えるのが妥当であろう。
アゲハの口元が緩む。
銃と杖を前に、瞳には余裕が垣間見える。
この状況を楽しんでいる。
そんな表情だ。
「わかったわ。降参。
正直に話すから、武器を下ろして。」
銃は下ろさない。
観念したアゲハの言葉を聞いても、セツナは油断しない。
ダイナに向けて、ハンドサインを送る。
銃を握る右の手首を、左手でトントンと叩く。
「拘束しろ」のハンドサイン。
視線を外さず、銃を向けたままのセツナに、アゲハは両手を上げたまま肩をすくめて見せる。
ダイナが近づいて、彼女に手錠を掛けた。
‥‥これが、どれほどの意味を持つかは不明だが、無いよりはマシだろう。
エージェントが用いる手錠は、電子錠と物理錠の二重ロック。
スクリーンを所せましと駆ける、大泥棒やスパイのようには、いかないはずだ。
身体の前で手錠を掛けられたアゲハは、2人を見る。
「どう? これで信じる気になった?」
車両甲板に、上階から降りて来る足音。
階段を走って降りて来る音が聞こえ、本部兵が2人現れた。
階段で停止し、車両甲板に居る3人に銃を向ける。
「動くな! その女を渡せ。」
本部兵の脅しに、セツナが応じた。
拳銃の中から弾丸がハジかれて、本部兵の1人に命中する。
「――!? この!」
武装した兵士は、拳銃が数発命中しただけでは倒せない。
反撃に転じる本部兵は、引き金に指をかける。
ダイナはアゲハを伴い、素早く彼らの死角へ。
コンテナを盾にして隠れる。
セツナも、上から降り注ぐ弾丸の中を走り、コンテナの中へと一時避難。
先ほど、彼がガサ入れをしていたコンテナのひとつへと逃げ込む。
「こちらサルベージ。エージェントと交戦、増援を要請。」
本部兵が通信をしていると、セツナがコンテナの中から出てくる。
腕には、デカい音が鳴るオモチャが握られている。
――対物アサルトライフル。
通常は単発式の対物ライフルを、サイズと威力をそのままに、フルオート射撃ができるようにした、恐ろしく頭の悪い銃。
頭は悪いが、恐ろしい制圧力を誇る。
マガジンが重すぎて、まともに構えられないので、腰だめのままトリガーを引いてぶっ放す。
まともに構えておらず、まともに照準できていない射撃は、狙いが明後日の方へ。
しかし、着弾位置を見て、照準を補正。
7発目を撃つ頃には、本部兵の至近に弾が収束し始める。
大口径の轟きは、至近弾ですら人体に被害を与える。
空気が圧縮され裂けるソニックブームが、本部兵を黙らせた。
車両甲板の出入り口 (ランプウェイ)が開く。
セツナはコンテナの上に飛び乗り、銃口を階段側に向けたまま、出入り口へと向かう。
‥‥人の気配がしたので、階段向けて対物アサルトライフルを乱射。
制圧射撃を行い、下層に踏み入れることを許さない。
アサルトライフルを捨てる。
ランプウェイに向かって走る。
走って、上から下へと開く出入り口に飛び移る。
半開きの出入り口を駆け上り、外へと飛び出す。
そこには、本部兵が3人待ち構えていた。
インベントリから、主力火器の六連装グレネードランチャーを取り出す。
トリガーを軽く引いて、チャージモード。
銃身が唸り、擲弾に過剰な魔力を送り込む。
空中で照準。
トリガーを深く引く。
3点バースト。銃口から、擲弾が3発連続で放たれる。
擲弾は、待ち構える本部兵の誰にも命中しない。
しかし、地面に命中した擲弾の爆発が、敵を余すことなく捉えた。
テレポートで、3人のあいだに着地。
爆発で怯んだ3人を、体術で叩きのめす。
1人をグレネードランチャーの銃身で殴りつけ、1人を後ろ回り蹴りで蹴り飛ばし、1人をマジックワイヤーで捕まえて、ラリアットをお見舞い。
ワイヤーの巻き取る力を利用し、本部兵の首を狙う。
首ならば、防具のフルフェイスマスクで守られていない。
本部兵は咄嗟に銃から手を離し、両腕でラリアットを受けるも、威力に負けて仰向けに倒れ込んでしまう。
倒れ込んだ相手に対しセツナは、片手でグレネードランチャーの狙いをつけて、引き金を引いた。
小さな爆発が起こって、本部兵意識は、水平線の太陽のように沈む。
ランプウェイが完全に開き、ダイナとアゲハが外に出てくる。
桟橋とは完全に道が繋がっていないので、ダイナが先にランプウェイを渡り、アゲハに手を差し伸べて、渡る補助をする。
そんなことしなくとも、アゲハは渡れるだろうが、まあ気遣いだ。
「気が利くわね。ありがと。」
ダイナの差し出した手を、アゲハは手錠をされた両手で取って、ランプウェイを渡った。
◆
――時は少し遡り、JJの視点。
「どすこい!」
「いっけー! ジぇージぇー。」
「どすこーい!!」
「やっちゃえ、不屈のあんちくしょうを捕まえちゃって!」
カエデは3人の動向を、のんびりと見守っていた。
紙パックのジュース片手に、小休憩タイム。
鉄火場でオペレーターができることは少ない。
少ないが、現場が欲する情報をいち早く提供するために、目を光らせておく。
あの3人ならば、この規模の荒事ならば何事も無かろう。
‥‥何事かある時は、やらかした時で、大事だ。
例えば、貨物船を、証拠品ごと沈めるとか。
空になったジュースを、足元のゴミ箱に捨てようとしたとき、カエデのモニターに銀色のツバメが映った。
「な゛っ!?」
紙パックを握りつぶす。
‥‥まさか、こんなところで我が仇敵に出くわすとは。
カエデは、セツナたちが知らないところで、マルに何度も辛酸を舐めらされているのだ。
彼の正体は良くは分からない。
が、カエデのハッキングをことごとくすり抜けて来る。
まるで、ネットワークの世界は自分の庭だと言わんばかりに、ネットワークに張り巡らされた網を潜り抜ける。
し・か・も――!
