第34話 穏やかな小川
今回は蛇足回。
「それじゃあ、行こっか」
「はい」
私はシルフの背中に跨り、いざ村を目指すことにした。
ふかふかの銀色の毛の上に乗り、温かい。
私はそっとシルフの毛に触れ、嫌がらない程度に撫でると、「くぅーん」と喜んでくれた。
「よし。ゴー、シルフ!」
「ウォン!」
シルフは勢いよく駆け出した。
すると、身体の周りを抜けていく風が冷たく感じた。乗っことないけど、バイクとかってこんな感じなのかも。
バイクじゃなくても、自転車で超スピードで爆走している時みたいな感覚が近いかも。
「は、速いっ!」
「大丈夫ですか、主人様?」
シルフは私の身体を気遣ってくれた。
だけど私は、
「ううん。大丈夫だよ」
「そうですか?」
「うん。だから、もっと飛ばして。もっと、もーっと、風を感じたい」
「わかりました」
私はこのスピード感を気に入っていた。
絶対安全だから、信頼しているから。だからこそ出来ることなのはわかる。だけど、このスピードや気持ちよくて、身体が心地よかった。
「ゴーゴー、シルフ!ファイトだ、シルフ!」
「ウォーン!」
高らかに吠えるシルフ。
その背中で、右拳を天高く突き出す私。気分は応援団で、バイクに乗ったヤンキーみたいな感じだった。
それにしても本当に速い。
冷静になって考えてみると、周りを過ぎていく景色がもの凄いペースだった。
今私達が進んでいるのは、整備された土の道。真っ直ぐ、ただひたすらに続くその道は、信号もない一本道の高速道路みたいなものだった。
その横を時折、行商人の馬車が通るけど、私達には見向きもしない。
だってシルフの方が速いんだもん。
「本当に、馬より速いんだ」
「私はフェンリルです。モンスターと動物とでは、そもそも構造が異なりますので」
「そうなんだ」
その辺はよくわかっていないけど、確かにモンスターと動物は色々違う気がする。
それにしても、フェンリルみたいな神獣もモンスター扱いなんだな。何だか、不思議な話だ。
「ん?主人様」
「なに、シルフ」
「目の前を見てください、一つ目の山が見えて来ましたよ」
そう促されたので、前を向き直ると、そこにはたくさんの木々に覆われた山があった。
あれをもう一つ越えるとなると、かなり大変そうだ。まだ走り始めて、そんなに経ってないけど、1回休んだ方がいいかな?
「あっ!」
「如何しましたか?」
私は短く声を上げる。
それは、ふと横を見てみると流れている小川だった。
「シルフ、止まって。ちょっと休んで行こ」
「しかし!」
「早急だって言われても、こっちも休まないと。じゃないと、届く前に私達が元気なくなっちゃうでしょ」
私はそう説得すると、シルフを小川の近くで止めた。まるで、タクシーみたいだ。
「うん、冷たい。それに流れも緩やかだね」
「はい」
私は川の中に腕を突っ込んだ。
冷たいけど気持ちいい。この世界的にも、まだ春頃なのはわかる。けれど、もうすぐ夏が来る。
そうしたら水温と上がって、ぬるくなっちゃうだろうから、今のうちに冷たいのを味わっておく。冬になったら嫌でも味わうけど。
「シルフ、水飲む?」
「いただきます」
私は汲んだ水をシルフに飲ませた。
そういえばシラフって、指輪の中の空間だとどうやって生活してるんだろうね。気になる。
「ねぇシルフ」
「なんでしょうか?」
「指輪の中ってどんな感じ?狭くて、息苦しくない?」
私はそう尋ねるが、シルフは首を横に振る。
「問題ありませんよ。とても快適に過ごさせていただいております」
「ご飯は?」
そうだ、そこが一番気になってた。
しかしシルフの口から出て来たのは、私が唖然とするものだった。
「私は食事を必要としませんから、大丈夫ですよ」
「えっ、そうなの?」
「はい。ですが、食事を摂ることは可能ですよ」
シルフはそう答えた。
私は、ぽかんとした顔だったが、それをシルフには見せないようにと、唇をギュッとつぐんだのでした。




