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第72話 最高のスパイス

皆さんにとっての最高のスパイスは?

 エレメスさんに言われてもう一度、王の食卓にやって来た。

 すると早速エレメスさんは、「席について待っていてくれるかな」と伝え、私達は以前と同じ席に腰を下ろした。


「わかったのかな?」

「なにが」

「いや、アイリスの言葉の意味。もしわかってなかったら……」

「その時はその時です。それがその人の解釈の最高地点と言うことに他なりません。私は神様ではありません。あくまで私の舌に感じたことをぶつけ、そこから本質を見出せるかは本人次第ですから」


 要は、言いたいことを言って、それを如何解釈して捉えるかで変わってくるってことだ。

 でもそれで判断したりするのは少し寂しい。

 ぶっちゃけ、アイリスの言葉一つでお店の繁盛具合が変わるのは、正直営業妨害になりかねない。

 それでも人の言葉の持つインパクトには誰も抗えないのは、ここまでの流れで察していた。


「お待たせしたね」

「前回と同じものですか……」

「うん。君達には、これじゃないと伝わらないと思ったんだ」


 それは前回と全く同じ材料で作られたスパゲッティだった。

 しかも皿や配置も全く同じで、それはアイリスを逆に試すようでもあった。


「召し上がれ」

「はい。いただかせていただきます」


 早速アイリスは口を付けた。

 すると目の色が変わる。

 瞳の奥の方から、込み上げてくる何かがあるのか、以前に比べて食べるスピードが速い。

 私とフェルルはその変わりように目を奪われていたが、最初の一口目を口にする。

 すると、口の中いっぱいに酸味だけでなく、食材の香りや甘味が伝わった。素人(しろうと)だから、難しくて細かくどこが如何とは言えないけど、とにかく前回とは明らかに違う。

 それだけは、伝わっていた。


「美味しいね!」

「うん。この間よりも、こうなんだろ?」

「とにかく美味しいです」

「ありがとう。それで、如何かな?」


 エレメスさんは、アイリスに視線を移す。

 すると深く噛み締めたアイリスは、


「味は変わっていませんね。工程も変化はない。ですが、大事なものが入っています」

「うん。わかったんだよ。やっぱり、料理人は食材と腕だけじゃなくて、どんな気持ちで提供するのかってこと」

「思い遣りの気持ち。これ以上に、最高のスパイスはありませんよ」

「そうだね。それに気づけたから、僕も決心がついたんだ。ありがとう」

「私は何もしていませんよ。気づけたのは、貴方が心から料理を愛しているからですよ」


 アイリスは朗らかな笑みをエレメスさんに送った。

 するとエレメスさんも満足そうで、「ありがとう」と口にする。

 その様子を店の奥から見ていた、オーザさんが痺れを切らしてか、話に加わった。


「よかったね、エレメス」

「はい、オーナー」

「これで君も覚悟が決まったと言うわけだね」

「はい。今まで、お世話になりました」

「うん」


 オーザさんとエレメスさんの会話は、辞める時の店の人との会話に似ていた。

 もしかすると、


「辞めちゃうんですか、エレメスさん?」

「うん。でもすぐに戻ってくるよ。僕はまだまだ未熟者だからね。でも少しだけお店を離れるよ」

「少しって?」

「3日ぐらいかな。父さんに言わないといけないことがあるんだ。だからまた3日後、ここで会えるかな?」


 今度は3日後。

 時間によく追われる人だ。

 しかし私達も私達で、特に予定も入っていないので、それを飲むことにした。


「わかりました。それじゃあまた3日後」

「その間、私が代わりに入ってもいいでしょうか?」


 アイリスは何を言うかと思えば、オーザさんに直談判していた。

 だけどオーザさんは快くそれを受け入れると、アイリスは小さくガッツポーズを作った。


「よかったね、アイリス」

「はい。海鮮の腕、上げなくちゃですね」


 この数日間で、色々なことがあった。

 だけどその全てが線みたいに繋がっていて、私達はまた3日後、ここでエレメスさんと約束を交わしました。

 その間ーー


「アイリス君、パエリアはどうかな」

「はい、できています」

「フェルル、そっちに水。私はこっちのテーブルを片付けるから!」

「オッケー、師匠」


 忙しくオーザさんのお店のお手伝いをして、ちゃっかりと小遣い稼ぎをしました。

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