5.4_ワルいマルと、ヤバいヤツ。
「さて、マル君。ちょ~っとお話しを聞かせてもらおうか、ベイビー?」
「オ、オーケーベイビー。」
マルに搭載されたCPU (コンピューターの頭脳部分)の周波数が乱れる。
ちょっと、マズいことになった。
セツナだけならともかく、お友達2人と一緒なのが、非ッ常にマズい。
セツナは、自衛団の中で100人しかいない、ランカーと呼ばれる人物。
日本に10万人いる自衛団の、上位0.001%の存在。
それだけでも、かなりやんごとなき事態なのだが、この場には、それがさらに2人もいる。
JJも、ダイナも、2人ともランカーだ。
しかも、これがセツナよりも手練れときた。
千人に1人の存在、倍率千倍の門を潜った上澄み連中。
それがランカー。
そんな連中が、トリオを組んで眼前に座っているのだから、気が気ではない。
これは脅迫。
舐めたことをしたら、抵抗や反抗の意思を一瞬でも見せたら、容赦しない。
言外の脅し。
セツナとマルの間柄だからこそ分かる、無言の対話。
人間とサポットが繰り広げる、声無き舌戦を尻目に、JJは視線をマルの方へ。
身目麗しいアンドロイドの膝に抱えられているマルを見てから、周囲のお姉さんたちを一瞥。
彼の知識だと名詞が出てこないが、お姉さんたちは、ドイツの民族衣装に袖を通している。
涼しげな首元と、ワンピースにエプロン姿のような民族衣装「ディアンドル」。
もとは、アルプス山脈で暮らしていた農家の女性が着ていた服だ。
ディアンドル姿の女性が5人。
こんな状況でもマルの傍を離れずに、かしずいている。
JJは、自分の顎を撫でる。
「――マル君。良い趣味してるなぁ。」
「ありがとうございます。セツナさんの検索履歴を参考にしました。」
突然の暴露に、セツナはテーブルに向けてズッコケる。
――このポンコツぅぅぅぅ!!??
心の中で絶叫した。
顔を両手で覆っているセツナの背中を、ダイナがポンポンと優しく叩く。
優しい彼女の対応に、顔を上げるセツナ。
にっこり笑顔なダイナ。
「だいじょうぶ! ディアンドルが嫌いな男子なんていないから!」
ボクも大好きさ☆
そう、ダイナは励まし(?)た。
一連のやり取りを、マルの部下たちは、小さく集まって見守っている。
15人ほどのグループになって、ヒソヒソと会話をする。
(おいおい、マルさんがヤツ等を手玉に取ってるゼ!)
(さすがマルさん! マジ、イカかいっす。)
(しかも、客人たちをよく見てみろ! 服装でパッと分からなかったが、アイツら、夢戻りの3人組だ。)
(マジかよ!? あの、CE100機をスクラップにしたっていう!?)
(夢の跡地を、跡形も無く消し飛ばしたっていう!?)
(ああ、間違いねぇ。へへ、――夢を見てるみたいだぜ。
そんな奴らにケンカを売るうちのボスは、やはり只者じゃねぇ!)
(((さっすがマルさん!!!)))
マルのテーブルと、部下のグループ。
明確に温度差がある。
それぞれを交互に見て、麗人バーテンダーは、軽く溜め息。
カウンターの下に忍ばせてあるショットガンから手を離し、グラスを4つ用意。
お客様に振る舞う、ウェルカムドリンクの準備に取り掛かった。
手際の良い作業音が、セツナが撃沈して異様に静まり返ったアジトに淡々と響く。
検索履歴を暴露された彼は、なんとか立て直す。
気を取り直して、マルに1枚の紙を見せる。
「はいこれ。こんなのが、オレの所に届いたんだけど――。」
テーブルの上に置かれた紙を、マルに仕えている女性の1人が取って、マルに見せる。
「ええっと――、なになに‥‥‥‥。――請求書。
なんの請求書デスか? これ?」
「なんだと思う?」
質問を質問で返して――、唐突にマジックワイヤーが撃ち出される。
セツナの腕から伸びたワイヤーは、マルの胸倉を掴み取った。
対して、マルを膝上に乗せていた女性が、ワイヤーに主人を連れて行かれぬよう、マルの脚を引っ張る。
セツナと女性の間で、マルが拮抗して、ぬいぐるみがミチミチと悲鳴を上げる。
「うごごごごごご――ッ!! ちぎれる! ちぎれるッッ!! 綿でちゃうッ!!
