chap.4
《四》
クッキーをつまみ、麦茶を飲みながら、しばらくハナのことや学校のことをおしゃべりした。ふと机の脇にある本棚に目をやって、花は声を上げた。
「あ、藤井君も『宇宙まで』好きなんだ」
宇宙飛行士が主人公の漫画だ。全部で二十七巻まである。本がいっぱい詰まった本棚の真ん中の段にきれいに並んでいる。
「うん。この前、古本屋でお父さんがまとめて買ってくれたんだ」
花は目を丸くした。
「二十七冊いっぺんに?すごーい」
「でしょ。まさか買ってもらえるなんて思ってなかった。お父さんが買いたい本があるって言うんで一緒に行ったら、この全巻セットがあってさ。友達に借りて七巻くらいまで読んでたんだけど、すごい面白かったから、『これいいなあ、欲しいなあ」って思いながら見てたら、お父さんが『欲しい?』って。さすがにすごい量だし、遠慮したんだけど、買ってくれたんだ」
「いいなあ」
私の家じゃ考えられない。
「うちではね、去年、この漫画で一騒動あったの」
花はちょっと笑って話し始めた。笑い話だ。
「うちって、漫画禁止だったの。でも、ピアノの先生のところの待ち部屋にこの漫画が置いてあって、読んでるうちに欲しくなっちゃって。で、お年玉の残りとお小遣いで、こっそり少しずつ買って、机の引き出しで鍵のかかる引き出しが一つあるんだけど、そこに入れておいたの。夜寝る前に一冊選んで、ベッドの中で懐中電灯使って読んで、朝になったらまた引き出しにしまって、鍵をかけて、鍵は毎日学校に持ってきてた」
「へえー!」
藤井君が目を丸くした。
「すごいねそれは。徹底してる」
「でしょ。お母さんに見つかったら大変だもの。ところが、忘れもしない十月十七日。ちょっと寝坊しちゃって慌てて家を出て、学校に着いてから、ランドセルのいつものポケットに鍵が入ってないことに気づいたの。一生懸命考えたんだけど、鍵をどうしたか思い出せなかった。学校終わって家に帰って、大急ぎで部屋に行ってみたら、机の引き出しの鍵穴に鍵が挿したままになってて、引き出しは大きく開いてて空っぽで、漫画が机の上に積み重ねてあった」
花は思い出してちょっと身震いした。あの時の、言葉にならない「‼︎」という気持ち。
「机の前で立ちすくんでたら、ドアの陰からお母さんが現れて、腕組みして、『何か言うことはありませんか』って。『ごめんなさい!』って頭を下げたら、お母さん笑って、『まーこんな引き出しにコソコソこんなもの隠して』って。ものすごく怒られて没収されたりすると思ってたから、すっごくホッとしちゃった。それからは他の漫画も買っていいってことになったし、『宇宙まで』も全巻揃えられたし。今は、お母さんも私の漫画色々読んだりして、『これの続きまだ出ないの?』とか言ってる」
めでたしめでたしと笑って話し終えて藤井君を見ると、驚いたことに、藤井君は眉をしかめて難しい顔をしていた。
「…それ、ちょっとひどくない?勝手に引き出し開けるなんて」
予想だにしていなかった反応に、花は目をぱちくりした。
藤井君は憤慨した顔で言い募る。
「人の机の引き出しを、その人の留守中に、その人に断りもなく勝手に開けて、しかも中身を出したりするなんて、ひどすぎるよ」
花はなんと言ったらいいかわからなくて、口をぱくぱくさせた。そんなふうに考えてみたことは一度もなかった。全く新しい考え方に、頭の中が混乱している。
「でも、でも…、私が鍵を挿しっぱなしにして学校に行っちゃったから…」
「それでも開けたりするべきじゃないよ。ていうかさ、どの引き出しだって開けるべきじゃないけど、鍵のかかる引き出しなんて、特に開けるべきじゃないよね。明らかに、その人が他の人に見せたくないものを入れてるわけなんだから」
