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Magic & Cyberpunk -マジック&サイバーパンク-  作者: タナカ アオヒト
4.5章_2_銃士と狂戦士の、地下ダンジョン。

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SS7.09_乱入

(おいおい‥‥、聞いてないぞ‥‥。)


ヤマブキは内心で毒づく。

連れはPvPにご執心。席にあぶれた彼は、ボスエネミーでスコア稼ぎをさせてもらおうと意気込んだ。


マップの表示を頼りに、意気揚々とスコア稼ぎに乗り込んだのも束の間。

軽かった足取りと心は、たちまちのうちに重くなる。


この地下ダンジョンは、いくつものランダム要素で構成されている。

マップの構造、敵の種類、財宝の位置、イベント――。


そして、ボスの種類。

彼、彼らの前に立つ風化したガーゴイルは、通常のボスとは一線を画する戦闘能力を有していた。


(魔神ボス。)


目を保護するコンバットバイザー越しに、異様な存在感を放つ敵を睨んだ。


ヤマブキは戦闘中、両目を覆うバイザーを装備する。

耳に取り付けた通信機の機能で、眼を保護できる黒いバイザーを展開できるのだ。


眼を保護するだけでなく、視線の動きを悟られないようにする効果もある。


しかし、目元を隠しても、動揺と焦燥を隠し切れない。

歯嚙み(はがみ)している口元が、感情を隠し切れていない。


M&Cの過去作には、エンドコンテンツとして魔神戦というコンテンツが用意されていた。


魔神戦は、ストーリーをクリアしている前提の難易度と強さを持った、魔神と戦えるコンテンツ。

大仰な名に恥じない、相当な難易度と理不尽がプレイヤーを待ち受けるコンテンツ。


魔神戦はリトライが前提で、何度も戦い、魔神の攻撃や性質を見極め、細い針の穴を通していく、緊張感と集中力が求められる。


そして、M&CのPvPvEには、時たまその魔神に匹敵するボスが登場する。

だがなぜか、不思議なまでに、コミュニティで魔神級ボスの報告は上がっていない。


‥‥管理社会である現代では、魔神の情報を秘匿するくらい、造作もない。


「クソがッ!」


スキル発動 ≪空蝉(うつせみ)の術≫ 。

空蝉の術は、2体の分身を作り出す術。


ヤマブキは、これをパッシブ「十二ひとえ」で強化。

最大で4体の分身を作ることができる。


相対する魔神級のボスから、逃げることはできない。

逃げようと通路に撤退したプレイヤーは、通路の壁からせり出した、太い木の根に圧し潰されてミンチになった。


ヤマブキを囲むように4体の分身が現れる。

同時に、彼の着ていた派手な羽織が消える。


いま、ヤマブキの本体は本体ではなく、分身は分身ではない。

そのどれもが本体であり、分身である。


≪空蝉の術≫ を発動中は、本体と分身を任意で変更できる。

分身は単純な動きしかできないが、分身へ自由にプレイヤーが憑依できるのが、このスキルの強みだ。


ヤマブキは、分身の2体をガーゴイルに向けて走らせる。

そして、1体をガーゴイルの後ろへ回り込むようにジャンプさせる。


残りの1体はバックアップ。


迫る分身3体を前に、ガーゴイルが天井に向かって吠える。

フルフェイスの兜が横に裂け、台風の風のような咆哮が響く。


天井が曇る。

曇り、スコールが起きる。


土砂降りの雨、風。


地下に居るというのに、一帯は土砂降りの大荒れ模様となる。


「くっ‥‥‥‥。」


大粒の雨が、嵐の風によって、石の(つぶて)が如く身体に打ち付ける。

顔に打ち付ける石のような雨に、皮膚が刺すような痛みに襲われる。


アバターへのダメージは無いが、分身は雨に耐えられないらしい。

召喚した分身4体が、紙が水に溶けてしまうみたいに消えてしまう。


ヤマブキの装束の上に、派手な羽織が戻って来る。

バイザーで目を保護していても、大雨による視界悪化は免れない。


ガーゴイルは雨の中に姿を隠し、足音を紛れさせ、雨に立ち往生する侵入者を狙う。


(‥‥どこから来る? ‥‥何をして来る?)


