5.7_ダイナを売る。
セントラル某所。
エージェントの治療も受け持つ、研究病院。
アリサは、新型爆弾を追いかけるセツナたちのオペレーションから外れ、そこを訪れていた。
ディフィニラ局長の指示によって、急遽そうなった。
「患者の容態――。どう考えますか、Dr.アリサ?」
かつて、ディビジョナーの研究をしていた、科学者アリサの知見を借りたいと、彼女はここへ召還された。
新型爆弾の噂と同時期、社会に出回り始めた都市伝説。
人から人へ、人からネットへ、ネットから人へ。
まことしやかに囁かれていた噂話。
都市伝説は語る、夢の跡地から持ち帰った遺産が蔓延させる奇病を。
――常夜の奇病、イバラ症。
アリサは、病床で眠っている患者の腕を見る。
腕には、肌の下に走る血管を添うように、イバラの痣が浮き上がっている。
イバラは心臓の鼓動に同調して、わずかに皮膚の上で脈打っている。
‥‥イバラに囚われた者は、決して目覚めない。
決して覚めない夜の中で、イバラに囚われた夢を見る。
アリサは、病床の横に設置されたバイタルモニタを見る。
そこには、スマートデバイスがレッドアラートを鳴動させるほどの、ディビジョナー因子の波長が検出されていた。
‥‥‥‥。
‥‥。
◆
美術館の襲撃から翌日。
3人と1匹は、今日も今日とて、新型爆弾を追っていた。
チンピラたちを鎮圧したあと、美術館をガサ入れしたが、何も手掛かりは見つからなかった。
オペレーターたちが情報を洗ったところ、エージェントが訪れる数分前に、「商品」の運び出しが行われていたようだった。
調査が振り出しに戻ったセツナたちは、再び事件を足で追いかける。
一行は、情報通のところへ。
裏の事情に明るく、その中でも、耳の良い人物。
彼らには、心当たりも、面識もあったのだ。
「いけぇ! 潰せ! ぶちのめせッ!」
「今月の給料、ぜーんぶ賭けたんだ! 負けたら承知しねェぞ!!」
「ワン! ワンワン!! (目だ! 目を狙え!!)」
セントラル、川の街、違法地下闘技場。
人々の熱気でむせ返るリングの上で、ダイナと裏世界のファイターが試合をしている。
なぜ、ダイナがリングの上に立っているのか?
彼女は、売られたからだ。
夢戻りのネームバリューを使い、それをコネクションに、情報通とコンタクトを取った。
喜々としてリングに向かうダイナを、セツナとJJは見送り、2人はvipルームに案内された。
シバは、セコンドとしてダイナについて行った。
‥‥唐草スカーフに、たんまりと賭け札を括りつけて。
「いや~ありがとね、ヤマダさん。こんないい席まで用意してもらっちゃって。」
「なぁに、ギブアンドテイクSA☆
オレは、アンタらに稼がせてもらう。アンタらは、オレから蝶の情報を貰う。
そうだろ?」
セツナとJJは、この闘技場の支配人である、ファンキー☆ヤマダと会話をしていた。
リングを上から一望できるvipルームの、上等な椅子に腰かけて、試合を観戦しながら談話と洒落込む。
vipルームは、上客をもてなすための部屋というだけあり、調度品の類いも良質な物が揃えられている。
‥‥少々ギラギラした感じは否めないが、もてなす客の性質を考えれば、妥当な装飾なのだろう。
セツナたちの元へ、調度品の女性が果物を持って来る。
梨に桃、マスカットにぶどう。
甘い香りを放つ果物の数々が、皿の上に盛りつけられている。
ヤマダは、マスカットをひとつ摘んで、口に運ぶ。
シャキシャキとした瑞々しい歯ごたえ、上品な甘さ、爽やかな後味。
「日本の果物だ。空輸で鮮度抜群。味は保証するゼ☆」
「知ってる。」
セツナとJJも、マスカットを一粒いただく。
――うん、美味しい。
ヤマダは、椅子の背もたれに体重を預ける。
「しっかし、夢の跡地から戻って来たと思ったら、お次は蝶か‥‥。
タフだな、guys。」
背もたれから上体を起こし、グラ☆サンを人差し指で掛け直す。
「聞いてるぜ。蝶を追っかけて、火傷したんだろ? それも2回もだ。」
セツナとJJは顔を見合わせる。
さすが、ワルたちの心を惹き付けるカリスマ。
耳が良いし、速い。
JJは、小さなフォークで桃を刺して一口。
華やかな甘味が、果肉から溢れる果汁から口内へ広がる。
口の中で溶けてしまうほどに、果汁たっぷりだ。
「2度あることは3度あると言うが、俺たちとしては、3度目の正直にしたい。
