SS7.11_嵐流(らんりゅう)
魔神、晴嵐の雨樋。
彼は、7人の前で動かない。
兜を被った、のっぺりとした顔で、この場に居合わせた戦士を品定めするかのように、首を左右に動かしている。
体は、呼吸でもしているのか、静かに上下に揺れている。
そこには、強者の余裕さえ感じさせる。
彼は、自分が強い存在だと、優れている存在だと認識できている。
アイは、静観を決め込むガーゴイルを刺激しないように、ハルへとゆっくり近づく。
「ハルさん、ポーションを頂けますか?」
小声で、ハルとコンタクトを取る。
ハルがポーションを取り出し、封を割ってアイに渡す。
「アイさん、あれは一体。」
「魔神級ボスです。
簡単に説明すると、プレイヤーが勝つことを想定していない、規格外の敵です。」
「規格外‥‥。」
アイがポーションを飲み干し、体力が回復する。
先の戦闘で半分を割っていた体力が、7割付近まで回復した。
ヤマブキが、この場にいる全員に目配せをする。
「――で、どうする?
このままプレイヤー同士で争って、まとめて魔神にやられるのも良いが、俺は賢明な選択を期待したいね。」
「どちかというと大賛成。
ナイトは最強だが、PT (パーティ)がまとまらなくては、盾の役目が果たせないのは確定的に明らか。
俺が思うに、このままでは人工的に淘汰される。」
フロントさんとヤマブキのコンビは、7人での共同戦線を提案する。
それに対し、ハルはアイの方を向く。
アイは、ハルに頷いて見せる。
「私たちも一緒に戦います!」
「ほう、経験が活きたな。」
フロントさんは相変わらず何を言っているか分からないが、彼の後ろでヤマブキがサムズアップをしている。
さて、残るは八車を始めとした3人組だ。
「【とても強そうな相手です。】【手伝ってください。】」
フロントさんが勧誘(?)を3人に対して行う。
返事をしたのは、八車だ。
ベリルとシャオンに確認をすることも無く、フロントさんを指差す。
「ふん。仲良しごっこは御免だね。
ぬるい事をするようなら、俺が貴様の首をもらう。」
馴れ合うつもりは無いが、協力はしてくれるらしい。
「おまい (オマエ)は心優しく言葉使いも良いナイトを見習うべき。
仏の顔を三度までという名セリフを知らないのかよ?」
素直じゃない八車に対して、フロントさんが軽口を叩く。
鼻を鳴らす八車、回復石を砕き3人を回復させるベリル、ヌンチャクをしまい徒手による演武をするシャオン。
意思は固まった、総意はまとまった。
――7人で、魔神を叩く。
全員が武器を構えると、ガーゴイルの兜が横に裂け、天井に向かって吠えた。
◆
「さて、どっちが勝つと思う?」
「プレイヤー側に10万。」
「――本気で勝てると思ってる?」
「本気で応援したいとは思ってる。」
残り時間が3分を切り、プレイヤーはリスポーンが出来なくなった。
残り時間の間、デスしたプレイヤーは霊体となり、フィールドを歩き回って財宝を集めることができる。
あるいは、戦いの行く末を、別の空間から観戦することができる。
今回は魔神がフィールドに現われたということで、魔神と戦って返り討ちにあったプレイヤーたちは、早々にスコア稼ぎに区切りをつけ、魔神戦の観戦を行うことにした。
PvPvEで勝ったところで、負けたところで、何が起こる訳でも無い。
なら、一期一会である魔神戦を、即席のチームの奮闘を、見守ろうとしたのだ。
観戦席には、すでに10人以上が集まっており、これからも増えていくだろう。
「少しは――、こっちでも手傷を負わせたんだ。
みんなの仇、取ってくれよな。」
‥‥‥‥。
‥‥。
ガーゴイルが吠え、戦闘が始まる。
ヤマブキが、耳につけた通信機を触る。
すると、残りの6人に、ガーゴイルとの戦闘データが転送される。
視界の隅で、彼奴の行動パターンがピックアップされて表示される。
この、上に向かって吠える動作は――、スコール。
天井が曇り、暗くなり、じきに嵐となった。
土砂降りの雨が、土砂が肌を裂くような勢いで降りかかる。
全員、雨と風で足が止まり、視界が奪われる。
ガーゴイル気配が、雨の中に消えていく。
足音、魔力、体――。見えなく、感じられなくなってしまう。
誰が狙われる? 何処から狙われる?