ヤマブキは、クラス「モノノフ」の得物のひとつである、長巻を構える。


普通の日本刀の倍は長い、薙刀のような刀。

それが長巻。


ガーゴイルは、それを遠巻きに眺めている。


風化した体で少し歩いて、四つん這いになり、尻尾を上に向ける。

尾の先端がハルバードの形になっている尻尾を上に向けると、彼の背を雨の水が伝い流れていく。


ガーゴイルの背には、尻尾から頭まで一直線に、小さな窪みが存在する。

それは雨どい(あまどい)


雨水を集めて、一か所から排水することにより、建物を雨の浸食から守るための建築構造。


背中の雨どいが雨水を集め、集めた雨が首の後ろから口に流れていく。

集めた雨に魔力を込める。


口元に水弾が形成される。

土砂降りの中で、この魔力の起こりは検知できず、それでいて急速に巨大化する。


時間にして5秒も無かった。

口元に、拳大の水弾が形成される。


狙いを定めて、魔力を込めて、凝縮して。

それを、立ち往生している、ハイカラ忍者へと勢い良く発射した。


嵐の中に、ひと際に大きな絹を裂いた音が響いて、ヤマブキは咄嗟に刀で身を守る。

――嵐を突き破って、鉄塊と化した水弾が、長巻と激突した。


‥‥‥‥。

‥‥。



クラス「魔導鎧士(まどうがいし)」は、「魔導拳士」も使用するコアレンズによって、魔法の鎧を形成し戦う。

ソードコアを使用し形成される鎧、ソードアーマーは、身軽さと火力に秀でたアーマー。


守りに使える装甲は少ないぶん、身のこなしが軽く、火薬の力を利用した大剣は一撃必殺の威力を誇る。


その威力は、堅牢さが売りであるナイトの守りさえ打ち砕く。

火薬の大剣を盾で受けたことにより、フロントさんの姿勢が大きく崩れる。


その隙を逃さず、ハンターのベリルが奇襲。

スキル ≪シャドーウォーク≫ によって、フロントさんの背後に瞬間移動。


右手に握ったナイフのエンド部分に左手を添え、両手の力を伝えるように突きを放つ。

白刃が白閃となり、ナイトの白い鎧を狙う。


(――ほう、見事な連携だと関心するが、どこもおかしくはないな。)


