5.10_マッチポンプ。
「なんだ!? 何処から攻撃が――!?」
空は赤らみ、夕暮れ時分。
驚愕する立哨兵の上空で、本部兵の駆るCEが墜落する。
銀色の流星が宙に瞬き、CEは海へと叩き落とされた。
幸い、機動不能となるダメージは負っておらず、水柱の中からブースターで飛び出す。
敵襲により、本部兵たちの警戒心が一気に上昇。
戦闘態勢に入る。
‥‥それをセツナは、頭の後ろで手を組んで見ている。
我関せず。管轄外だから、仕方がない。
視線を上へ。
港の空には、銀色のツバメが立っていた。
ツークフォーゲル型CE、ジルヴァルべ。
マルが操る、高性能CE。
「フフフ――。本部の皆さん、ごきげんよう。」
不敵なマルの声色が、オープン回線に流れる。
海に突き落とされたCEが、空を見上げ、ジルヴァルべを目視。
「――その機体。マルだかシカクとか言うヤツの機体か?
何故ヤツがここにいる? どうして手を出して来た?」
「いや~、それがデスね~。ワタシの可愛い部下に、新しいオモチャをねだられましてね~。
なので、ここに受け取りに。」
セツナは、マルに情報をリークした。
そして、2人のあいだで、利害が一致した。
セツナは、自分たちの障害となるであろう、本部を排除できる。
マルは、上等なCEとの戦闘経験を詰める。
ちょうど、ゴロツキの駆るスクラップの相手に飽きていた頃で、まともなCEと戦ってみたかったのだ。
そんであわよくば、本部のCEを鹵獲。
すべては、セツナへのリベンジのため。
自分を慕ってくれる部下と、テッペンを獲るため。
「と、言う訳で、貴方たちの武器を頂戴します。貰います。――寄越せ。」
「抜かせ! 大人しく小悪党で小銭稼ぎをしておけば良い物を、覚悟しろ。」
海面からCEが飛び立つ。
それに追従して、船の甲板からもCEが飛び立つ。
1対2の空中戦。
セツナたち3人は、完全に観戦モード。
桟橋に向けても、砲撃の小雨が降っているが、まったく気にしない。
地上では、山の上に陣取ったマルの部下が、桟橋に向けて自走砲や迫撃砲での攻撃を行っている。
マルの戦闘に巻き込まれないように、本格的な出番があるまで、自分たちは裏方に徹する。
単細胞なチンピラでは有り得ぬ統率と攻撃をしてくるマルの一味に、本部の兵士は後手に回っている。
姿を見せぬ敵の砲撃の雨に、一方的に晒されている。
セツナたちは、防爆パラソルさして、右往左往する本部を見学している。
立哨兵が、我関せずの3人に悪態をつく。
「貴様ら! ボーっと突っ立ている場合か!! 襲撃だぞ。」
そう言う立哨兵も、持ち場から動かない。
理由は簡単、目の前の連中を通す訳には行かないからだ。
3人は目を合わせる。
セツナは、わざとらしく肩をすくめる。
「オレらの管轄じゃないんで。ここでヘマしても、オレらの責任じゃないんで。」
言質は取ってある。
確かに、目の前の立哨兵は、「ここは自分たちの管轄」だと言った。
ならば、管轄の責任と義務を果たしてもらおう。
二度、本部CEが海面に叩きつけられた。
空の戦いで、ジルヴァルべについて来れる機体は、そうそう居ない。
2機掛かりでツバメを追うも、軽くあしらわれ。
ツバメは銀翼の剣も、4門の砲も使うことなく、CEの背中を蹴り飛ばして海に落とした。
防爆傘を、跳ねた海水がパラパラと鳴らす。
戦局は芳しくないようだ。
ジルヴァルべが海面に接近。
蹴り落としたCEとの距離を詰める。
今こそ、新兵器の出番。
「くらえ! マルチOS洗脳デスビィィィィィィム!!」
ジルヴァルべのアイセンサーから、マルチOS洗脳デスビームが放たれる。
放たれたマルチOS洗脳デスビームは、本部CEに命中。
紫色の光線がCEにヒットし、機体が紫色の光に包まれる。
