SS6.14_ツバメとカラス
ツークフォーゲル型CE、ジルヴァルべ。
世界初のジェット戦闘機の名を受け継ぐ、ドイツのCE。
第2次世界大戦末期、ドイツは世界初のプロペラを持たない戦闘機を開発した。
現代でこそ、戦闘機はプロペラを持たないが、当時はプロペラ機が常識であった。
そこに登場したのが、ドイツ空軍が開発した戦闘機。
燕 (Schwalbe)や銀 (Silber)の異名を持つ、Me262戦闘機。
当時のプロペラ機が時速500kmだったのに対し、Me262戦闘機は時速800kmという破格の速度を誇った。
ドイツの優れた技術力が生み出した、空の常識を変えた戦闘機。
その名を継いだCEもまた、CEによる空中戦闘の常識を覆した。
――――
機体:ジルヴァルべ(ツークフォーゲル型シュミットシリーズ)
パイロット:マル
0 - 100 :1.01s (基準値:1.5s)
実戦最高速:252km/h (基準値:150km/h)
理論最高速:319km/h (基準値:220km/h)
CE耐久値:9200 (基準値は1万)
積載武装:榴撃30mm機関砲(4門)、ツヴァイフリューゲル(双翼剣)
―――――
※スペック比較
機体:プロトエイト
0 - 100 :0.84s (基準値:1.5s)
実戦最高速:180km/h (基準値:150km/h)
理論最高速:350km/h (基準値:220km/h)
CE耐久値:8500 (基準値は1万)
積載武装:カタール(双剣)、ブロードソード(両手剣)、ENクナイガン
―――――
CEジルヴァルべは、現存するCEの中で最速を誇るCE。
高速、高火力、中耐久という、高水準な性能でまとまった機体。
‥‥しかし、弱点ももちろん存在する。
それは、この機体の性能を活かすことが、人間には到底不可能であること。
CEパイロットの実力は、ピンからキリまで、上と下の振れ幅が大きい。
下は動く棺桶と蔑まれるし、上はCEでありながら戦略級の戦闘力を有する。
エースの中のエースであれば、この機体は最高の相棒となるだろう。
ジルヴァルべは、プライドが高い。
だが、認めた相手には敬意と性能で持って、パイロットに応える。
確かに、ジルヴァルべは武器として完成された機体であった。
そうであっても、兵器としては欠陥品であった。
乗り手の付かないCEは、ただの鉄の箱である。
そこで、ドイツの科学者や技術者は、ジルヴァルべの手綱をAIに握らせることにした。
AIであれば、ジルヴァルべのスピードについて行ける。
AIであれば、ジルヴァルべのスピードに耐えられる。
ジルヴァルべは、人間による魔力の供給、シンクロという戦術的な優位を捨ててなお、空の戦闘において猛威を振るっている。
榴撃30mm機関砲は、初速と射程に難があるが、重量級CEにも無視できない打撃を与えられる。
これを両腕に合計で4門。
ツヴァイフリューゲルは、プロトエイトと同じく、胸から肩のラインに展開できる魔力の翼。
ジルヴァルべの翼は攻撃性能を持ち、接触した対象を切り裂く。
飛ぶための翼では無く、狩りをするための翼だ。
他の追随を許さぬスピードによる、砲撃と斬撃。
ジルヴァルべに狙われたCEは、彼から逃げること叶わない。
◆
「全分隊へ、撤退します。ポイントEへ全員集合。」
オリーブが、シスター全分隊へ指示を出す。
空から巨人が降下した。
CEの相手は、生身では骨が折れる。
準備を整え、犠牲さえ払えばやれないことは無いが、犠牲を求められる場面でも無いだろう。
後のことはセツナとハルに任せて、自分たちは引き上げることにする。
雑兵は蹴散らした。
