SS7.13_戦場の手品師
「どけどけどけぇー! 天下のジョニー様のお通りだァ!!」
消耗を強いられている苦境に現れたのは、8人目のプレイヤー、ジョニーだった。
長身痩躯の体型。
ストライプの入った紫色のスーツ。
目深に被ったソフトハット。
こげ茶色の紳士帽は、ブリム(つば)が長く、遠目ではカウボーイハットにも見える。
材質は草を編んで作ってあるので、麦わら帽子にも見えるし、修行僧が被る托鉢笠にも見える。
手元は、薄手の茶色い革手袋で覆っている。
‥‥胡散臭い。
ヒョロっとした体躯。フィットしたスーツ。深く被った帽子。手元を隠す手袋。
それらの要素が幾重にも重なって、すごく胡散臭いイメージを他者に抱かせる。
三枚目な言動も相まって、彼の残念な感じに拍車がかかる。
ジョニーは、序盤にハルとアイに倒されたプレイヤー。
倒されたあと、リスポーン。
その後は、のらりくらりとスコアを集め、魔神との戦闘に遭遇。
自分1人が加勢したところで、どうにもならないと判断したジョニーは、ステージ内を走り回り、ステージ上のザコ敵を掻き集めた。
あちこち走り回って、自分を追いかけて走るザコの群れを大きくしていった。
ザコ敵は、スコア稼ぎだけでなく、リゲインによる体力回復やAG回復に使える。
これを魔神と戦っているプレイヤーまでトレインすることにより、魔神と戦う者たちのサポートをしようと考えたのだ。
状況を見るに、スゴく良いタイミングでトレインができたようだ。
一つ目は、突然の乱入者に首を傾げ、指で頭を掻いている。
プレイヤーも、あっけに取られている。
全員の視線を独り占めできて、ジョニーはご満悦。
「ふっ‥‥。お前らは、後ろのザコの相手でもして休んでな。
デカ物は、オレがもらった。――とぉ!」
威勢の良い掛け声と共に宙へと繰り出し、ジョニーは一つ目の前に立つ。
大きな瞳がギョロギョロと瞬き、首を左右に傾げる。
その隙に、他のプレイヤーは下がり、ジョニーがトレインしてきたザコを狩ることにする。
彼が引き連れていたザコ敵は、50匹はくだらない数がいる。
全快とまではいかないが、態勢を立て直せるくらいの量はあるだろう。
「よ~しデカ物。タイマンといこうか?」
右肩を回し、臨戦態勢。
「倒す前に聞いておく――――。」
肩を回すのを止めて、巨大な瞳を指差す。
「高飛車なお姉さんは好きか?」
「‥‥‥‥。?????」
一つ目が、首を傾げたままフリーズした。
ジョニーは、テレポート。
一つ目の顔面に、拳が届く距離へと瞬間移動。
「高飛車なお姉さんは好きかって聞いてんだッ! このタコ助野郎ゥゥゥ!!」
ジョニーの右が炸裂した。
思考が停止していた一つ目は、突然のことに対応ができず、拳をもろに受け、地面に倒れる。
起き上がるために、両膝と両手をついて身を起こしたあと、殴られた左頬を手で押さえて、左右をキョロキョロしている。
なまじ、変に知性を持つばっかりに、ジョニーの支離滅裂な行動に動揺をしている。
「なんだぁ? 自分の性癖ひとつ語れないなんざ、魔神ってのも大した事ないのかもなぁ?」
‥‥‥‥。
この男が何を言っているのかはさっぱりだが、バカにされていることは分かった。
バカにした――。バカにした――。
バカにしたバカにしたバカにしたバカにした――――――!!!!!!
一つ目の瞳が、真っ赤に充血する。
立ち上がり、両腕を振るい、怒りに任せて床に叩きつける。
すると、鋭く尖った木の幹が、津波の如くジョニーに押し寄せる。
テレポートでは躱せないほどの密度と、速度と、範囲を伴った大津波。
(あ‥‥、オレ死んだわ、これ。)
だが、これでみんな立て直せるだろう。
自分にできることは、最大限やった。
そう思ったジョニーの前に、フロントさんと八車が駆けつける。
2人は、手に持った特大剣と双剣で、幹の津波を粉微塵に切り裂いた。
フロントさんが、フランベルジュという、刀身が波打っている剣を正眼に構え、八車は左手の剣で肩を叩いている。
「ナイトが守られるとか、ちょとsYレならんしょこれは・・?
守るなら、本人に断ってからやれよ?」
「コイツと同感なのは癪だが、そういうこった。」
(あっれ~~~?)