消えたガーゴイルの尻尾を、アイが掴んだ。
スコールが起こると同時に、自身も嵐を起こす。
嵐を纏い、膨らませ、増長し、鉈を地面に振りかざす。
スコールと、冬の嵐が衝突する。
冬の寒気に当てられて、地表一帯が凍て付く。
寒気は部屋全体に及び、部屋全体の地面を凍り付かせた。
――ピシリ。
スコールに紛れて、薄氷を踏み砕く音が聞こえた。
人の足の物では無い。
踏み割るというよりも、踏み砕く氷の音。
「そこか!」
ベリルが素早く、短弓に矢を番え、音がした方へと射った。
彼女から見て11時の方向、そこへ2連射。
矢を射り、10メートルほど先から、矢が何かに当たる音。
石と金属が衝突した、鈍く鋭い音。
スコールがたちまち弱くなり、視界が戻る。
ガーゴイルの頭と肩に、それぞれ矢が刺さっていた。
視界が戻るや否や、動き出したのは、フロントさんと八車。
「フロントステッポゥ!」
フロントさんは、アサルトダッシュを使用。
風を追い越す速力で、カカカカッと地を駆け、彼我の距離をゼロとする。
距離をゼロにしたついでに、スキル発動 ≪ホーリーエンチャント≫ 。
聖なる魔力を盾に宿し、姿勢を低くしていたガーゴイルの顔面を盾で殴打。
殴打に、アサルトダッシュの突進力が加わり、ダメージは更に加速した。
ガーゴイルの巨体を、1歩後ろに退かせる。
上体が浮いたガーゴイルの顔面が爆ぜる。
追加ダメージ。≪ホーリーエンチャント≫ を施した盾による攻撃は、時間差で光の爆発を起こす。
フロントさんの攻撃と入れ替わる形で、八車の攻撃。
彼奴の右脚を、二刀の刀で攻撃。
切れ味の鋭い刀は、石の装甲を易々と切り裂き、内部にダメージを与える。
ガーゴイルが、八車に拳を振り下ろす。
拳が振るわれる前に、追加でニ太刀浴びせ、さらにガーゴイルの後ろに回り込み、ふくらはぎに蹴りを放つ。
ふくらはぎへ、右足でのキック、ホッパーナイフを抜刀。
ふくらはぎに、ナイフの刺し傷2つが残り、八車がガーゴイルから離れる。
八車が離れると同時、彼に気を取られたガーゴイルに、ベリルが放った大弓が命中する。
大矢が翼に命中し、翼を矢が貫通し深々と刺さる。
ガーゴイルの巨躯は3メートル。
人を狙うよりも、遥かに狙いやすい。
大矢の一撃に怯んだガーゴイルの頭上に、シャオンが舞う。
スキル発動 ≪虎首落とし≫ 。
宙へと跳び、虎の首を落とす勢いの踵落としが、ガーゴイルの兜を穿つ。
倒れそうになる巨躯を、左拳で支える。
踵を脳天へ沈め、反動を使ってシャオンは飛び退く。
ガーゴイルの体表をを雷が覆う。
放電攻撃、その予兆。
ガーゴイルの体から、雷の閃光が幾多にも伸びていく。
ハルは、マジックワイヤーを伸ばし、シャオンを捕まえて引き寄せる。
2人を狙い、閃光が轟くが、そこにフロントさんが立ち塞がり盾で受ける。
「下段ガードを固めた俺に、隙は無かった。」
放電攻撃の被害はゼロに終わる。
続けて、ガーゴイルは竜巻を発生させる。
部屋の中に、3つの竜巻を生み出し、それらを別々のプレイヤーへとけしかける。
1つはフロントさんの元へ、1つはベリルの元へ、1つはアイの元へと向かう。
巨大な竜巻は、さすがに盾では受けられない。
風に晒されぬよう、ガーゴイルの動きに注意しながら竜巻を捌いていく。
ハルとヤマブキ、シャオンが、ガーゴイルに接近。
その3人を無視して、ガーゴイルは竜巻から逃れるベリルへと突進する。
苔むした翼で風を切り、ベリルに巨体を押し付ける。
竜巻とガーゴイルに挟まれる形となるベリル。
ガーゴイルの足元へと潜り込むように、前転。
突進を避けつつ、竜巻に飲まれないように動く。
ガーゴイルは、突進の勢いそのままに竜巻に突っ込む。
そして、竜巻の中で更に加速して、ベリルに再度突進。
彼女は、それを上に飛んで回避。
