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Magic & Cyberpunk -マジック&サイバーパンク-  作者: タナカ アオヒト
4.5章_2_銃士と狂戦士の、地下ダンジョン。

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SS7.15_戦いは、後日譚を語って終わる。

「なるほどなるほど――、見えます、見えますよ~。

 つい最近、なにか達成感を味わう出来事がありましたね?」

「あ‥‥当たってます。」


現実世界の日本。


日本の何処かの、のどかな喫茶店。

そこで、女性2人がテーブルを挟んで会話をしている。


テーブルの上には、タロットカードが広げられており、何をしているかと言えば、占いをしているのである。

タロット占いではメジャーな、ケルト十字占い。


6枚のカードで十字架を組む。

その右側に、4枚のカードを縦一列に並べ、10枚のカードで占う方式。


タロットの山から無作為に選んだ10枚のカードを並べて、それを会話の種に、2人はのどかな昼下がりを過ごしている。


科学全盛の時代であっても、占いや都市伝説などのオカルトには、一定の需要がある。

いや、むしろ科学全盛の時代だからこそ、オカルトの魅力は前時代よりも増している。


現代の科学は、それこそ創作の中だけに登場する、魔法と遜色が無くなってきている。

時代がさらに進めば、現実の世界で人類が魔法を獲得する日が来るかも知れない。


そう思わずにはいられない、科学と技術に期待する人々の心理が、オカルトに惹きこませるのだ。


占いをしている女性は、十字架を模る(かたどる)6枚のカードのうち、左側にあるカードを白く細い指でトントンと叩く。

カードから、インスピレーションを得ているのだ。


占いをしている女性の名を、七月(ななつき) 亜里亜(ありあ)

占いをされている女性の名を、十塚(とつか) 杏里(あんり)


