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Magic & Cyberpunk -マジック&サイバーパンク-  作者: タナカ アオヒト
4.5章_1_兄と妹のデッド・オア・アライブ

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SS6.8_セントラル第七ビル。

次の目的地は、セントラルの摩天楼。

セントラル第七ビル、そこが目的地。


都市部(センター)には、合計で13本の、天まで伸びる摩天楼が存在する。

科学と魔法の技術によって建てられたビルで、セントラル繁栄の象徴。


第七ビルは、赤龍によって破壊されたビル。

現在、修繕作業中。


ここは、13塔ある中で、後ろ暗い噂の絶えない者たちが多く出入りする。


この街では、秩序と同じくらい金が正義としての価値を持つ。

どんな金であれ、使えば望む物が手に入る。


セントラルビルは、この街の象徴。

華やかで、どこまでも青い空を移し、足元には淀んだ灰色のドブが流れる。


どこまでも澄んで、自由で、淀んだ、この街の象徴。



「捜査へのご協力、感謝します♪」

「‥‥くたばりやがれ、クソが‥‥。」


ハルが地面に倒れたチンピラさんグループに、しゃがんで愛嬌を振りまく。

すると、チンピラさんからは、彼ら流の別れの挨拶が帰ってきた。


チンピラの「くたばれ」とか「死ね」とか「殺すぞ」は、動物の鳴き声と一緒である。

人間が使う言葉と意味は違うので、真に受けることは無い。


動物博士のセツナが言うには、あれは「さようなら」のフランクな言い方らしい。


ハルは立ち上がって、彼女を待っているセツナの元に駆け寄る。

第七ビルを見上げ、入り口に向かう。


ここまでの移動中、ハルとセツナは、オペレーターのアリサにここで開催されるというモーターショーのことを調べてもらっていた。


すると、やはり入るには、招待状が必要であることが分かった。

しかも、招待状は物理的な紙の招待状。


チンピラのクセに、脳細胞が盆踊りを踊っている連中のクセに、ハッキングができない紙媒体で招待状を配っているとは――。

現代においては、紙の本や新聞は嗜好品なので、単なる見栄で紙にしたのかも知れないが、偽装がすぐにできない招待状は厄介だ。


強行突破しても良いのだが、それでは主犯格の尻尾がいつまでも掴めない。

情報を集めるまで、暴れるのはガマン。


そこでプランA。事前に打ち合わせした通り、手頃なチンピラをぶちのめし――。

もとい、あくまでも善意での協力という形で招待状を巻き上げ――違う、譲ってもらった。


「素直に協力するか? 痛い目を見てから協力するか?」


なんて、昔の海外映画みたいなセリフを言う日が来るとは思わなかった。

人生の中で一度は言ってみたいセリフ、ナンバー16、達成である。


空まで伸びたビルの、広々とした1階の入り口に入る。

2人の手には、ここで開催されるというモーターショーの招待状が握られている。


少しシワの寄ったそれを握ったまま、広い1階を歩いて進む。

入り口付近には、上品なカフェテラスが設けられており、ちょっとリッチな休憩タイムを味わえたり、ちょっとした催し物を開くことも可能。


その他には、セントラルや海外の高級ブランドのテナントが入っており、金持ちを相手に商売をしている。


なにせこのセントラルビル、高さが3kmとか。4kmになるのだ。

頂上付近は、雲の上よりも高い。


上に長いのだから、必然的に横にも広くなり、1階の広さは野球やサッカーのスタジアムがすっぽり収まるくらいに広い。


天井も見上げるほどに高く、とにかく、何もかも建物のスケールが違う。

現実世界でも、技術的にはこのような建物を建てられるかもしれないが、狭い国土の日本では、こんなに贅沢に土地を使うことができない。


電脳世界に存在する、ファンタジーな世界の大自然に心を打たれることはままあれど、現実と同じ科学の世界で圧倒される経験はまだまだ少ない。