姿勢を崩され、奇襲に晒されてもなお、フロントさんは余裕のある表情。

彼は言動こそ奇天烈だが、実力は確かなのだ。


これでもマメな性格で、新クラスである「魔導鎧士」の性能も一通り自分でチェックをしている。


火薬の大剣によるガード崩しも、知識として知っている。

だからこそ、あえてオーバーリアクションで体勢を崩した。


人が最も無防備になるのは、自分の作戦が成功した時だ。

その、確信がもたらす心の隙に、一撃を食らわせる。


まずは、ガークラ (ガードクラッシュ)アッピルで釣れたメインシ (シーフ)にメガトンパンチ。

そこから、サポ侍 (ソードアーマー)に雷属性の左――。


フロントさんが背後に立つベリルに、自分の剣を投げつけようとした瞬間、ハルが2人の間に割って入る。


スキル ≪サイバーシャドー≫ 。

ベリルの影歩きを、影渡りで追いかけてきた。


ハルはベリルのナイフに対して、左腕を出す。

ナイフはハルの左前腕に刺さり、フロントさんへの奇襲は阻まれた。


ハルはナイフに向けて、自分の左腕を押し込む。

腕に力を入れて、抜けないようにして、灼炎を込めた右ストレート。


ベリルはナイフから手を離し、バックステップ。

奇襲が失敗したと見るや否や、追撃の欲をかかずに離脱する。


そのバックステップを、フロントさんの投擲した盾が咎める。

盾を両手で受け止め、体力が削られる。


八車が、再度火薬を装填した大剣を振るう。


大剣の軌道は横薙ぎの真一文字。

長身のフロントさんが躱しにくい軌道。


「バックステッポゥ!」


ふざけた掛け声で、火薬の一閃を見切って回避。

ナイトは盾に受けるだけにあらず。


盾とは鈍器。

盾による身の守りとは、敵を殺すための手段。

盾の守りは、お前を殺すための防御。


八車は功を急いだ。

先ほど、盾を失ったフロントさんに攻撃を通した成功体験が、この空振りを生んだ。


火薬の一撃は、空振りった時の隙が大きい。


そのことは、フロントさんも時すでにリサーチ済み。

彼の、空手となった左手に雷の力が宿る。


スキル発動 ≪ホーリーエンチャント≫ 。

剣や盾、拳などに聖なるの魔力を宿し、様々な攻撃が可能となるスキル。


「ギガトンパンチ。」


雷属性の左を、八車に向けて放った。

大振りの空振りをした八車に、この拳は躱せない。


「――――シュッ!」


八車が短く息を吐き、雷属性の左を蹴り上げた。

彼は手に持った大剣を、スイングが終わると同時に投げ捨てていたのだ。


爆発的な力を生み出す動力源が無くなれば、反動で振り回されることも無い。


バックステッポからのカウンター読み、迎撃のキック。

八車のキックによって、フロントさんの拳の軌道が逸れる。

カウンターは失敗。


「――――ッ!!」


同時に、八車は軸足の左足に違和感を覚える。

そこには、ナイフが刺さっていた。


ハルだ。彼女は、ベリルが手放したナイフを、八車に投擲したのだ。

大男の影に隠れていたせいで、反応が遅れた。


フロントさんの手元に盾が戻る。

ハルとフロントさんは背中を合わせ、ベリルと八車に向かって構える。


互いに軽く目を合わせる。


「すいません。邪魔しちゃいました。」


即席チームゆえに、連携がおぼつかない。

フロントさんのフェイントは、敵だけでなく味方のハルまで引っ掛けてしまった。


だが、これは誰が悪いという問題でもない。

むしろ、ハルのフォローを嬉しくさえ思う。


「【聞いてください。】【ありがとう。】」


フロントさんは素直(?)に、ハルにお礼を言う。

彼女が善意で助けようとしてくれたのは、本当のことなのだ。


感謝以外の感情など、起ころうはずもない。


「ジュースをおごってやろう。」


スキル発動 ≪ヒーリングⅡ≫ 。

M&Cでは非常に珍しい、味方の体力を直接回復するスキル。


AGを1本消費して、ハルの体力を回復させる。

回復値は、フロントさんの最大体力に依存し、最大体力の30%を回復する。


回復し、態勢を整え直す。


そこに、シャオンがアイに吹き飛ばされて、八車の元に転がって来る。

その向こうでは、アイが膝をついている。相討ちだったようだ。


「ベルセルクは俺がやる。」

「お願い、ハっちゃん。」


フォーメーションを変える。

ハイパーアーマーでゴリ押すベルセルクを相手に、素手でやり合うのは骨が折れるであろう。


それに、 ≪嵐と冬の剣≫ も厄介だ。

あれのチャージを許すわけにはいかない。


どうであれ、ベルセルクは誰かが釘付けにして面倒を見る必要がある。


ソードコアを、アーマーバンクルからイジェクト。


『ヘヴィ――。』


バンクルへ新たにヘヴィコアを装填。

ソードアーマーがパージされて、ヘヴィアーマーが装着される。


『アウェイキン――。チェンジ、ヘヴィ。』


ヘヴィアーマーは、その名の通り、強固な装甲を有するアーマー。

その出で立ちは、人間戦車。


このアーマーを装備中は、テレポートやアサルトダッシュなどの移動系システムの使用に制限がかかる。

その代わり、上半身を中心に強固な装甲に覆われ、とくに腕の装甲は火薬武器にすら耐えることも可能。


また、肩には2門のタンカーカノンを装備。

2門の砲を両肩に装備して、合計4門の砲。


防御力だけでなく、砲撃による破壊力もある、低機動高火力のスタイル。


八車が、土煙を上げながらアイに向かって走る。


アイは、雷を帯びた手斧を投げる。

投げた斧は、八車の右腕に叩き落とされる。


その程度では、装甲に傷ひとつ付かない。


アイは ≪嵐と冬の剣≫ を発動して、Fキャンセル。スキル派生。

神話に列を成す、巨人の力と奇跡を拳に込める。


その拳を、八車に向かって振るう。

足元が凍てつき、氷柱により地面が爆ぜて、暴風の如き拳が振り抜かれる。


暴風と暴力が、ヘヴィアーマーを撃ち抜いた。

拳が、八車の胸に突き刺さり、装甲を凍てつかせ、暴風が穿ち削る。


(‥‥‥‥浅い。)


