第64話 番狼
まさか飲んでもらえるなんて、思わなかった。
正直意外だ。あんなむちゃくちゃな報酬、最初っから断られること前提で、どっちに転んでもいいようにしていた。しかし、こうして飲んでもらえてあれだが、ぶっちゃけて言えば、どうなんだろうと考えてしまう。
「どうかなさいましたか?」
「あっ、ごめんごめん。続けるね」
私はシルフの背中をシャンプーで洗っていた。
今日はちょっと前に、シルフの毛を洗おってことになっていて、ナトリウムやカリウムを集めて、〈ビルドメーカー〉で、石鹸を作っていた。
それでさっきから洗っていたんでけど、ふと考え事をしていたことに気付かれてしまってらしい。
「本当、シルフの毛並みって柔らかいよね」
「ありがとうございます」
「でも柔らかすぎるから、少しトリートメントも塗っておこうか」
「とりー?なんですか」
「毛並みを整えるための液だよ」
私は笑顔で返答した。
この世界はどうやら、石鹸なんてものは存在しているが、あまり品質が良くないらしい。
私達は、〈ビルドメーカー〉で作った石鹸を使っているから、毎日お肌すべすべだった。化粧液も入ってるからだけど、とそんなことは置いておくとして、私はシルフに一つ頼み事をした。
「シルフ、一つお願いしたいことがあるけどいいかな?」
「はい。構いません」
即答された。
シルフは視線だけは私の方に向けていて、目に泡が入らないようにしていた。
まるでペットを洗っているみたいだ。
「じゃあさ、明日私達アクアパッツァって国に行くんだけど、ミフユさんのお手伝いお願いできるかな?」
「ミフユ様の……わかりました。それで、どのようにお手伝いをすれば」
「うーん、変な輩が寄り付かないようにとか、重たい荷物を代わりに運んであげるとか?」
流石に私達みたいに、接客をするのは無理だから、少しでも自分の出来る範囲でやってくれたら嬉しい。
本当はシルフも連れて行きたいけど、ミフユさんのお手伝いも約束していたからだ。まかさブッキングするなんて・・・とか、今更言っても遅い。
そこでシルフを置いていくことにした。シルフなら、賢いし何かあった時でも対処出来る。必要ないかもしれないが、と思いつつもシルフはそれを受け入れてくれた。本当に頼りになる。
「では、この姿ではやりにくいですね」
「えっ?」
確かにシルフの言う通りだ。
でも、この展開は何かそれ系のやつじゃないかな。
「主人様。少しこの姿をやめてもいいでしょうか?」
「この姿をやめる?それって、つまり……」
「はぁつ!」
その瞬間、シルフの姿が消えた。
と思ったら、目の前に女の人が現れた。長い銀髪を腰まで垂らし、頭からは狼の耳。それから尻尾を生やした獣人がいた。
私よりも背は高く、綺麗な肌と緩やかな曲線を描いたように、細身だった。モデルさんみたい。
「久々に変化を使いましたが、如何でしょうか?」
「如何がでしょうかって言われても、シルフそんなことできたの?」
「はい」
「初耳なんですけど!」
人型になれるなら、今までだってそれでよかったのにと心の中で唱える。
しかしシルフ曰く、“久々”の発言の通りで、若干動きに無駄がある。変に手を見たり、身体を触ったりしていた。ただ一つ言いたいことがある。
「シルフ、外で全裸はやめようか」
「あっ!は、はい」
シルフはパッと狼の姿に戻る。照れていたのか、その動きに無駄はなく、狼の姿に戻るや否や、石鹸の泡の中にダイブしていた。
何処か天然な様子で可愛い。私は胸を撫で下ろす。
「そう言えば、いつから人型になれたの?」
「初めて会った時からです。ですがあの時は、疲労などでこの姿にはなれず」
「そうなんだ。じゃあさ、今度からはその姿で出ていようよ。指輪を媒介にしなくても、長時間外に出られるんだったら、その方がいいよ。外の空気、気持ちいいよ」
私は笑顔で尋ねる。
自分でも脈絡がなくて、言っていることが理解出来ない気もしたが、シルフは少し渋った後、首を縦に振った。
まだ人との間に距離がある。これは要改善だ。けれどーー
「でもこれならなんとかなるな。シルフ、頼むよ」
「わかりました」
シルフは頼もしく、声を張って吠えた。
だけどその前に、急いだ服を買いに行くことにします。流石にシルフの背丈に合う服なんて、持ってないからね。
獣→人になるパターンは定番。