あらヤダ、皆さんお強い。
正直、自分の腕前だとこの場では足手まといでしかないので、ここで退場するのが一番丸かったのだが‥‥。
ジョニーは、スーツの内ポケットからタバコを取り出す。
口にくわえて、指を弾くと、人差し指の先に火が灯る。
タバコに火を点けて、一服。
左手でタバコを持ち、口から煙を吐き出す。
「なら、もう少しだけ、オレのショーに付き合ってもらおうか?」
そう言うと、彼の右手からトランプが出現して、それが手の中で円形に広がった。
クラス「マジシャン」。
手品と魔法で戦う、戦場のトリックスター。
◆
一つ目は、真っ赤な瞳でジョニーを睨みつける。
怒りで身体をわなわなと震わせて、衝動に任せて突進をする。
突進に、フロントさんと八車が合わせる。
すれ違うように、自身の得物で一つ目を切りつけた。
樹の身体に傷が付き、たちどころに癒えていく。
同時に、フロントさんの体力も大きく回復する。
彼の握るフランベルジュは、その波打つ刃で敵の肉を削ぐため、リゲイン量が大きい。
一つ目は、2人の斬撃を受けても止まらず、ジョニーに突進。
ジョニーは余裕の表情。迫る脅威など何処吹く風。
ミントフレーバーの、タバコの煙を味わっている。
一服を続ける彼を、一つ目が怒りに任せて轢き潰した。
ジョニーの身体は、突進を受けるとトランプになって、パラパラと崩れていく。
マジシャンのスキル「リフラッシュエスケープ」。
突進が空を切り、手応えを得ない状況に、一つ目は首を傾げる。
傾げた首に、ナイフが突き刺さった。
マジシャンのパッシブ「六本目の指」。
テレポートでの回避が成功すると、攻撃してきた敵に、虚空からのナイフで反撃する。
一つ目の背後から、ジョニーの声。
「おい、タコ助野郎。」
一つ目が、首だけで後ろに振り返って、充血した瞳を向ける。
樹の幹が捻じれる乾いた音がして、瞳は血走り忙しなく小刻みに揺れている。
「魔神はガーゴイルだっただろ! なんだこの化け物!?」と、ジョニーは内心でビビりつつ、威勢とハッタリだけはしっかり保つ。
ギョロリと背を向いた瞳に、タバコを投げ捨てる。
視線が、投げられたタバコに向いた。
次の瞬間、ジョニーの手元から、コインが勢いよく撃ち出される。
スキル発動 ≪飛燕衝≫ 。
マジシャンの ≪飛燕衝≫ は、コインを指弾で撃ち出すスキル。
指弾とは、小石や針などを指で弾き、勢いよく飛ばす暗殺術。
マジシャンは、天下往来のスターであり、草木眠る晩の仕事人。
ジョニーの両手からコインが弾かれ、一つ目の身体に刺さるが、効果は無いようだ。
首を背中に向けたまま、後ろ走りでジョニーを挽き肉にしようと突進を繰り出す。
そこに、フロントさんと八車が一太刀。
ジョニーもすかさずテレポート。
パッシブ「六本目の指」が発動して、一つ目の首にナイフが刺さる。
テレポートしたジョニーは、彼奴の正面へ。
タバコの煙を口から吐き、右手にトランプを広げる。
広げたトランプの先端が、発火する。
スキル発動 ≪飛燕刃≫ 。
発火を伴う、トランプによる斬撃を浴びせた。
ジョニーが腕を振るったあと、手元には何も残っていない。
火の熱と斬撃に反応し、一つ目は右脚で滅茶苦茶に前方を蹴る。
それを、バク宙で回避。
ギョロリ。充血した瞳が、前へと向き直る。
ジョニーは、目深に被った帽子を上げる。
「ご覧あれ。ハトさんだ!」
帽子を上げると同時、四羽の鳩がそこから飛び出して来た。
鳩はそれぞれ、トランプを持っていたり、首にコインを巻いていたり、小道具を何かしら握っている。
一つ目は、飛び立った鳩に目を奪われる。
――が、すぐにジョニーへと視線を落とす。
彼を見下ろす瞳を、羽音と共に、鋭利な刃が突き刺した。
マジシャンが使役する魔法の鳩は、手品の小道具を持たせることができる。
鳩にトランプを握らせれば、そこから闘鶏で用いられる蹴爪を取り出して、攻撃を行う。
二羽の鳩が、脚に装備した金属製の蹴爪で、充血した瞳を突き刺した。
一つ目は、両手を勢いよく顔面に叩きつける。
それだけでは鳩を潰せず、うっとうしい鳩を追い払おうと、やみくもに腕を振るう。
腕を振るい、空振り、小さな鳩を巨大な身体では払えないと判断したのか、彼は巨大な瞳で天井を仰ぐ。
すると、ほんのり明るかった天井が眩く輝く。
まるで、夏の日差しのように、地上に強く光が照り付ける。
「‥‥‥‥。」
一つ目は空を仰いでいる。
空を見つめる瞳に、光が集まっていく。
天井に向かって、強い光が2回、瞬いた。
そして3回目。
瞬く光は、凶器となった。
太陽光を凝縮したかのような光が放たれて、蹴爪を持った鳩が燃やされてしまった。
瞬く瞳が、ジョニーを見る。
明滅――、明滅――、発火!