「でも…親なんだし…」
「親でもだよ」
藤井君がきっぱり言う。
「引き出しを勝手に開けたりしたお母さんのほうこそが、海藤さんに謝るべきなんじゃないの?」
「……」
花はぼうっとなってしまった。いきなり、目の前に、今まで見たことのない平野が広がって、その向こうの地平線から燦然と輝く太陽が昇ってくるのを見ているような、今まで見えなかった目が急に見えるようになったような、そんな気がした。
目から、鱗。
鱗の落ちた目で、こちらをじっと見ている藤井君の目を見つめ返す。
「…そうだよね」
藤井君の言うとおりだ。
人の机の引き出しを勝手に開けるなんて、いけないことのはずだ。
頭の中に新しい回路ができたみたいに、色々な思いが動き出して、つながり出した。
「…あのね、さっき、藤井君のお母さん、ドアをノックしたでしょ。藤井君がどうぞって言ってから開けてたでしょ。うちのお母さんは、私がどうぞって言うのを待たないの。ノックしながら開けるの。前に、それじゃプライバシーの侵害だから、どうぞって言ってから開けてって抗議したら、子供のくせにプライバシーだなんて何言ってる、ドアだって本当は開けたままにしとくべきなんだ、って言われた」
藤井君が腕組みして、賛成できないというように首を振る。
「それからね、お母さんって、私の本とか漫画とかを、私が学校に行ってていない間とかに、私の本棚から勝手に借りていって、居間とかに置きっぱなしにするの。私そういうのが嫌だから、文句言ったら喧嘩になった。で、お母さんに『もう私のものに勝手に触らないで!』って言ったら、お母さんが『あなたのものなんて、なーんにもありませんよ!お母さんが全部買ってあげてるんだから、全部お母さんのものです!』って。…そんなの変だよね?」
藤井君が頷く。
「うん。絶対変だと思う」
「それからね、」
もう花は止まらない。
「四年の終わりに、小野寺先生が、みんなには内緒で私にお財布をくれたの。赤いがま口のお財布。浅草のお土産だけど、クラスのみんなには言わないように、って言われたの」
小野寺先生というのは、その年を最後に定年退職した女の先生だ。花のクラスの担任で、学級委員もやっていた花をずいぶんかわいがってくれていた。
「私、嬉しくて、お使いに行く時とかにそのお財布使ったりしてたんだけど、一度、使った後に、キッチンか居間かどこかに置きっぱなしにしちゃったのね。で、次に使おうと思った時にどこにも見当たらなくて、お母さんに、あの小野寺先生にもらったお財布見なかった?って聞いたら、『ああ、あれ光ちゃんのお財布にしたわよ』って。なんで⁈って怒ったら、『だってあなたその辺に放っぽらかしてたじゃないの。いらないんだなと思ったから光ちゃんのにしたのよ』って。取り返そうと思ったけど、もう油性ペンで、『かいとう こう』なんて書いちゃってあった」
「光君が書いたの?」
「ううん、まさか。お母さんが書いたの。赤いお財布だよ?光のにするなんて変じゃない?」
「何色のだって変だよ。海藤さんのだって知ってるのに」
「そうだよね!私が泣いて怒ったら、『そんな大事なものだったら、こんなとこに放っとかなきゃいいでしょ!』って言われた」
「放っといてあったって、海藤さんのものだって知ってるんだから、『これいらないの?』ってまず訊くべきだよ」
藤井君がきっぱり言って、花はぶんぶんと頷いた。
「そうだよね!そうだよね!」
気持ちよくクーラーの効いた部屋なのに、顔が熱い。身体が熱い。