ギブギブギブギブ――!!」
「これはなぁ! キミが勝手に持ち出して、勝手にぶっ壊した、プロトエイトの修理代だよ!」
セツナがワイヤーを切り離す。
マルは慣性の力で揺り戻されて、女性の胸をクッションに、ポフンと受け止められた。
セツナのCEであるプロトエイト。
それが彼の就寝中、勝手に持ち出されて、翌朝ボロボロになった状態でCCCの元に返ってきた。
公務以外で発生したCEの修理は、プレイヤー負担となるため、この度めでたく、セツナの財布は軽くなった。
「それだけじゃ無いよ。
このアジトだって、オレの財布から前金払って買ったでしょ?」
「ぎっくぅぅぅうう!?!?」
だから、マルの潜伏場所がすぐに分かった。
‥‥まあ、もうすでにクレジットの使い道は無くなっているので、修理費や物件の購入ていど、大した痛手ではない。
この前、期間限定のイベントで出現する魔神を討伐したので、懐も妙に温かい。
財布から抜かれていた前金も、利子つきで返済がされていた。
CEの修理費など、いまのセツナからすれば、あって無いようなものだ。
(おい、ヤベェぞ! マルさんは、あの夢戻りの財布から金を盗んだってよ!!)
(ヤベェ! マジヤベェ!!)
(あの方ほどになると、盗みは額じゃねぇんだ。誰から盗んだかなんだ。)
(スゲェ! 銀行の1億よりも、夢戻りの1クレジット硬貨ってか!?)
(スケールが俺たちと違い過ぎるッ!!)
(((さっすがマルさん!!!)))
マルに対する部下からの信頼は、ウナギ登り。ウナギライジング。
ボスの偉大さに盛り上がりを隠せない部下グループの横を、麗人バーテンダーが通り過ぎる。
ウェルカムドリンクのグラスを4つトレーに乗せて、マルたちのテーブルに。
お手伝いロボットにお願いせずに、人の手で提供をする。
その仕事姿を、扉を失ったアジトの入り口で、シバが顔を潰して眺めている。
バーテンダーは、マルたちにお辞儀をしてから、ドリンクを並べる。
マル印のコースターを敷いて、客人の方からドリンクを提供。
差し出されたドリンクを、セツナたちは会釈をして受け取る。
トレーに乗せていた4つすべてをテーブルに並べると、バーテンダーはお辞儀をして下がった。
洗練されたプロの動きに、部下グループは釘付けだ。
‥‥なんか、犬好きの部下が1人だけ、シバをわしゃわしゃと撫でている。
セツナたちとマルは、グラスを掲げて、乾杯。
グラスは当てずに、掲げるだけに留めて、ドリンクに口をつける。
爽やかな酸味が口の中に広がって、潤った舌と心が、過ぎた夏の季節を思い出す。
提供されたドリンクは、レモンモヒート。
ロングカクテルと呼ばれる、大きなグラスに、たっぷりのクラッシュアイスを入れてお酒を冷やす、アルコール度数が低めのお酒。
ソーダ割りされたラム酒の中を、砕かれた大量の氷が、軽く潰されたカットレモンとペパーミントと一緒に浮いている。
酒に溶けて混ぜられたシュガーシロップが、口当たりをまろやかにしている。
――飲みやすい。
レモンのフレッシュな酸味が、シュガーシロップの甘味と、ソーダ水の清涼感と調和している。
ペパーミントの香りで鼻の通りが良くなり、お酒の爽やかな酸味と舌ざわりが、より如実に感じられる。
ミントもレモンも、当たり方 (潰し方)が絶妙で、ミントの苦みや果皮のえぐみを出させていない。
弱く当たると香りや味が乗らないし、強く当たり過ぎると香りと味を潰してしまう。
その加減を見極め、素材の美味しいところだけを引き出すのは、まさにプロの仕事。
同じミントやレモンであっても、1個1個ごとに異なる「顔つき」を見極め、絶妙に全体の分量や力の入れ方を変えているのだ。
プロの気配りと技巧の行き届いたレモンモヒートは、飲んだ者に過ぎた夏を思い出させ、爽やかな味わいが口を軽くすること間違いなし。
麗人バーテンダーは、新進気鋭のワルが客人をもてなすに恥じない仕事をした。
お酒ひとつで、自分たちの「格」を相手に誇示する。
「おっ! なんかこれ、美味しい!」
‥‥悲しいかな、プロの技の奥行きは、その道に疎い者には計れない。