「十字の左側にあるガードは、最近の出来事を表しています。

 出たカードは、正位置の小アルカナ、 ソードのエース。

 これは、勝利を意味するカードです。」

「な‥‥なるほど。」

「杏里さんは確か自衛団で、ゲームが趣味でしたよね?」


そういって、亜里亜は十字の右側に並べた4枚のカードの中から、1番下のカードをめくる。

そこには、大アルカナ「塔」が逆位置で配置されていた。


「ああ、分かりました。

 どうやら、MVPだったようですね。

 なにか、混乱を伴う、大胆な活躍をしたとか?」

「MVPなんて‥‥そんな‥‥。」


杏里は、眼鏡の奥の瞳をキョロキョロと忙しなく動かして、控え目な声で謙遜する。

十塚 杏里、電脳世界では、ジョニーを名乗るプレイヤー。


電脳世界では、魔神に「タコ助野郎」と殴りかかる勇ましい(?)彼は、現実世界では控えめで挙動不審な女性なのだ。

挙動不審なのは、脳内で妄想と妄言が爆発しているから。


逞しい妄想が災いして、対人関係、特に身目麗しい女性との会話にドギマギしてしまう。

思春期男児のような女性。


‥‥幸運だったのは、自衛団に入団できたこと。

こんな自分でも、自衛団として社会に貢献できている。


そんな脳内思春期男児の杏里の前に居るのは、柔和な笑みを絶やさない、亜里亜という女性。


杏里の目から見て、亜里亜は相当な美人だ。

女優やアイドルですら見たことがないほどに。


2人は、奇妙な偶然と縁で知り合った。


杏里はここの喫茶店を、パトロール後の休憩スポットとして利用させてもらっている。

街の繁華街から少しばかり距離があり、知る人ぞ知る、コーヒーと紅茶が美味しい喫茶店。


対人に難ありの杏里にとって、ほどよい客入りの喫茶店は、憩いの場に最適であった。


だがある日、いつに無く喫茶店が大繁盛で、杏里は相席をすることになってしまった。

彼女の座っていたテーブルで相席となったのが、いま目の前にいる、亜里亜という女性だ。


100人いれば99人が美人だと答える亜里亜に対し、杏里は漏れなくコミュ障を発動。

逃げるようにコーヒーを飲み干して立ち去ろうとするも、亜里亜に引き止められて、紅茶を振舞われ、それがきっかけで現在も交友が続いている。


亜里亜の、全てを包み込むような優しい声色、温かい雰囲気、やわらかい笑顔。

それらが、杏里の拗れに拗れた心を解し、ちゃんと会話のキャッチボールが成立している。


(はぁ~‥‥! 杏里さん、かわいい。

 会話が苦手ながら、それを克服しようとする姿! なんて健気で良い娘なんでしょう!

 杏里さんの良さを知ってるの、この世で私だけでしょ?)