――したところを、ガーゴイルの尻尾で貫かれてしまう。
巨躯を飛び越えようとしたベリルを、ハルバードのような矛先が穿った。
「ぐぅ‥‥!?」
テレポートと、迷ったんだけどな‥‥。
そう思いながら、受け入れ難い胸の痛みを、否応なく受け入れる。
ガーゴイルは、尻尾を地面の方へ。
貫いた得物を地面で引き摺り回して、肉を削いでいく。
竜巻の力で加速したガーゴイルには、人間では容易に追いつけない。
「ハルさん、合わせて!」
アイは、追いすがる竜巻を、巨人の怪力と冷気でもって風ごと氷像に変えた。
インベントリから主力火器である機関銃を取り出して、構える。
引き金を引くと、分間1200発、秒間20発の鉛色の暴風が吹き荒れる。
音速を超える弾丸が、風となったガーゴイルに命中する。
秒間20発の雨を躱すなんて芸当は、魔神たるガーゴイルであっても不可能だ。
弾丸に晒され、ガーゴイルの動きが鈍る。
「当たれぇ!」
ハルはロケットランチャーの引いた。
ガーゴイルの動きが鈍り、偏差射撃の難易度が和らいだ。
おかげで、単発式の弾頭はガーゴイルの背に命中し、さらに速度が低下する。
速度が死んだガーゴイルに、八車が追い付いた。
彼奴の尻尾にニ太刀。
その後を、長巻を構えたヤマブキが引き継ぐ。
目の前を横切る巨躯の尻尾に、長巻を横一文字。
尻尾が切断され、ガーゴイルは強制的に獲物を離してしまう。
慣性によって、ベリルは地面をそのまま滑る。
その目は死んでおらず、闘志が爛々とギラついている。
スキル発動 ≪AG版シャドーウォーク≫ 。
AGを1本消費し、どんなに離れた標的であっても、その敵の背後へと瞬間移動する。
テレポートの範囲外の敵の元に、一瞬で移動することができる。
尻尾を切断された痛みに、宙で悶えるガーゴイルの背後へ、ベリルが瞬間移動。
自身の胸に生えたハルバードを引き抜き、ガーゴイルの背に突き刺した。
ガーゴイルは痛みに苦しみ、短くなった尻尾でベリルを地面へと叩き落とす。
叩き落とされた彼女を、シャオンが地上でキャッチ。
落下によるダメージを防いだ。
ガーゴイルは、自分の短くなった尻尾を、自分の手で引き抜く。
背中を刺したハルバードも引き抜いて、それらを組み合わせる。
それらは武器となり、ガーゴイルの手に収まる。
兜が横に裂け、吠える。
天井が曇り、雨となる。
スコールというほどでは無い、強めの雨が降る。
大きな翼をはためかせる。
すると、天から地上へと、重たい風が吹く。
空を見上げる者を、地べたへと這いつくばらせる豪風。
豪風に当てられ、7人全員が行動不能となる。
空中でハルバードを振るう。
すると、地上で洪水が発生する。
部屋の壁が裂けて割れて、大量の水が土砂を伴って全員を一か所へと押し流す。
そして、ハルバードを上に突き立てる。
矛先に電流が走り、天井の雲から雷が降り注ぐ。
フロントさんがベリルを盾で庇い、ハルが銃剣を呼び出し、雷避けの避雷針とする。
濡れた地面と身体に、電流が流れる。
雷に直撃せずとも、地面に降り注いだ雷が、全員の体力を奪う。
ヤマブキとシャオンが走り出す。
ウォールランで壁を駆けあがり、宙で好き勝手をするガーゴイルの元へ。
アイとベリルが、2人の援護射撃をする。
銃と弓で、ガーゴイルの気を逸らす。
壁を駆ける2人目掛けて、雷が降り注ぐ。
足の痺れを宥めながら、駆け上がる。
宥め、堪え、駆け上がり、間合いへ。
だが――、それでどうする?
相手の空を飛ぶ手段を抑えなければ、攻撃は当てることは難しい。
ガーゴイルの元に、雷を帯びた斧が飛来する。
それは、ハルバードによって弾かれて、彼奴の後ろへと跳ねて落ちていく。
ルーンを描く、ᚦソーン。
ガーゴイル背を、稲妻が殴った。
稲妻はアイの左手に収まり、大鎚の姿を取る。
鈍器で殴られような衝撃に、動きが鈍る。
――好機!