何か、知ってることを教えてくれ。」
「HA HA~☆ 任せなベイビー。」
ヤマダは、梨をフォークに刺して頬張る。
シャキシャキとした音が、2人にも聞こえてくる。
vipルームから一望できるリングの上では、ダイナが相手ファイターから良い一撃をもらっている。
「本題に入る前に、少し補習だ。
まあ、そう長くは掛からない。聞いてくれ。」
こくり、頷いて肯定する。
「補習の内容は、裏の世界で流通している通貨に関してだ。」
「「通貨?」」
「そうだ。」
疑問符が浮かぶ2人に対して、ヤマダは自分の財布からクレジット札を取り出す。
「買い物する時、アンタらはコレを使ってるな?」
「うん。」
「オレ達もコレを使うが、それだけじゃあ無いんだゼ。」
「‥‥独自の通貨で取引してるのか?」
「ビンゴ!」
ヤマダが指を鳴らす。
すると、vipルームに控えていた女性が、ヤマダの前に何かを持って来る。
ヤマダは、それを果物が置かれているテーブルの上に並べる。
「通貨にも色々ある。メジャーなのは、コイツだな。」
ヤマダは、500クレジット硬貨よりも一回り大きなコインを手に取り、2人に見せる。
「コイツは霊銀貨。」
霊銀、ミスリルのことだ。
川の街では、これの精錬が主要産業のひとつとなっている。
「霊銀は、兵器や装飾品に使われる。
コイツ自体に価値があって、インゴットともなりゃあ、札束を持ち歩くよりも軽くて運びやすい。」
なるほど、それくらい価値が高いのだろう。
旧時代の金に値するのが、この霊銀なのだ。
「霊銀の良い所は、運びやすいだけじゃ無いんだ。何か分かるか?」
「他所の連中との取引に使える、とかか?」
JJの言葉に、ヤマダは白い歯を見せ、両の人差し指で彼を指す。
正解のようだ。
「クレジットはセントラルでしか使えないが、霊銀は、ほぼどこでも使える。
悪い買い物するには、打ってつけなのサ☆」
「ほうほう。」
セツナが相槌を打ち、ぶどうを頬張る。
視線の先では、ダイナが相手の連続ジャーマンスープレックスを受け、マットに大の字になって沈んでいる。
ヤマダ先生の補習は続く。
「霊銀の知識を知ったうえで、次に見て欲しいのが、コイツだ。」
テーブルの上の小箱を開き、中身を2人に見せる。
ヤマダが手に取るのは、小さな単眼鏡のように見える。
JJが、ヤマダから単眼鏡を受け取る。
「覗いてみな。」
その一言で、これが何なのか分かった。
これは万華鏡。
片目を閉じて、単眼鏡を覗いてみる。
覗いた先には――、夜空に満開と花咲く、花火が映っていた。
花火は、夜空に打ち上がって花開き、満開に輝いて、散って消える。
それから、また打ち上がって花開き、今度は違う色、違う花が咲いて、散って消えていく。
「おお!!」
感嘆の声が漏れる。
夏の夜空を前に、花火を見ている錯覚を覚える。
空に轟く火薬の音、山から聞こえる虫とカエルの声。
それらが、記憶の中から鼓膜を揺らしそうな錯覚さえ覚える。
この感動を共有するために、セツナにも万華鏡を渡す。
「おお↑↑」
彼も、JJと似たような反応をした。
ヤマダは2人の反応を、何度も頷きながら楽しんでいる。
良い物に、素直に感動できるのは、良いことだ。
音楽でも芸術でも、ふと見た夕日だって良い。
日々、感動を積み重ねることによって、感性とセンスは磨かれる。
大人になって、心が動かなくなってしまうのは、もったいない。
「ソイツの良さが分かるようだな? 良いセンスしてるゼ☆
その万華鏡は、魔石の粉末を、特殊なオイルの中で対流させてるんだ。
同じ花火と夜空は、2度と見れないゼ☆ クールだろ?」
「超クール!」
セツナは、万華鏡をヤマダに、絶賛と共に返した。
良い物が見れた。
ヤマダは、万華鏡を小箱にしまう。
箱の上に手を置いて、口を開く。
「話しの流れで分かったと思うが、コイツも通貨として使える。
アーティストによってレートを設けて、それでやり取りをするのさ。」
JJは、フルーツ盛りの中から梨をいただく。
「万華鏡は、通貨として使える――か。
なるほど、話しが見えてきたぞ。」
「So good! なら、補習はここまでにして、本題に入るぞ。」
「頼む。」
ヤマダは、桃をひとつまみ。
「アンタら、昨日美術館に行ったろ?」
頷いて肯定する。
「あそこは、商売するには持って来いの場所だよな?