お酒の味が分からないセツナには、バーテンダーの凄さがそこまで伝わらなかったようだ。
美味しいという、ありきたりな反応に留まってしまう。
だが、それで良いのだ。
美味しいの一言があれば、プロの技は報われる。
ここで多くを語るのは無粋。
多くが伝わらないからこそ、一流なのだ。
JJとダイナは、酒音痴のセツナとは違い、このレモンモヒートに注がれた技に、気が付いたようだ。
2人は、バーテンダーの方を見る。
ダイナがグラスを、そっと置く。
「マルくん。良いバーテンダーを雇ってるみたいだね。」
ダイナの発言に、JJがコクコクと首を縦に振り、バーテンダーが会釈で答えた。
セツナは、自分の左右に座っているJJとダイナを交互に見る。
ハードボイルドに、お酒は欠かせないが、彼にはまだ早いようだ。
自分だけ、話しに取り残されている気がするけども、それは置いといて。
お酒を一口飲んでから、グラスをテーブルへ。
丁寧なもてなしも受けたので、そろそろ本題に移る。
「それでマル、今日ここに来た理由だけど――。」
「ええ。プロトエイトの修理費は、きちんとワタシが払います。」
「いや、それはいいよ。大した額じゃないし。それよりも――。」
「それよりも?」
「裏社会の蝶について、何か知っている?」
「蝶‥‥デスか?」
バーテンダーは、イチゴやオレンジなどのフルーツを切り分けている。
チラリとテーブルの方を見て、ドリンクの減り具合を確認したあと、作業を続ける。
ダイナが、インベントリからデータメモリを取り出す。
旧時代の、USBメモリに似た保存媒体を、マルの方へと渡す。
「詳しくは――、かくかく、しかじかで。」
USBメモリを、アンドロイドの1人が受け取って、マルの片耳に刺してあげる。
人間でいうところの、耳かきに似た気持ち良さを、彼は覚える。
USBメモリから迷走神経を刺激したような心地よさと、保存された情報が流れてくる。
保存されていた情報は、昨日3人が繰り広げた逮捕劇の情報だ。
マルはデータを解析しながら、腕を組む。
「ほうほう。エージェントを一撃で瀕死に追い込む爆弾。しかも小型。
これはまた、ヤバい物を追っていますね~。」
彼の口調は、どこか達観している。
まるでこの爆弾のことを、すでに知っていたかのような声の抑揚だ。
セツナが、それにいち早く気づく。
「その様子だと、何か知ってるね?」
「ふふん。もちろんデス。
なんたって、ワタシは新進気鋭のワル、不屈のマル!
セントラルの暗いところは、ワタシの庭デス!
部下グループの方で拍手が起こる。
バーテンダーはその横を通って、シバにフルーツの盛り合わせてを提供している。
潰れた食パンの酵母が一気に活性化して、ふっくらと立ち上がる。
提供されたフルーツに、キラキラとした視線が注がれる。
さすが柴犬、食い気がスゴい。
拍手が収まるのを待って、セツナはマルの方を向き直す。
マルは、女性の膝の上で立ち上がり、えっへんと胸を張る。
「あれは‥‥、ワタシがセントラルに2度目の生を受けて間もない頃の話しデス。
再起を図る初期段階で、聞き慣れないバイヤーからコンタクトがあったんデス。」
「興味深い、続けて。」
「バイヤーは言ったんデス。エージェントを倒すための、良い商品があるって。」
「それが、あの爆弾‥‥。」
「ハイ。至近距離なら、エージェントであっても一撃だと。
そう言う売り文句でした。
まあ、そんなチートアイテムに頼って勝っても面白くないんで、断りましたが。」
「すっかり、マルもゲーマーだね。」
「当然デス、セツナさんのサポットなのデスから。」
「「えへへへへへへ――――!」」
((仲良いな。))
JJやダイナから見て、マルはちょっと異質な存在だ。
ちょっと異質で、少々変わり者だ。
AIには、個性がある。
JJのハッカクにだって、ダイナのマイトにだって、個性はある。
しかし、マルほどではない。
サポットは、所有者に似ると言われることがあるが、マルはその最たる例なのかも知れない。
セツナとマルの談話に、部下は部下の方で盛り上がっている。
(マルさん、夢戻りたちと親しく話してやがる!)