ついでに、CE迎撃用の兵器も破壊しておいた。
これだけお膳立てをすれば、龍に挑んだパイロットには充分であろう。
「さあ、全員帰って、晩御飯の準備をしましょう。祝勝会の準備です。」
今夜のお酒は、美味しくなりそうだ。
そう思いつつ、オリーブは踵を返して前線から離れていく。
‥‥‥‥。
‥‥。
「後はよろしくお願いいたします。」と、オリーブから通信が入った。
もちろんそのつもりなので、セツナはスマートデバイスをケースから取り出す。
左の二の腕に留めているケースから、デバイスを取り出す。
自分のCEを呼ぶ。
そうしようとして、右手に持ったデバイスが、彼の手から無くなってしまう。
手持ち無沙汰になった右手を見てから、ハルの方へと振り向く。
彼女は、屈託の無い笑顔で、セツナのスマートデバイスを小さく揺らしている。
「――にひ!」
「‥‥‥‥。」
「兄さ~ん。わたし~、お願いがあるんだけど~。」
わざとらしい猫なで声。
両手でスマートデバイスを挟んで、その両手を左の頬っぺたに持っていく。
「――お願い♪」
わざとらしい可愛い子アピール。
これを断ると、なぜか自分の方が悪くなる、全対応の可愛いアピール。
‥‥セツナはため息をつき、ハルは「やった♪」と、スマートデバイスを握った右手を上げた。
「センチュリオン、オーバードライブ~!」
デバイスを空に掲げ、側面のボタンを押した。
◆
『シスターハル。本機の臨時パイロットです。』
プロトエイトのOSが、ハルを臨時パイロットとして認める。
彼女はまだ、CEが解放されるまでストーリーを進めていない。
が、今日はその前借り。
兄の機体を借りて、初のCE戦闘に挑む。
操縦自体は、シミュレーションで履修済み。
先に空に飛び立ったマルを追って、プロトエイトを空へと飛び立たせる。
ブースターを吹かし、足元のペダルを踏み、機体の足で跳躍すると同時に、ブースターの出力を解放した。
橙色の極彩鳥が、最速の燕の後を追う。
「――ッ!?」
機体が大きく揺れた。
慣性で上体が倒れて、あわや操縦桿に顔をぶつけそうになる。
『ご無事ですか? シスターハル?』
「~~~~!? なになに?」
プロトエイトは、加速と運動能力に特化した機体。
皮こそCEだが、他の機体との操縦感覚は、車と船くらい違う。
この試作型は、少しの踏み込みでとんでもなく加速する。
今の一瞬で理解した。この子は相当にクセが強い。
右手で操縦桿を握ったまま、左手でお腹をさする。
急上昇の慣性によって、内臓が圧迫された違和感を、お腹をさすることで緩和する。
『シスター、楽しいフライトにしましょう。』
「そうね。よろしく。」
気を取り直して機体を操り、空へと高度を上げた。
地上はどんどん離れていき、人も車も小さくなっていく。
「はいはい。チンピラの皆さん、離れて離れて。」
セツナは、ボロボロになりながらもマルに助力するために駆け付けたチンピラたちを、避難させる。
足を引きづっているチンピラに肩を貸しつつ、アジトから離れるように促す。
「ほらほら、危ないから。初心者マークだから。ほら離れて離れて。」
初心者が操縦するCEが戦闘を行うため、周囲への被害を考慮してアジトから距離を取る。
「どっか見晴らしの良い所ある? そこで観戦しよう。」
そう言って、セツナは空に向かったCEを見送った。
空では、2機のCEが睨み合っている――。
「おや? ハルさんが来ましたか?」
「私、まだCE乗れないのに、それを出すのはズルくない?」
「それはスイマセン。ついつい楽しくなっちゃいまして。」
「ま、マル君が楽しいのならイイけどね!」