ダメージは通っている。

が、手応えは感じない。


ヘヴィアーマーに装備された、タンカーカノンがアイの方を向く。


砲撃、2門の砲は2点バースト。

片側2門、両肩4門による2点バースト、計8発。


8発の砲弾がアイに襲い掛かり、砲撃と爆発が彼女を捉えた。

直撃の直前、大鉈を盾にして幾分かダメージを凌いだものの、今のワントリガーで体力が300近く吹き飛んだ。


空中にルーンを描く。

ᚦソーン、雷神の力を象徴するルーン。


左手に大鎚が落雷と共に顕現する。


スキル発動 ≪雷の爪≫ 。

大鎚を横に振るって放り投げる。


今度の投擲は、先ほどのようにはいかない。


八車は大鎚に対して砲撃。

その場で足腰を落とし、反動に備え、撃つ。


砲撃を浴びて、大鎚の速度が死ぬ。

勢いの衰えた大鎚を右手で弾いた。


鈍い音を立て、八車を後ずさりさせ、大鎚は明後日の方へと飛んで行く。


そして、大鎚が命中すると同時に、八車の体力が微減する。


(毒か‥‥。)


パッシブ「雷神殺しの毒」を装備しているのだろうと、検討をつける。


鎧士のアーマーは、いわば分厚い魔導ガントレットのような物だ。

魔導拳士の武器よりも遥かに防御性能に優れるが、盾のように完全に凌げる訳ではない。


だからこそ、「雷神殺しの毒」のように、ダメージをトリガーとした追加効果には弱い性質がある。

全くの偶然だが、アイのビルドが噛み合う形となった。


アイは八車に向けて大鉈を大上段から振るう。

大鎚を放ると同時に走り出していたのだ。


大上段を、両腕でガード。

ベルセルクの膂力によって地面が砕け、八車の足がめり込む。


大鉈の一撃も、ヘヴィアーマーの最も分厚い腕の装甲を、完全に抜くには至らない。


大鉈を、交差させた両手の甲で挟みこみ、身体の横へといなす。

左側にいなして、右足で中段蹴り。


中段蹴りが、アイの脇腹を捉える。

追撃、4門2連射の8砲撃。


アイは、八車にタックル。

退くのではなく、突進することによって砲撃を逸らしやり過ごす。


タックルを浴びせ、砲撃をやり過ごし、足を止めて彼我の間にスペースを作る。


左手に大鎚を呼び戻す。

巨人の怪力を宿し、大鎚を横に振るう。


それに対して、今度は八車が突っ込む。

距離を詰めて、大鎚のインパクトポイントの内側へと入り込む。


岩塊に剣を突き刺したような大鎚に対して、踏み込み、大鎚の中腹あたりを右腕で受け止める。


アイは懐に入られるのは計算通りと、臆することなく膝蹴り。

八車は左腕でボディブロー。


膝蹴りが腹に入り、ボディブローが腹に入った。

両者相討ち。


アイが大鉈の柄を短く持つ。

そうすることで、鉈が描く円の軌道が小さくなり、スイングスピードが上がる。


密着戦闘に適した持ち方。


肩に担いだ鉈を、コンパクトに振り下ろす。

振り下ろすと同時に、半歩後ろに身を退くことで、相手の拳の距離から離脱。

一方的に大鉈の袈裟斬りを浴びせた。


たが、八車は怯まない。

お返しとばかりに、顔面に右ストレートが炸裂する。


スキル ≪嵐と冬の剣≫ 。

スキル派生によるハイパーアーマーで、拳を無理やり耐える。


大鎚を上に振り上げて、力任せに叩きつける。


八車はそれを左肩で受けた。

巨人の怪力と、大鎚の質量。


それがもたらす衝撃が、八車に膝をつかせる。

左肩に装備したタンカーカノンが、怪力と大鎚によりひしゃげた。


そして、タンカーカノンによって、本体へのダメージは軽減された。

ライトカノンを装填。――照準。――砲撃!


