SS7.07_洗礼
戦闘開始から4分経過。
ハルとアイは、南西端のスタート位置から、北西端を目指す進路を取っている。
スタートで少々ごたごたしてしまったが、それ以降は束の間の平穏を過ごしていた。
ザコ敵を間引きつつ、部屋に転がっている黄金の財宝を順調に集めている。
金塊に金で出来た剣。それから宝石。
一目で財宝を分かるそれらをインベントリに収めると、財宝はスコアに変換される。
ただ、自分たちのスコアは分かっているのだが、自分たちが今何位なのかが分からない。
現在順位が気になりつつも、手を動かしていると、ランダムイベント発生。
全プレイヤーのUIに、ランダムイベントの発生と、その内容がアナウンスされる。
『ダンジョン内に瘴気が発生、マップ外周がダメージゾーンになる。』
アナウンスと同時に、ハルたちの居る部屋にも変化が起きた。
黒い煙が、部屋の壁から充満する。
アナウンスに従うならば、これが瘴気というヤツなのであろう。
瘴気に当てられて、じわじわと、2人の体力が低下し始める。
ハルが避難を促す。
「アイさん。こっちに。」
「分かりました。」
アイは急いで手元の財宝をインベントリにしまい込んでから、マップ内部に繋がっている通路に向かう。
瘴気は、その後もマップの浸食を続け、ハルたちの後を追っていく。
マップの外周を1部屋浸食し、その勢いで2部屋目も飲み込もうとする。
通路を使い、東側に移動。
通路を抜けて、部屋に出る。
そこには、1体のガーゴイルが居た。
赤いオーラを纏い、岩の柱を削って作ったような槍を手に持っている。
身体も、他のガーゴイルよりも一回り大きく、体長は約3メートル。
見るからに、銃剣でひと撫で、斧で一振りとはいかなそうな出で立ちだ。
エリートエネミー。
ランダムイベントとタイミングが被って、つい先ほどスポーン (出現)した。
瘴気からの避難中に、不意の遭遇戦が始まる。
先制したのは、ガーゴイル。
巨躯である自身と同じくらいの長さを持つ槍で、ハルを突き刺そうとする。
背中に生えた石の翼をはばたかせ、巨体を思わせない勢いで地上を突進。
部屋に先行して入ったハルをターゲットに、攻撃を行う。
その攻撃に、アイが割って入る。
スキル発動 ≪嵐と冬の剣≫ 。
そして、 ≪嵐と冬の剣≫ から、スキルの派生。
Fキャンセルから、派生スキルへと繋げる。
派生スキル ≪散文:巨人の女神≫ 。
このスキルは、北欧神話に登場する、氷の女王と呼ばれた神の力を行使する。
≪嵐と冬の剣≫ をキャンセル。
キャンセルし、嵐と冬の力を放出するのではなく、肉体に宿し閉じ込める。
氷の女王は、弓矢とスキーの名手であった。
肉体に宿した冬の力で、地面を凍てつかせ、滑るように移動。
アイは目にも止まらぬ速さで、ハルの前に立ち、ガーゴイルの攻撃からかばった。
体力:1200 ⇒ 990.4 (1200 - 262 + 52.4)
ガーゴイルが突き立てた槍は、アイには深く刺さらない。
氷の女王は、巨人族の女神であった。
巨人は、いかなる攻撃にも怯まない。
派生スキルである ≪巨人の女神≫ でステップを行うと、プレイヤーは少しの間ハイパーアーマーを得る。
ハルがアイの影から飛び出す。
くるりと舞うように飛び出して、肩には単発式のロケットランチャーを担いでいる。
ガーゴイルは、2人から距離を取ろうとするも、凍てついた槍先によって回避が遅れた。
ロケットランチャーの引き金が引かれ、5メートルと離れていないガーゴイルに弾頭が命中した。
石の巨躯から、パラパラと砂が舞い、膝をつく。
怯んだガーゴイルの前に、アイが立ち塞がる。
手斧を握る左手で、ルーン文字を描く。
描く文字は、ルーン文字のᚦ。
棘や巨人の意味を持つソーン。
