1.8_チェイス&パルクール_A
「ブレッド、通信に出られるか?」
セツナは、車内取り付けられた通信機のマイクを使い、CCC支部でエンジニアを務めるブレッドを呼ぶ。
平時はマイク無しでも通信できるのだが、高速走行中の騒音やノイズを軽減するために、マイクを使う。
「こちら、ブレッド。ご注文をどうぞ。」
ブレッドは、すぐに通信に出た。
「”ホシ”が車を使って逃走した、交通封鎖を頼む。」
「もうやってるよ。現在、都市部への道路を封鎖している。ついでに、住民の避難も進めてる。」
エンジニアの方では、セツナをバックアップするための準備が整っていた。
道路を封鎖して、ボルドマンの逃走経路を狭める。
「ありがとう、助かるよ。」
「だが後輩、過信はするな。この”ヤマ”は、想像以上にデカいぞ。」
「了解。」
そう言って通信を切り、ハンドルを両手で握り直す。
レッドタウンの路上で、カーチェイスが始まった。
通電していない信号機のある交差点に差し掛かると、早速、2台の車がセツナと並走してくる。
車には、ガラの悪い連中が乗っているのが分かった。
現れた2台は、セツナの車を横から挟み込むように並走してくる。
アクセルから足を離す。
エンジンから馬力が抜けて、車は惰力で走るようになる。
エンジンブレーキも手伝って、速度は当然低下する。
横並びに並走していた車が、前方に出る。
運転席側の窓を開けて、腕を外に出す。
マジックワイヤー射出。
左側前方を走る車の後ろ部分、リアバンパーと呼ばれる位置に撃ち込む。
撃ち込んだら、アクセルを吹かし急加速。
エージェントが乗る車というだけあって、急加速の操縦にも滑らかに対応して、グングンとスピードを上げて、2台の車に迫る。
前に並ぶにつれて、先ほど撃ち込んだワイヤーが、敵車両の尻部分を引っ張り始める。
ワイヤーに引っ張られた車両は、車体後方が前に突き出るような格好となり、制御を失いスピンして路肩の向こうにある建物に突っ込んだ。
続けざま、今度は右側の窓を開ける。
座席に深く座ったているのを、少し身体を前に出して、浅く座り直す。
腰のホルスターに収めたリボルバーを抜くためだ。
サイズが大きいので、侍が刀を抜くように、得物を引き抜くための”間”を確保する。
D3-リボルバー、「デビルサモナー」の異名を持つこの銃は、つくづく一手間を要求してくる。
引き抜かれ、持ち上げられたそれは、太陽光を浴びて銀色にヌラリと滴って、ギラギラとした瞳で獲物を狙う。
アクセルを踏んで、更に加速。
並走車両を後方へと追い抜く。
追い抜きざま、敵車両のボンネットを目掛けて照準、引き金を引いた。
――稲妻のように轟いて、銃口から悪魔が召喚された。
車内に銃声が反響してシートや窓を震えさせ、現実世界であれば鼓膜が破れるほどの音が、セツナを襲う。
同時に、片手で射撃した腕は反動で跳ね上がり、車の天井にぶつかる。
不安定な姿勢での射撃で、肘や肩甲骨などの関節が軋みを上げる。
トリガーを握る者にすら壊滅的な被害をもたらすコレは、敵の鋼鉄の体など易々切り裂いて、内臓部分であるエンジンルームを抉る。
反動をいなし、悪魔を片手で飼いならし、もう一度狙いをつけて射撃。
二匹目の悪魔が、車体に火を撒いた。
3発目、悪魔は死神となり、車を火柱で包み、大きな爆発を巻き起こした。
車の窓を閉めて、リボルバーを腰に戻してから、首を鳴らすように横に振る。
大音声にやられて、耳がキンキンする。
悪魔召喚の代価。
追っ手を振り切ったので、ボルドマンの追跡に戻る。
エンジンの性能は、こっちに分があるのか、ボルドマンの車両が見えて来た。
少し見ないうちに、用心棒を3両伴っている。
用心棒たちは、務めを果たすべく、窓から身体を出してセツナの車両に射撃を開始する。
サングラスをかけたゴロツキや、人型のロボットが、フルオートライフルで攻撃してきた。
ハンドルを切って、やり過ごそうとするが、全部は上手くいかない。
車両の耐久力が削られる。
かと言って、回避のために蛇行していては、また距離を取られてしまう。
「マル、運転を!」
「ガッテン!」
ハンドルを離すと、ハンドルは勝手に動き始め、車体をコントロールする。
窓を開けて、そこから身体を出して天井に足をつける。
「マル、ついでにトランクも開けてくれない?」
「え? あ、はい。いいデスけど?」
