SS7.12_8人目
シャオンの腹は裂け、血に伏した。
腹を中から裂いた蟲が、シャオンに集る。
茶色い頭に、白い体。カブトムシの幼虫に似た蟲は、大きさが人の前腕はあろうかという巨体。
彼女が蟲に食われていくのを、ベリルは目の前で見ていることしかできない。
身体の麻痺が、まだ抜けない。
一つ目は、頭を両手で抱えて身体を震わし、倒れているシャオンに忙しなく近づく。
そして、邪魔だと言わんばかりに、近くに居たベリルを蹴り飛ばす。
痺れた身体では抵抗も叶わず、浮いた身体は受け身も取れず地面に激突する。
――ダメージを負って、麻痺が抜けた。
一つ目は、シャオンに集る蟲の一匹を摘まみ上げた。
摘み上げて、顔の瞳が窪んで、身体の中に沈んで、顔に穴が開く。
そこに、摘んだ蟲を放り込んだ。
顔の穴が、くしゃくしゃと開閉を繰り返し、蟲を咀嚼する。
「アファファファファ。」
身体を震わせ、歓喜に泣く。
もう一匹、もう一匹と、次々と蟲を顔で食っていく。
最後の一匹。
シャオンの首筋に食らいついた蟲を摘む。
‥‥蟲は深く食らいついていたのか、一つ目に抵抗。
そのせいで、頭と胴体が離れ離れになってしまう。
蟲の頭はシャオンの方に残り、胴体だけとなった蟲を、空洞の顔で咀嚼して嚥下する。
一つ目は満足したのか、無貌の穴でゲップをして、自分の腹をさすっている。
――アサルトゲージを2本消費。
EXスキル発動。
食欲を満たした彼の頭上に、矢の雨が降り注ぐ。
クラス「チェイスハンター」のEXスキル ≪レインアロー≫ 。
宙に向けて放った矢が分裂し、魔法の矢となって広い範囲に降り注ぐ。
矢の雨は、一つ目、シャオン、その他のプレイヤーを巻き込み、全体に降り注ぐ。
矢のダメージを受けて、他のプレイヤーの麻痺が解除される。
全員、テレポートで矢の範囲外へと逃げる。
八車も、ベリルのフレンドリーファイアによって麻痺が解け、シャオンの元へと走り、抱え、テレポートで離脱する。
「シャオン、動けるか?」
「なんとか‥‥。」
体力は風前の灯だが、ギリギリ残っていた。
ごっそり持っていかれはしたが、デスをするよりはマシだ。
八車の介抱から離れ、自分の脚で立つ。
首筋に残った蟲の頭を引き千切って、踏み潰す。
蟲はリゲイン量が多いのか、踏み潰しの一撃だけで、体力が50ポイントほど回復した。
食われていた首筋をさする。
蟲の歯が残っているような違和感がある。
食いついたダニを、ちゃんとした手段で除去しなかった場合と同じで、蟲の歯が体内に取り残されたようだ。
電脳の身体で起きた事なので、大事にはならないと思うが‥‥、現実基準で考えるとゾっとする。
プレイヤーが矢の雨から逃れる中、一つ目は雨の中で茫然としている。
空を見上げて、降りしきる雨が身体に刺さるをの、抵抗も無く受け入れている。
雨が降り止んだ。
身体をブルブルと震わせて、刺さった矢を落とす。
顔に空いた穴から、一つ目がギョロリと生えて、周囲をキョロキョロと目顔する。
「アファファファファ。」
両手で頭を抱え、身体をクネクネと揺らして、両足でピョンピョンと弾む。
この世界では、未だ遭遇したことが無い、狂った挙動をする敵。
得体が知れず、プレイヤーたちは、切り口を掴めずにいる。
一つ目が突進。
両手で抱えた頭が天井を向き、身体を揺らしながら、何も考えずに突進で接近。
突進の標的はベリル。
標的の理由などない、ただ、そうなっただけだ。
ベリルは両手に道具を握る。
スキル ≪ネズミ花火≫ 。
渦を巻いた花火の導火線に、勝手に火が付いて、火花を散らす。
