SS7.10_乱舞
アイと八車が戦っている最中、その横ではハルとフロントさん、ベリルとシャオンが戦っていた。
シャオンが、インベントリからヌンチャクを取り出す。
クラス「モンク」は、パッシブによって様々な武器を装備することが可能。
武器によってはスキルの使用に制限がかかるが、徒手の弱みであるリーチを補うことができる。
‥‥あと、カッコイイ。
ヌンチャクは、偉大なカンフースターが映画で使ったことにより、一躍有名となった武器。
一対の棒を、短い紐で繋いだ、暗器としての側面が強い武器。
武器の発祥には様々な説があり、フィリピンのタバク・トヨクという武器であるという説や、沖縄古武術において、馬のくつわを即席の武器として使ってていたという説などがある。
剣や槍のように、戦場での武器として用いられることは多くなかったが、性能は侮れない。
シャオンがヌンチャクを回転させる。
リフトスピンと呼ばれる技法で、新体操のバトントワリングのように、手首の上でヌンチャクを転がす。
リフトスピンして、左の脇にヌンチャクを挟み、構える。
遠心力を伴う一撃は、西洋武器のフレイルを思わせる。
ベリルが動く、腰に付けたポーチから小さな丸い陶器を取り出す。
陶器を地面に叩きつける。スキル発動 ≪煙幕≫ 。
投げつけられた陶器が割れて、中から白い煙幕が発生。
フロントさんとハルを覆う。
煙幕に、シャオンが突っ込む。
ベリルは援護射撃。
彼女は、パッシブ「白い瞳」によって、自分の発生させた煙幕の中の状況を知ることができる。
弓を持ち、右手に2本の矢を持ち、連続で番えて2連射。
2本の矢は、フロントさんとハルをそれぞれ狙う。
フロントさんは、煙幕が張られると同時に、胸の位置に盾を構えていたのだが、矢が狙っていたのは右脚。
これに被弾する。
ハルは拳銃をしまい、地面に伏せた。
視界が悪い中、風切り音が頭上を通り過ぎて行った。
シャオンが、屈んでいるハルの頭にヌンチャクを振り下ろす。
屈んでいたならば、当然そうなる。
当然そうなるから、備えをしている。
スキル発動 ≪サイバーシャドー≫ 。
自分の影の中に姿を隠し、瞬間移動。
シャオンは魔力野により、ハルが自分の背後に移動したのだと悟る。
背後に向けてヌンチャクを振るおうと構える。
そこにフロントさんの剣が、横一文字に振るわれる。
ヌンチャクで受け止める。
両手でヌンチャクを引っ張り、鎖を張り、それを右前腕に這わせることで白刃を受け止めた。
そのまま、ヌンチャクを上から振るい、フロントさんを牽制。
彼はシャオンの攻撃を、盾で受けた。
シャオンの背後にハルが出現する。
ヌンチャクを右脇に挟み、地面を蹴って飛び、ハルの側頭部を狙った回転蹴り。
ハイキックを両手で受け止める。
シャオンは着地と同時、姿勢を低くしつつハルから退き距離を取る。
距離を取りつつ、回転蹴りの反動を使って回りながらヌンチャクを横に振るう。
狙いはハルの膝。
ヌンチャクを飛んで回避。
足元に炎を宿し急降下、低い位置にあるシャオンの顔を蹴り上げる。
屈んで姿勢から、器用に片手でバク転して避けられる。
そのままバク転を連続して、大きく跳躍したかと思うと、フロントさんの両肩に両手をつき、そのまま彼の背後に回る。
シャオンの両手にはヌンチャク。
背後に回ったことで、ヌンチャクの鎖がフロントさんの首を締め上げる。
煙幕が晴れていく。
晴れた先には、ベリルが弓を構えている。
構えた弓は大弓。
長さ220cm。世界最大の弓である、重藤弓を模した大弓は、弦を引くための力 (弓力)が約80kg。
モデルとなった重藤弓の弓力は25kgとされているが、それを遥かに超える弓力。
そこから射られる矢は、盾であっても受けることは叶わないであろう。