戸惑いながらも、マルは言われた通りにトランクを開けた。
少しだけ浮いたトランクを確認して、セツナは車の後ろの窓、バックドアガラスに腰かけて、トランクを開ける。
スムーズな動きで、トランクが開いた。
それを――。
「ヨイショっと。」
ガコン! 何かが外れる音がして、セツナは力任せにトランクの部分を引き千切った。
彼の奇行に、マルが動揺する。
「ちょっ!? セツナさん!? また、怒られますよ!」
「大丈夫、大丈夫。これは、紙の説明書に書いてあったことだから。」
バックドアガラスに腰かけたまま、セツナは続ける。
トランクから、リボルビングライフルが入っていたアタッシュケースを取り出した時に、これがあるのは確認済み。
先ほどまでは、車体の一部だったトランク部分のパーツ。
そこの裏には、何やら箱が取り付けられていた。
それと、何やら「握り」のように見えるものもある。
「これを――、こう!」
箱に対して、左の二の腕を近づけて、スマートデバイスを使って認証作業をする。
カチリ、と箱のキーが外れた。
箱の中には、銃が入っていた。
レバーアクションショットガンの、ストックオフモデル。
ストックを外し、バレルを切り詰めて、ダウンサイジングされた銃が座っていた。
「おっほぉ~。いいねぇ!」
サイバーパンクな世界で、存在感を主張するレガシーウェポンに、テンションが上がる。
思わず、感嘆の声が漏れてしまう。
銃を取り出す。
取り出すと、元トランクだった物が、薄い青色の光を纏った。
セツナの視界に、シールドアイコンが表示される。
トランクは盾として使用でき、アイコンの形状から、アサルトシールドと同等の効果を持つようだ。
バッテリー駆動なのか、アイコンの横にゲージがあって、時間経過で減少している。
バックドアガラスをよじ登って、車の天井、ルーフ部分に戻って来た。
盾を構えて、ストックオフショットガンを盾の上に構えて、狙いを定める。
ボルドマンが、セツナの行動を敏感に察知する。
「上のヤツを狙え。」
部下に通信で指示を出すと、部下は車への攻撃を止め、セツナに標的を変えてトリガーを引く。
彼らの攻撃は、シールドによって弾かれている。
車の外に居ながら、被弾面積が大きく減っていて、中々セツナに命中しない。
「こっちのターンだ。」
とりあえず、3両居る随伴車の真ん中いる、車を狙ってみる。
ショットガンのチャンバー、それと口径には、とても物理的に入りきらないサイズの散弾が飛び出して、車両後方にダメージを与えた。
射撃後、ショットガンのレバーを起点に、銃をクルリと一回転させてコッキングを行う。
使用した薬莢が外に飛び出して、次弾がチャンバーに装填される。
レトロ映画の影響で、ターミネーターリロードと呼ばれていたコッキングの動作だ。
ガンマニアの世界では、スピンコックとも呼ばれている。
ボルドマンの随伴車は、ショットガンの威力を知り、陣形をかえる。
左右と前方から追跡車を挟むような陣形になった。
シールドは一枚しかないので、左右からを同時には凌げない。
マルが、陣形の隙間に車を入れ込もうとするが、上手く塞がれて阻止される。
「マル、左からやろう。」
シールドをルーフに突き刺して、自立できるように固定する。
シールドを背にして、屈んでショットガンを構える。
マルは、車を左の車に寄せて、プレッシャーをかけて、動線を制限する。
セツナは、射手に一撃。随伴車の攻撃力を削ぐ。
射手のダウンを確認して、数発車体に散弾を撃ち込んだ。
車の速度が急激に落ちて、爆発する。
「次は前!」
包囲の片翼を失ったスペースに、車体を滑らせる。
これで、射線がひとつの方向に絞られる。
車を加速させて、前方に陣取っていた車と並走する。
射手からの攻撃を、シールドが防ぐ。
シールドを持ち上げて、ショットガンを照準。
トリガーを引いて、コッキング。
トリガーを引いて、コッキング。
車が破壊されて、爆発と炎に包まれる。
あと1台。
――人型ロボットの射手が、得物を変えた。
ライフルを捨て、車の中から、別の武器を取り出す。
同時に、脳に響くアラート音。
マルも、アラート音を認識したようで、焦った声で通信する。
「マズいデスよ! 誘導弾です。」
肩に乗せて使用する、筒状のランチャーがセツナの車体を狙っていた。
(まっずい!?)
