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Magic & Cyberpunk -マジック&サイバーパンク-  作者: タナカ アオヒト
4.5章_2_銃士と狂戦士の、地下ダンジョン。

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130/229

SS7.11_嵐流(らんりゅう)

魔神、晴嵐の雨樋(せいらんのあまどい)

彼は、7人の前で動かない。


兜を被った、のっぺりとした顔で、この場に居合わせた戦士を品定めするかのように、首を左右に動かしている。

体は、呼吸でもしているのか、静かに上下に揺れている。


そこには、強者の余裕さえ感じさせる。

彼は、自分が強い存在だと、優れている存在だと認識できている。


アイは、静観を決め込むガーゴイルを刺激しないように、ハルへとゆっくり近づく。


「ハルさん、ポーションを頂けますか?」


小声で、ハルとコンタクトを取る。

ハルがポーションを取り出し、封を割ってアイに渡す。


「アイさん、あれは一体。」

「魔神級ボスです。

 簡単に説明すると、プレイヤーが勝つことを想定していない、規格外の敵です。」

「規格外‥‥。」


アイがポーションを飲み干し、体力が回復する。

先の戦闘で半分を割っていた体力が、7割付近まで回復した。


ヤマブキが、この場にいる全員に目配せをする。


「――で、どうする?

 このままプレイヤー同士で争って、まとめて魔神にやられるのも良いが、俺は賢明な選択を期待したいね。」


「どちかというと大賛成。

 ナイトは最強だが、PT (パーティ)がまとまらなくては、盾の役目が果たせないのは確定的に明らか。

 俺が思うに、このままでは人工的に淘汰される。」


フロントさんとヤマブキのコンビは、7人での共同戦線を提案する。


それに対し、ハルはアイの方を向く。

アイは、ハルに頷いて見せる。


「私たちも一緒に戦います!」

「ほう、経験が活きたな。」


フロントさんは相変わらず何を言っているか分からないが、彼の後ろでヤマブキがサムズアップをしている。


さて、残るは八車を始めとした3人組だ。


「【とても強そうな相手です。】【手伝ってください。】」


フロントさんが勧誘(?)を3人に対して行う。


返事をしたのは、八車だ。

ベリルとシャオンに確認をすることも無く、フロントさんを指差す。


「ふん。仲良しごっこは御免だね。

 ぬるい事をするようなら、俺が貴様の首をもらう。」


馴れ合うつもりは無いが、協力はしてくれるらしい。


「おまい (オマエ)は心優しく言葉使いも良いナイトを見習うべき。

 仏の顔()三度までという名セリフを知らないのかよ?」


素直じゃない八車に対して、フロントさんが軽口を叩く。

鼻を鳴らす八車、回復石を砕き3人を回復させるベリル、ヌンチャクをしまい徒手による演武をするシャオン。


意思は固まった、総意はまとまった。

――7人で、魔神を叩く。


全員が武器を構えると、ガーゴイルの兜が横に裂け、天井に向かって吠えた。



「さて、どっちが勝つと思う?」

「プレイヤー側に10万。」

「――本気で勝てると思ってる?」

「本気で応援したいとは思ってる。」


残り時間が3分を切り、プレイヤーはリスポーンが出来なくなった。


残り時間の間、デスしたプレイヤーは霊体となり、フィールドを歩き回って財宝を集めることができる。

あるいは、戦いの行く末を、別の空間から観戦することができる。


今回は魔神がフィールドに現われたということで、魔神と戦って返り討ちにあったプレイヤーたちは、早々にスコア稼ぎに区切りをつけ、魔神戦の観戦を行うことにした。


PvPvEで勝ったところで、負けたところで、何が起こる訳でも無い。

なら、一期一会である魔神戦を、即席のチームの奮闘を、見守ろうとしたのだ。


観戦席には、すでに10人以上が集まっており、これからも増えていくだろう。


「少しは――、こっちでも手傷を負わせたんだ。

 みんなの仇、取ってくれよな。」


‥‥‥‥。

‥‥。


ガーゴイルが吠え、戦闘が始まる。


ヤマブキが、耳につけた通信機を触る。

すると、残りの6人に、ガーゴイルとの戦闘データが転送される。


視界の隅で、彼奴の行動パターンがピックアップされて表示される。


この、上に向かって吠える動作は――、スコール。


天井が曇り、暗くなり、じきに嵐となった。

土砂降りの雨が、土砂が肌を裂くような勢いで降りかかる。


全員、雨と風で足が止まり、視界が奪われる。


ガーゴイル気配が、雨の中に消えていく。

足音、魔力、体――。見えなく、感じられなくなってしまう。


誰が狙われる? 何処から狙われる?