‥‥杏里は知らない。

目の前の美人の中身が、杏里くらい残念であることを。


それと、杏里の良さを知っている人間は、それなりの数が居たし、居る。

知らないのは、杏里だけだ。


亜里亜は、今日泊まる宿の方まで行きかけた妄想を仕舞い込み、杏里とのお喋りを続ける。

タロットカードに視線を落とし、塔の上に配置されたカードをめくる。


めくられたカードは、正位置の小アルカナ、カップの10だった。

聖杯(カップ)とは、トランプだとハートに位置づけられるシンボル。


主に、対人関係の象徴して解釈され、カップの10は、家族・仲間・同士を象徴する。


「ゲームでの冒険は、楽しんでいますか?」

「はい。それはもちろん。」


杏里の口調はやっぱり控えめだが、この質問に対しては、どもらずに答えた。


「仲間と、大きなことを成し遂げた?」

「えっと‥‥、私は裏方で‥‥。」


少し前の出来事、魔神との戦いを思い出す。

あの時、自分は確かに魔神と戦い、勝利した。


だが、勝利を勝ち取ったのは、他の7人だ。

自分は、自分なりに、できることをした。


それを、たまたま優れたプレイヤーが、最大限活用した。

それだけだ。


どこか視線が下を向く杏里に、亜里亜は優しく微笑む。


「――ですが、勝利を呼び込んだのは、杏里さんではないのですか?」


どこか見透かす笑みで、亜里亜は語り掛ける。

挙動不審の杏里の視線が、彼女の視線と交わり、離すことができない。


杏里と目を合わせたまま、亜里亜は次のカードをめくる。

「カップの10」の上に並んだ2枚のカードを、同時にめくった。


「カップの10」の上には、逆位置の「力」のカード。

最後のカードは、正位置の「愚者」のカードが現れた。


「杏里さんは、自衛団として社会に貢献されています。

 電脳の中でだって、人知れず誰かのためになっています。

 そういう自分を、ちょっとは認めてあげても良いと思いますよ?」

「自分を‥‥、認める‥‥。」


亜里亜は、テーブルに肘をつき、手に頭を乗せる。

行儀の悪い行動でも、亜里亜がすると様になる。


「人間、誰しも欠点のひとつやふたつあるんです。

 でも、人間って、驚くほど他人の欠点に無関心なんですよ。」

「‥‥‥‥。」


杏里は、亜里亜の言葉を脳内で噛み砕く。

噛み砕き、咀嚼し、――飲み込むには、まだまだ時間が掛かりそうだ。


だけど、味わいのある言葉だ。


「誰からも嫌われないようにするということは、誰からも好かれないようにするということです。」


不思議と、亜里亜の言葉に聞き入ってしまう。

年齢は同じくらいなのに、その言葉には、千年の年輪を刻む大樹よりも重い、説得力がある。


「人間、いい加減が、良い加減なんです。

 気楽にいきましょ?」

「は、はい!」


にこりと微笑む亜里亜に、反射的に返事をする。

自分でもビックリするほど、ちょっと大きめの声が出た。


亜里亜は、テーブルについていた肘を正す。


「まあ、私は子猫みたいにキョロキョロして、そのくせ自己肯定感は高めな、杏里さんも好きですけどね?」

「うぐ――っ!?」


「自分のこと、ちょっと可愛いと思ってみちゃったり?」

「うぐぐ――っ!?」


教えを説き、解きほぐした杏里の心に、突然ナイフを突き立てる。

胸を押さえて苦しむ杏里に、亜里亜はイタズラっぽい笑みを浮かべている。


「すいません。からかっちゃいました。」

「亜里亜さん‥‥。」


イヤな気持ちはしない。

むしろ、他人に心の底を見られたことに、安堵と開放感すら覚える。


「言ったでしょう? 人は、他人に無関心なんです。」


人は、他人の本質を知りたがる。

だが、知ったところで、どうすることも無い。


興味深々であり、無関心なのだ。

もちろん、個人の性格によって度合いはことなるが、大多数は他人にどうこう言うことは無い。


――ちょっとだけ、勇気が出てきた。‥‥気がする。


お喋りがひと段落したところで、亜里亜のカバンの中で、スマートデバイスが鳴った。


「ちょっと失礼。――おや、妹から連絡です。」

「妹さんから?」

「はい。名残惜しいですが、私はお暇させていだだきますね。」

「私も、そろそろ帰ります。」

「なら、お店の外まで一緒に。」

「はい。」


そういって、タロットカードをしまい、席を立つ。

‥‥‥‥3人で。


会計は済んでいるので、喫茶店のマスターに「ごちそうさま」を伝えて、外に出る。

秋も深まり、いよいよ寒く、上着が欠かせない。


亜里亜と杏里は手を振り合い、道をそれぞれ反対の方向へと歩いて行く。

人通りの少ない道を、亜里亜は住宅街の方へと、杏里は繫華街の方へと向かい、2人の姿は喫茶店の前から消えていった。


‥‥‥‥。

‥‥。



閑静な住宅街を、亜里亜は1人で歩いている。

そう、他の人間には見えている。


亜里亜は、バレないように背後を確認。


「おっ姉ちゃん!!」


ぽすんと、亜里亜の背中に、心地よい衝撃が走った。

銀髪の女性が、亜里亜の背中に抱きついている。


「あぁ‥‥、お姉ちゃん! お姉ちゃん!」

「おやおや、今日のリリィは甘えんぼさんですね。」


リリィと呼ばれた女性は、亜里亜から離れ、彼女の横へ。

そして、唇を尖らせる。


「あの女ばっかり、お姉ちゃんに可愛がられてズルい!」

「あらら、ヤキモチですか。」


姉妹愛の強い妹との会話。

それは、他人には聞こえていない、見えていない。


傍目(はため)には、亜里亜が要領を得ない独り言を言っているように見える。

そうで無ければ、サポットと会話をしているのか? 誰かと通話をしているのか?


そのように見えているのだ。


‥‥隠す必要も無いだろう。

リリィと呼ばれた女性の正体は、七曜の女神が3番目。

暗い月のリリウム。


彼女は狂気の化身。

暇つぶしとして人に狂気を授ける、悪女にして悪神。


それでも、亜里亜にとっては――、七曜の1番目、アリアンにとっては愛すべき妹。


「許してください。お互い様でしょう?

