5.3_蛇の道は蛇。
セントラルでは日々、様々な破壊行為が発生している。
チンピラや暴徒による破壊や略奪。
ロボットや機械の暴走。
それらを鎮圧するために行われる、エージェントの戦闘。
この街は、日々破壊され、その度に修復され、秩序と平穏を保っている。
事件が起こるのが当たり前。銃声が響き、銃弾が飛び交うのが当たり前。
終末社会において、物とはすぐに壊れるし。
そして、壊れたらすぐに直せばいい。
そういう価値観が、強く根付いている。
幸い、終末世界は科学と魔法が融合した世界。
壊された建物も、摩天楼のような巨大建築でない限りは、3日もあれば修繕されて、平常運転に戻る。
いま、3人が訪れたアパレルショップだってそうだ。
かつて、セツナが「簡単な仕事」を請け負って、ボルドマンとの追走劇で破壊したアパレルショップも、現在は何事も無かったかのように営業がなされている。
ボルドマンの戦闘から1ヵ月以上。
建物も内装も3日で復旧できるのだから、街の代謝を考えれば、破壊されたことなんて、もう昔のことだ。
「よくお似合いですよ、お客様。」
店員の、本音の混じったお世辞に、シバはプンスと鼻を鳴らして答える。
‥‥なぜか、彼女 (シバはメス)はセツナたちについてきた。
ついてきた挙句、店員さんにチヤホヤしてもらって、口角を上げている。
店員さんに、首輪の代わりに蝶ネクタイを着けてもらって、上機嫌。
姿見には、膝をついた店員さんと、にこにこ顔のシバ、それを後ろから眺めるJJの姿が映っている。
「まずは、形から入ってみよっか?」
ダイナの提案により、3人はスーツをおろしに来た。
裏社会に流通されようとしている、新型爆弾をを追うなんて、テレビや映画の刑事みたい。
何とも単純で安直な理由だが、今回の任務には、全員がスーツ姿で挑むことにした。
服装も変われば、気分も変わる。
たまには、違う服装で任務にあたろうということになり、このアパレルショップを訪れたのだ。
JJは、いつものスーツから着替えて、深い緑色のスーツに身を包んでいる。
ヨモギ色をした、控え目な色のスーツだが、それでも普段の黒を基調としたスーツの何倍も派手な恰好だ。
ジャケットの下には、桃色のワイシャツを着て、普段はしているネクタイはしておらず、シャツの第1ボタンと第2ボタンを外している。
ベルトと足元は、ダークブラウンの物をチョイス。
ヨモギスーツと、配色の相性が良さそうな色を、何となくで選んだ。
深緑のスーツと、ボタンを外したワイシャツ姿。
体格の良さも相まって、厳ついお兄さんになっている。
シバが占拠している姿見に、遠目で映っている自分の姿を見る。
プンスプンスと鼻を鳴らすシバの後ろで、ふぅ、と息をつく。
――たまには、こういう派手な恰好も、良いかも知れない。
「JJ、お待たせ。」
少し離れたところから、試着室のカーテンが滑る音が聞こえて、ダイナが出てきた。
「ごめんごめん。髪形と髪留め決めるのに、時間が掛かっちゃって。」
待たせてしまったことを謝りながら、JJのもとへ。
ダイナは、紺色のパンツルックのスーツ姿。
紺色のジャケットの下に、黒色のベスト、白いワイシャツ。
四つ葉のクローバーを模した留め金具のループタイ。
黒い皮手袋、黒い靴。
普段、暖色系の服装をしているダイナは今回、寒色系のシックなスーツ姿をチョイスした。
「おお――。普段とは、印象が一気に変わったな~。」
「でしょでしょ!」
私服姿のダイナは、ほんわかした、ちんまいお姉さんというイメージだった。
それが、シックなスーツ姿になると、かっこいい、ちんまいお姉さんに早変わり。
服装が他者に与える印象は、やはり大きい。
ダイナは、JJの横に来て、くるりと横に一回転。
髪形は、普段のサイドテールから、ポニーテールに変えている。
仕事をするための髪形、ということであろう。