消えたガーゴイルの尻尾を、アイが掴んだ。

スコールが起こると同時に、自身も嵐を起こす。


嵐を纏い、膨らませ、増長し、鉈を地面に振りかざす。


スコールと、冬の嵐が衝突する。

冬の寒気に当てられて、地表一帯が凍て付く。


寒気は部屋全体に及び、部屋全体の地面を凍り付かせた。


――ピシリ。

スコールに紛れて、薄氷を踏み砕く音が聞こえた。


人の足の物では無い。

踏み割るというよりも、踏み砕く氷の音。


「そこか!」


ベリルが素早く、短弓に矢を番え、音がした方へと射った。

彼女から見て11時の方向、そこへ2連射。


矢を射り、10メートルほど先から、矢が何かに当たる音。

石と金属が衝突した、鈍く鋭い音。


スコールがたちまち弱くなり、視界が戻る。

ガーゴイルの頭と肩に、それぞれ矢が刺さっていた。


視界が戻るや否や、動き出したのは、フロントさんと八車。


「フロントステッポゥ!」


フロントさんは、アサルトダッシュを使用。

風を追い越す速力で、カカカカッと地を駆け、彼我の距離をゼロとする。


距離をゼロにしたついでに、スキル発動 ≪ホーリーエンチャント≫ 。

聖なる魔力を盾に宿し、姿勢を低くしていたガーゴイルの顔面を盾で殴打。


殴打に、アサルトダッシュの突進力が加わり、ダメージは更に加速した。

ガーゴイルの巨体を、1歩後ろに退かせる。


上体が浮いたガーゴイルの顔面が爆ぜる。

追加ダメージ。≪ホーリーエンチャント≫ を施した盾による攻撃は、時間差で光の爆発を起こす。


フロントさんの攻撃と入れ替わる形で、八車の攻撃。


彼奴の右脚を、二刀の刀で攻撃。

切れ味の鋭い刀は、石の装甲を易々と切り裂き、内部にダメージを与える。


ガーゴイルが、八車に拳を振り下ろす。

拳が振るわれる前に、追加でニ太刀浴びせ、さらにガーゴイルの後ろに回り込み、ふくらはぎに蹴りを放つ。


ふくらはぎへ、右足でのキック、ホッパーナイフを抜刀。

ふくらはぎに、ナイフの刺し傷2つが残り、八車がガーゴイルから離れる。


八車が離れると同時、彼に気を取られたガーゴイルに、ベリルが放った大弓が命中する。

大矢が翼に命中し、翼を矢が貫通し深々と刺さる。


ガーゴイルの巨躯は3メートル。

人を狙うよりも、遥かに狙いやすい。


大矢の一撃に怯んだガーゴイルの頭上に、シャオンが舞う。

スキル発動 ≪虎首落とし≫ 。


宙へと跳び、虎の首を落とす勢いの踵落としが、ガーゴイルの兜を穿つ。

倒れそうになる巨躯を、左拳で支える。


踵を脳天へ沈め、反動を使ってシャオンは飛び退く。


ガーゴイルの体表をを雷が覆う。

放電攻撃、その予兆。


ガーゴイルの体から、雷の閃光が幾多にも伸びていく。


ハルは、マジックワイヤーを伸ばし、シャオンを捕まえて引き寄せる。

2人を狙い、閃光が轟くが、そこにフロントさんが立ち塞がり盾で受ける。


「下段ガードを固めた俺に、隙は無かった。」


放電攻撃の被害はゼロに終わる。


続けて、ガーゴイルは竜巻を発生させる。

部屋の中に、3つの竜巻を生み出し、それらを別々のプレイヤーへとけしかける。


1つはフロントさんの元へ、1つはベリルの元へ、1つはアイの元へと向かう。

巨大な竜巻は、さすがに盾では受けられない。

風に晒されぬよう、ガーゴイルの動きに注意しながら竜巻を捌いていく。


ハルとヤマブキ、シャオンが、ガーゴイルに接近。

その3人を無視して、ガーゴイルは竜巻から逃れるベリルへと突進する。


苔むした翼で風を切り、ベリルに巨体を押し付ける。

竜巻とガーゴイルに挟まれる形となるベリル。


ガーゴイルの足元へと潜り込むように、前転。

突進を避けつつ、竜巻に飲まれないように動く。


ガーゴイルは、突進の勢いそのままに竜巻に突っ込む。


そして、竜巻の中で更に加速して、ベリルに再度突進。

彼女は、それを上に飛んで回避。

――したところを、ガーゴイルの尻尾で貫かれてしまう。