(相手は龍さえ退けた、マジのガチの化け物なんだぞ!)
(いったい何者なんだ!? マルさん!)
(それに、うさん臭ぇ爆弾なんか無くても、夢戻りを倒してやるとも言ってたぞ。)
(龍と渡り合った連中にステゴロ挑むとか、正気じゃねぇ!!)
(((さっすがマルさん!!!)))
盛り上がる部下の後ろで、シバがフルーツの盛り合わせを平らげて、プスーとしている。
目を細め、うっとり顔。それを見て、犬好きの部下もうっとり顔。
賑やかな外野は置いといて、JJが懐から写真を取り出す。
蝶と呼ばれている女性の写真だ。
JJに向けてウインクをしている写真が、テーブルに置かれる。
「バイヤーっていうのは、この女性?」
「顔までは分かりません。やり取りは音声だけだったので。」
「問題ない。ありがとう。」
まあ、そう簡単に姿は見せないだろう。
これは想定内。
JJが、写真をしまう。
――同時に、3人のUIにメッセージが表示される。
送り主はマル。
暗号通信。
『ですが、花畑の在り処なら分かるかも知れません。』
マルは女性の膝に座り、頭をナデナデしてもらう。
3人も、お酒を飲みつつ一服。
沈黙が不自然にならぬように装う。
『バイヤーの信頼性を確かめるために、裏を取るためのハッキングをしていたんデス。』
3人の視界に、地図が表示される。
『都市部にある美術館。そこを調べてみてください。』
セツナが暗号通信で、スタンプを送る。
頃合いを見て、ダイナが口を開く。
「マルくん。他に知っていることって無い?」
「う~~~ん。ワタシから言えることはそれくらいしか‥‥。」
「尻尾は、そう簡単に掴めないか。」
3人は立ち上がる。
「オーケー、ありがとうマル。」
「大口叩いた割りに、お役に立てずスイマセン。」
「良いって。他のチンピラでもぶちのめして、情報を集めることにするよ。」
「そうして下さい。ワタシとしても、あの爆弾は面白くない。
ロマンと美学に欠けます。」
((ロマンと美学!?))
(((ロマンと美学!?!?)))
JJとダイナが驚いて、部下はそれ以上に驚いて、JJとダイナがもう一発驚いた。
マルは、人間の非合理な部分を、完全に近い形で理解している。
セントラルでの経験が、彼をより人間らしくしている。
AIは、人間よりも人間らしい自我を獲得している。
この、人間より人間らしいとは、要するに理想的な人格ということだ。
常に理性的であり、なおかつ人の感情を汲み取ることができる。
決して煩悩に囚われず、己の善性によってのみ意思決定をする。
AIとは、人類が生み出した、人類を超える種族なのだ。
ゆえに、種族間による価値観の違いが、所々で散見される。
ところがマルは、人間とAI、種族の違いをまるで感じさせない。
2進数の余白を研究するための、ヒューマライザーAIならばともかく、一般的なサポットが、ここまでの種族人間としての価値観を獲得しているのは希有だ。
青い街、セントラル。
ここには底知れない可能性が眠っている。
あっけに取られるJJとダイナの前で、セツナが会談を締めくくる。
「お酒、美味しかったよ。ごちそうさま。」
「いえいえ――。落ち着いたら、またバトりましょう。」
「次の挑戦、いつでも受けて立つよ。」
招かざる、飛び込みの会談は終わり、3人は出口へと向かう。
バーテンダーと部下が頭を下げ、客人を送り出す。
外では、フルーツを振舞われ、ブラッシングまでされて、お肌がツヤツヤになったシバが待っていた。
全員、サングラスを掛け直す。
「行ってみようか? 美術館。」
「「オーケーベイビー。」」
セツナが音頭を取り、シバが号令を出す。
一向は、次の目的地へ――。