シャオンはEXスキルを発動 ≪形意:駿馬の型≫ 。
動物の動きを模倣した中国拳法、形意拳。
それと魔法を融合させた技は、駿馬に勝る神速を得る。
シャオンの機動力が上昇し、空を駆ける天馬となって、空を自在に駆ける。
壁を蹴り、ガーゴイルに蹴りを浴びせ、再び壁へ。
この動作を、まばたきをする間に終える。
1度瞬けばガーゴイルを蹴り、2度瞬けばガーゴイルを蹴り――。
3度4度と、馬力でガーゴイルを蹴り続ける。
蹴り続けること、10発目。
シャオンは、ガーゴイルを壁へと叩きつける。
ヤマブキはEXスキルを発動 ≪鬼神降ろし≫ 。
彼が着ている羽織が、陣羽織へと変化する。
頭には和式の兜が装備され、顔が頬当で覆われる。
白い髭の生えた、眼の下を覆う頬当。
長巻を、妖しい赤い光が包む。
壁を忍者のように駆けあがり、壁に貼り付けられたガーゴイルを、長巻の一刀を振りかぶり大上段。
振りかぶり、ガーゴイルを壁ごと一刀両断した。
鬼神の宿った剣戟は、壁を切り裂き、天井と地面も切り裂いて、示威を誇る。
大太刀に両断され、ガーゴイルは地上へと落ちていく。
手応えは――、あった。
息の根を切り伏せた、確実な手応え。
ガーゴイルは無抵抗に地上へと落ち、体を覆う石の鎧は砕けた。
それを追って、シャオンとヤマブキが地上に着地する。
陣羽織が羽織に戻り、兜と頬当も消える。
戦場は、静かになった。
‥‥‥‥。
‥‥。
◆
「やったか?」
そんなことを言うのは、フロントさん。
「フロントさん!?」
ハルが目を白黒させる横で、八車は舌打ちをしている。
フロントさんの発言は、いわゆるフラグというヤツだ。
やったか? なんて言ってしまう場合は、大抵はやっていない。
シャオンの連撃と、ヤマブキの一撃は、確かにガーゴイルの息の根を止めた。
‥‥ガーゴイルの皮の部分は、確かに間違いなく、やった。
『あはははははははははは――――。』
どこからともなく、女の狂った嗤い声が響く。
その声に覚えのない者は、天井を見上げキョロキョロと視線を忙しくさせる。
唯一、フロントさんだけが、ガーゴイルを注視している。
――天蓋の大瀑布、その地の自然を祀った土着信仰。
魔神に匹敵するガーゴイルを創り出した土着信仰の歴史には、続きがある。
そのガーゴイルは、1人の男によって創られた。
この地で一番の職人。
彼が、信仰の象徴を創るという名誉に預かったのだ。
‥‥彼は、夜の空に月を見た。
そして、口にした。
名を呼んではいけない、月の女神、3番目の本当の名を。
ガーゴイルを完成させたその夜に、男は消息を絶った。
死んだはずのガーゴイルが動き出す。
石の鎧は邪魔だった、そう言わんばかりに、その体を起こした。
鎧を脱いだ姿は、樹木。
複数の樹木が、カズラのように絡み合った姿をしている。
ガーゴイルの、悪魔の姿を維持した、樹木が立ち上がった。
彼は、翼を窮屈そうに羽ばたかせる。
翼を覆っていた苔が落ちて、木の細根に似た、細い繊維が絡み合った翼が、天井からのほんのりとした光を浴びる。
翼を広げて、体を震わせ、無貌の頭で7人を眺める。
‥‥‥‥、ギョロリ。
無貌から、顔を覆わんばかりの一つ目が覗いた。
ハルは、大きな一つ目に怯み、無意識に一歩退いてしまう。
『アファファファファファファファファファ―――。』
一つ目は空を見上げ、女の狂った嗤い声を真似るかのように、嗤っている。
声質は人間のそれで無く、ザラザラ、ザワザワとした、嵐に木の葉が泣く音のそれだ。
あっけに取られる7人など気にせず、一つ目は狂い嗤ったあと、両手で頭を抱え、わなわなと体を左右にせわしなく揺らす。
そうしたかと思えば、今度はその場でピョンピョンと何度も跳ね回る。
まるで、子どもがベッドの上で弾んで遊ぶように、その場で跳ねて見せる。
石の姿とは一変、得体の知れない不気味な怪物として、一つ目は振る舞う。
得体の知れぬものとは、人の恐怖を掻き立てるものだ。
この、不明敵の名を、暗い月のシ兎。
――三番目の名を呼んだか? 暗い月の名を唱えたか?
彼女に祈ったか? 彼女に願ったか?
