1.11_ソーサリー&コンバット_B
ボルドマンは、懐から取り出したナイフによって、ウェアウルフという怪物の姿に形を変えた。
その光景は、セツナのオペレーターであるアリサもモニターで確認していた。
映像共にモニタリングしているグラフが、歪に乱高下し、計測している数値が素人目にも異常事態であることが分かる。
「――っ!! あれは!?」
この目で見るのは初めてだが、自分の持っている知識と特徴が合致する。
(急いで増援を――。)
キーボードを操作し、セツナに増援を送るべく対応をする。
現在、ボルドマンの起こした混乱に便乗して、セントラルでは暴徒の暴走が同時多発的に発生していた。
CCC支部は、その対応に追われている。
(たしか、ジャッカルさんのチームからなら、1人くらいは増援を出せるはず、それとセンチュリオンの出撃許可も――。)
プツン。そう音を立てて、アリサの操作する端末の電源が落ちた。
科学と魔法を融合して築かれた、質量を持つホログラムの画面とキーボードは、目の前で霧散して消えてしまう。
戸惑うアリサに、ディフィニラが声を掛ける。
「オペレーター・アリサ、現時点からエージェント・セツナのオペレーションから外す。
あとのオペレーションは、私が引き継ぐ。これは、ハイオペレーターとしての命令であり、決定だ。」
ディフィニラは、アリサに一方的にそう告げた。
ハイオペレーターであり、支部の局長でもあるディフィニラは、全体に指示を出す。
「治外自治区への締め付けを強化しろ。治外区に封じ込めて、混乱の拡散を防げ。
必要であれば、センチュリオンを要請するように。現場の指揮は、エージェント・ジャッカルに一任する。
締め付けによって、無法者どもの反発がしばらく強くなるだろうが、先の面倒事よりも、直近の事態を収束させる。」
「――局長!」
淡々と指示を出すディフィニラに、アリサは抗議の声を上げる。
ディフィニラは、淡々とアリサに話しかける。
「アリサ君、キミがあれの存在をどこで知ったのかは、不問にしよう。
優秀な猫は、得てして知りたがりなものだ。
だが、あれの脅威を前にしても、我々は冷静で無ければならない。」
ディフィニラは、自らの顔に刻まれた、頬の傷を振れる。
「キミは少々、エージェントに肩入れをしすぎる。
彼らは、人命と秩序のため、死ぬために存在しているのだ。」
2人の間に、沈黙が交わされる。
「アリサ君、そんな顔をしては、他のオペレーター達の士気に関わる。退席したまえ。
全ての責任は、私が背負おう。」
アリサは走り出し、オペレーションルームを暗い顔で去っていた。
彼女を見送って、ディフィニラは背もたれに身体を預ける。
「すなまいな、これが私の仕事なのだよ。」
誰に言うでもなく、そう呟いた。
エージェントは、いずれ死ぬ。
ならば、最大限有意義な殺し方を考えるのが、局長であり、ハイオペレーターの役割だ。
人に死ぬなと命令しておいて、自分は殺そうとしているのだから、仕様が無い。
全く――、嫌になる。
◆
(ウェアウルフ、不死身なのも納得だ。)
歴史の伝承によっては、吸血鬼とも同一視されることがあるウェアウルフ。
狙撃で致命のダメージを受けてから立ち上がったのも頷ける。
だが、完全な不死ではない。
それは、彼の部下の様子を見れば明らかだった。
ありきたりな予想だが、蘇ることのできる回数には限りがある。
店が立ち並ぶ道路で、セツナと獣の姿になったボルドマンが向かい合う。
2人は、同時に脚に力を込め、走り出した。
あっという間に距離が詰まり、拳の距離。
ボルドマンの方が、セツナよりも頭ひとつ分ほど身長が高く、彼の拳が先に攻撃圏内となる。
その拳ひとつ分のリーチ差を意にも介さず、セツナはボルドマンと同時に拳を握り込む。