弓を引き絞り、シャオンが拘束しているフロントさんを狙う。
フレンドリーファイアで、ダメージは発生しない。
シャオンごと撃ち抜く。
ハルが、両手を組む。
彼女の元に、一対の銃剣が召喚される。
ベリル目掛けて、左銃剣の柄頭に掌底。
同時に、大弓の元から矢が飛び立つ。
ベリルは、飛来した刃渡り3メートルの殺意を、外套一枚の所で避けた。
外套の端が僅かに銃剣を掠め、破かれる。
――僅かに、銃剣に日和った。
射られた大矢は、フロントさんに当たらない。
大弓の弓力は80kg。簡単には引き絞れない。
銃剣の存在が集中力を乱し、矢はフロントさんから逸れていく。
左銃剣をバック、自分の元へ。
そして右銃剣で――、一閃。
ハルは、銃剣でシャオンを、フロントさんごと切り裂いた。
ハルとフロントさんは、共同戦線こそ張ってはいるが、チームではない。
よって、彼女の攻撃はフロントさんにも、ダイレクトなダメージを与える。
「オウフ。」
「あ゛う!! 味方ごと――!?」
フロントさんの相方であるヤマブキは言った、「こき使って良い」と。
有り難く、そうさせてもらう。
メイン盾は砕けない。
この程度の一撃で、どうこうなることは無いだろう。
彼には回復スキルもある。
多少のラフプレーは、茶目っ気で許してもらうことにする。
「ほう――。さすが銃剣の火力は、さすがA+というか鬼なる (という顔になる)。」
フロントさんは、ピンピンしていた。
「それをゆゆう(余裕)で耐えるナイトは、さすが格が違った。
すごいなぁ、憧れちゃうなぁ!」
戦闘中にも関わらず、ゆゆうの自分語り。
あの調子なら大丈夫そうだ。
狂人は放っておいて、ベリルは大弓でハルを狙い――、射る。
呼び戻した左銃剣の出番。銃剣を盾に、身を守る。
左銃剣が大矢を受け止め、左腕に嫌な痛みが走る。
フィードバックダメージ。
ベリルは、武器の変更。
大弓から、短弓へ。
取り回しに優れる短弓を引き、矢を連続で放ち、フロントさんを牽制。
その隙に、シャオンがハルに接近。
銃剣は近接戦闘に弱い。
モンクの格好の餌食だ。
両手をホルスターに。二丁拳銃を召喚。
拳銃を引き抜く前に、シャオンが近接戦闘の間合いとなる。
ヌンチャクが振るわれる。
一対の鎖で繋がれた棒が、ムチのようにしなる。
右手に持った得物は、上から下に振るわれる。
これを、一歩下がってやり過ごす。
下に振るわれたヌンチャクは、すぐさま左脇に挟みこまれる。
持ち手を変更。ヌンチャクは右手から左手へ。
左手の得物を、下から上に振るうと見せかけ‥‥、あえて空振りをする。
空振りから素早く持ち手を変更。
上に振るったヌンチャクを右手に持ち替えて、左から右へと横に振るう。
攻撃のタイミングをズラされ、意識が上を向いていたハルの脇腹に、ヌンチャクが深々と食い込む。
攻撃の方向、得物を握る手、それらが自由自在。
ヌンチャクの変幻自在な軌道に翻弄される。
まるで、カランビットナイフのようだ。
同じフィリピン発祥とされるのか、性質が似ている。
ハルは拳銃をホルスターから抜く。
バックステップで距離を取りながら、魔法の矢を撃つ。
シャオンは、リフトスピン。
ヌンチャクを手首の上で転がし、矢を弾く盾とする。
――彼女たちの横で、大きな爆発が起こった。
アイのEXスキル ≪ドラゴニックブレス≫ によるものだ。
突然の広範囲攻撃に、ハルとシャオンの動きが止まる。
硬直が先に解けたのは、ハルの方。
銃のバレルを握り、銃を鈍器に。
足に炎を纏い、急接近。
シャオンはその場から動かず。
ヌンチャクを持ち手を代わる代わる切り替え、振り回し、攻撃のタイミングを計る。
タイミングを計り、自分の間合いとなったタイミングで、ヌンチャク下から上に振るった。
ハルは急ブレーキ。鼻先をヌンチャクが掠め、直撃を免れる。