「「ほえぇ~~‥‥。」」


2人揃って、田舎から都会に上京してきたお上りさんみたいな反応をしてしまう。

カルチャーショックである。


外からデカいデカいと見ていたけれど、車の移動でもパルクールでの移動でも邪魔になると思っていたけれど、中に入るとその異常さが際立つ。

自分がビルの中に居るなんてことを、忘れてしまいそうだ。


セントラルビルによっては、地下に車道が敷かれており、ビルの地下を突っ切って移動ができる。

また、セントラル第5ビルは、ハイウェイがビルの中を通っている。

屋内を車で突っ切る、非日常体験ができるため、レーシングスポットとして人気。


内装のスケールと豪華さに圧倒される2人。


すれ違うチンピラが着ている服が、なんだか上品に見える錯覚まで覚える。

今とても、気圧されている。


5分ほど歩いて、エレベーターエリアに到着する。

太い柱のようなエレベーターが、何本も上階に向かって伸びている。


エレベーターエリアには、エレベーターガールの女性が居た。

女性は、生身の人間だ。


ロボットとAI全盛の時代において、人間は経済から淘汰された。

――なんてことは無く、逆に人間の労働力の需要は増加した。


人間の労働者を雇うことが、金持ちのステータスになったのだ。

効率や生産性を考えるのなら、ここのエレベーターガールもアンドロイドに任せればよい。


それをしないのは、一種の権勢行為。

人間という、高価で非効率な贅沢品を使えるほど、自分は偉いのだという、金持ちの見栄。


いつの時代であっても、人間が最後に行きつくのは自己承認欲求と、自己顕示欲である。


セツナとハルには、良く分からないが。

自分の大切な人、それこそ両手で数え切れるほどの人たちを愛し、愛されればそれで良い。


見ず知らずの人間の評価など、あって無いようなものだ。

知り得ないのだから、知り得ない物に価値は無い。


2人の考えの方が、金満な者の欲望よりも遥かに欲張りであることを、2人はまだ、若さゆえに知らない。


「いらっしゃいませ。」


エレベーターガールが、恭しく頭を下げる。

このビルの一角を任されるだけあって、所作のひとつひとつが美しい。


常に人に見られているという自覚を持っている人間の所作だ。


「これをお願いします。」

「拝見いたします。」


セツナが招待状を渡すと、女性は封を切って中身を検める。


ホログラムディスプレイが表示され、招待状が本物かを調べる。

指でチェック項目を追いながら、確認が取れた。


続けて、ハルの招待状も確認してもらい、了承を得る。


「ありがとうございます。それでは、6番のエレベーターへお願いします。

 そちらで、招待状をかざしてください。」

「「ありがとうございます。」」


女性が手でエレベーターの位置を案内する。

お礼を言って、6番エレベーターの前に移動。


エレベーターの扉は閉まっており、扉の横にはボタンが無い。

代わりに、黒い液晶のような、何かを読み取る端末が壁に埋め込まれている。


そこに招待状をかざすと、鈴の音が鳴って扉が開いた。

ハルも招待状をかざし、エレベーターに乗り込む。


『扉が閉まります。』


機械音声の案内があり、扉がしまった。


セツナはホルスターからリボルバーを取り出す。

シリンダーを開いて、暴発防止のために抜いていた弾倉に弾を込める。


戦闘準備。

シリンダーを回転させながら、片手でスイングイン。

カチリとリボルバーにシリンダーが収まって、それをホルスターにしまう。


ハルはインベントリから手鏡を取り出す。

自分の顔を鏡に映しながら、前髪を触る。


身だしなみの確認。

整えて、パタリと手鏡を閉じてインベントリにしまう。


チラリと、セツナと目が合った。


‥‥セツナからすれば、どこが変わったのか、何が整ったのか、まるで分からない。

乱れていないことの確認だったのだろうか?


セツナは思うのである。

なぜ女性は髪ばっかり見て、服装の確認はそれほどしないのか?