また、ソーンには雷神という意味もある。
左手でᚦルーンを描き、空に腕を掲げる。
彼女の左手に、どこからともなく雷撃が落ちた。
その雷撃は、竜の爪に例えられる手斧に、雷神の奇跡を授ける。
EXスキル ≪大蛇殺しの大力≫ 。
≪大蛇殺しの大力≫ は、EXスキルでは珍しく、発動にAGを消費しない。
AGを消費しないEXスキルは、基本的に火力などは控えめ。
しかし、このEXスキルを発動したのは、5強クラスたるベルセルク。
絶対強者のスキルが、火力が弱いなんてことは有り得ない。
手斧の表面が、雷によって剥がれる。
蛇が脱皮をするかのように、鱗が剥がれるかのように、斧が封じていた力を解放する。
アイの左手の中で、ワンハンドアクスは、鍔を持つ大鎚へと姿を変えた。
岩に剣を突き刺したような風貌は、それが巨人の頭蓋を砕き、大蛇の頭蓋さえ砕く神器であると、言外に語る。
ベルセルクが担ぐ大鉈に匹敵するか、それ以上に大振りな得物。
――雷を受けるために掲げた左腕を、アイはそのまま振り下ろした。
大鎚が、怯んだガーゴイルの頭蓋を打ち砕いた。
体力:990.4 ⇒ 1031.7
ガーゴイルの頭蓋を粉砕すると同時、彼奴の頭にドス黒い蛇のような靄がかかる。
パッシブ、「雷神殺しの毒」。
このパッシブは、斧で傷つけた者を大蛇の毒で侵す。
そして、毒によって奪った生命力の分だけ、味方の傷を癒す。
手斧が姿を変えた雷神の大鎚も、このパッシブの対象となる。
じりじりと、毎秒ガーゴイルに毒のダメージが入り、アイたちの傷が癒えていく。
体力:1031.7 ⇒ 1081.7 (1031.7 + 10*5)
頭を砕かれたものの、ガーゴイルは立ち上がる。
石の体ゆえか、頭を破壊されても活動に問題は無いらしい。
部屋の光源を黒い煙が覆っていく。
ガーゴイルが待ち構えていた部屋にも、瘴気の触手が伸び始める。
2人の体力が、じわじわと削れていく。
まだ、瘴気は完全に広がってはいない。
しかし、ここに長く留まり、瘴気が濃くなっていけば、比例して受けるダメージも増えるだろう。
判断を迫られる。
このまま戦うか? 瘴気を嫌い逃げるか?
ハルが、二丁拳銃から魔法の矢を放つ。
ガーゴイルは、それを翼で受け止めた。
「戦いましょう。」
ハルは、瘴気のリスク込みで、ガーゴイルを仕留めることを選んだ。
他のプレイヤーも、この瘴気からは逃げているはず。
ならば、この場で横槍は入らない。
そう判断した。
アイは彼女の判断に、スキルを発動することで答える。
≪嵐と冬の剣≫ 、Fキャンセル。
地面を凍てつかせ、大鉈を肩に担ぎ、大鎚を引き摺りながら、氷の上を滑っていく。
大鎚は、ベルセルクの膂力を持ってしても、満足には扱えない。
それこそ、満足に扱うには、巨人の加護にでも頼る必要がある。
大型武器の二刀流となったアイが、ガーゴイルと距離を詰める。
ガーゴイルに、氷上で弧を描いて、その遠心力で大鎚を振るう。
大振りも大振りな一撃は、さすがに怯んでいなければ当たる代物では無いらしい。
ガーゴイルは後ろに下がりながら、槍でカウンターを入れて、アイに手傷を負わせる。
ハイパーアーマーは、怯まないだけであって無敵では無い。
手傷を負えば、ダメージは蓄積する。
リーチはガーゴイルに分がある。
安全圏から槍を構えて、再度アイに放つ。
身を屈めながら、右肩に担いだ大鉈も使い、槍の矛先を逸らして避ける。
ハルが地面をスライディングしながら、魔法矢を4本射撃。
槍を突き出したことで、翼での守りが間に合わず、胴体に矢が刺さる。
そのまま槍の下を潜り、懐に潜る。
瘴気が濃くなり、徐々に受けるダメージの速度が上がっている。
アイが装備している、被ダメ回復のパッシブによって幾分か軽減されているものの、速攻で倒せるに越したことは無い。