ならば叶えよう。暗い月の奇跡で。
人の身に余る力が、人の器に、どんな末路を与えるのかは、知らないけれど――。
一つ目が動いた。
地面を大きな音を立てながら、両手を乱暴に振り回し、闇雲に突撃する。
ベリルが弓を射って、ハルが魔法矢を放つも、効果は無い。
体に刺さる矢など気にせずに、暴れながら前進する。
『アファファファファ――――。』
ザラザラ、ザワザワと泣きながら、フロントさんに拳を振るう。
出鱈目に振るわれた拳は、出鱈目に重く、彼を後方へとノックバックさせる。
ノックバックしたのが愉快だったのか、一つ目はその場でピョンピョンと跳ねる。
跳ねて発生した衝撃波が、一つ目を攻撃しようとした者の姿勢を崩す。
樹木の枝先が揺れるみたいに、地面が大きく右へ左へと揺れ動く。
シャオンが揺れに耐えきれず、倒れてしまう。
ギョロリと、一つ目が彼女に狙いを付けた。
棒立ちのまま狙いを付けている一つ目に、地面の動揺から復帰したアイが大鉈を振るう。
一つ目の足元から鋭い木の根が突き出し、アイの脚に刺さる。
鉈で刺さった根を切断。その横を、ハルが振るった銃剣が通っていく。
銃剣は一つ目の胴体を捉えるも、彼はビクともしていない。
それどころか、乱暴に銃剣を掴み、それを両腕で握る。
子どもがオモチャの手触りを確かめるみたいに、捕まえた虫の足をもいでいくみたいに。
「あ゛ぁ――! うぅ――!」
右銃剣からのフィードバック。
右腕が万力に掛けられているかのような痛みが、ハルを襲う。
そして――。
「あ゛あ゛っッ!!」
一つ目の腕の中で、右銃剣が粉々に握り潰された。
状態異常:欠損(右腕)
銃剣が消え、身体の力が抜けて、へたり込んでしまう。
身体から、嫌な汗が滲む。
一つ目に睨まれていたシャオンは立ち上がり、異形から距離を取る。
後ろに飛んで、充分な距離を取った。
一つ目は、体をくねくねと震わせ、ガクガクと頭を揺さぶる。
『アファファファファ――――。』
その場に居る者の鼻腔を、森の香りがくすぐった。
同時に、全員の心に悪寒がよぎる。
状態異常:麻痺
悪寒は、直ちに現実となった。
身体が樹木の毒に侵されて、動けなくなる。
一つ目は頭をガクガクさせたまま、足を全く動かさずにシャオンに近づく。
「い――!?」
一瞬で距離を詰め、両腕でシャオンを抱き上げる。
ぬいぐるみでも抱えるかのように、軽々とシャオンを抱え上げた。
すると、ギョロギョロとした瞳が、顔から消える。
瞳が体内に沈み、顔には大きな空洞が空いた。
「がはっ――!?」
一つ目の表情の変化にリアクションをする間もなく、シャオンは苦悶の声を漏らす。
空洞からは、音も無く木の杭が伸びてきた。
伸びて、貫通して、彼女の腹を貫いた。
杭は、赤いエフェクトを引き連れて、するすると体に引っ込んでいく。
その後で、シャオンは雑にその場に捨てられた。
ダメージを受けたおかげで、身体の麻痺状態が解除される。
電脳の身体は、腹を貫かれても、体力が尽きぬ限り問題なく動く。
テレポート。
仲間の元へと戻り、フレンドリーファイアで麻痺状態を解除しようとする。
シャオンはベリルの元へ。
彼女の回復石のクールタイムは終わっている。
それで体力を回復させてもらおうと考えたのだ。
ベリルの元へと瞬間移動し、彼女を起こそうして――、シャオンの動きが止まる。
「あ‥‥、う‥‥。」
ベリルが心配そうに見上げる頭上で、シャオンは口と腹を押さえ込む。
お腹の中で、何かが動いて――。
シャオンの腹を食い破って、無数の巨大な蟲が這い出てきた。
人の前腕ほどの大きさがある蟲が、5匹6匹と腹から這い出る。
「‥‥‥‥え?」
赤いエフェクトがベリルに掛かり、彼女の顔と髪と外套が赤く濡れる。
その目の前で、シャオンが蟲を腹から吐き出し、呆然と立ちすくしている。
自分の腹を見下ろして、事態を理解して、その場に膝から崩れていく。
へたり込むシャオンの腹から、最後の一匹の蟲が飛び出す。
飛び出した反作用の力で、シャオンの身体はエビ反りに倒れていく。
――背面に倒れていく彼女の首を、蟲の一匹が食らいついた。
‥‥‥‥。
‥‥。