 姉妹愛と、色恋は別物で、別腹なんですから。」

「それは‥‥。そうだけど‥‥。」


リリィは、悪女にして悪神。


人に、人の器には納まらぬ力を与えて、それで破滅する姿を見て、腹を抱えて大笑いするような悪女。

その所業に、邪神すら怖気(おぞけ)る悪神。


だが同時に、大切なものにはとことん入れ込む。

入れ込んで、貢いで、尽くす。


彼女は、姉妹に対して並々ならぬ愛情を注いでいる。

ただ1人を除いて。


「リリィが私を大好きなのは承知していますが、デートにまでついて来られると困ってしまいます。」

「任せてお姉ちゃん。アイツが何かしでかしたら、私がやっつけてあげるから!」


亜里亜の言葉など、どこ吹く風。

まったく悪びれる素振りも見せず、リリィは子どもっぽい笑顔を浮かべている。


シュシュシュとシャドーボクシングをして、やる気は満々。


じつは、亜里亜と杏里がお喋りしているあいだ、リリィはずっと2人の傍に居た。


傍に居て、杏里を下から深海のような瞳で覗き込んだり、彼女の背中にナイフを突きつけたり、姉の亜里亜に抱きついていたりしていた。


姉妹からすれば、いつものこと。

いつもの日常。


ふぅ。無邪気な妹に、溜め息がでる。


「まあ、そういうところも、私は大好きなんですけどね。」

「でしょでしょ!! 私ってば、自慢の妹なんだから!」


パァっと明るい表情になって、リリィは上機嫌。

キラキラした笑顔で、姉である亜里亜の腕に抱きついて、頬をスリスリする。


「‥‥あの女の匂いがする。」

「はいはい。」


姉妹水入れずの団欒を楽しみつつ、歩を進める。

閑静な住宅街に、人の気配は無く、車が前方に停車している。


亜里亜が「ところで」と切り出して、話題を変える。


「リリィ。レイのことですが――。」

「あの女きら~い。」


露骨に嫌そうな顔をして、亜里亜からも距離を取る。

よほど嫌なのだろう。


「まったく、あんなババアのどこが良いの?」

「そう言ってはいけません。同じ月の姉妹、私の妹なんですから。」

「は~ん! 周回遅れのババアが、この世界にしゃしゃって来んなって話し――。」


リリィの言葉は、亜里亜を掴んだ腕に阻まれた。

停車していた車だ。


車のドアが開き、亜里亜の腕を掴み、車の中へと引きずり込んだ。


「うっ‥‥。」


車内に連れ込まれた亜里亜に、麻酔銃が撃ち込まれる。

視界が揺らぎ、意識が遠のいていく。


車は走り出し、リリィ1人を置いて去って行く。


「‥‥お姉ちゃん。」


キラキラしていた瞳が、深海の底、光届かぬ色へと変わる。


‥‥‥‥。

‥‥。


「よし、上手くいったな。」

「まだ油断するな。港に届けるまでが仕事だ。」


亜里亜を攫った犯罪者たちは4人組で、日本語でそう会話をしている。

車は、入り組んだ住宅街を走りつつ、なるべく目立たないルートを選び、目的地を目指している。


亜里亜の誘拐から5分が経過したが、自衛団やセキュリティが動く気配は無い。

監視社会である現代において、これは由々しき事態だ。


「‥‥本当に、誰も追って来ないんだな?」

「あぁ。半信半疑だったが、どうやら俺たちは、透明人間になれているらしい。」


「なるほど、興味深い。」


ドライバーを除く、3人の男の視線が、亜里亜に向けられる。

驚いた表情とセットで。


彼女には、間違いなく麻酔が効いていたはずだ。

体質にもよるが、3時間は昏倒する。


なのに、亜里亜は5分足らずで昏倒から回復したのだ。


誘拐が上手くいったと、気が緩んだ矢先の出来事。

犯罪者は一等(いっとう)驚き、思考が停止してしまう。


亜里亜は周囲を一瞥。


車は8人乗り。

車の後ろには、武器を積んでいるようだ。


確認おわり。

口を開く。


「あなたたちの目的は? 身体? それともID?」


犯罪者たちは、呆然としている。


「その前に、何者です。 (がわ)こそ日本人ですが、どうやら中身は違いますね?」


そういって、亜里亜は自分の頭を指差した。

指差し、トントンと頭の中を疑うジェスチャーをする。


彼女の問いに対しての返答は、拳だった。


亜里亜の横に座っていた男が、彼女の顔面に拳を振った。


「うるせぇ! 黙ってろッ!」


男は何度も、何度も亜里亜に拳と、暴力を振るう。


「おい! 大事な商品に何してる!」

「構うもんか! 傷が付いたって、治しゃいいんだ!」


暴力男を止めようとした、彼の仲間は、あきれて溜め息。


(感情的な振る舞い。白昼堂々の杜撰(ずさん)な誘拐。

 おそらく、末端の木っ端ですね。)


暴力は、亜里亜には効いていない。

効いているフリをしつつ、冷静に相手の「格」を見極めている。


(‥‥レイの試練とやらと、何か関係が?)