やっぱりそうだ。やっぱり絶対何かが変なんだ。お母さんは間違ってるんだ。
こんなこともあった、あんなこともあった、と花は憑かれたようにいくつものエピソードを話した。言葉がひとりでに、胸の奥からどんどん飛び出してくるようだった。あのひな祭りの日のことも話し、勢い余って最後に昨日のことも話してしまった。
「お母さんは、光のおかげで『いい人』が選べるから幸せだってどうして思えないんだって怒ったけど、でも、私が好きになる人が、そういう『いい人』とは限らないじゃない?人に会う時にいちいち『自閉症のことどう思いますか』とか訊くわけじゃないし、そんなのわからないうちに、その人のことすごく好きになったりするかもしれないじゃない?それで、すごく好きになった後で、その人が『自閉症の弟がいる人とは付き合いたくない』とか言ったら、すっごく辛いと思う。そんな目に遭いたくない…」
夢中になって言ってしまってから、花は急に恥ずかしくなった。真剣な顔をして話を聴いてくれている藤井君の目をちらりと見て、慌てて付け加える。
「別に、そんなに、恋愛したいとか、結婚したいとか思ってるってわけじゃないよ。でも、なんていうか…」
脚の上に載っているハナの大きなミルクティー色の頭を撫でて、少し気持ちを落ち着ける。
「…もうちょっと同情してくれてもいいのにって思ったの。もうちょっと…私の気持ちもちゃんと聴いて…あんなふうに怒ったりしないで…もうちょっと…優しくしてくれたらいいのに」
そう言ったら、なんだか急に泣きたいような気持ちがこみ上げて、花はぎゅっと口を結んだ。泣いちゃだめ。
「わかるよ」
藤井君が頷いた。
「今、海藤さんが色々話すの聞いてて、海藤さんのお母さんは、海藤さんのことをあんまり大事にしてないなって思った」
生真面目でまっすぐなその言葉は、なぜかものすごく胸に応えた。
喉に大きな塊がこみ上げて、止める間もなく涙が膨れ上がって頬を転がり落ち、花は慌てて下を向いた。
「…あっ、ごめん」
藤井君が驚いておろおろする。
「海藤さん、ごめん。取り消すよ。ごめんね、変なこと言って。ごめん」
花は俯いたまま首を振った。手の甲で涙を拭う。
藤井君が、そっとティッシュの箱を押してよこしてくれた。
「…ありがとう」
「ほんとにごめん」
ティッシュを取りながらちらりと見上げると、藤井君は、後悔を絵に描いたような顔をしていた。
「お母さんが海藤さんのこと大事にしてないはずないよね。今、少し話を聞いただけで、あんなこと軽々しく言うべきじゃなかった。ごめん」
「ううん」
涙を拭いて、花は顔を上げた。
「藤井くんの言うとおりだと思う。お母さんは、私のこと、大事にしてくれてない」
言葉に出して言ってみたら、胸の奥がびくりとして、息がしゃっくりのように震えた。
お母さんは、私のこと、大事にしてくれてない。
前から感じていたことだった。言葉にしてしまうのが怖かっただけだ。
「喧嘩した後にね、謝りにいくでしょ。それで仲直りすると、お母さんがよく笑って言うの。『こーんなに大事にしてかわいがってるのに、どうして花ちゃんはいつもぷりぷり怒ってばっかりいるのかしらね』って」
そう言われるたびに、花はえへへと笑って首をすくめ、もう一度「ごめんなさい」とか「反省してまーす」とか答えていた。
「いろんなもの買ってくれたりとか、習い事させてくれたりとか、そういうことでは確かに大事にしてくれてると思う。でもね、私の気持ちを全然大事にしてくれてないって思う。だって、どう考えたって変でしょ?お母さんが私にしてることって、ひどいよね?私を傷つけるような…意地悪なことしてるよね?」