互いに知っている仲ということもあり、戦いの最中ではあるが、言葉を交わす。
たまには、こういうのも良いだろう。
ハルが会話を続ける。
「次は、マドカも一緒に遊びましょうか?」
「――え?」
「良いデスねぇ。そうしましょう。」
「‥‥え?」
今まで無口を貫いていたハルのサポット、マドカにキャッチボールの球が急に投げつけられる。
「い‥‥いやぁ~‥‥。ウチは、そういうのはいいかなぁ~‥‥な~んて~。」
「マドカは優秀だから、きっと良いワルになれるよ!」
「安心しなさいマドカ。兄であるワタシがちゃんとレクチャーをします。」
「ハル!? マルにぃ!?」
なんだか、話しがマドカの望まない方へと進んでいるような気がする。
マドカは、人間でいう引っ込み思案なところがある。
身内には砕けた調子でコミュニケーションを取れるが、他のサポットとのコミュニケーションには消極的。
サポットの最大の娯楽として知られる、井戸端会議をすることが極端に少ない。
その性格は、物心がついたばかりのハルに似ている。
だから、自分と同じことが、彼女にも必要なんだと思っている。
――外の世界へと、手を引いて連れて行ってくれる存在が。
「さて、マル君。」
「ええ。そろそろ始めましょう。」
お喋りは楽しいが、そればかりもやっていられない。
そろそろ、始めるべきだろう。
地上では、避難したギャラリーが空を見上げて観戦をしている。
建物の屋根に上り、ドーナツやジュースを用意して、準備万端。
空を見上げつつ、マドカから送られてくる臨場感たっぷりの映像も表示して、しっかり観戦モードだ。
ハルは操縦桿を握り直す。
「ねえ、知ってる? 巨大化は――。」
「負けフラグ。でも、勝つのはワタシデス。」
互いのCEが翼を広げ、空で交錯した。
両機ともに、速度に優れた機体。
多少の距離は一瞬にして詰める。
戦闘開始前に200メートルほどあった距離は、1秒も経ずにゼロとなる。
ジルヴァルべは、ツヴァイフリューゲルで攻撃。
白銀のツバメの翼は、鉄を切り裂く剣。
自身の速度で、重量級CEの装甲すら切り裂く。
速度に特化した軽量機にしては、ガッシリとした機体。
とくに胴体や脚部がしっかりとした作りになっており、全体的な造形は中量級の印象を与える。
ボディは、全体的になめらかな曲面が目立つ構造。
ただし、ヘッドパーツだけは、鳥の嘴のようにシャープな形状になっている。
その造形は、鳥人間。
プロトエイトの非人間的な、頭部が平皿型で、胸部と一体化しているように見える造形とは対照的。
ジルヴァルべは、ロボット好きな者が見れば、それは主人公機とも、ライバル機とも見える姿をしている。
滑らかな人間らしいボディと、それとは対照的なシャープな頭部。
そのコントラストが、白銀のツバメを、ヒロイックにもヒールにも見せている。
ツバメは、翼の片翼で斬撃を放つ。
対するプロトエイト、褪せたカラスは翼の上を取る。
得意の旋回性能で軌道を変え、手に握ったカタールでツバメの胸部をついばむ。
「――あぅ!?」
‥‥上を取るまでは良かった。
が、プロトエイトの旋回性能に振り回されてしまう。
カタールで刺突をしようとしたものの、機体が空中でつんのめって急停止してしまう。
グリップを効かせられる地面も水面も無い空中で、プロトエイトは急ブレーキを踏んだかのように急停止する。
恐るべき制動性能。
それが、ハルの操縦に狂いを生み、精細さを欠かせている。
ツバメは真っ直ぐに、カラスの下を飛び去った。
カラスが機体を切り返す。
背面飛行をして、進行方向を変え、姿勢を戻し、通り過ぎたツバメを追う。
(――追いつけない!)