肉を切らせて骨を絶つと言わんばかり、互いに一歩を退かず、ノーガードで互いの骨を絶たんと、肉を削ぐ攻勢による攻防を繰り広げる。


砲撃によって、アイの体力が削られる。

ベルセルクの底無しの体力が、半分を切る。


ヘヴィアーマーの装甲によって、リゲインが阻害されている。

本来、ノーガードのタイマンでは負け知らずのベルセルクが、押されている。


――かくなる上は。


アイは、両手に握った武器を放棄する。

隙だらけになったアイに、ライトカノンによる砲撃。


EXスキル ≪竜のルーン≫ 。

赤紫色をした魔力がアイを包み、砲撃を弾き飛ばした。


魔力は、竜の形を取り、アイを包む。


背中に生えた魔力の翼で空を飛ぶ。

両手を近づけ、魔力を集め収束し、術式を構築。


創り上げるは――、竜の咆哮。


「ドラゴニックブレス!!」


竜の咆哮が、八車に向けて轟く。


対人戦ならば、まずまともには当たらない、隙だらけの攻撃。

それでも、ヘヴィアーマーにとっては脅威となる。


巨人とも渡り合った重鎧(じゅうがい)を、竜が上から踏みつけんとする。


ヘヴィアーマーに、テレポートは使えない。

アサルトダッシュも使えない。


よって、広範囲攻撃は躱せない。


八車は、回避を早々に諦める。

アーマーチェンジも間に合わない。


だから、次のための布石を打つ。


バンクルからアーマーキーを引き抜く。

バンクルに装填された、ヘヴィコアもイジェクトする。


それと同時、竜の咆哮が地面を踏みつけ、辺り一帯を蹂躙する。

蹂躙は、ハルたちの戦闘を巻き込まんばかりの勢いで、地面と尽く(ことごとく)を焼き尽くした。


「ぐっ――。」


ヘヴィアーマーの奥から、呻き声が漏れる。

アーマーが竜の咆撃を吸収し、焦げ、爛れ、剥がれていく。


――ブレイブゲージを消費。

勇気を、進化の鍵に変える。


地面を転がる八車の手に、青い鍵が握られる。

バンクルの空となった鍵穴に、キーを刺す。


『オーバードライブキー。――スタンドアップ。』


竜の猛攻は止まない。

空から急降下し、巨人すら赤子に思えるほどの暴力で、鉄の小人を掴もうとする。


空から飛び掛かるアイを屈むようにして躱し、左手にコアレンズを握る。


アイが振り返りながら拳を振るう。バックナックル。

徐々に、竜の魔力が衰えている。


一歩下がって避けて、コアレンズを装填。


『ソード――。』


アイのハイキック――。に、見せかけた後ろ蹴り。

脚を上げて上を狙うと見せかけて、くるりと身を翻して回転後ろ蹴り。


竜の残滓(ざんし)が残る攻撃が、装甲を失った腹部に直撃した。


「ぐわ‥‥ッ!」


後ろ向きに何度か転がって、何とか体勢を整え、両足が地面を掴む。

掴んだまま、地面を滑っていく。


それを、大鉈と大鎚を構えたアイが追いかける。

地面を凍てつかせ、氷上をスキーで滑るように追いかける。


‥‥アーマーバンクルに刺したキーを回す。


ヘヴィアーマーをパージ。

パージした鎧が、アイに直撃する。


若干のダメージを与えるも、ハイパーアーマーによって、彼女の歩みは止まらない、止められない。


それなのに、巨人の怪力を前に、八車の元に新たなアーマーが現れない。

白いベースボディを露出したまま、立ち尽くしている。


アイは、装甲を失った鎧士に、大鎚を振り下ろした。


‥‥‥‥。

‥‥。


大鎚が質量で風を起こし、地面を穿って土煙を上げる。

そこに、八車の姿は無かった。


彼は、白い体のまま、アイの背後に立っている。

そして、時間差でアイに襲い掛かる腹部の痛み。


大鉈を横に振るう。


鉈は、振るわれることは無かった。

横薙ぎにしようと構えた瞬間、彼女の元をまた八車が駆けて行った。


ベースボディから伸びた爪が、本来は生えていないはずの爪が、先ほどと同じくアイの腹を切り裂く。


八車とアイが交差する、その一瞬で、八車の姿が変化する。

白いボディは深い緑色に変化し、頭に1本の角が生え、肩や膝に大きな棘が生える。


左目の下には、逆向きの赤いスペード模様が浮き上がり、それが血の涙を流しているかのように見える。


顔の右部分と、右胸から右腕にかけては、不気味なまでに鮮やかな赤い色をしている。