すると、車が急ブレーキを踏み、急停車した。

ブレーキを踏む前に、大きな衝撃が車体を揺らし、衝突音が車内に響いた。


「おい! 何やってる!?」

「いや‥‥。急に人が目の前に出てきて‥‥。」


急停止した車の前には、路上に横たわる女性の姿があった。


助手席に座っていた男が、車内から周囲を見渡す。

‥‥最悪だ、人に見られた。


人通りが少ない道を選んでも、人の目は完全に逃れられる訳ではない。

運悪く、車で人を撥ねたところを、通行人に見られてしまった。


万事休す。


――そう思っていた。

しかし、通行人は事故の現場をスルー。


路上で横たわる女性など居ないかのように目もくれず、車の横を通り過ぎて行った。


車内が、疑問符で満ちる。

疑問符が喉を通って、感情を言葉に変換する。


「どうなってる?」

「お迎えですよ。私と、あなたたちのね。」


倒れていた女性が、ゆっくりと立ち上がる。

手を使わずに、リンボーダンスの反り身から身体を起こすように、反った背中を起こして立ち上がる。


車の前には、銀色の、歪んだ、三日月。


「あははははははははははは――――――。」


歪んだ三日月は、狂ったように嗤いだす。


「おい! 車を出せッ!」

「やってる! けど動かねぇ!」


ドライバーは車のアクセルを踏んでいる。

けれども、ドライバーの意に反して、車はピクリとも動かない。


「クソが!」


助手席の男が窓を開け、拳銃で狂い嗤う女を撃つ。

銃弾は命中し、女の胸や頭から血しぶきが舞う。


だが、だがしかし、この狂った嗤い声は、いつまでも鼓膜にこびりついて憑き纏う。


亜里亜に暴力を振るっていた男が、彼女の胸倉を掴む。


「おい、何しやがった!」

「すぐに分かりますよ。」


そう淡々と告げると、空に夜が来た。

車の時計は、昼下がりを過ぎた時分。


いくら晩秋といっても、夜が来るには早すぎる。


空に夜が来て、夜は街の景色を変える。

比喩ではない、物理的に、景色が書き換えられていく。


日本の、平凡な住宅街が、レンガと石造りの、まるで異世界のような景色に塗り替えられていく。


世は科学全盛の時代。

これは、ただの立体映像――。手の込んだ、立体映像――。


いくら知識と理性でそう念じても、本能と直感が、これは本物だと警鐘を鳴らす。


あっけに取られている犯罪者たちの目前に、歪んだ三日月が昇る。

いつの間にか、車のフロントガラスに張り付いている。


「「「「――――!?!?!?」」」」


絶句、恐怖、錯乱。


三日月が手を伸ばすと、フロントガラスをすり抜けて、腕が車内に侵入する。

そして、中に居た、亜里亜に暴力を振るっていた男を捕まえる。


彼を、磁力で引き付けるように、女性の細腕が吸い寄せた。


腕を車内から引き抜く。

男の身体がガラスを割り、外に出されて、地面に叩きつけられる。


三日月は、そんな彼を、昏い(くらい)瞳で見下ろしている。


「薄汚いブタが――! お姉ちゃんを殴ったな? お姉ちゃんを殴ったな?」


胸倉を掴み、男の身体を何度も地面に叩きつける。

とても女性とは思えない腕力に、男はまったく抵抗ができない。


「あは☆ そっか~、この手がいけないんだな~。 悪い手だぁ~!」


そう言って、子どもが虫の脚でも千切るように、男の腕を引き千切った。

腕と肩から、血が滲み噴き出す。


「――!? あ゛あ゛あ゛あ゛あぁぁぁ!!!!」


一瞬遅れてやってきた激痛に、男は絶叫する。