光に晒されたCEは、動きが極端に鈍る。
まるで、意図しない挙動を強制されるような、ぎこちない動きを見せる。
「な、なんだ!? CEの制御が――。」
疑問や違和感を解決する間もなく、パイロットはCEのコックピットから追い出された。
強制的にCEから吐き出されて、海に落っこちていく。
パイロットを失ったCEは、そのまま大人しくなる。
「――フッ。自我をもたないOSなら、ざっとこんなもんよ。」
マルチOS洗脳デスビームは、ロボットの制御を奪うハッキング術。
とくに非AI、ロボットの類いに効果を発揮する。
CEには、AIを搭載するのが普通なのだが、本部CEにはAIが搭載されていない。
セツナからリークされた資料には、CEのスペックデータも記載されており、マルはその脆弱性に付け込むことにしたのだ。
なぜ、本部のCEがAIを搭載していないかは、マルを見れば一目瞭然。
人間の予想や想定の埒外の挙動をするAIは、友人や相棒としてはこの上ないが、兵器としてはこの下なく欠陥品だ。
公務員気質の本部は、このAIの特性を嫌う。
だから、本部のCEにはAIが搭載されていない。
結果、情報処理のルーチンが単純単調になり、ハッキングに弱くなる。
マルチOS洗脳デスビームは、魔力を利用した「半物理ハッキング」と呼ばれるハッキング方法。
エージェントの用いる万能ナイフでのハッキング方法と同じで、プログラムではなく、物理的なハードウェアに干渉して制御を乗っ取る方法。
科学が発展した世の中だからこそ、物理的なハッキングは猛威を振るう。
沈黙した本部CEを前に、マルは部下に合図を送る。
合図を、後方部隊が認識。
「おい、マルさんからの合図だ!」
後方部隊をまとめる幹部が、仲間へ手筈通りに動くように促す。
「待って! まだ誰が行くか決まってない!」
幹部の後ろでは、3人組がじゃんけんをしている。
かれこれ、あいこが10回くらい続いて、もたもたしている。
「「「あいこでしょ! ――あいこで、しょ! あいこで――。」
「ダァァ! 誰でも良いからサッサと行け!!」
「あいこでしょ! お、オレだ!」
グーで勝った部下は、その拳でガッツポーズをして、自走砲の砲門に飛び込んだ。
砲門は2秒ほど旋回と上下に動く。
――軌道修正。――発射!!
「ヤッホォォォォォォォォォォ!!」
ジャンケンで勝った部下は、自走砲から射出され、山から海へ華麗なアーチを描いて飛んだ。
‥‥‥‥。
‥‥。
「ヤッホォォォォォォォォォォ!!」
マルが、残りの1機を狩っている所に、部下が飛んでくる。
部下は、先ほどマルが洗脳デスビームした機体へと向かっている。
「登場! ――そして、搭乗!」
海上で大人しくしていたCEの瞳に光が戻る。
ブースターの出力が上昇し、機体が海面から離れていく。
「うひょぉぉぉ! マジか! マジでCEに乗ってるぜ!!」
『いいな、いいな。』
『あとで俺たちも乗せろよ。』
桟橋に、愉快な連中が加わった。
愉快なチンピラは、マルに加勢すべく、CEを空へと飛ばす。
セツナは、立哨兵の方を向く。
「どうする? 敵の味方機体が加勢したけど?」
「‥‥‥‥。」
「ホントに、おたく等だけで大丈夫?」
「‥‥‥‥。」
「輝かしいキャリアに、泥がつくんじゃない?」
「うぐぐ‥‥。」
ディフィニラ局長が言うには、本部は村社会で、人事は減点方式らしい。
今は昔、公務員の人事と同じだ。
減点方式の村社会では、何よりもミスをしないことが求められる。
成果よりも、無事故。
無違反よりも、無事故を装う隠ぺい。
本来、成果とは膨大な失敗の上に成り立つのだが、減点方式の村社会では、それが機能せず不全状態となる。
立哨兵は逡巡する。