シールドをルーフに深く差し込む。
握り部分を強く握って、車から振り落とされないようにする。
姿勢を安定させた直後、ランチャーから誘導弾が発射された。
「いーーーーッ! ココ!」
マルは、誘導弾が直撃する寸前で、急ハンドルを切って車体をスピンさせる。
車のわずかに後方で、爆発が起きた。
爆風がセツナの頬をなでる。
余波には、小石や砂などが混ざっている。
ロボットは、誘導弾が外れたのを認識すると、ランチャーをそのまま捨てて、車内に体を引っ込めた。
また外に体を引っ張り出すと、また肩にランチャーを構えている。
「マル、フォーメーションBでいこう。」
セツナが、自身の脳内イメージを、映像でマルに送る。
彼の電脳野が、作戦の内容を、図とイラストが用いられた映像にして、マルの目の前に表示する。
「え~‥‥、ホントにこれやるんですか?」
「計算は、得意なんでしょ?」
セツナは、マルの長所を褒めて担いで、その気にさせる。
その後、一度シールドに隠れて、二の腕にアームバンドで固定しているスマートデバイスを、バンドごと手首の位置まで持ってくる。
デバイスを操作して、シールドの設定を変更する。
シールドの出力を最大にして、防御力を強化。
バッテリーの消費が、著しく増加する。
シールドの設定変更が終わったら、スマートデバイスを二の腕に直して、ショットガンを車内に投げ入れて、車の後ろに移動。
飛び降りて、マジックワイヤーを車の後ろに射出。
シールド片手に、車の後ろで牽引されるような格好となった。
脳内にアラート音が響く。
誘導弾のロックオンが始まったようだ。
マルは、発射のタイミングを計り、ハンドルを操作する。
ピ、ピ、ピピピ――。聞き慣れたアラート音の周期が速くなり、射撃が間近であることを知らせる。
そして――。
ランチャーから、バックブラストが発生し、2発目の誘導弾が発射された。
「いくぞ、フォーメーションB!」
セツナの掛け声に、マルも合わせる。
「フォーメーションB!」
マルは、誘導弾の発射に合わせて、車を大きく左に逸らす。
車体がスピンし、車内を大きく揺らす。
‥‥車内以上に大きく揺れたのは、外に居るセツナの方。
ワイヤーから車の力が伝わって、遠心力で振り回されるように、反時計回りに身体が吹き飛ばされる。
遠心力を充分に得たところで、ワイヤーを切断。
遠心力から解放されて、今度は、盾を構えたまま直線的にすっ飛んでいく。
彼の軌道上には、誘導弾が迫っていた。
「シールドバッシュは――。」
誘導弾がシールドに吸い込まれるように命中する。
高出力となったシールドは、それの軌道を捻じ曲げる。
接触する前に逸れて、明後日の宙空で爆発した。
セツナの勢いは弱まらず、シールドを構えたまま、敵の車両に迫る。
「すべてを解決する!!」
フロントドアとバックドアの境目を、シールドバッシュが穿った。
横方向から強い力を加えられて、タイヤが固まって横滑りしてしまう。
セツナも、両膝立ちでスライディングをしながら、車と一緒に道路の脇に逸れていく。
シールドは、バッテリーがオーバーヒートして、粉々に砕けてしまった。
スライディングではダメージは発生しないが、建物に衝突したらダメージは受けてしまう。
受け身が取れないとダメージが発生する、そういう仕様。
車と一緒に、横合いに逸れていくベクトルから脱出するために、マルが操る車にワイヤーを飛ばそうとする。
左手を、車を寄せてくれているマルの車両に伸ばす。
――その瞬間。
シールドバッシュをかました車両の後ろ座席から、ロボットが身を乗り出す。
膝立ちで低姿勢のセツナを掴むために、上半身から上腿にかけてを乗り出して来た。
セツナを掴み、道連れにするつもりなのだろう。
(だが甘い!)
命を持たない敵が、土壇場で道連れを選ぶなど想定内である。
セツナは、ロボットにあえて自分の左腕を掴ませる。
自分の行動が制限されるが、それは敵も同じである。
ロボットを引きずり出そうと、左腕に力を入れる。
腰から、ベルトの背中に装備したマルチツールナイフを振り抜く。
ナイフの刀身が、プラズマ振動によって一瞬で熱を帯び、沸騰したかのように赤熱する。
エネルギーが凝縮されたナイフは、ロボットの肘から先を易々と切断。
そのまま、乗り出した体の首筋にナイフを差し込み、機能を奪う。
動力供給回路を切断されたロボットは、ぐったりと力尽き、車と共に壁に衝突。爆散した。
セツナは、ワイヤーを使い、スクラップの後追いにならぬよう脱出し、衝突と爆発から逃れた。
マルの操る車のルーフ上で、片膝を立てて座っている。
「フォーメーションB、上手くいきましたね。」
マルの言葉に、セツナは気を良くしてご満悦である。
どこから取り出したのか、黒いサングラスを掛ける。
「フッ――。セントラルの沈まぬ太陽。そう呼んでくれ、ベイビー。」
ハードボイルドに憧れるお年頃。
だけども、とりあえずサングラスをかけて、とりあえず「ベイビー」って言っとけばハードボイルドになる、そんなヨワヨワ解像度。
「流石デス、セントラルの沈まぬ太陽! いや~凄いな、沈まぬ太陽! 憧れちゃうな、沈まぬ太陽!」
セツナは、サングラスを外す。
「フッ――。恥ずかしいから、やっぱ今の無しで頼むぜ、ベイビー。」
固ゆで卵は美味しいけれど、ざらざらパサパサして、まだまだ喉に詰まる。
これを、ひと口で飲み込む、それこそがハードボイルドなのだろう。
セツナには、まだ早い味だ。