プロトエイトとジルヴァルべでは、実戦最高速度に1.4倍の差がある。
軽量機の中では低速なプロトエイトと、全てのCEの中で最速の機体では、同じ軽量機でもそれほどまで最高速度に開きがある。
ジルヴァルべが翼を広げ、機体を旋回させる。
充分にプロトエイトと差を付けたことを確認し、安全に旋回。
旋回し、カラスの横合いから機関砲のトリガーを引く。
前腕に搭載された片側2門の砲が、30mmの榴撃砲を発射する。
発射レートは、毎分240発 (4門)。1門1秒1発。
この弾は、着弾した後に爆発を起こす弾。
薬莢に火薬では無く、可燃性の魔石の粉末を用いており、それが弾の威力を高めている。
原理としては、セツナが使っているグレネードランチャーのチャージと同じだ。
人間が魔力を供給する代わりに、発火によって生じた魔力によって過圧充填を行っているのだ。
そのような構造により、榴撃砲は初速に難がある。
薬莢内で発生したエネルギーの大部分が、過圧充填に使用されるため、弾に運動エネルギーが乗らない。
4門の砲から、魔石粉末の独特な赤銅色の火が漏れて、赤銅の線が空に描かれていく。
初速が遅いために、弾の軌跡が伸びていくのを目視できる。
音速よりも遥かに遅い弾だが、それでもCEよりも遥かに速い弾速。
空を染めて、空を切り取る赤銅の罫線から、プロトエイトは逃げて行く。
榴撃砲の弾速は遅い。
弾速が遅ければ、それだけ大きく偏差射撃を行わなければならない。
偏差が大きくなれば、それだけ機動変化の影響が大きくなる。
つまり、遅い弾は動かれると当たらなくなる。
その弱点を、ジルヴァルべは自身の速度で補う。
偏差とは、遠くの標的を狙うから必要になるのだ。
近くで撃てば偏差は要らないし、近くで撃てば弾は当たる。
ならば、近づけばよい。
――このCEから逃れられる機体は、存在しないのだから。
カラスがツバメに追われる形となった。
最高速度の差は1.4倍。カラスは振り切れない。
榴撃砲の弾が、背中や脚を捉え、着弾から少し遅れて爆発を起こして機体を揺らす。
初速は遅いが、当たれば威力は充分。
この砲は、空から地上の要塞や戦車を奇襲し、打撃を与えることさえ可能なのだ。
軽量級のCEが何十発も耐えられる代物では無い。
プロトエイトはバレルロール。
機体の高度を上げ、ロールを行い、ジルヴァルべの背を取ろうとする。
それを、ツバメは読んでいた。
プロトエイトが、ジルヴァルべに対抗するには、旋回性能を活かすほかない。
AIの反応速度が、カラスの機動変化を目敏く見逃さない。
ツヴァイフリューゲルを展開。
機体を縦に90度傾けて、翼を地面と垂直に。
翼が、バレルロールをしているカラスの背中を切り裂いた。
「あぐっ!?」
機体が揺れて、ハルが小さく悲鳴を漏らす。
ジルヴァルべを振り切るには、小さく旋回する必要がある。
大きく旋回しては振り切れない。
それを逆手に取られた。
よろめく機体を持ち直し、背面飛行のままジルヴァルべから遠ざかる。
カタールを腰のストックにしまい、背中のブロードソードを抜く。
後ろを取り合うドッグファイトをしていたのでは、押し負ける。
被弾のリスクを受け入れ、正面戦闘で戦うように戦術を切り替える。
プロトエイトを追うために旋回したジルヴァルべに、正面から突撃。
榴撃砲を、ブロードソードでガード。
機体を地面と水平にして、ブロードソードの腹を盾に、機体を剣の影に隠す。
片刃の両手剣に赤銅弾が容赦なく浴びせられ、機体の腕が軋みを上げる。
手首の関節と肘の関節が、金属の悲鳴を上げている。
それでも怯まずに、突撃。
退いたらやられる!
突撃し、距離を詰め、ブロードソードを下から上へと振り上げる。
ジルヴァルべは、胴体を一刀両断せんと振るわれた剣を、片翼で受ける。
そのまま、ブースターを吹かせる。
ブロードソードに、ツヴァイフリューゲルが食い込む。
食い込ませたまま、プロトエイトを速度にまかせて押し込んでいく。
「うぐぐ‥‥。この――ッ!!」
シンクロ。自らの闘志を褪せたカラスに送り込み、鉄の心臓に魂が宿る。
出力が強化され、押し込まれていた鍔競り合いが拮抗し始めて、徐々に速度が落ちていく。
ハルが両手を合わせて指を組む。銃剣を召喚。
プロトエイトの両肩付近に、2本の銃剣が現れる。
「いけッ!!」
ブロードソードで受け止めたジルヴァルべに対して、2本の銃剣を振るう。
銃剣は試作対物兵器。充分にCEへの打点となる。
それに対して、ジルヴァルべはブースターの出力を更に上げる。
‥‥まだ、彼は全速力を出していなかった。
先ほどの戦いで学習した。駆け引きの仕方、人の欺き方。
マルは、プロトエイトのシンクロによって、あたかも鍔競り合いが拮抗しているかのように振る舞っていたのだ。
そして、鍔競り合いを打開しようとハルが動いたところで、迎え撃つ。
相手の動きに対して、適切な反撃をする。
これが武術における、後の先。
戦いの基本であり奥義である、駆け引きの真髄。
ジルヴァルべが急加速したことで、銃剣のインパクトがズレた。
銃剣による攻撃は空を切り、それどころか彼女の操作範囲を外れてしまう。
2本の剣が、空から落ちていく。
プロトエイトも、ついにツバメの翼に弾き飛ばされてしまう。
ブロードソードも、両手から離れてしまった。
4発の砲撃が胴体に命中。その後、胴体にブーストキックが炸裂した。
「きゃあああぁぁぁ!?」
柄にもない悲鳴を上げて、プロトエイトは空から落ちていく。
それを、ジルヴァルべは高い所から静観し、落ちたカラスを追いかける。
(‥‥悔しい! けど、勝てない――ッ!)