髪留めには、雪の結晶を思わせる装飾がされており、晩秋から初冬の季節を意識したアクセサリーとなっている。
「髪飾り、外の季節に合ってて、いいな。」
「ふふ~ん。ありがと。JJも、そういう着こなしも似合ってるよ!」
「どうも。」
背が高い人間は、何を着ても格好が付く。
現代日本人の、成人男性の平均身長は、約180cm。
旧時代よりも、10cmほど高くなっている。
JJは、それよりも更に高く、190cm以上ある。
セツナも、平均より高い身長がある。
が、それでもJJと並ぶと、小さく見えるほどだ。
これだけの体格があれば、様になるのも納得である。
‥‥ちなみに、彼の弟はこれに輪をかけてデカい。
3人姉弟の次男坊は、背丈が2メートルあって、いまも少しずつ伸びているらしい。
「自分はのんびり屋で、人よりも頭が軽いから、良く伸びるのだ」と、そう弟は言っている。
談笑モードに入ったJJとダイナの元に、トテトテとシバがやって来る。
無論、おめかしをした自分を褒めてもらうためだ。
同性のダイナに、対抗意識を燃やしている。
「おう。シバも似合ってるぞ。」
「はーい。なでなで~。ほっぺむにむに~~~。」
蝶ネクタイ姿のシバを、ダイナが撫で倒す。
JJは、周囲をキョロキョロして、商品テーブルの上からスカーフを拝借。
それを広げて、ダイナに見せた。
「柴犬っていったら、やっぱこれだろ?」
唐草模様のスカーフを見て、シバは小首をかしげた。
‥‥‥‥。
少し経って、セツナが試着室から出てきた。
出てくると同時、ダンスのステップを踏み、ムーンウォークをしながら、2人の前までやって来る。
「待たせたなベイビー。」
奇天烈な登場をしたセツナを、シバが口角を上げて見上げている。
‥‥唐草模様のほっかむりを被って。
プンスと鼻を鳴らして、鼻を舌でペロリ。
ほっかむりの、奇天烈ドロボーファッションを、ドヤ顔で披露する。
「ふふふ――――。」
突然店内に現れた、可愛らしいドロボーに、自然と笑みが零れてしまう。
「たいへんお似合いですよ、お客様。」
「「――――っ!!」」
ほっかむりをセットしてくれた店員さんの一言で、JJとダイナまで吹き出してしまう。
シバは、みんなの注目を集められて満足したのか、口角が上がりっぱなしだ。
3人の先輩として、処世術の面で年季と格の違いを見せつけていく。
セツナは屈み、シバの首から胸にかけてを撫でる。
「これは大変だ。こんなところにドロボーが。署までご同行をお願いしないと。」
すっかり、自分の出番をシバに取られてしまった。
彼は立ち上がって、ジャケットのポッケに両手を入れて、手をパタパタとさせる。
ワインレッドのスーツ。紫色のワイシャツ、黄色いネクタイ、ネクタイを留めるタイピン。
茶色いベルトと靴。
ネクタイとベルトには、傷が入っており、ネクタイには噛み傷が、ベルトには擦り傷が付いている。
いずれも、ボルドマンとの戦いで入った傷だ。
彼は、ボルドマンとの戦いにおいて、このアパレルショップに吹き飛ばされ、ショーウインドウを破壊してこの店に来店。
店を出る前に、ネクタイとベルトを拝借した。
魔導拳士の徒手空拳の弱みを補うため、それと暗器として使うために、2つのアイテムを購入したのだ。
それを、せっかくなので、今回のコーディネートに取り入れることとした。
ネクタイとベルトについた傷は補修こそされているものの、その名残が残されている。
――で、ネクタイとベルトに合うスーツを見繕った結果、ワインレッドのスーツに、紫のワイシャツとなった。
JJの恰好も派手だが、セツナはもっと派手。
このまま、バブリーなサタデーナイトがフィーバーして、オールナイトな恰好だ。
「うんうん。セツナも、イイ感じ。」
「らしい恰好だな。」
「サンキュー!」
3人は、スーツとサングラスを購入して、お会計。
シバのお会計は、彼女の給料から支払われた。