商品を隠すにも丁度いいし、綺麗な金を仕入れることだってできる。」
「‥‥もしかしてだが、あの美術館って、コインランドリーになっているのか?」
「Oh! 面白い表現だな。事実はオレにも分からないが、実態はそうに違いねぇ。」
セツナは、JJとヤマダの顔を交互に見る。
「美術館が? コインランドリー? 何のこと?」
「洗濯をするのさ。洗い物は、お金だがな。」
「ああ――、なるほどね。」
つまり、こういう事だ。
あの美術館は、施設の運営資金という綺麗な金で、展示する美術品を集める。
そして、集めた美術品を裏の通貨として使い、買い物をする。
買った商品は、美術館の倉庫に保管し、それを売り捌く。
売買は裏の通貨で行われ、支払われた通貨を美術館に展示。
通貨は美術館で、再び綺麗な金を稼ぐ。
美術品を表へ裏へ移動させることによって、金を洗浄する。
そういう、キャッシュ&フローになっているのだろう。
「‥‥なんていうか、スゴく回りくどいね。」
セツナは腕を組み、眉をしかめる。
「セントラルのワルってさ、もっとドーンってやって、バーンみたいなイメージなんだけど。」
「ドーンバーンは置いといて、概ね賛成だ。」
闘技場のリングには、試合終了のゴングが鳴った。
勝者はダイナ。
絶体絶命から立ち上がり、形勢逆転しての勝利を勝ち取った。
セツナとJJは、vipルームからリングで戦った2人の戦士に拍手を送る。
ヤマダも、彼らと同じく、拍手を送っている。
拍手をしながら、話しの続き。
「やり方が違うっつうことは、つまりオレ達BBBの仲間じゃ無いってことだ。」
「仲悪いの?」
リングでは、ダイナと相手ファイターが握手を交わしている。
「良い時もあれば、悪い時もある。そんな仲さ。」
最近は関係が悪化している。
先日、BBBに属している組織のボスが、エージェントにパクられた。
BBBでは、報復と抗争の機運が高まっている。
だからこそ、セツナとJJに、次のことを教える。
「よし、試合も終わったから、約束通りの情報だ。
――港の町に行ってみな。」
報復? 抗争?
ロックだが、クールじゃない。
あっちがエージェントを使うなら、こっちもエージェントを使う。
あっちが欺瞞を使うなら、こっちはマイクを使う。
ヤマダは、ラフに着崩したスーツの裏ポケットから写真を取り出す。
写真には、貨物船が映っている。
「港の、この貨物船だ。ちょうど、積み込みがされてる。」
JJが写真を受け取り、裏ポケットにしまった。
次の目的地は決まった。
お暇をもらうために、ヤマダに握手を求める。
「ありがとう。港に行ってみるよ。」
「オーライ。オレも楽しかったゼ☆」
続けて、セツナも握手。
「ラジオを聞いていて、耳に残ったんだけど――、ピアノジャックをリクエストしても?」
「オーケー☆ オレも好きだぜ、ピアノジャック。」
名曲とは、時代を超えるものだ。
それは、クラシックだけの専売特許では無い。
2人は、ヤマダに見送られ、vipルームを後にする。
女性の案内に従って場内を移動。
ダイナと合流し、次なる目的地を目指す。
‥‥vipルームに1人となったヤマダは、部屋で小躍りしている。
ダンス☆ ダンス☆ ステップダンス☆ 陽気なステップ。
「蝶のヤツ等は、分かっちゃ~いない。」
大きな一枚張りの窓の向こうでは、次の試合のゴングが鳴る。
「エージェントを使うなら、ロマンが分かってなくっちゃ☆」