地上では、チンピラたちとCE戦を観戦していたセツナが立ち上がった。
建物の屋根の上に広げられたお菓子の中からドーナツをひとつ持ち上げて、チンピラたちに挨拶をする。
「ちょっと行ってくる。」
チンピラたちは、サムズアップで彼を見送る。
ものの数分の間に、なぜか仲良くなっていた。
ドーナツを齧りながら、マジックワイヤーを射出。
前方の屋根に撃ち込む。
もう一口、ドーナツ。
足に雷を魔力を溜める。
ワイヤーの巻き取りが始まり、身体が脚を動かさずとも前進する。
ドーナツ。
ワイヤーが撃ち込まれたポイントに到着する直前、雷の力を解放する。
跳躍。
霹靂と轟雷を奏でて、地上から空へと雷が昇る。
ワイヤーが火花を上げて、巻き取ったワイヤーが雷の力で無理やり再度、伸ばされていく。
雷の力が霧散し、空中で静止。
ドーナツ、ドーナツ、ごちそうさま。
右手だけで手を合わせて。身体は勢いよく落下していく。
ワイヤーが火花を上げ、雷の力に負けない勢いでもってワイヤーを巻き取る。
セツナの身体は、屋根を打ち壊さんばかりの速度で着地した。
着地と同時、ワイヤーを切り離す。
ワイヤーテクニック、雷雷ライジング。
ワイヤーには、慣性を蓄積する特性がある。
それは、一定以上の力で引っ張られることで発動する。
そして、蓄積された慣性は、ワイヤーを切り離すことでプレイヤーに還元される。
この時、ワイヤーが蓄積した慣性は、反転する。
つまり、ワイヤーがプレイヤーを巻き取った方向とは逆向きの力を、プレイヤーは得ることができる。
下に巻き取られれば、上に。後ろに巻き取られれば、前に。
振り子ジャンプも、この慣性の反転を利用している。
雷雷ライジングは、慣性の反転により、上方向への強烈な慣性を得る。
身体にもたらされた上方向への慣性を、ジャンプと共に解放。
セツナの身体は先ほどよりも高く、大空へと飛び立った。
「「「Whoo!!」」」
チンピラたちが歓声で湧く。
彼の身体は建物を数棟ほど飛び越えて、この辺りでは一番高い送電塔へと向かう。
プロトエイトが地上に降り立った。
地面すれすれを飛行し、機体の胸部から、テレポートによりハルを離脱させる。
地上に放り出されて、ハルが道路をゴロゴロと転がる。
「兄さん!」
「任せろ!」
通信で短くやり取りをする。
ワイヤーとパルクールを使い、一気に送電塔の頂上まで昇る。
カラスの後ろを、ツバメが追う。
地上すれすれでドッグファイトを行い、機体はセツナの方へ。
カラスが高度を上げ、ツバメが追う。
プロトエイトに榴撃砲の被弾。
損傷具合から、もう機体の耐久値は20%ほどになっているだろう。
送電塔の際を、プロトエイトが昇る。
「来い! プロトエイト!」
セツナが宙に飛び、カラスの胸部へと乗り移った。
褪せたカラスが翼を広げる。
一気に、機体の速度が上昇する。
『お帰りなさいパイロット。』
「ただいま。妹のエスコートありがとね。」
『残念ながら、彼女を楽しませることができませんでした。』
「そうでもないよ。充分。」
カラスの後を追いかけて、ツバメが翼を広げる。
両機は、再び空へ。
どんどん――、どんどん高度を上げていく。
速力ではジルヴァルべが上。それは、先ほどの戦闘の通り。
それでも、いや、それなのに――。
カラスがツバメを、どんどん空の下に置き去りにしていく。
プロトエイトが、ジルヴァルべを突き放していく。
プロトエイトは、加速と旋回性能に秀でる。
それは、他のCEの追随を許さない。