それを、猪突する一つ目に放る。
放られた2つのネズミ花火は、火花で弧を描き、一つ目の身体に纏わりつき、グルグル燃える。
ベリルは花火を投げたあと、突進に轢かれないようにサイドステップ。
一つ目は、花火を伴って、壁まで猛進。
壁に大きな穴をこしらえて停止した。
同時に、彼の背中側でネズミ花火が爆ぜた。
チリチリと、根毛を束ねたような翼が焦げ付いている。
ベリルは短弓を構えて、2連射。
壁に埋まった一つ目の背中に、矢が吸い込まれて命中する。
ヤマブキが印相を結ぶ。
「風遁――。」
結ぶ印は、智拳印。
左手の人差し指を立て、それを右手で握る。
智拳印は、仏像に見られる手の形の一種で、人の煩悩を滅し、仏の知恵を得るという意味がある。
クラス「モノノフ」が駆使する遁術は、八百万の御仏と精霊の力を借りる術。
印を結び、御仏の知恵を借り、3つの風切り手裏剣が出現する。
スキル発動。
「紫衣薫富。」
風で作られた手裏剣が、ベリルの矢の後を追い、一つ目を切り裂いた。
遠距離攻撃に、ハルも加勢する。
左肩でロケットランチャーを担ぎ、射撃。
右銃剣を、一つ目に握りつぶされたせいで、右腕も潰れた。
左手だけでの射撃となったが、これはなんとか命中する。
二丁拳銃に持ち替えて、握力が戻り切らない右手でも銃を持ち、スキル ≪オプティマイズリロード≫ 。
ロケットランチャーの弾をリロードする。
一つ目が、壁にこしらえた穴から出て来る。
その前に、フロントさんとアイ、八車が立ち塞がる。
敵の得体は知れない、攻撃の手ごたえも感じない。
前衛よりも、後衛を厚くして、様子を見る陣形。
一つ目の、巨大な瞳がうるむ。
うるんだ瞳が、フロントさんと八車を交互に見る。
瞳から、大量の涙が2人に目掛けて襲い掛かる。
「――チッ!」
「バックステッポゥ!」
涙の水しぶきを後ろに退いて避ける。
涙は床を濡らし、石の床を溶かした。
煙を上げる床の横で、アイが踏み込む。
大鉈で、大振りの大上段。
それを空振ることで勢いをつけ、左手の大鎚の一撃。
引き摺る重さの大鎚を、遠心力で振るう。
一つ目は、攻撃を避けようともしない、あるいは、攻撃とも認識していないのかも知れない。
動かない彼に、大鎚は命中。
質量が生み出す衝撃と、鎚にから滲む大蛇の毒が、一つ目を穿つ。
(手応えが‥‥。)
大樹でも殴ったようだ。
巨大な木の根、木の幹に支えられる大樹は、雷神の鎚でさえ揺らがない。
一つ目は、ハエでも追い払う仕草で腕を振るい、アイを跳ね飛ばす。
大鎚に振り回されて、身動きがままならないアイは、回避ができなかった。
せめてもの抵抗として、吹き飛ぶ身体で、雷を宿した大鎚を投擲する。
大鎚は命中する。
続けざま、八車が二刀の剣で一つ目を肉薄。
大振りな攻撃を捌きながら、刀で連続で切りつけていく。
切りつけられた身体は、浅く傷がつき、瞬く間に塞がって、若い枝葉が生えていく。
一つ目が身体を震わし、地面から飛び上がる。
地面を揺らし、プレイヤーの行動を制限するつもりである。
八車はバク宙をしながら、地揺れを避けつつ後退。
後退を合図に、後衛組の一斉掃射が敵を狙い撃つ。
‥‥が、これは命中しない。
一つ目の身体の節々、カズラのように巻き付いた幹の隙間から、大量の落ち葉が零れ舞い上がり、木枯らしとなる。
木枯らしが遠距離攻撃を防いだ。
「アファファファファファファ――!」
狂った嗤い声と共に、木枯らしはどんどん大きくなる。
大きく、強く、部屋を覆いつくすまでに。
「やべぇ――!」
