第63話 おつかい系クエスト
ついに新しい町に行くぞ!
私達一向が通されたのは、冒険者ギルドの奥の部屋。つまりは、バックヤードのような部屋だった。
けれどそこは板張りの広々とした部屋で、ふかふかのクッションが効いたソファーや高そうな机が置かれていて、周りには一体誰が使うのかわからないような騎士の鎧が置いてある。
どう見ても、応接室だった。
その異様な部屋に入った私達は、ハルさんに楽にするように告げられた。
「まあ話は急を急ぐようなことじゃないけど、相手が相手だからね。できるだけ早く頼みたいんだよ」
「あの、まだ私達一言も引き受けるなんて言ってないんですけど……」
「あはは、それもそうだね。でもこのクエストは、君達にしか任せられないんだよね」
「私達だけ?」
左右に座るフェルルとアイリスの顔を見合う。
しかしお互いにぽかんとした顔で、首を横に振った。
「あれ?もしかして気付いてないとでも思ってた?僕は君達が、“ゴブリン達の間を取り持った”ってことぐらいなら、知っているよ」
思考が完全に停止した。
突然言われた一言は、私達しか知らない秘密の話だ。一応アイリスにも話してはいるけれど、何故この人が知っているのか。とても不思議なことだった。しかしハルさんはにこにこしたままで、「どうかな?」と軽く呟くだけだった。
「なんで知ってるんですか?」
「ん?僕はギルドマスターだよ。ファストの町のことなら、なんだって知っているさ。あっ、なんだって知ってるのは流石に冗談だよ」
(冗談に聞こえないんだけど……)
ハルさんは何を考えているのか読みにくい。
そもそも私に、人の考えを読む力はないけど、特にこの人はミフユさんと同じで不思議としか言い換えができなかった。
つまりそれは、ミフユさんと同等。ミフユさんのあの腕を考えるなら、この人の言っていることも間違いではないかと裏付けに繋がるのだろう。ここは信じてもよさそうだ。
「とりあえず、話だけでも聞いてみようよ」
「私もそのつもりだよ。でもその前に、どうして私達なんですか?ゴブリンの一件だけで判断されても、こっちも困るんですけど」
「困る?まあそうだね。じゃあ正直に言うよ。クロエ君。僕は君じゃなくて、隣に座っている勇者と魔王。こっちに興味を持ったんだ」
「まあそうですよね」
私は深く納得した。
勇者に魔王の娘。こんなビッグタイトル。ドラフトでどっちも手に入ったら、1年間はニュースのネタになる。現実に置き換えただけでも、簡単に想像できたが、2人の表情はどこか堅い。
「本当にそれだけ?」
「と言うと?」
「ハルさん。貴女の言っていることは間違っていませんね。でも、半分は違うはずです」
アイリスはハルさんを見透かそうとした。
すると空気が変わった。強烈な威圧感と、冷血な空気がハルさんから発せられ、その目に温もりはない。しかしフェルルとアイリスもそれを押し切ろうとする。
板挟みの中、私はコホンと咳をたてて、話に割り込んだ。
「えーっと、わかりました。それでクエストってどんなのですか?」
「師匠!」
「クロエさん、駄目ですよ。そんな簡単に引き受けちゃ」
フェルルとアイリスは私を止めようとした。
しかしハルさんは待ってました、とでも言わんばかりにニカニカし出す。まあ、こっちもタダってわけじゃないんだし、それに私達がクエストを受ければ丸く収まるのなら、良しとしよう。
「そう言ってもらえると助かるよ。今回君達に任せたいのは、おつかいなんだ」
「おつかい?」
「そうおつかい。ただ場所が少し遠くてね、アクアパッツァって知ってる?」
アクアパッツァ?確かイタリア発祥の食べ物の名前だよね。そんな地名があるなんて知らなかった。
「えーっと、食べ物?」
「うん。元は食べ物から来ているそうだね」
「は、はぁ?」
私は首を傾げた。
するとフェルルが耳打ちしてくれる。
「アクアパッツァは、この国から北西に行ったところにある、大きな街で、水の国って呼ばれてるんだって」
「へぇー」
「ちなみに名前の由来になっているアクアパッツァは、この国の名物料理らしいですよ」
アイリスも補足してくれた。それだけ聞くと、より一層イタリア感がでるけれど、ハルさんはテーブルの上に小さな箱を置いて待っていた。
「その国の王都にある、王の食卓って言うレストランにコレを届けてほしいんだよ」
「コレは……箱?」
「あはは。確かに箱だね。でも中身は、結構凄いんだよ」
「そうなんですか?」
「うん。ミネラルそら豆さ」
みねらるそら豆?何それ、美味しいの?
口をロの字にしていると、アイリスの様子がおかしかった。
「ミネラルそら豆って、あの高級食材の!」
「知ってるの?」
「はい。ミネラルそら豆は全体の97%を水分質の粘膜が覆っていて、残り3%にも満たない果肉部分には、栄養が詰まっているそうなんです。一粒を食べれば、1週間は食事をしなくても平気なぐらい、栄養があるらしいですよ」
「そ、そうなんだ……」
「はい!」
アイリスの圧が怖い。
完全に気圧された私だったが、話は聞いていた。
「そこの料理長と僕は知り合いでね。頼まれていたんだけど、流石に運搬も普通の配達には任せられないから、ファストの冒険者きっての逸材の君達にお願いしたんだよ」
「逸材って……」
「もちろんただじゃないよ。成功報酬は弾もうじゃないか。それに、さっきは2人のことしか見ていないような発言をしたのは、撤回するよ。クロエ君、君には“僕達にはない、何かを持っている”そんな気がしてならないんだ」
ハルさんは私にも期待してくれていた。その期待に応えられるかはわからないし、応える気もない。
だけどここまで念を押されてしまったら、また面倒な話に発展しかねない。もしかしたらフェルルが剣を抜くかも。
最悪の結末を念頭に置きつつ、そうならないための最善を尽くそうと画策する中で、私は報酬の部分にピンと来た。
だったらこっちだって、それ相応のものをもらってもいいはずだ。
「わかりました。お引き受けします」
「本当かい!」
「はい。その代わり、報酬なんですけど、ちゃっと無茶言ってもいいですか?」
「ん?」
ハルさんは首を傾げているが、少し困らせてみることにした。これでどうでるか。多分断られるだろうけど、試してみよう。
行ける時は限界までやり切る。そんな精神で、私がふっかけたのはーー