目を逸らしたセツナを見て、ハルは「にひっ」と白い歯を覗かせる。


「そういうんじゃないの。」

「‥‥さあね? 何のことやら。」


――バレていたらしい。

肩をすくめて、とぼけておく。


そうしていると、2人の姿がエレベーターの箱の中から消えた。


これは、テレポート式のエレベーター。

2人は一瞬で、高さ2000メートルの階層まで移動した。



テレポートにより、目的の階層に到着した。


『2000メートル階層です。』


機械音声がして、鈴の音がして扉が開く。

この階が何階かというアナウンスではなく、高度でアナウンスがなされた。


ここまで高くなれば、1階1階の階層にさほど価値は無く、高度を伝えられた方がインパクトはあるだろう。

「516階です」と言われても、スケールが違い過ぎてどれくらい凄いのかピンと来ない。

それよりは、高度2000メートルと言われた方が凄さが分かりやすい。


高度が急激に高くなり、比例して気圧が低くなったことで、鼓膜が内側から押し出される違和感を覚えつつ、エレベーターを降りる。


エレベーターの外に出ながら、セツナは鼻を摘み、ハルは唾を飲み込む。

耳抜きをして、耳管の内と外の気圧を調整する。


招待状の便せんに書かれた文字を読む。


――Sky motor show。

雲の上のモーターショー。


本当に、何とかと煙は――、高い所が大好きだ。

高所では、空気が薄くて、ガソリン車の性能は落ちるだろうに‥‥。


エレベーターを出ると、2人をピカピカに磨き上げられた車たちが出迎えた。

改修中のビルの、今一番高い所を貸し切って開催されているモーターショー。


ここより1つ上の階層は現在工事中。

ここも本来はまだ立ち入りができないのはずなのだが、金に物を言わせて突貫で床を仕上げて、催しを開くのに十分な清潔感と格式を演出できるまでに空間が仕上がっている。


来場者は見渡す限り、80人くらいだろうか?

いずれも、善良な民間人には見えない連中ばかりだ。


彼らは、とくにセツナたちを気にしている様子は無い。

それでも、数人からの視線は感じるので、無警戒という事では無さそうだ。


互いに、今は出方を窺っている状況。

とりあえず、今は来場者のフリをしておく。


屋内を見渡して、視線をその奥へとやる。


車がズラリと並ぶ奥には、窓の向こうに青い空が広がっており、そこから日差しが差し込んで、自然光が車のボディを照らしている。

その自然光に時折、うっすらと影が伸びるのは、ビルの窓を雲が撫でているから。


標高2000メートルは、低空の雲が浮かんでいる標高だ。

雲の種類で言うと、積雲や層雲、積乱雲とかが、この高さに浮かんでいる。


また、ここまで高く巨大なビルが13塔も伸びているので、セントラルでは通称で青雲と呼ばれる、特有の気象現象や雲が発生することもある。


ビルが気流の流れを変え、ビルの窓に反射した太陽光が大気の温度を上げ、高温の上昇気流を生み出し、ビルとビルの間に、空から落ちてくるような雲が広がる現象。


それが青雲。

巨大すぎる建造物が引き起こす、人工的な気象現象。


ここから、積乱雲を観察したら面白そうだなと、セツナは思った。

車にはてんで興味が無い、走って目的地に着けば良いという程度の価値観なので、彼の興味は窓の向こうだ。


窓は積乱雲の(あられ)(ひょう)で割れないのか? どんな音がするのか?