踏み込み、握り、打ち込む。
わずかに早く、ボルドマンの拳がセツナの頬を捉えた。
セツナは、被弾覚悟で首を少しだけ逸らして衝撃を逃がし、ボルドマンの頬に拳を叩きつける。
ボルドマンも、セツナの拳を避けず、両者の拳が顔面に刺さった。
被弾しても、お互いに引くつもりなど微塵も見せない。
互いの、意地同士がぶつかり合っているのだ。
攻撃のヒットバックが、無理やり2人を引き離す。
腕を伸ばして2本分くらいの距離が開いた。
2人は、脚を動かすのすらじれったいのか、再度、拳を振り上げる。
「「飛燕衝。」」
同じ名前のスキルが激突し、相殺を起こす。
名前が同じであっても、少し性能が異なる。
セツナの攻撃は直線状に、ボルドマンの攻撃は放射状に拡散して標的に飛んでいく。
ボルドマンのそれの性質は、プレイアブルクラスの「モンク」に酷似している。
戦いの最中であっても――、戦いの最中だからこそ、情報収集は欠かさない。
相殺により、衝突点を中心に突風が巻き起こる。
突風の中を、セツナが足に炎を纏って、駆け抜けてくる。
踏み切り、跳躍し、回し蹴りを放つ。
「ブレイズ――。」
ボルドマンが、跳躍するセツナを睨む。
直後、セツナの姿が目の前から消える。
テレポートで、ボルドマンの背後に瞬間移動。
体勢を低く、上下前後左右の機動力で翻弄する。
屈んだまま、ボルドマンの膝裏に攻撃。
足が一瞬だけ瞬いて、スキルが――。
「――ぐッ!?」
セツナのスキルは不発に終わる。
テレポートでの揺さぶりを読まれていた。
ボルドマンは、彼が瞬間移動すると同時に振り返り、低い姿勢の彼の頭を掴み、膂力に任せて石畳に叩きつけた。
抵抗する暇も無く、人外の腕力を前に、頭の中に火花が何回もフラッシュする。
歯を食いしばり、身体に喝を入れる。
テレポート狩りだって、されたことは何度でもだってある。
自分を地に伏せた腕に組みつく。
腕と脚を使って、柔道の腕ひしぎ十字固めの要領で、ボルドマンの腕を極める。
獣の姿になっても、骨格のそれはヒトと同じである。
膂力で負けていても、関節を極められるくらいには、力負けしていない。
ボルドマンは、組みつく彼を振り払うために、持ち上げて再度、石畳に叩きつけようとする。
ボルドマンの顔を、高熱の火球が捉えた。
≪ファイヤーボール≫ 。
――至近距離でボルドマンに直撃した。
直撃と同時に、セツナは自分の身体を捻る。
捻る力で、腕の関節から肩関節にかけてをコントロールしようと試みる。
ボルドマンの姿勢が崩れ、前のめりになる。
肩関節が極められて、動けなくなったのだ。
しかし、ボルドマンはそのまま前宙の要領で受け身を取る。
日本の武術、合気道では、関節を極められそうになったとき、受け身をとって逃げるのが基本だ。
それと同じで、前受け身をすることで、肩の可動域が回復して動かせるようになる。
宙に浮いたボルドマンの身体が背中から落ちて、組み付いていたセツナも一緒に落ちてくる。
腕ひしぎの拘束力が弱まって、すかさず腕を引き抜く。
そのまま、セツナにマウントポジションを取ろうとするも、彼の蹴りで素早く追い払われてしまう。
セツナが、腕を使わずに脚と背中の勢いだけで立ち上がり、右手を地面に向けて掌を開く。
パッシブスキル「双子の火星」による、 ≪ファイヤーボール≫ のチャージが始まる。
チャージ行動も、攻撃扱いと処理されて、アサルトゲージが少し回復する。
近接戦闘中に、無防備なチャージ状態を晒す。
2秒も掛からない溜め動作であっても、敵を追い返して仕切り直しの距離であっても、それはこの戦いにおいてあまりにも長すぎる。
ボルドマンは、アサルトダッシュを発動。
一瞬と呼ぶに相応しい電光石火で、距離を詰め、首元に鋭利な貫手を放つ。
(ブレイブキャンセル!)