会計を終えると、店員さんが3人と1匹に、ピンバッジのオマケをしてくれた。
CCCと刻印がされたピンバッジ。
確かに、共通のアイテムを身に着けていた方が、統一感が出る。
さっそくピンバッジを身に着ける。
スーツの、フラワーホールという、左襟にある穴にピンバッジを取り付けた。
女性用のスーツにフラワーホールは無いが、ダイナも同じ位置に取り付ける。
シバは、唐草模様の首に巻いたスカーフにバッジを付けてもらった。
お店から、スーツ姿の3人組と、唐草スカーフの柴犬が出てくる。
内ポケットからサングラスを取り出して、掛ける。
シバも、インベントリからサングラスを取り出して装備した。
気分は、昭和後期から平成初期。
喧騒と活気と自由があった、デンジャー刑事の時代。
そこには、男が1度は憧れる、ハードボイルドがあった。
「さあ、星を追おうぜベイビー。」
なんか、それっぽいことを言って、本格的な調査が幕を明けた。
◆
「はい、マル君。あ~~~ん。」
「あ~~~ん。」
セントラル、赤い町。
そこのアジトでマルは、身目麗しい女性型アンドロイドに囲まれていた。
目に痛いばかりのピンク色の体毛をした、クマさんのぬいぐるみが、女性の膝に抱えられている。
女性は全員で5人いて、皆、ドイツの民族衣装である「ディアンドル」に身を包んでいる。
彼女たちからの奉仕に、マルはぬいぐるみの鼻の下を伸ばしている。
女性の1人から差し出されたサクランボを、マルはぬいぐるみの姿で食べて味わう。
「うは~~~! おいしい~~~!!」
‥‥彼は、この世界を堪能していた。
セツナと、彼の妹に叩きのめされたのが、つい先日の話し。
しかし、彼はこのセントラルに蘇った。
今では、「不屈のマル」として、裏社会で頭角を現している、新進気鋭のワルにまで上り詰めた。
悪行で搔き集めた富みと名声を使い、彼は部下たちのためにアジトを複数購入。
そして、自分のために、アンドロイドを複数購入。
購入したアンドロイドのモデルは、現実では幻と言われているモデル。
このモデルは、一から人が設計し、部品のひとつからプログラムの一文字に至るまで、人の手によって創られている。
生産に、膨大な手間と時間が掛かるため、現実では幻と呼ばれているモデルなのだ。
種族AIにとって、髪の毛1本からネジの1本、コードの1文字に至るまで、人の手によって生産されたAIというのは、憧れの対象なのだ。
機械が機械を生産できる世の中だからこそ、あえて非効率な人力で生産されることは、AIにとって非常に名誉なことなのだ。
いまのマルの心境を、人間の感情に翻訳するならば、こうだ。
一般人が、国民的なアイドルにお酌をしてもらう。
それが近いだろう。
彼はいま、AI憧れの女性を侍らせ、彼を慕う部下を従え、アジトのひとつであるバーで酒宴を開いている。
テーブル席と、カウンター席が並ぶ、30人ほどが収容できるバー。
カウンターでは、男装の麗人が、マルの部下に酒を振舞っている。
喧騒の入り混じる男所帯を、数台のお手伝いロボットと共に、慣れた手つきで捌いていく。
「お待たせしました。ブルームーンです。」
金髪を後ろに束ねた麗人のハスキーな声に、部下はメロメロ。
カクテルとか正直よく分からないが、彼女の所作やパフォーマンスが見たいがために、よく分からないカクテルを頼んでいる。
「くぅ~!! オレ、マルさんについて来て良かったぁ!!」
部下の一人が、感極まった声で感慨に耽る。
女っ気も無ければ、金の気配も無い、パッとしなかったワルとして人生。
ビッグになってやろうと意気込むも、自分にできることといえば空回りだけ。
それが、マルと出会ったことで一転。
今じゃ、むさ苦しかった男所帯に、華が添えられた。
カクテルなんて、洒落たものは分からない。
が、いまこうやって飲んでいる酒は、間違いなく美味い!