三日月は、引き千切った腕を捨てて、のたうち回る男を愉快そうに眺めている。


ひとしきり眺めて、愉悦の表情を浮かべ、彼の傷口に触れた。

すると、嘘みたいに痛みが引いていく。


「ダメよ。そんなに、うろたえちゃ☆」


口元の三日月が、ますます吊り上がる。


「豚の脚は、あと3本も残っているんだから!!

 あははははははははは――――。」


‥‥どうして、どうしてこうなった。

悪い夢なら、今すぐにでも覚めてくれ。


「リリィ。イタズラはほどほどに。

 彼らは、お客様です。」


車内から聞こえた亜里亜の声に、リリィは反応する。

瞳に輝きが戻り、脚を1本失ったブタに向けて、キラキラとした笑顔を見せる。


「なんだぁ~。それなら、ちゃんとおもてなしをしないと♪」


そう言って、先ほど捨てた腕を拾い上げ、事も無げに男にくっ付けた。

もがれた腕を動かす。――問題なく動く。


車のドアが開く。

アリアが車から降りる。


髪から黒い色素が抜けて、銀色に。

服は、白い装束へ。


アリアンの腕に、リリィが抱きつく。


「ようこそ、常夜の都へ。月の女神の、膝元へ。」


車の横にある、石造りの建物から、男が飛び出して来た。

顔は憔悴し、しきりに後ろを気にしている。


男の背後から、豚の頭を持った怪物が走っている。

怪物は男を捕まえ、その足を引っ張りながら、建物の中へと消えていく。


男は何かを叫んでいるが、言語が違うのか、何を言っているのか分からない。


「ここは楽園ですよ。なにせ、女神の都なのですから、疑いようがありません。

 さあ、皆さんもこちらへ――。」


その後、4人の行方は、誰も知らない。


‥‥‥‥。

‥‥。



青い空、青い街、いつものセントラル。

そこの場末にあるゲームセンター。


「もっかいもっかい! アイさん、もっかいやりましょう!」

「ふふふ。良いでしょう、受けてたちます。」


そんなやり取りをするのは、ハルとアイ。


先日、魔神を討伐した縁で、2人はフレンドとなった。

その戦いは、週刊エージェントでも紹介され、戦闘映像はユーザーたちから好評を得ていた。


ハルは、今やちょっとした有名人になっている。


有名になったところで、やることは変わらない。

自分なりに、この世界を楽しむだけだ。


ハルとアイは、格闘ゲームに興じている。


「次は勝ちますから! ゼッタイに負けませんから!」

「その意気や良し、どっからでも掛かってきなさい。」


こんな調子と口ぶりだが、戦績はアイの惨敗である。

ついさっき、噛み合ってたまたま1本取れただけである。


100クレジット硬貨を、筐体に入れようとした瞬間、ゲーセンの入り口が爆風によって破壊される。


ハルとアイ、その他大勢のお兄さんたちの視線が、吹き飛んだ入り口に集まる。

そこには、ダイナミックな入店を決めた、4人組の姿があった。


100クレジット硬貨をしまう。

筐体から立ち上がる。


お兄さんさちが、指をポキポキしたり、首をパキパキしたりしている。

入り口に、人だかりと包囲網が出来上がる。


「「「「ウェルカ~~~ム!!」」」」


今日も、セントラルは平常運転。

そこに集まるプレイヤーも、平常運転。




つまり、平和なのだ。


――4.5章_2。銃士と狂戦士の、地下ダンジョン、完。

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