ハルはスキル発動、 ≪ブレイザー≫ 。
爆発性の銃弾をフルオートでばら撒く。
近距離での攻撃を、巨躯のガーゴイルが避けられない。
槍の構えを解いて、ハルを脚で踏みつけて追い払おうとする。
くるりと ≪リボルビングスピン≫ 。
屈んだまま、地面を横にスピンして、ガーゴイルから離れる。
――二丁拳銃をしまう。
お次はアイの攻撃。
スキル発動、 ≪雷の爪≫ 。
電撃を纏った大鎚を、身体を回して、ハンマー投げの要領で放り投げる。
大鎚は、圧倒的な質量でもって、ガーゴイルを轢き潰さんと迫る。
翼を広げて宙に逃げる。
地下迷宮の天井の高さは10メートル。
巨躯が羽ばたくには、充分な高さと広さがある。
質量を持つ雷は空を切り、そのまま壁に鎚の頭がめり込んだ。
――瞬間、ガーゴイルを照らしていた天井の光が曇る。
顔の無い頭で、上を見上げる。
そこには、炎の拳を爛々と煮えたぎらせるハルの姿があった。
≪サイバーシャドー≫ で瞬間移動。
それから、AGスキル発動――。
「ブレイザーッ!」
渾身の灼拳が、ガーゴイルを捉えた。
素手状態でのAG版ブレイザーは、攻撃によるノックバックが飛躍的に上昇する。
標的を吹っ飛ばし、壁や床にバウンドさせて追撃をすることができる。
灼拳を受けた石の巨躯が、ゴムボールのように吹き飛び、迷宮の壁に激突する。
激突しても、渾身の一撃が孕む衝撃を逃がし切れず、壁から体が強制的に跳ねて、地面の方へと放り出される。
石の巨躯は、壁から地面に。
そこからさらに地面をバウンドして、強制空中遊泳は続く。
‥‥‥‥。
そして、それは彼奴の絶命でもって、終わる。
ガーゴイルが地面を跳ねた先には、アイが待ち構えていた。
スキル、 ≪雷の爪≫ によって投擲した得物は、自動で手元に帰って来る。
雷神の鎚とは、そうあるものだ。
右半身に構え、大鉈と大鎚を携え、思いっきり力任せに、斜め上へと薙いだ。
なす術無く、ガーゴイルは馬鹿げた大型二刀流の餌食となる。
切断するのが速いか? 砕けるのが早いか?
大鉈は、ガーゴイルの胴を両断した。
大鎚は、両断した体の、上も下も粉微塵に粉砕した。
武器を振り抜いたアイの後ろ、濃くなった瘴気が満ちる部屋で、キラキラと砂塵が待った。
振り返らず、武器をしまい、瘴気が薄い通路へと向かい走り出す。
ハルと同じ方向へと駆けだし、部屋を後にした。
――戦闘開始から7分が経過。
戦いは折り返し。
‥‥‥‥。
‥‥。
◆
「ふい~。」
瘴気の浸食から免れ、息をつくハル。
インベントリからポーションを取り出し、半分ほど口をつけずに飲んだ。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
残りをアイに渡して、アイも体力を回復する。
ポーションはクールタイムに入る。
戦闘の残り時間的に、使えるのはあと1回と言ったところ。
出し惜しんでも仕方が無いので、ここで使うことにした。
瘴気は、マップ端をグルリと2部屋、侵食したらしい。
2人は現在、安全圏と瘴気圏を繋ぐ通路に居る。
マップを開くと、知らないうちに自分たちの順位が表示されている。
現在の順位は、全体で4位。
中々の高順位に着いている。
先ほどの、巨躯のガーゴイルが効いた。
エリートエネミーであった彼奴を倒すことで、大量のスコアを入手できたのだ。
「アイさんアイさん! 私たち、4位ですよ!」
通路を歩きながら、ルンルン気分のハル。
進路の方を向いていたアイの瞳が、ハルの方へと向く。
「ほほう。それはそれは、リスクを冒した価値がありました。」
「ですねですね!」
喋りながら進み、通路の先に見える部屋が近づいてくる。
赤い瞳が、通路の奥を凝視している。