ヤマブキは、直感する。
これは、テレポートでは躱せない。
まかり間違って、活路は前にあると、木枯らしの中に瞬間移動すれば、切り刻まれて終わる。
「全員、そこから動くな。」
手短に指示を飛ばし、3つの印相を結ぶ。
瞑想のポーズで知られる、禅定印。
左手の親指を立て、それを右手で握り込む、外縛拳。
蓮の蕾を思わせる、手のひらを密着させない合掌、虚心合掌。
禅定印⇒外縛拳⇒虚心合掌。
この流れは、AG版の遁術を発動させるための印相。
「禅定外合掌、水遁――。」
両手で馬口印を結ぶ。
親指・中指・小指を立て、人差し指・中指を折った形の合掌。
「新宮四葩!」
遁術が発動する。
この場にいる全員を、四葩の水で出来た葉が覆う。
プレイヤー7人、それと一つ目。
全員を、水の盾とも、水の檻とも取れる葉が覆った。
部屋全体が木枯らしに覆われ、晒される。
木枯らしは、部屋の小石を巻き上げ、水の盾を容赦なく削っていく。
時たま、盾を貫通して小石が身体を殴り、頬を掠めていく。
眼前の敵は、プレイヤーが勝つことを想定していない。
想定していないからこそ、回避不能の攻撃だって、平気で行う。
ついに、木枯らしは部屋の中だけでは収まりがつかなくなった。
壁を削り、部屋の拡張工事をしていく。
部屋を削り、広げ、拡張し、30秒ほどで木枯らしは収まった。
プレイヤーの周りには、向こうが透けて見えるほどにすり減った、水の葉が残されいて、それも消えてしまう。
一つ目を覆う水の葉だけが、傷も追わずに残っている。
印相を結ぶ。
両手を合わせる、合掌のポーズ。
新宮四葩は、本来は攻撃用の遁術。
水の檻に敵を閉じ込め、圧潰させる遁術。
両手を合わせて――。
合掌。圧潰。
水の檻が、一つ目を押し潰す。
一つ目は、水の圧力によってビクビクと、芋虫の死に際のようなリアクションを取る。
そして――。
「アファファファファファファ――――。」
こちらを煽っているのか? 小馬鹿にしたように嗤う。
ひとしきり嗤って、また芋虫の死に際を演じて、また嗤う。
「アファファファファファファ――――。」
一つ目が跳ねた。
大地を揺らし、そこから尖った木の根がせり出す。
せり出して、プレイヤー目掛けて襲い掛かっていく。
もう一度、同じように跳ねれば木の根がせり出す。
木枯らしの次は、根の槍、根の波。
第1波、第2波は防げていた、第3波から捌くのが厳しくなってきた。
木の根は、せり出して押し寄せたあと、その場に残り続ける。
動ける場所が、どんどん制限されていく。
シャオンを庇いながら木の根を捌く八車の肩に、根が刺さる。
右手の自由が戻らない、ハルの心臓を目掛けた根を、潰れた右手を酷使して防ぐ。
根の槍による飽和攻撃に、プレイヤーは四苦八苦し、確実に消耗していく。
それを、一つ目はたいそう愉快に眺めて、腹を抱えて嗤い転げている。
あまりに嗤い過ぎて、攻撃の手が止まって、反撃を受けてしまった。
「舐めるな‥‥!」
ベリルが大弓を引き絞る。
常人の膂力では到底引けない、人間に命中すればスイカみたいに弾けるほどの威力を持つ大弓。
弦を限界まで絞り、大矢が手元を離れた。
大矢は槍衾の様相を呈する根の壁を何枚も貫いて、嗤い転げる一つ目の首に刺さった。
「アファファ――。ファ?」
立ち上がり、首を傾げる。
傾げる首が、重くなる。
ベリルが、影歩きによって彼の背後を取った。
肩の上に乗り、顔の巨大な瞳に白刃を突き立てた。
油断しきっていた一つ目は、ナイフを根元まで深く咥え込む。
どうだ? 美味しいか?