巨躯を飛び越えようとしたベリルを、ハルバードのような矛先が穿った。


「ぐぅ‥‥!?」


テレポートと、迷ったんだけどな‥‥。

そう思いながら、受け入れ難い胸の痛みを、否応なく受け入れる。


ガーゴイルは、尻尾を地面の方へ。

貫いた得物を地面で引き摺り回して、肉を削いでいく。


竜巻の力で加速したガーゴイルには、人間では容易に追いつけない。


「ハルさん、合わせて!」


アイは、追いすがる竜巻を、巨人の怪力と冷気でもって風ごと氷像に変えた。

インベントリから主力火器である機関銃を取り出して、構える。


引き金を引くと、分間1200発、秒間20発の鉛色の暴風が吹き荒れる。


音速を超える弾丸が、風となったガーゴイルに命中する。

秒間20発の雨を躱すなんて芸当は、魔神たるガーゴイルであっても不可能だ。


弾丸に晒され、ガーゴイルの動きが鈍る。


「当たれぇ!」


ハルはロケットランチャーの引いた。

ガーゴイルの動きが鈍り、偏差射撃の難易度が和らいだ。


おかげで、単発式の弾頭はガーゴイルの背に命中し、さらに速度が低下する。


速度が死んだガーゴイルに、八車が追い付いた。

彼奴の尻尾にニ太刀。


その後を、長巻を構えたヤマブキが引き継ぐ。


目の前を横切る巨躯の尻尾に、長巻を横一文字。

尻尾が切断され、ガーゴイルは強制的に獲物を離してしまう。


慣性によって、ベリルは地面をそのまま滑る。

その目は死んでおらず、闘志が爛々とギラついている。


スキル発動 ≪AG版シャドーウォーク≫ 。

AGを1本消費し、どんなに離れた標的であっても、その敵の背後へと瞬間移動する。


テレポートの範囲外の敵の元に、一瞬で移動することができる。


尻尾を切断された痛みに、宙で悶えるガーゴイルの背後へ、ベリルが瞬間移動。

自身の胸に生えたハルバードを引き抜き、ガーゴイルの背に突き刺した。


ガーゴイルは痛みに苦しみ、短くなった尻尾でベリルを地面へと叩き落とす。


叩き落とされた彼女を、シャオンが地上でキャッチ。

落下によるダメージを防いだ。


ガーゴイルは、自分の短くなった尻尾を、自分の手で引き抜く。

背中を刺したハルバードも引き抜いて、それらを組み合わせる。


それらは武器となり、ガーゴイルの手に収まる。


兜が横に裂け、吠える。

天井が曇り、雨となる。


スコールというほどでは無い、強めの雨が降る。


大きな翼をはためかせる。

すると、天から地上へと、重たい風が吹く。


空を見上げる者を、地べたへと這いつくばらせる豪風。

豪風に当てられ、7人全員が行動不能となる。


空中でハルバードを振るう。

すると、地上で洪水が発生する。


部屋の壁が裂けて割れて、大量の水が土砂を伴って全員を一か所へと押し流す。


そして、ハルバードを上に突き立てる。

矛先に電流が走り、天井の雲から雷が降り注ぐ。


フロントさんがベリルを盾で庇い、ハルが銃剣を呼び出し、雷避けの避雷針とする。


濡れた地面と身体に、電流が流れる。

雷に直撃せずとも、地面に降り注いだ雷が、全員の体力を奪う。


ヤマブキとシャオンが走り出す。

ウォールランで壁を駆けあがり、宙で好き勝手をするガーゴイルの元へ。


アイとベリルが、2人の援護射撃をする。

銃と弓で、ガーゴイルの気を逸らす。


壁を駆ける2人目掛けて、雷が降り注ぐ。

足の痺れを宥めながら、駆け上がる。


宥め、堪え、駆け上がり、間合いへ。


だが――、それでどうする?

相手の空を飛ぶ手段を抑えなければ、攻撃は当てることは難しい。


ガーゴイルの元に、雷を帯びた斧が飛来する。

それは、ハルバードによって弾かれて、彼奴の後ろへと跳ねて落ちていく。


ルーンを描く、ᚦソーン。


ガーゴイル背を、稲妻が殴った。

稲妻はアイの左手に収まり、大鎚の姿を取る。


鈍器で殴られような衝撃に、動きが鈍る。

――好機!