興味はそっちばかりに行っている。


ハルは、それなりに車には興味があるので、自分が目に付いた車に近寄ったり、写真を撮ったりしている。

セツナは、そんな彼女の後ろをついていっている。


「う~ん‥‥。革のシートって匂いが‥‥、あんまり。」


知らない内に車に試乗しているハル。

ここに並んでいる車は、ろくでもない方法で手に入れた車両ばかりだからって、遠慮も何もあったものでは無い。


周囲を見てみれば、他の来場者たちも同じような感じだ。

それどころか、平気でゴミをポイ捨てして、それをお掃除ロボットが回収している。


「――お金で買えない物って、やっぱりあるんだな~。」

「どうしたの? 兄さん?」


車の窓から顔を出すハル。

乗用車に乗っているのだが、なんと窓を手動で開けるタイプの車だった。

クラシックである。


ハルは白い歯を覗かせる。


「でも、それには賛成かも。――例えば、妹との思い出とか!」


彼女の言葉に、セツナも歯を見せて返す。


「写真、撮ろうか?」

「ありがと。」


そうやって車に乗るハルを写真に収めたあと、彼女に誘われてセツナも同じ車の助手席に座る。


「どう? 革のシート。」


‥‥これは良い(よい)物なのだろうが、正直に言って良い(いい)物では無い。


「思ったより硬いし、この匂い‥‥、ワックス?」


背もたれに身体を預けてから服を触ると、何やらテラテラした手触りが手の平を伝う。

なるほど、これは廃れる訳だ。


車から降りて、2人同時にドアを閉める。

セツナが息を吸って、肩から息を抜く。


「革は、靴に限るね。」

「ジャケットはどう?」

「それも、できれば遠慮したい。」

「ええ! いいじゃん、革のジャケット。」


他愛ない話しをしながら、会場を見て回る。


「ハルは、バイクに乗るからね。」

「兄さんも乗ろうよ。たまにはハンドルを握らないと。」

「ちゃんと、月一で練習はしているよ?」

「もう、そういう事ばっかり言ってー。」


会場には、車だけでなくバイクも並んでいるようだ。

大型のバイクがズラリと並んでおり、中には軽トラックに負けないサイズのバイクもある。


‥‥軽トラサイズのバイク?


思わず二度見してしまう。

大型バイクと並んで、まるで軽自動車のようなバイクがドスンと並んでいる。


横の大型バイクが、中型バイクに見えてしまう。


かつて、戦艦大和に随伴していた戦艦は、戦艦よりも小型な駆逐艦に見間違えられた。

その逸話を、バイクで体験してしまう。


軽トラサイズのバイクが倒れたら、いったいどうやって起こすのだろう?

魔力があるので、自力でも起こせると思うが、バイクに自立機能でも備わっているのだろうか?


「ハル、ちょっと――。」

「ああ! あれ見て!」


ちょっといい? そう言う前に、ハルが軽トラみたいなバイクに駆け寄った。

そして、バイクの足を乗せる部分、ステップバーを足場にバイクに跨る。


「おっきい!」


いつもよりも高い視点に、目を丸くするハルを写真に収める。

彼女が驚くのも無理はない。


セツナがバイクのスペックを、目の前に表示させる。


バイクの全長は3.5メートル。

軽トラックの規格が3.4m以下と決まっているので、なんと軽トラよりもデカかった。


ハルはバイクに跨り、ハンドルを握りしめたまま、瞳を据える。


「――よし、決めた。お金を稼いで、これを買おう。」

「マジか‥‥。」


電脳世界の良い所、それは現実では出来ないことができること。

人々はその世界に、シビアなリアルを求めているのではなく、フリーダムなリアリティを求めているのだ。


この軽トラバイクは、まさにゲームライクなリアリティであると言えよう。


ハルがバイクから降りる。


「そのためにも、今回の事件、解決しなきゃ。」

「金策だね。」


この世界では、チンピラを叩けばお金が貰える。

金策なら、悪党を取っちめるに限る。


セツナは周囲を見渡して、ホルスターに触れる。


「モーターショーの見学は、もうOK?」

「OK!」

「なら、次に行こう。」


セツナが言って、ハルが指差して、2人揃って前に歩く。

そっちに進めば、ストーリーは動く。


そういう確信がある。ハルにも。セツナにも。


2人は、目的のポイントまで移動する。

歩いて、この会場で最も丁寧に展示されている車の元へと向かう。


真っ白い、玉座のような台座に載せられた、白い自動車。

周りが高級車ばかりなのに、この車だけは、一般人でも手が届く。


それなのになぜか、今回のモーターショーの主役は彼であると、そう示すかの如く一般車が玉座に腰かけている。


ハルもセツナも、この車を良く知っている。

この車に登録されている音楽とか、グローブボックスに入っている小物とか。


ナンバープレートを見て確信した。

玉座に座っている車は、久遠家の乗用車だった。

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