そう毒づいてやりたいが、今度の機会にする。
急いで脱出を――。
一つ目の背中から腕が生えて、彼女の外套をひっ捕まえた。
「しまっ――!?」
小さな身体を、大きな両手がガッシリと掴む。
並みの金属よりも遥かに固い銃剣を、握り潰すほどの握力。
ベリルの脳裏に、最悪の展開がよぎる。
八車が、槍衾を切り裂いてベリルの元へと向かう。
フロントさんがシールドバッシュで道を切り開き、ヤマブキが木の根を飛び移りながら向かう。
一つ目が天に向かって吠えた。
途端に、身体が岩に圧し潰されたような圧迫感が襲い、全員地に叩き伏せられる。
ナイフの刺さった瞳が、ベリルを見つめる。
その瞳はうるみ、涙を蓄えている。
――ぺっ!
そんな擬音が聞こえて、ナイフが大量の涙と共に、瞳から零れ落ちた。
涙は、容赦なくベリルに降りかかる。
「あ゛゛ぁ゛ぁ!!」
肌が、肌が焼ける。
身体から煙が上がり、身に纏っている衣服が肌にへばりつく。
しかもこの酸、痛覚を刺激するばかりで、体力はちっとも減りやしない。
これが現実だったら、死にたくても死ねない。
反射的に、一つ目の腕の中でジタバタと手足が暴れる。
が、銃剣を握り潰す化け物の前では、何の意味も無い。
ゆっくりと、ベリルを抱えたまま歩く。
肩で息をするベリルの背中に、硬く鋭い棘の感触が伝わった。
柔らかい肌を、硬質で鋭利な棘が、何本も刺激している。
触覚が反応し、脳が知覚した次には、身体から無数の槍が生えていた。
「あ――っ。‥‥‥‥。」
酸を浴びせられた時とは打って変わり、ベリルの喉からは、小さな声が漏れるばかり。
手足は筋肉と内臓を貫かれた反射で強張り、痙攣を起こす。
濁っていく視界の前では、痙攣を起こすベリルが滑稽で面白いのか、一つ目が腹を抱えて大笑いしている。
「ドウ、ダ。ウ、マイ゛カ? アファファファファ――!」
ベリルの腹から生えた槍をちょんちょんと突いて、彼女を煽る。
馬鹿にして煽り倒す一つ目の頭上に、銃剣が叩き落とされた。
負けず嫌いのハルが、一糸報いようと銃剣を放ったのだ。
最悪、両腕はくれてやる。
だが、是が非でも一糸は報いてやる!
フロントさんが、一つ目の元へと飛び出す。
「俺にも一撃を入れさせろ。」
AGを2本消費。
EXスキル発動。
「お前は、一級廃人のおれの足元にも及ばない貧弱一般人。」
彼の手元から、剣と盾が消える。
そして、両手に闇の力、ダークパワーが宿る。
「その一般人どもが、一級廃人のおれに対してナメタ言葉を使うことで――。」
ダークパワーから斬撃が放たれ、一つ目の身体に傷をつける。
傷は、たちまち癒えて消えていく。
「おれの怒りが有頂天になった!」
EXスキル ≪七つの大罪:貪食≫ 。
フロントさんの手に、身の丈ほどの大きさを持つ、特大剣が握られていた。
「この怒りは、しばらくおさまる事を知らない!」
アイが主力火器の機関銃を乱射し、槍衾に風穴を作り、ハルを伴って一つ目の元に。
八車とシャオンは、フロントさんが一つ目を挑発している隙に、ベリルを救出した。
「はっちゃん‥‥。シャオン‥‥。」
「すまん。遅れた。」
全員、まだ闘志は衰えていない。
しかし、感情に身体がついていかない。
確実に消耗し、疲弊している。
体力も、AGも失い続けている。
次に、一つ目の気まぐれによって全体攻撃が来れば、凌げるか怪しい。
全員、戦意は高い。反して、状況は悪い。
重い空気を、各々の戦意で跳ねのけているのが現状だ。
どこに? どこに突破口がある? 切り口がある?
ここまでの戦いで、仲間の実力は計れた。
攻略の糸口さえあれば、このメンバーなら勝てる。
そのための――、勝利のためのピースが、あとひとつ足りない。
‥‥‥‥。
‥‥。
「どけどけどけぇー! 天下のジョニー様のお通りだァ!!」
8つ目のピースが、部屋の向こうから転がって来た。
‥‥その背後に、大量のザコ敵を引き連れて。