藤井君が、慎重な感じで、でもしっかりと頷く。
すると、ハナがパタンパタンと尻尾を床に打ちつけた。賢そうな黒い目がじっと花を見上げている。
「ハナもそう思う?」
うん、そう思う。
「そうだよね」
花はハナの顔を撫でて、ため息をついた。
「…どうしてなのかな」
こくりと唾を飲み込む。
「…私のことが嫌いとか」
藤井くんが即座に首を振る。
「そんなはずないよ。自分の子供なのに」
花は藤井君をじっと見た。
「自分の子供を虐待して殺しちゃう親だっているじゃない」
さっきの幼児虐待の話だ。
「あ…」
藤井君が具合の悪そうな顔をして沈黙した。しばらくして思い切ったように顔を上げ、花を見る。
「海藤さん、もしかして、体罰とかされてるの?」
花はちょっとためらった。
毎日されているというわけではない。喧嘩のたびにされているというわけでもない。ものすごい大喧嘩になった時に、数回、そういうことがあっただけだ。
顔をバシンと強く叩かれて鼻血がいっぱい出たり、出て行けと怒鳴られ、冬の寒い夜の中に出て行きたくなくて、柱に必死でしがみついていたのを力づくで引き剥がされ、勢い余って壁にぶつかってあざができたり。
床に引きずり倒されて、ぶたれたり蹴られたりしたこともある。本当に怖くて、頭を庇って丸まりながら「死んじゃう!死んじゃう!」と叫んだら、お母さんはまだぶったり蹴ったりを続けながら「このくらいで死にゃあしません!」と怒鳴った。
あとで仲直りした時、お母さんは、
「まったく。死んじゃう!なんて大袈裟なんだから。ちゃーんと手加減してるんだからね」
と笑っていたし、叔母さんが遊びにきた時もその時の話をして笑っていた。
「ボカボカボカ!ってやったら、『死んじゃう死んじゃう!』なんて言うから、『このくらいで死にゃあしません!』とか言ったりして、ね!」
と笑いながら花に相槌を求めたので、花もなんだか変な気持ちになりながらも、へへっと笑い顔を作って頷いた。
叔母さんは「ええー!」と驚いていたけれど、お母さんは、
「あったりまえよ。生意気なこと言ったらただじゃおかないんだから!」
と冗談めかした口調で言って、ガッハッハと豪傑笑いの真似をしてみせていた。
確かに手加減はしていたのだろう。大人で身体も花よりずっと大きいお母さんが、まだ小学生で背の順でも真ん中くらいの花を思い切りぶったり蹴ったりしたら、きっと大怪我をするのだろうから。
でも、体罰、というと、もっと秩序があって、冷静なもののような気がする。昔の物語に出てくるような、規則を破ったときに罰として鞭で打たれるとか、物差しで手を叩かれるとか。
お母さんのは…暴力っていう感じだ。怒りに任せての暴力。
「体罰っていうか、暴力って感じかな」
と、今考えたままをそのまま口に出したら、その言葉に藤井君が目を剥いた。
「暴力?」
その驚きように、花は慌てて、
「でも、そんな大した暴力じゃないし、それに何回かあっただけだから」
「何回かって、何回くらい?」
藤井君がものすごく真剣な顔で花をじっと見つめる。
「うーん…今までに七回か八回くらいかな」
「怪我したの?」
「怪我ってほどじゃないよ。鼻血が出たりとかそれくらい」
「……」
藤井君の顔に浮かんだ表情に、花はなんだか、自分が本の中のかわいそうな登場人物になったような気持ちになった。継母にいじめられるシンデレラとか、ミンチン女史にいじめられるセーラとか。
正直に答えたのをちょっと後悔する。
かわいそうがられるのって、なんだか少し惨めな気持ちがするものなんだな、と花は思った。どうしてなんだろう?
