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第四章 恋愛

「おい、学校行くぞ、今日は珍しいな?寝坊したか?」


珍しく朝来ないと千陽の家に寄る、寝坊か?と思ったらマスクをしてまだパジャマ姿、ゲホゲホと玄関からちょっとだけ顔を覗かせ、


「ごめん、風邪ひいちゃったみたい。休むね」


「大丈夫か?どうせ裸で一人遊びでもしたまま寝ちまったんだろ?」


「うん、リュウちゃんの胸の中の興奮をね、ゲホッゲホッ」


「わかった、んな時まで下ネタ言ってないで寝てろ。薬は?医者は?」


「うん。一応薬は一通りはあるから大丈夫。後でお祖父ちゃんが様子見に来るって言うから、熱上がってきたら病院行くから大丈夫だよ」


目はしっかりしていたので、


「なら帰りに何か買ってきてやるから欲しいものあったらメッセージ送ってくれ、母さんも今日はパート休みだから、家でゴロゴロしているはずだから言っておこうか?」


「ありがとう、でもそこまでしなくて大丈夫だよ。お祖父ちゃんも朝ドラ見終わったら来るって言っていたし」


「なら、そうするけど、なにかあったら頼れよ」


「うん、いってらっしゃい」


千陽に見送られて学校に行くのも少し変な感じ。


一人で行く学校への道は当たり前の登校なのだが、桜を散らしながら吹く風は、冬が戻ってきたかのように冷たく感じた。


心の体感は親友と言うカイロをいつまでも放したくないのだろう。


そのカイロは使い捨てではない。


一生使える年期物の火を灯した金属製のカイロ。


学校に行くと俺が教室に入ると益々冷たさを見せた。


俺の隣に当たり前にいるであろう千陽の存在を見る目、男も女も関係なくなぜか冷たい目。


人との距離をずっと取っていた俺は、視線には敏感なほうでチラリと横を見てはみんながなにもなかったかのように元の世界に戻ろうとしていた。


『休みか?』


『休みみたいだね』


男女おとこおんなは休みか』


『女なんだか男なんだかはっきししろよな』


『きっと面白がって男の格好しているんだよ』


『付き合わされる袋田くんかわいそう』


小さな声の雑音は心には重くずしりと刺さる。


俺には聞かなかった、無視することは出来なかった。


千陽に向けられた悪意、それは俺の事を言われるより許せない。


怒りの発火点は化学反応のごとく一気に爆発、突撃しようとした瞬間、ブレザーの裾をガッツリと掴む小さな影。


「我は汝と戯れる、来てやったぞ。喜ぶが良い」


「はぁ?今、それどころじゃねぇ~んだよ!あいつらが千陽の陰口を」


「陰口など下世話の下等な生き物がすること。崇高なる吸血鬼の一族はその様な下等な者を相手はしてにならんぞ、汚れる」


ゴスロリに改造ブレザーを羽織るミーはお洒落眼帯を外すとカラーコンタクトであろうオッドアイと呼ばれる左右の違った目でふざけた言葉とは裏腹に強く強くしっかりとした目で見てきた。


誰にでも聞こえる大きな声をこの小さな体でよく出せるな?


雑音が一気に静まりかえった。


「あっ、やっぱりこっち来てた。リュウちゃん、おはよ。ほら、ミーちゃん昔じゃないんだから、チーちゃんの事で殴りかかるほど子供じゃないって」


「下僕はチー子の事となると見境がなくなるからの」


「ちょっと、お前なに言ってんだ?」


神峰時見と磐城広巳の言葉が妙に引っかかった。


「あ~やっぱり覚えてないよね。あれだけの大立ち回りして次の日寝込んだんだもん。なんか、少し噂が聞こえてきてね、ミーちゃんが様子見たいって教室出て行っちゃって慌てて追いかけて来たんだから」


「ちょっとヒロ?お前はなにを言ってるんだ?」


「そのことはリュウちゃんは思い出さない方が良いって。それより、陰口しか叩けない人なんて所詮、便所の落書きと一緒だから、SNSでイキがっている人達、ニュースで昨今話題の名誉毀損で氏名特定されて訴えられる人達と一緒。リュウちゃんが相手するほどじゃないって」