濃い緑色を基調とした体に、返り血でも浴びたようで、禍々しい。


鎧とは思えぬほどに、生物的で攻撃性を示すアーマーの元に、バンクルに装填されたレンズに対応したパーツが装備される。


どこからともなく、やって来ては取り付けられるパーツは、その全てが武器である。

アーマーパーツが、背中、胸、腕、手首、腰、腿、脛、足と、体の至る所に武器として装備される。


『アウェイキン――。エボルブ、ソード。』

『Sword of the Ripper』


バンクルに刺されたキーは、オーバードライブキー。

CEの、リンクシンクロの技術を応用したアイテムで、使用することによって、ベースボディと装備者の間に、強いリンク関係を構築する。


リンクにより、ベースボディは装備者の魔力と感応し、その姿を変化させる。

この姿は、オーバードライブ (増速駆動)の通り、いわばリミッター解除状態。


装填されたコアレンズの性能を爆発的に引き出すことができる反面、防御性能は平時よりも劣る。


リンクし、変質したベースボディは、例えるならば虫の外骨格なのだ。

神経が繋がっており、ベースボディが壊れたり、剥がれたりするのは、人体における骨折に等しい。


防御方面にデバフが入り、攻撃方面にバフが入った形態。

それが、エボルブソードアーマー。


変質したベースボディ、エボルブボディに、ソードアーマー由来のミリタリージャケットが装備される。

そこには、投げナイフがびっしりと装備されている。


八車は、ハエが止まりそうな大鉈が動く前に、アイとすれ違いざま、爪で腹を裂いた。

すれ違って背を向けたまま、ボディの調子を確認するように、両肩を小さく回し、首を捻る。


ゆっくりと向き直る。


音も予兆も無く走り出す。

ソードアーマーの特徴であった素早さが更に強化されており、一気にアイとの距離を詰める。


アイはルーンを描く。

ᛃ ジェラのルーン。豊穣と時の流れを表すルーン。


風が吹いて、大鎚が手斧に戻る。

彼我の距離が近接戦闘の距離になる。


八車が右脚を上げる。同時に、くるぶしに装備されたホッパーナイフが展開。

2本のナイフが地面を突き刺すように伸びて、それをアイに向けて振るう。


アイは大鉈でそれを受ける。

ハイパーアーマーでやり過ごしても、連撃で削り取られると判断した。


彼女の判断は正しく、彼は右脚での蹴りを2発3発、8発と間髪入れずに連打する。


大鉈で受け、零れた攻撃を手斧で弾くも、8発目の蹴りがアイの左腿を捉えた。

その左腿を足掛かりに、八車が左足でアイの顔面を蹴る。


ナイフが深く突き刺さるも、顔への攻撃は斧の腹で何とか受けた。


アイが後ずさる。

後ずさる彼女を、2つの回転する刃物が追いかける。


エボルブソードの左足に装備された、グラスカッター。

キックと同時に、手裏剣のように投擲して展開、ターゲットを攻撃することができる。


2枚の手裏剣が、左肩と右脇腹を浅く裂いた。

グラスカッターは、標的を攻撃したあと、持ち主の元へと戻っていく。


八車は左膝を上げて、グラスカッターを足に装備し直した。

左脚を下ろし、歩き出す。


歩きながら、背中に装備した2本の刀を抜く。

スタッグハバキリ。エボルブソードアーマーの、基本武器。


この刀に特別な能力は無い。

切れ味鋭い業物。それだけだ。


歩きながら刀を引き抜き、距離を詰め、距離を測り、走り出す。


強化された速力は、10メートルも20メートルも変わりやしない。

どの道、一気に詰めて刀の間合いとする。


刀を振り上げ、鉈を振り上げ、剣戟が交わる。

その瞬間――。




轟音と共に、部屋の壁が破壊された。


東側の通路で洪水が起きて、壁も床も濁流に呑みこんで、隣と部屋と繋がった。

濁流の傍では、ヤマブキが膝をついている。


「‥‥よう。ごきげんよう、皆さん‥‥。」


強がりな軽口を掻き消すように、通路の奥から足音が、異様な魔力を伴って近づいてくる。

‥‥‥‥。


部屋に居る7人の前に、風化したガーゴイルが姿を現した。

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