「…そういう時、お父さんは?」
花は言葉に詰まった。そういえば、そんなこと考えてみたことがなかった。
「お父さんは…一度もそういうところ見たことないと思う。帰りが遅いから夕食一緒に食べないこと多いし。お母さんと大きな喧嘩になるのって、夕食の時が多いの。喧嘩がひどくなると、お母さんが怒って、ガタッ!って立ち上がって、私はすぐ逃げて、お母さんが追いかけてこなければいいけど、お母さんがものすごく怒ってる時は、追いかけられて、捕まって、やられちゃうこともある。この前の時はお父さんもいたから、私がお母さんに追いかけられるのを、少しは見てただろうけど」
あの時は居間の網戸を開け、庭に靴下裸足で逃げた。
藤井君があんまり深刻な顔をするので、花は急いで肩をすくめて小さく笑ってみせた。
「私も悪いんだけどね。憎ったらしいこと言うからいけないの。黙ってればいいんだよね」
お母さんに言われたことがある。
「花ちゃんたら、あーんまり憎ったらしいこと言うんだもの」
藤井君が首を振った。
「どんなに憎ったらしいこと言ったって、暴力は絶対よくないと思うよ」
「…そうだよね」
藤井君は、きっと叩かれたことなんて一度もないんだろうな。
不意に、なんだか、藤井君はきちんとした身なりの小さな貴公子で、自分はその貴公子に憐れまれている、薄汚れてボロをまとった子供のような気がした。劣等感がちりちりと胸の底を焼く。
「…『にんじん』って本、読んだことある?」
藤井君が言って、花はちょっと憮然とした。苦笑して答える。
「うちはあんなんじゃないよ。ああいうのとは違う。だって、普段はお母さんと仲いいもの」
そう言った途端、花の心の中で声がした。
仲がいい?本当に?
本当に仲がよかったら、相手がやめてほしいっていうことは、やめてくれるはずじゃない?
本当に仲がよかったら、相手の気持ちを大事にしようと思うはずじゃない?
そこへ、トントン、とノックの音がした。
「どうぞ」
藤井君のお母さんが顔を覗かせる。
「スーパーに行ってくるわね」
「はーい」
花にもにこりと頷いてから、お母さんはドアを閉めた。
遠ざかっていくお母さんの足音を聞きながら、何気なく壁にかかっている時計を見て花はびっくりした。もうすぐ五時だ。
「わ、こんな時間。私そろそろ帰らなくちゃ」
「もしかして門限あるの?」
「うん、一応ね。最近はもうそんなに厳しくは言われないけど」
小さい頃は五時に少しでも遅れると、罰として玄関の外に立たされたりした。
デニムのキュロットに包まれた脚の上に載っている、ハナの大きな頭をそっと撫でる。
「ハナ、私もう帰らないと」
気持ちよさそうに半分目を閉じていたハナが、えっと言うように顔を上げて、花の目をじっと見た。
行っちゃうの?
花の胸がきゅんとした。
「うん、でもまた会いにくるよ」
ずっと一緒にいられたらいいのになあ、今度はいつ会えるかなあ、と思いながら、両手でハナの顔の両側をそっと撫でていると、
「あのさ、海藤さん、朝忙しい?」
藤井君が言って、花はきょとんとした。
「朝?」
「朝、ハナと散歩に行くんだ。毎日海藤さん家の前通ってるから…」
花は嬉しくて目を丸くした。毎日会えるの!
「ほんと?何時くらい?」
「いつも六時に家を出るんだ。だから海藤さん家の前通るのは、六時五分くらいかな」
「わあ!じゃ、起きて門のところで待ってる!ね、ハナ、待ってるからね。毎日会えるね。嬉しい!」
ハナに顔を寄せると、ハナがバタンバタンと尻尾を振って、嬉しそうに花の顔を舐めた。藤井君がニコニコする。
「どうせだったら、会うだけじゃなくて一緒に散歩しない?だいたい一時間くらい歩くけど」
たった今心の中で、私も一緒に散歩していい?ってお願いしてみようかな、でも図々しいかな…と思っていた花はびっくりした。すごい。今日二度目の偶然。
「ほんとに?いいの?」
「もちろん」
そう言ってから、藤井君はちょっと心配そうな顔をした。
「お母さんに怒られない?」
花は笑って答えた。
「大丈夫。だって、ちっとも悪いことじゃないもの。反対する理由なんてないだろうし。それに反対されたって絶対行くもん」
強気の口調で言ったら、藤井君がますます心配そうな顔をした。
「喧嘩にならないようにね」
「うん、大丈夫」
花は心の中でちょっと首を縮めた。
あんなに色々話しちゃって、まずかったかな。随分心配されちゃってる。お母さんだって、鬼とか悪魔っていうわけじゃないんだけど。