ブレイブキャンセル(Bキャンセル)。ブレイブゲージを1つ使用。
チャージ動作がキャンセルされて、身体が自由に動けるようになる。
すかさず、アサルトゲージを1つ使用。
アサルトダッシュの亜種であるアクションを発動させる。
セツナの身体がフワリと後ろに後退する。
彼が残した残像に、ボルドマンの貫手が命中する。
攻撃は不発になった、回避は成功した。
――アサルトステップ。
アクションゲージを1つ使用して、無敵判定のある回避行動。
セツナの姿が消えて、ボルドマンの横位置にいきなり現れる。
右手を握りしめ、重力加速度による力を纏った拳を放つ。
――回避成功後、アサルトアタックに派生可能。
アサルトアタック狩りに注意。
拳は、両腕のガードを意に介さず、ガードごとボルドマンの身体を吹き飛ばす。
宙に投げ出された彼は、道路横の店の入り口を突き破った。
――アサルトアタックが命中した場合、わずかな間、アサルトラッシュ状態になる。
アサルトラッシュ状態中は、攻撃のノックバック効果を増加させることができ、あらゆる行動をアサルトダッシュとテレポートでキャンセルが可能(Aキャンセル)。
このとき、アサルトダッシュによるリソース消費や、テレポートのタメ時間は発生しない。
突き飛ばしたボルドマンを追いかけるようにセツナは走る。
2人は、無人の店へと消えて行く。
建物が大きな音を立てた後、続けざまに建物が破壊される。
吹き飛ぶボルドマンに、セツナが追い付き、接地がままらない彼の脇腹に ≪ブレイズキック≫ を放つ。
蹴りが脇腹に刺さり、ボルドマンは横方向にベクトルを変えて飛んで、壁を破壊して退店する。
また壁を破壊して、今度は入店。
またセツナが目の前に居る。
彼の振りかぶった拳が、顔面を捉える。
店内の床を背中で掃除して立ち上がる。
走り、跳躍し、炎を纏い、回し蹴り。
セツナの姿が消える。
ボルドマンの背面にテレポート。
ボルドマンは見切り、彼の頭をまた掴もうと――。
手のひらが、彼の姿を通り過ぎて、空を切った。
ホログラムによる欺瞞。
店内の室温が上がる。
空気中の埃が燃えて、赤い粉塵が広がる。
屋内で熱風が吹き、天井からぶらさがる光源を揺らす。
店の奥に、 ≪ファイヤーボール≫ をチャージしたセツナが居た。
右手に左手を添えて、ボルドマンに狙いを定めている。
両腕を顔を前に出して、ガード。
火球が放たれ、ガードに直撃。
ノックバック効果の上昇した火球に、彼の身体は押し出されて、店の出口を破壊しながら退店して、屋外に出た。
屋外に出ると、やっぱりセツナが居る。
火星の二撃目。
ゼロ距離から、ガードが緩くなった腹に捻じ込むように、 ≪ファイヤーボール≫ を両手で叩きつけた。
ボルドマンは、道を挟んで向かい側の壁に身体を沈ませる。
――その表情は、不敵に笑っていた。
沈んだ身体を持ち上げて、壁を蹴り飛び出す。
反応したセツナが、牽制の ≪飛燕衝≫ を放つ。
それを、狼の体毛に掠るくらいの動きで捌く。
≪飛燕衝≫ を撃つために伸ばした腕を引っ込めて、迎撃の態勢。
くるくると回り、回し蹴りのタイミングを計ろうとする。
ボルドマンは、スキル ≪震脚≫ を発動。
踏み込みによって衝撃波を発生させるスキル。
これを、フェイントキャンセル。
攻撃がキャンセルされ、慣性だけが身体に残る。
慣性による加速で、セツナの攻撃タイミングがずれる。
さらに揺さぶる。
上体を急激に低く、セツナの腹よりも下に潜るように低姿勢で走る。
人狼の体躯は、低姿勢でのダッシュでもスピードを落とさずに疾走する。
セツナよりも、頭ひとつ高い身長。
大柄な人間に、急激に姿勢を低くされ、一瞬だけ判断が鈍る。
判断が通常稼働する頃には、ボルドマンは、彼のリーチに入っていた。
咄嗟に身を翻して半歩下がろうとしたセツナを読んで、半歩多く踏み込む。
屈んだ態勢のバネを、その力を最大化。
全身の筋肉を連動させて、脚から腰、背中を通じて力を増幅。
それを拳に収束して、渾身のアッパーカット。
セツナが、ボルドマンの二の腕に、自分の腕を引っかけてガードしようとするが、失敗する。