そして、彼の得意が顕著に現れる状況のひとつ。
それが上昇速度。
CEでも戦闘機でも、高度を上げるときは重力の影響によって速度が低下する。
車が、登り道で減速するのと一緒だ。
最速のジルヴァルべであっても、それは同じ。
重力は、最速であっても振り切ることができない。
だが、プロトエイトは違う。
彼は、上昇中であっても、もっとも重力の影響を受ける角度で飛行をしても、自身の最高速度を維持することができる。
直線最速がジルヴァルべであれば、プロトエイトは登り最速の機体なのだ。
ぐんぐんと、後を追うジルヴァルべを突き放す。
榴撃砲で攻撃をするも、機動変化をするのに速度を全く落とさない、前を飛ぶカラスは捉えられない。
「マル、あまり追いかけるのはオススメしないよ。」
マルに通信を送る。
「高さとは――、速さだからね。」
ジルヴァルべが急停止する。
プロトエイトに背を向けて、距離を取り始める。
誘われた。撃破を焦った。
「シンクロ!」
数十秒のドッグファイトで溜まった闘志を、全て流し込む。
鉄の心臓に魂が宿り、脈を打つ。
――CEは、空に向かって飛ぶと、速度が落ちる。
ならば、その逆は?
褪せたカラスから、極彩色の羽が抜け落ちていく。
重力を使った加速、最高速度の限界突破。
プロトエイトは、機体の想定を超えた速度まで加速し、なおも速度を増していく。
魔力の翼を広げ、空気の粘性を減少させ、空気抵抗を減らし、錆止めの塗料を剥がしながら空から落ちる。
剝がれているのは塗料だけに留まらず、ボディのフレームも、速度に耐えられずに歯を食いしばっている。
この機体は、自身の速度に耐えられない。
最高速度を出そうとすれば、自壊してしまう。
褪せて燃えるて、隼となった機体が、最速をさえ獲物にする。
向かう先は、ジルヴァルべ。
隼の狩りで、銀のツバメを狩る。
上を飛ぶ隼が、ツバメとの距離を縮める。
追い付いていく。
ツバメは直進を止め、旋回。
腹を括り、直線で速度を溜め、隼を迎え撃つ構え。
マルは、逃げられないと悟った。
CEの操縦は、人間に分がある。
その中でも、セツナはプロトエイトを乗りこなすほどの技巧を持っている。
車の運転はマルに歯が立たないが、CEの操縦では一枚も二枚も上手。
今の自分では、ジルヴァルべのスペックであっても、彼に届かない。
だからこそ、クロスプレーのワンチャンスに賭ける。
隼が高度を速度に変換し、突進する。
彼我の距離が縮まって狭まる。
高度が、ジルヴァルべに並んだ。
カタールを構える。
白銀の翼を広げる。
榴撃砲を掃射。
隼が急ブレーキ。
なんと、折角の速度を捨てる。
もう、速度は要らない。
相手のそれで充分。
ツバメが機体を傾ける。縦に伸ばした翼で、立ち止まったカラスを両断する。
縦に伸びた翼を、カラスは得意の旋回性能で躱す。
ギリギリまで引き付けて、胸部の装甲の表面が削られて、地上へと落ちていく。
紙一重。いや、紙十枚は裂かれた。
翼を躱し、そのまま、無防備となったツバメの胸部に、双剣の嘴を突き刺した。
CEは、急には止まれない。――プロトエイトを除いて。
ジルヴァルべは、速度を捨てたプロトエイトを前にしても、止まることなどできなかったのだ。
そして、自分の速度によって、機体は胸から下が深々と切り裂かれていく。
褪せたカラスの前を、銀のツバメが通り過ぎた。
ツバメは真っ直ぐと空を飛び、翼が消え失せ、銀の血を流し‥‥、爆発した。
――空には、プロトエイトただ1機が立っている。