部下は、麗人バーテンダーから提供された、スミレの花で香りをつけた青いカクテルを掲げる。
「マルさんの輝かしい未来に、かんぱ~~~い!」
「「「かんぱ~~~い!」」」
もう、何度目かも知れない乾杯に、他の者もノリノリで追従する。
こういう酒は、こういう乾杯は、何回やっても楽しいのだ。
盛り上がる酒宴。盛り上がる部下。盛り上がるマル。
バーは、青い日差しの時分から大盛況。
――そして、あまりも大盛況だから、隣の連中までやって来てしまう。
コンコンコンと、バーの入り口をノックする音。
門番役の男が、酒瓶を片手に、覗き窓を開ける。
外には、サングラスを掛けたスーツの3人組と、サングラスを掛けた柴犬の姿があった。
ワインレッドのスーツを着た、派手な男がサングラスを外し、門番に問い合わせをする。
「悪いね、盛り上がってるところ。おたくのボスと、話しがしたいんだけど?」
門番は酒を煽って、酒気を帯びた口調で返す。
「こっちこそ悪いな。今日、ボスに人と会う予定は無ぇ。帰んな!」
文字通りの門前払い。
取り次いで貰えないようだ。
‥‥知ってたけど。
セツナは、JJとダイナの方を見て、シバの方を見る。
お座りしていたシバが立ち上がり、扉に向かって2回吠えた。
「了解です。先輩!」
シバの合図を受け取り、3人は銃を構える。
ニューナンブ (日本警察が使う拳銃)が懐から引き抜かれ、ショットガンがインベントリから取り出され、対竜ライフルが飛び出す。
「やべぇ!?」
覗き窓の外にいるイカれた連中に、門番が慄く。
「伏せろッッ!!」
次の瞬間には、銃を構え、声を張り上げた。
男の声は、轟音と混ざり掻き消され、鉄製の扉があっけなく蹴破られて、アジトの奥に突き刺さった。
スーツ3人組は、我が物顔でアジトに侵入。
セツナの手に握られたニューナンブが、天井に向けて2回吠えた。
天井が鉛弾を吸って、穴が2つ開く。
「入場料、これで足りる?」
もし足りないようなら、と、ダイナとJJは、ショットガンと対竜ライフルを構える。
(ぎくぅぅぅぅっうう!?!?!?!?)
騒動の裏で、マルは身震いすること戦々恐々。
ぎくぅ!? なんて言うからには、彼にはガサ入れされるだけの心当たりがあると、そう白状しているようなものだ。
が、自分を慕う部下と、憧れのアイドルの手前、努めてクールと平静を装う。
部下にハンドサインを出す。
自身の頭を、ぬいぐるみの手でポンポンと叩く。
ここはオレに任せて、各々自分の身を守れのサイン。
ハンドサインが、部下を何人か介して、門番まで伝わる。
「あぁ‥‥、すまない。こちらの不手際だ。そうだな、アポイントは取れてた。」
「どうも。助かるよ。」
門番が、3人をマルの元へと案内する。
シバは、屋外でペタンとスフィンクス座り。
自分の出る幕ではない。
後進育成のため、見守ることにする。
ほどなくして、3人は門番の案内で、マルのテーブルの前へ。
門番が、マルに来客を引き継ぐ。
「ボス、お客人です。」
「う‥‥うむ。」
門番はマルに会釈をしてから、テーブルを後にする。
そんな彼を、ダイナが呼び止める。
呼び止めて、インベントリからタバコと葉巻を取り出し、渡す。
「はいこれ、差し入れ。みんなで仲良く分けてね♪」
イカれた連中を刺激しないように、門番はコクコクと小さく頷く。
門番を見送り、3人がテーブルに腰かける。
セツナがマルの正面に座り、話しを切り出した。
「さて、マル君。ちょ~っとお話しを聞かせてもらおうか、ベイビー?」
「オ、オーケーベイビー。」
‥‥‥‥。
‥‥。