シャオンはEXスキルを発動 ≪形意(けいい)駿馬(しゅんめ)の型≫ 。

動物の動きを模倣した中国拳法、形意拳。


それと魔法を融合させた技は、駿馬に勝る神速を得る。


シャオンの機動力が上昇し、空を駆ける天馬となって、空を自在に駆ける。

壁を蹴り、ガーゴイルに蹴りを浴びせ、再び壁へ。


この動作を、まばたきをする間に終える。

1度瞬けばガーゴイルを蹴り、2度瞬けばガーゴイルを蹴り――。


3度4度と、馬力でガーゴイルを蹴り続ける。

蹴り続けること、10発目。


シャオンは、ガーゴイルを壁へと叩きつける。


ヤマブキはEXスキルを発動 ≪鬼神降ろし≫ 。

彼が着ている羽織が、陣羽織へと変化する。


頭には和式の兜が装備され、顔が頬当(めんぽう)で覆われる。

白い髭の生えた、眼の下を覆う頬当。


長巻を、妖しい赤い光が包む。


壁を忍者のように駆けあがり、壁に貼り付けられたガーゴイルを、長巻の一刀を振りかぶり大上段。

振りかぶり、ガーゴイルを壁ごと一刀両断した。


鬼神の宿った剣戟は、壁を切り裂き、天井と地面も切り裂いて、示威を誇る。

大太刀に両断され、ガーゴイルは地上へと落ちていく。


手応えは――、あった。

息の根を切り伏せた、確実な手応え。


ガーゴイルは無抵抗に地上へと落ち、体を覆う石の鎧は砕けた。

それを追って、シャオンとヤマブキが地上に着地する。


陣羽織が羽織に戻り、兜と頬当も消える。

戦場は、静かになった。


‥‥‥‥。

‥‥。



「やったか?」


そんなことを言うのは、フロントさん。


「フロントさん!?」


ハルが目を白黒させる横で、八車は舌打ちをしている。

フロントさんの発言は、いわゆるフラグというヤツだ。


やったか? なんて言ってしまう場合は、大抵はやっていない。


シャオンの連撃と、ヤマブキの一撃は、確かにガーゴイルの息の根を止めた。

‥‥ガーゴイルの(がわ)の部分は、確かに間違いなく、やった。




『あはははははははははは――――。』


どこからともなく、女の狂った嗤い声が響く。


その声に覚えのない者は、天井を見上げキョロキョロと視線を忙しくさせる。

唯一、フロントさんだけが、ガーゴイルを注視している。


――天蓋の大瀑布、その地の自然を祀った土着信仰。

魔神に匹敵するガーゴイルを創り出した土着信仰の歴史には、続きがある。


そのガーゴイルは、1人の男によって創られた。


この地で一番の職人。

彼が、信仰の象徴を創るという名誉に預かったのだ。


‥‥彼は、夜の空に月を見た。


そして、口にした。

名を呼んではいけない、月の女神、3番目の本当の名を。


ガーゴイルを完成させたその夜に、男は消息を絶った。


死んだはずのガーゴイルが動き出す。

石の鎧は邪魔だった、そう言わんばかりに、その体を起こした。


鎧を脱いだ姿は、樹木。

複数の樹木が、カズラのように絡み合った姿をしている。


ガーゴイルの、悪魔の姿を維持した、樹木が立ち上がった。


彼は、翼を窮屈そうに羽ばたかせる。

翼を覆っていた苔が落ちて、木の細根に似た、細い繊維が絡み合った翼が、天井からのほんのりとした光を浴びる。


翼を広げて、体を震わせ、無貌(むぼう)の頭で7人を眺める。


‥‥‥‥、ギョロリ。

無貌から、顔を覆わんばかりの一つ目が覗いた。


ハルは、大きな一つ目に怯み、無意識に一歩退いてしまう。


『アファファファファファファファファファ―――。』


一つ目は空を見上げ、女の狂った嗤い声を真似るかのように、嗤っている。

声質は人間のそれで無く、ザラザラ、ザワザワとした、嵐に木の葉が泣く音のそれだ。


あっけに取られる7人など気にせず、一つ目は狂い嗤ったあと、両手で頭を抱え、わなわなと体を左右にせわしなく揺らす。


そうしたかと思えば、今度はその場でピョンピョンと何度も跳ね回る。

まるで、子どもがベッドの上で弾んで遊ぶように、その場で跳ねて見せる。


石の姿とは一変、得体の知れない不気味な怪物として、一つ目は振る舞う。

得体の知れぬものとは、人の恐怖を掻き立てるものだ。


この、不明敵の名を、暗い月のシ兎。


――三番目の名を呼んだか? 暗い月の名を唱えたか?

彼女に祈ったか? 彼女に願ったか?