「これは、1位も夢ではありませんよ。」
2人の脚が、部屋の中へと入る。
瘴気は完全に振り切った。
「よーし! この調子で頑張っちゃいましょう!」
「「おおー!」」
エイエイオーと、声も拳も高らかに。
「「‥‥‥‥。」」
そして――。
アンブッシュ。
ハルの首筋をナイフが襲い、アイの後頭部に拳が振るわれた。
ハルは屈みつつ、地面に両手をつけ、後ろを蹴る。
金的狙いの一撃。
脚が空を切ったのを確認して、素早く影の中に隠れてテレポート。
アイは不意打ちを受け入れる。
後頭部を殴られて、たたらを踏む。
襲撃者は、攻撃の手ごたえを認め、追い打ちを仕掛ける。
アイの瞳が、ギラリと光る。
スキル発動 ≪嵐と冬の剣≫ 。
Fキャンセルから、スキル派生 ≪散文:霜の巨人≫ 。
冬風が一度だけ突風を上げて、襲撃者の肌を冷やした。
「――――!」
襲撃者は、アイがベルセルクのクラスだと悟った。
脚を止め、バックステップで距離を取る。
アイが、右脚を上げて地面を踏み鳴らす。
彼女の足元から、膝くらいの高さがある氷柱が広がる。
その氷柱を踏み潰すように、左脚を出す。
同じく、左脚を震源に氷柱が広がり、彼女の足元に2輪の花が咲いた。
≪霜の巨人≫ は、嵐と冬の力を体内に宿し、巨人のごとき怪力を得る派生スキル。
この力は、氷の女王と同じく、使用者にハイパーアーマーを付与する。
もし、襲撃者が脚を止めず、アイに突っ込んでいたのなら、彼女の1歩目で脚の自由を奪われ、2歩目で嵐の一撃を受けていたことであろう。
ハルとアイ、それぞれ武器を構える。
アンブッシュを仕掛けたグループは、全員で3人。
ハルを襲ったのが、ナイフを構えた女性。
アイを襲ったのが、徒手空拳の女性。
そして、壁にもたれて腕を組んでいる男性が居て、全員で3人。
男が壁から背中を離し、前に歩いてくる。
「‥‥これも勝負だ。悪く思うなよ?」
そう言うと、彼の右腕に、腕時計を大きくしたようなバンクルが現れる。
バンクルには、時計盤の代わりに、何やら長方形の装置が取り付けられている。
それは、アーマーバンクル。
クラス「魔導鎧士」、鎧士、メイジアーマーとも呼ばれるクラスの武器。
男は、アーマーバンクルの左上に空いた鍵穴に、魔法のカギを刺す。
カギの名前は、アーマーキー。
鍵穴に刺して、キーを回す。
『アーマーバンクル、スタンドアップ。』
バンクルから電子音声。
男は続けて、ズボンのポケットから、レンズのようなパーツを取り出す。
取り出したレンズを、バンクルに装填。
『ストライク――。』
男の目の前に魔法陣が出現。
そこから、魔法の鎧が召喚されて男に装着される。
『アウェイキン――。チェンジ、ストライク。』
男は、濃い紫色をした装甲を纏う。
その姿は、まるで変身ヒーローの、ヴィランのような姿。
襲撃者は、ハルたちを待ち構えていた。
高スコアのエネミーや財宝は、マップに表示される。
そして、通路を伝って、戦闘音は彼らに聞こえていた。
ならばアンブッシュ。
戦闘を終えた2人からスコアを奪うため、ここで待ち構えていたのだ。
これこそが、PvPvE。
力ある者ではなく、知恵のある者が勝者となる。
今、2対3の戦いが――――。
睨み合う緊迫した空気に、スモークグレネードが巻かれた。
煙は5人を包み、その視界を奪う。
アイが嵐を巻き起こし、煙を払った。
‥‥‥‥。
すると、そこには長身で褐色の肌を持った――、ナイトの姿があった!
「俺はただの通りすがりの古代からいるナイトなのだが、卑怯ぬも3人が掛かりで不意だまをくらわすヤツがいたので、謙虚にも救いの手を差し伸べることにした。」
「「「「「?????」」」」」
「――ま、一般論でね?」
PvPvEは、混迷を極める。