同時に、銃のマガジンをリリース。
急ブレーキの慣性により、マガジンはシャオンに向けて一直線。
咄嗟にマガジンをヌンチャクで払う。
その隙に、ハルが距離を詰めた。
シャオンの膝を狩るように、ローキックを叩き込む。
シャオンは迎撃。
ハルに出遅れるものの、自分もローキックを放つ。
互いの軸足に、互いのローキックが入った。
膝裏を蹴られ、2人とも体勢を崩す。
体勢を戻しながら、ハルは右手の拳銃を振るう。
頭を狙ったそれは、ヌンチャクの鎖に絡め取られた。
右の手首を、ヌンチャクで取られる。
シャオンの膝蹴り、ハルの左拳銃による殴打。
膝が腹に入り、殴打が側頭部を捉えた。
側頭部を殴られ、地面に倒れるシャオン。
腹に膝が入り、反射的に身体がうずくまるハル。
鎖で繋がれたハルは、シャオンに引っ張られて、地面に倒れる。
地面から上体を起こし、右手首を鎖から引く抜いて、シャオンの頬を1発。
2発目をくれてやろうとすると、シャオンはヌンチャクを裏拳の要領で振るう。
コンパクトかつ速い攻撃がハルの鼻っ柱を叩く。
上体だけ起こした姿勢で、組み合いになる。
ヌンチャクが振るわれる前に持ち手を払い、銃での殴打ができぬよう手首を掴んで封じる。
右拳銃のグリップがヌンチャクを抑え、手首を掴まれて左拳銃を封じられる。
両者譲らず、睨み合ったまま、拮抗。
そして、拮抗を崩す――、頭付き。
お互い、相手の鼻っ柱を狙った頭突きは相打ちとなり、お互いの額が正面衝突をする。
――仕切り直し。もう一度。
頭を後ろに引っ込めて、力を溜める。
そうやって、二度目の頭突きが炸裂する直前、部屋に大洪水が雪崩れ込んで、洗いざらいを押し流した。
‥‥‥‥。
‥‥。
◆
「‥‥よう。ごきげんよう、皆さん‥‥。」
洪水に押し流されて、びしょ濡れのヤマブキが膝を付いている。
フロントさんは、 ≪ヒーリングⅡ≫ を発動。
ずぶ濡れのヤマブキにジュースをおごって、身体を温めさせる。
「サンキュー。」
「それほどでもない。」
全員、戦闘を中断。
ただならぬ事態を前に手を止めて、部屋の奥から聞こえる足音に耳を尖らせる。
PvPvEの残り時間は、3分を切った。
もう、戦闘不能からのリスポーンはできない。
そして、この戦いは3分間では終わらない。
誰かが、目の前の魔神と戦っている限り。
部屋に居る7人の前に、風化したガーゴイルが現れた。
ガーゴイル――。
ファンタジーではメジャーな存在ではあるが、彼らのルーツは古代エジプト文明まで遡る。
ガーゴイルとは、彫刻を施した雨どいのこと。
エジプト文明では、ガーゴイルが流す水によって、聖杯を清めていたとされている。
ガーゴイルが悪魔のような姿の彫刻となったのは、中世ヨーロッパ以降の時代。
芸術のためだけでなく、魔除けの意味も込められ、本来の役割は雨どいにも関わらず、その本質だけに留まらず、人々の信仰に深く根差してきた。
眼前に居るガーゴイルもまた、人々の信仰と深く関わっている。
かつて、天蓋の大瀑布と呼ばれる地に、まだ人々が住んでいた頃。
ここには土着の信仰があった。
豊穣の嵐と、恵みの太陽を祀る、信仰が。
嵐と共に大瀑布へとやってくる、嵐の獅子。
嵐を晴らし、この地の頂点に君臨する、太陽の梟。
豊穣と恵みをもたらす神獣に対して、人は畏怖と畏敬の念を込めてガーゴイルを創った。
魔神、晴嵐の雨樋。
信仰は神を生み出し、神を超えた。
人智が自然を超越した。
そのひとつが、晴嵐の雨樋と呼ばれるガーゴイルなのだ。
科学界の人間は知る由も無いであろうが、彼奴が放つ異様な魔力が、これが只の怪物では無いことを、物言わぬ彫刻に代わり、饒舌でもって語る。
ヤマブキが立ち上がり、水に濡れた前髪を拭う。
「なあ、俺からの提案だ。ここは一時休戦にしないか?」