ならば叶えよう。暗い月の奇跡で。


人の身に余る力が、人の器に、どんな末路を与えるのかは、知らないけれど――。


一つ目が動いた。

地面を大きな音を立てながら、両手を乱暴に振り回し、闇雲に突撃する。


ベリルが弓を射って、ハルが魔法矢を放つも、効果は無い。

体に刺さる矢など気にせずに、暴れながら前進する。


『アファファファファ――――。』


ザラザラ、ザワザワと泣きながら、フロントさんに拳を振るう。

出鱈目に振るわれた拳は、出鱈目に重く、彼を後方へとノックバックさせる。


ノックバックしたのが愉快だったのか、一つ目はその場でピョンピョンと跳ねる。


跳ねて発生した衝撃波が、一つ目を攻撃しようとした者の姿勢を崩す。

樹木の枝先が揺れるみたいに、地面が大きく右へ左へと揺れ動く。


シャオンが揺れに耐えきれず、倒れてしまう。


ギョロリと、一つ目が彼女に狙いを付けた。

棒立ちのまま狙いを付けている一つ目に、地面の動揺から復帰したアイが大鉈を振るう。


一つ目の足元から鋭い木の根が突き出し、アイの脚に刺さる。

鉈で刺さった根を切断。その横を、ハルが振るった銃剣が通っていく。


銃剣は一つ目の胴体を捉えるも、彼はビクともしていない。

それどころか、乱暴に銃剣を掴み、それを両腕で握る。


子どもがオモチャの手触りを確かめるみたいに、捕まえた虫の足をもいでいくみたいに。


「あ゛ぁ――! うぅ――!」


右銃剣からのフィードバック。

右腕が万力に掛けられているかのような痛みが、ハルを襲う。


そして――。


「あ゛あ゛っッ!!」


一つ目の腕の中で、右銃剣が粉々に握り潰された。

状態異常:欠損(右腕)


銃剣が消え、身体の力が抜けて、へたり込んでしまう。

身体から、嫌な汗が滲む。


一つ目に睨まれていたシャオンは立ち上がり、異形から距離を取る。

後ろに飛んで、充分な距離を取った。


一つ目は、体をくねくねと震わせ、ガクガクと頭を揺さぶる。


『アファファファファ――――。』


その場に居る者の鼻腔を、森の香りがくすぐった。

同時に、全員の心に悪寒がよぎる。


状態異常:麻痺


悪寒は、直ちに現実となった。

身体が樹木の毒に侵されて、動けなくなる。


一つ目は頭をガクガクさせたまま、足を全く動かさずにシャオンに近づく。


「い――!?」


一瞬で距離を詰め、両腕でシャオンを抱き上げる。

ぬいぐるみでも抱えるかのように、軽々とシャオンを抱え上げた。


すると、ギョロギョロとした瞳が、顔から消える。

瞳が体内に沈み、顔には大きな空洞が空いた。


「がはっ――!?」


一つ目の表情の変化にリアクションをする間もなく、シャオンは苦悶の声を漏らす。


空洞からは、音も無く木の杭が伸びてきた。

伸びて、貫通して、彼女の腹を貫いた。


杭は、赤いエフェクトを引き連れて、するすると体に引っ込んでいく。

その後で、シャオンは雑にその場に捨てられた。


ダメージを受けたおかげで、身体の麻痺状態が解除される。

電脳の身体は、腹を貫かれても、体力が尽きぬ限り問題なく動く。


テレポート。

仲間の元へと戻り、フレンドリーファイアで麻痺状態を解除しようとする。


シャオンはベリルの元へ。

彼女の回復石のクールタイムは終わっている。


それで体力を回復させてもらおうと考えたのだ。


ベリルの元へと瞬間移動し、彼女を起こそうして――、シャオンの動きが止まる。


「あ‥‥、う‥‥。」


ベリルが心配そうに見上げる頭上で、シャオンは口と腹を押さえ込む。

お腹の中で、何かが動いて――。






シャオンの腹を食い破って、無数の巨大な蟲が這い出てきた。

人の前腕ほどの大きさがある蟲が、5匹6匹と腹から這い出る。


「‥‥‥‥え?」


赤いエフェクトがベリルに掛かり、彼女の顔と髪と外套が赤く濡れる。

その目の前で、シャオンが蟲を腹から吐き出し、呆然と立ちすくしている。


自分の腹を見下ろして、事態を理解して、その場に膝から崩れていく。


へたり込むシャオンの腹から、最後の一匹の蟲が飛び出す。

飛び出した反作用の力で、シャオンの身体はエビ反りに倒れていく。


――背面に倒れていく彼女の首を、蟲の一匹が食らいついた。


‥‥‥‥。

‥‥。

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