普段、自分たちが馬鹿にしているエージェントに頼るのは癪だが、自分のキャリアには代えられない。
「背は腹に変えられん。緊急事態だ、協力しろ貴様ら!」
一時の恥と割り切り、セツナたちに協力を要請する。
「「「了解。」」」
要請に、待ってましたとJJが、海の方へと歩く。
歩きながら、腕時計に付いている小さなボタンを押す。
『センチュリオン、オーバードライブ。』
腕時計の文字板から覗く、内部機構の歯車が高速で回転し始める。
上空に魔法陣を展開。
――タイタンフォール。
ドレッドノート型CE、テストウド出撃。
三度笠を被った、英国力士が港に現れた。
JJが、テストウドに乗り込む。
セツナは、立哨兵に防爆傘を渡す。
「じゃあ、JJ。あとよろしく。」
「おう。」
そう言って、セツナとダイナは立哨兵の横を駆け抜けていく。
「待て! 貴様ら何処に行く!?」
3人でCEと応戦しろと言いたげな立哨兵。
「は? 向こうの狙いが爆弾かも知れないだろ。
そっちをオレたちで抑える。」
「――ッ!? ‥‥貴様らぁァ‥‥ッ!!」
謀られた。
最初から、都合の良い建前を得る機会を伺っていたのだ。
セツナたちは、新型爆弾を追ってここに来たと言っていた。
そのタイミングで、悪党の襲撃に遭遇。
なので、手分けをする。
1人がCEで敵機と応戦。
残り2人は、悪党よりも先に爆弾を確保するため、貨物船に乗り込む。
何もおかしくない。
おかしくは無いから、下手に銃口を向けられない。
協力を要請した身で銃口なんて向けたら、ブルーカラー (エージェントのこと)連中に何を言われるか分かったものではない。
「貴様ら、それでもエージェントか!?」
彼にはもう、憎まれ口を言うくらいしかできなかったのだ。
「はん! 陰湿キノコ胞子野郎に言われたかないね!
もやしでも食ってろ! ヴァァァァァカ!!」
いつに無く当たりの強いセツナ。
ダイナは、後ろを振り返る。
「べーー!!」
憎き本部の兵士に、あっかんべーをして、貨物船へと飛び移った。
気分晴れやか、腹の虫も大喜び。
立哨兵の上を、4機のCEが飛んでいる。
彼にとって、今日は間違いなく厄日となった。
◆
無事、貨物船に乗り込んだセツナとダイナ。
甲板から船内に進入し、船の下層へと移動。
乗り込んだ船は、貨物船とは名ばかりの旅客船だ。
後ろ暗い物品をやり取りするための船だ。
堂々と貨物船の風貌はしていない。
偽装された貨物船は、日本で運行されているフェリーくらいのサイズ。
速度は、旧時代のそれとは比にならないが。
船は内部構造もフェリーに似ており、ツーリング経験の多いセツナは、なんとなくで構造を理解。
彼の先導で、車両を積載エリアへと向かう。
船内には、ロボットが作業しているだけで、人の気配は無い。
ロボットは、こちらを攻撃する気配も無く、問題なく目当てのエリアに移動ができた。
「まあ、隠すなら、ここになるよね。」
船内下層、車両甲板。
フェリーであれば、船尾の入り口 (ランプウェイ)から車両が乗り込み、駐車を行う場所。
そこには、大小さまざまなコンテナが設置され、固定されている。
手分けして、荷物を検める。
コンテナを施錠しているチェーンを、万能ナイフで破壊してこじ開ける。
――このコンテナはハズレ、中には、絵画などの美術品が積まれている。
――こっちもハズレ、セントラル製の武器。デカい音と火花が出るヤツ。
でも、目当ての品ではない。
次のコンテナは――。
そう、施錠チェーンに手を伸ばしたセツナの背中に、銃がつきつけられる。
「‥‥‥‥。」
チェーンからゆっくりと手を離し、両手を挙げる。
「こんにちは、泥棒のエージェントさん。」
「こんにちは、アゲハ。」
‥‥‥‥。
‥‥。