彼は、ハッキングの及ばないアナログな手法を好んで使う。
セツナとマルが戦った、モーターショーの件でも、招待状は紙媒体の物を使用していた。
この科学と魔法が栄えた街で、である。
それがまた、オペレーターの手を煩わらせる。
ネットワークに繋がっていない物に、ハッキングはできないのだから。
マルがセツナと戦った時は、エージェントとの接触によって、自身のネットワークにバックドアを作られてしまった。
その失敗から学習をした。
ネットの使用を最低限に留め、よりアナログ指向で組織を運営するようになった。
敗北から学んだせいで、現在のマルは、オペレーターの手に負えなくなっているのだ。
だが――、だがしかし、今回は夢戻りのエージェントが居る!
物理だ。物理こそが、全てを解決する。
「やっちゃえ、不屈のあんちくしょうを捕まえちゃって!
いけー! そこだー!!」
モニターの前ではしゃぐカエデに、他オペレーターの視線が集まる。
視線によって、我に返る。
「あ、あはは‥‥。ごめんなさい。」
小さくなって、小さい声でJJを応援する。
さて、頼りの綱のJJだが‥‥。
彼はいま、絶賛、八百長試合中だった。
マルとは裏で繋がっているのだから、八百長以外の何物でもない。
JJの乗るテストウドは、マルの部下が搭乗しているCEに、ヘッドロックをしている。
CEは、ジタバタと腕の中で暴れている。
「このこのこのこの――――。」
ヘッドロックから抜けるために、ぐるぐると腕を振り回しているが、重装甲のテストウドに効果は無い。
このまま、イイ感じにダラダラと戦って、イイ感じにマルが洗脳デスビームをして、イイ感じに引き分ける。
そういう段取りだ。
そのついでで、今はマルの部下に稽古をつけてやっている。
操縦の覚束ない部下の、ぶつかり稽古だ。
テストウドがヘッドロックを解除する。
敵のCEが拳を振るう。
「シンクロ!」
拳に闘志を乗せ、渾身の一撃。
――しかし、テストウドに効果は無かった。
「痛っっっっ、てぇーーーーー!?!?」
フィードバックダメージが、パイロットに入ったらしい。
テストウドは、頭に被る三度笠の縁を指でなぞる。
CEの操縦技術は、ピンキリだ。
「隙あり!」
今度は、キックでの攻撃を試みる。
ブースターを噴かせて、蹴りあ――。
「ごほぉ!?」
ブースターの出力をミスって、テストウドに激突してしまった。
JJは、コックピットでため息をつく。
(‥‥マル君、これの訓練は、相当に骨が折れるぞ。)
彼に待ち受ける苦労を思い、頭を抱えるのであった。
――と、そこに、フラフラと蛇行飛行をするCEが接近。
先ほどまで、味方だったCEだ。
「ダチが世話になったな! ――コイツを食らいやがれ!!」
乗っ取られたCEが、装備したアサルトライフルを射撃する。
蛇行飛行からの、ブレブレの射撃。
弾丸は、意外や意外、命中する。
‥‥敵と味方に。
「痛てててて! バカ! 撃つな撃つな!」
アサルトライフルによる射撃は、テストウドよりも、僚機に被害を出している。
仕方が無いので、手を貸す。
フレンドリーファイアを受けているCEを、張り手で突き飛ばす。
通信に夢中で脚が止まっているCEを、射線から外してやる。
それから――、教育的指導。
フレンドリーファイアしたCEに向き直る。
機体の前で両腕を交差。
ブースターを噴かし、力を溜め。
「どーすこーい!!」
頭突きがCEの胸部に突き刺さった。
CEは吹っ飛び、海面で水切りしてから、水柱を上げて着水。
少しして、海面から勢いよく頭が飛び出し、両手をジタバタとさせて踊っている。
「ごぼぼぼ――。助けて! 俺泳げない!!」
CEのコックピットは防水性である。
何なら、水深1000メートルくらいまでなら潜れる。
この桟橋付近において、溺れるなんてことは起こり得ない。
金槌にとっては、関係ないのだろうが‥‥。
マルが、溺れているCEの手を掴んで引き上げる。
「はい深呼吸してー、吸ってー、吐いて―。」
「すーはー。」
どうやら、落ち着いたらしい。
マルが、JJの方を向く。
「目的のブツは頂きました。今日は引き分けにしといてあげます。
皆さん、引き揚げますよ。」
「「「応っ!!」」」
海上のCE、山の砲撃部隊、それから桟橋で本部兵と銃撃戦をしていた白兵部隊。
それらが、マルの一声で撤退していく。
本部の戦力は、砲撃と銃撃の連携によって消耗し、壊滅状態。
戦闘の続行も、追撃も不可能に陥っている。
マルをJJが見送っていると、船のランプウェイが開く。
残存兵がランプウェイに集まるも、彼らは船から飛び出してきたセツナに蹴散らされ、戦闘不能となった。
船からダイナと、手錠を掛けられたアゲハが降りる。
作戦は、ひとまず成功。
「さて、これからどうなるか?」
JJが、誰に言うでもなく呟く。
蝶を捕まえたまでは良い。
ここから先、鬼が出るか蛇が出るか?
それは、蝶の手錠の両手に、隠している物しだい。