瞬く瞳が、床の石を砕き、壁に穴を開けた。
光りが石の表面を乾燥させ、石の内部に含まれた水分が、瞬間的に水蒸気となる膨張圧で砕けたのだ。
当然、石を砕くほどの高温に人体が晒されれば、タダでは済まない。
ジョニーが立っていた場所に、彼の姿は無く、黄金のコインが溶けて床にへばりついている。
イリュージョン成功。
虚空からのナイフが、一つ目を襲う。
「あっぶね‥‥!」
AG版スキル ≪トスアップバニッシュ≫ 。
本来は、見えない糸で繋がれた巨大化するコインを、ヨーヨーのように扱うスキル。
AG版では、コインと自分の位置を入れ替えることができる。
ジョニーは、鳩の首に巻き付けていたコインと、自分の位置を入れ替えたのだ。
一つ目は、自分の前から消えたジョニーを探し、首を大きく左右に振っている。
「「‥‥‥‥。」」
その様子を、フロントさんと八車が観察している。
一つ目が、ギョロリと振り返る。
手を叩く音が聞こえて、反射的に振り向いたのだ。
手を鳴らすのはジョニー。
彼はキョロキョロする瞳を指差して、お腹を押さえて笑うジェスチャーをして煽る。
追撃で、一つ目が首を右往左往していたのを真似して、さらに燃料を追加。
まんまと焚きつけられて、充血した瞳から湯気が立つ。
真っ赤な瞳から赤い液体が吹き出して、それが気化して湯気が立つ。
ジョニーの上空に、鳩がやって来て、小道具を彼に渡す。
小指ほどのサイズの棒きれが、彼の手元でステッキになり、鳩が帽子の上に止まった。
「ショーに夢中だな? それとも、オレに夢中?」
一つ目は、湯気の立つ頭を大きく振りかぶり、地面に何度も叩きつける。
怒りに任せて、顔面で地面を揺らし、それでも怒りが収まらず、両腕を地面に叩きつけた。
鋭い樹の幹が地面から生えて、津波の如くジョニーに襲い掛かる。
‥‥土砂を多分に含んだ津波を、冬の大嵐が弾き飛ばした。
「ジョニーさん、ありがとうございます。」
アイがジョニーの前に立ち、礼を言う。
「みんな、元気を貰えました。」
「なあに、礼ならいいさ。」
ジョニーは、手元でステッキをくるくると回す。
「だけど、チップをくれるって言うんなら、頂戴したいね。
――ヤツを倒そう。」
「はい。もちろんです。」
一つ目は、自分の攻撃を妨害され、頭を沸騰させていた。
ことごとく――、自分の思惑のことごとくが、あの訳の分からん男が現れてから通らない。
度し難く、許し難い。
堪忍袋の緒は、もう5本はブチ切れている。
その様子を、フロントさんと八車は冷静に観察しており、互いに認識をすり合わせる。
「おい」と、八車が声を掛けた。
「何か用かな?」
「ヤツをどう見る?」
「ふむ、俺が思うに、ヤッコはリジェネのアビリティがあるのでは無いかな?」
「戦い方についてはどう思う?」
「ヤツが一般貧弱プレイヤーなのは確定的に明らか。
テレポを読めないとか、雑魚狩り専門なのがバレバレ。」
「同意見だ。」
ここまで戦って分かった、一つ目の特徴。
彼の肉体は再生力が凄まじく、コンスタントにダメージを重ねていては倒せない。
しかし、彼の戦い方は稚拙で拙い。
テレポートの移動先を感知するという、熟練者であればできて当然のことができていない。
規格外のフィジカルと、反則じみた大技に頼った力押しが、一つ目の戦い方。
その反則じみた大技も、煽りに弱いメンタルのせいで、適切に使えていない。
感情任せに技を選択し、感情のままに振り回しているだけだ。
つけ入るならば、そこだろう。
八車は、フロントさんに目配せをする。
全員をまとめろと、皆まで言わんぞとばかりの視線。
フロントさんは、目配せに行動で答える。
「お前いら、聞け!
高火力で一気に攻めるぞ!」
手短に、すべきことの指示を出す。
この場に居る人間をまとめるには、これだけで足りる。
その後にすべきは、全員がパフォーマンスを発揮できるためのサポート。
当然、それらはフロントさんと八車が責任を持って負う。
言いだしっぺなのだから、作戦のケツを持つのは当たり前。
それが、一級廃人プレイヤー。
「フォローは、俺と、はっちゃんに任せろ!」
「はっちゃん言うな!」
――はっちゃん言うなというが、俺hお前の名前を知らない不具合。
――八車だ! 二度とその愛称で呼ぶな!
突破口は見つけた。
あとは、そこをこじ開けるのみ!