獣の膂力と、人間の技に押し切られて、顎を撃ち抜かれてしまう。
身体が意識の制御から離れ、膝から崩れてしまう。
こめかみを抉る回し蹴り。
雑巾のように、道に身体が擦りつけられる。
なんとか受け身を取って立ち上がる。
視界が少しぼんやりしまっている。
ボルドマンが、ボクシングのスウェーの動きで、セツナに接近する。
大柄な男とは思えぬほど軽快に、フットワークを気取らせないように間合いに入る。
視界がはっきりしないセツナに、この動きは見切れない。
スズメバチの一撃が、セツナの腹を穿つ。
顔、脇腹、鳩尾、顎。
もはや、ルーティーンと呼べるまでに繰り返したコンビネーションを、正確に打ち込む。
顔は前を向けて、常に眼前の相手を見る。
打ち込む際に、視線は絶対に落とさない。
狙うところを視線で追う必要があるほど、アマチュアな訳ではない。
セツナの足を踏みつける。
逃げられなくなった彼に頭突き、鼻っ柱を砕く。
足を解放して距離と開けさせ、フィニッシュブローの右ストレート。
踏み込んだ瞬間、違和感。
ブレーキングを掛けて、急停止。
ボルドマンの眼前を、鞭のような武器が通り過ぎた。
セツナがインベントリから、革製の紳士用ベルトを取り出し、得物として使ったのだ。
リーチの差を使って、流れを変えようとする。
ベルトのバックルを重りにして、ベルトを回転させる。
回転で勢いをつけて、振り下ろす。
ボルドマンは、後ろに下がることで回避。
正確な間合いが図れないので、余裕を持って回避する。
セツナは、地面に当たったベルトに、手首のスナップを利かせる。
持ち上げて、裏拳を放つ力をベルトに伝えて、真っすぐと鞭打を放つ。
スウェーで回避。前に出る。
裏拳による鞭打がもう一度くるが、腕でガード。
刺されるような痛みが襲うが、気にせず懐に潜り込む。
セツナの意識が、ボルドマンに釘付けになった時、こちらのカードを‥‥不本意ではあるが、一枚切る。
セツナの背後から、彼の脚に狼が喰いついた。
今まで、2人の戦闘を眺めるばかりだった狼が、戦闘に参加する。
灰色の狼は、セツナの脚を強靭な顎で引っ張る。
力に負けて、うつ伏せに転倒してしまう。
抵抗するように腕に力を入れるが、引きずられてズルズルと後退してしまう。
手に持ったベルトで、狼に攻撃――、しようとすると、もう一頭の狼が彼の腕に噛みつく。
片腕と片脚を噛みつかれて、身体の自由が利かなくなる。
隙だらけになったセツナ。
腕を噛んでいた狼が、無防備な首筋に噛みついた。
顎に力が加え、肉と血管を割く感触が広がっていく。
「あ‥‥がッ‥‥!?」
体力が削られていく。
狼は、本能的に自分の首を左右に振り、牙がより深く、より筋肉や神経を傷つけるように咥え込む。
「ああ‥‥、ア゛アぁ!!」
叫ぶように、ブレイブゲージを消費。ブレイブバーストを発動する。
セツナの周辺に強烈な衝撃波が発生、狼二頭を弾き飛ばし、拘束から解放される。
首筋の肉を抉られる感触に怖気が走り、脈が速くなり肩で息をする。
左手で喰いつかれた首筋を触る。
血はついていないが、ダメージエフェクトの赤い光が、べったりと彼の手についていた。
残り体力は、15%ほど。
リゲインで回復はしたものの、消耗の方が早い。
回復アイテムのクールタイムは、まだ終わっていない。
終わっていても、体力は回復しないので、意味が無い。
「よぉ、ヒーロー。キツそうだな。」
息が上がっているセツナを、ボルドマンが煽る。
セツナは、左手首を使って、汗を拭う。
汗はかいていないが、現実世界でのクセ。
スポーツをしている時のクセで、左手のリストバンドで、汗を拭う仕草をしてしまう。
状況は悪いが、最悪では無い。
むしろ、イイ感じにあったまってきた。
逆境は、いつだって大好物。
ここから失う物なんて、何も無いのだから。
口を開き、啖呵を切る。
「何言ってんだ――。こっからが、ゲーマーズハイだろ。」
ブザービートを、リングにオレが叩き込む!
最高のエンディングを、最強の自分を、彼は信じて疑わない。