大きな声でみんなに聞こえるように言う美少女姿の男の娘、ヒロミのほうが俺よりも男らしく感じた。


こそこそと千陽の陰口をささやいている奴らよりも、明らかに清々しいほど男らしかった。


「下僕よ、主の命に背いて戦いをするなぞ我が許さんぞ、謀反は重罪ぞ」


言い残すと教室を出て行くミー、そして、


「子供の頃は許されたけど今は高校生、大人と子供の間なんだよ。だから、もう暴力は駄目」


耳元で優しく呟くヒロは、今度は女の子っぽくて耳がこそばかゆかった。


「ふーーーっ」


「バカ、お前なにすんだよ」


「その顔ならもう大丈夫だね」


微笑みの美少女も漆黒のゴスロリに続くように出て行った。


静まりかえった教室の居心地は最悪極まりない。


この空間は俺を異世界の住人として反発しているかの空気。


異世界に紛れてしまった俺を、千陽と俺を、ヒロとミーも異者として見るかのごとく。


休み時間のたびにちょこちょこと顔を出しては微笑みを見せるヒロ、昼休みに異世界から抜け出したく教室を出ると待っていましたとばかりに手招きをしてきた。


「こっちこっち」


「んだよ?」


「また一人になると荒ぶる眷獣になっちゃうから、監視役です」


「どっかの始祖と一緒にすんな、槍持ってくんなよ」


「あははっ、通じて良かった。ねぇ、一緒にご飯食べようよ。僕たち文芸部で部室使えるんだ」


「ん?先輩とかは?」


「大丈夫、一人いるけどミーのお姉ちゃんだから。ほとんど来ないよ。来ても人畜無害、自分の世界に入り込んでるし」


そんな文芸部よく存続していたな?そんな疑問は、すぐに消えた。


「ミーのお姉ちゃんは現役高校生ライトノベル作家なんだよ」


文芸部に向かう廊下でヒロが語り始めた。


「ん?あれかWEB作家とかの意味か?」


昨今流行の小説投稿サイトは誰でも小説家になれる。


ライトノベル好きなら誰でもが憧れる世界。


創作者側の世界はすごそこにある。


その世界は意外にも近い。そして、遠い。


「元々はWEB投稿していたんだけど、コンテストで受賞してね、商業デビューしてるから学校も大目に見てるんだよ。茨城を舞台にしているライトノベル書いていて、観光PRに貢献しているから。内緒だけど市の観光PR大使の打診も来ているから」


「へ~んな作品あったんだ。青春ラブコメばかり読んでいるから気がつかなかった」


俺が読むライトノベルのジャンルは青春ラブコメ、異世界など冒険物や転生転移物語はコミカライズやアニメでは目にしている。


「ライトノベル好きなら歴史ファンタジー物なんだけど読んでみたら?佐竹義重が主役だよ、ミーちゃんに言えば献本貰えると思うよ、サイン入りで」


「歴史系か、現実世界系のが好きなんだよ、ライトノベル」


ガラリと開けられた文芸部は、昨今の少子化で使われなくなった教室を簡易的な壁で二に分けられた感漂う部屋。


本棚には図書室には並べられなさそうな、昨今流行っている長いタイトルのライトノベルがちらっと見える。


下ネタがどうのこうの、パンツ一枚身に頭にまとった全裸の少女が有名な表紙が、これ見よがしに飾るように並べてあった。


そちらに目が行ってしまうと、


「下僕はパンツを欲しているのか?」


「うわっ、いたのかよ」


わざわざ空いているのに、窓際でなく廊下側の一番日が差し込んでこない席に座るミーに声を掛けられ少しびびった。


「太陽の光に当たると灰になる」


「どうやって学校来たんだよ!」


「まぁまぁ、ご飯食べちゃわないとお昼休み終わっちゃうよ」


ヒロはツッコミ役なのね。


「まあ、うざらわしい視線も雑音もないから、ここで食わして貰うよ」


空いていた日当たりの良い席で母さんが作った弁当を食べ出すと、ミーも外見には似つかわしくない世界で一番有名であろう赤いリボンを付けた猫のキャラクターの弁当箱を待っていましたとばかりに開けた。


ヒロも外見に似つかわしくない、俺よりも大きなガテン系弁当をひろげて「いただきます」と可愛らしく胸の前で手を合わせて食べ始めた。


一口が意外なほど大きい、なぜかその光景に懐かしさを感じ見入ってしまうと恥ずかしそうに顔を背けた。


「意外かな?」


「ん?」


「大食いなの」


「いや、なんかそんなことより、既視感ってやつのが・・・・・・」


痩せの大食い、美少女の大食い、別に昨今じゃ珍しくもない。


それにヒロミは男、俺より背は低くて華奢でも食べ盛りかもしれない。


大きな弁当、大きな一口、そんなことよりなにか引っかかる既視感。


「下僕は幾万年も寝過ぎていて、その様な事も忘れたのか?」


「幾万年も寝ていたら人間の前の原人だろうな、恐竜だって生きていそうだな」


はははっと軽い笑いで受け流すヒロ、


「幼稚園の頃も4人グループ席で食べていたんだよ」


「そうだっけ?なら千陽もくれば揃うな」


「今日はどうしたの?」


「風邪だ。朝見て来たけど、大したことはないんじゃないかな。帰りにも見に行くけど」


「あの頃みたいだね。チーちゃんは風邪ひきさんだったから」


「そうだったっけ?」


「もう、チーちゃんのことくらいちゃんと覚えてないと駄目じゃん」


よく野山を走り回り泥だらけになって遊んでいた記憶の方が強い。


しゃべりながらも大きな一口が進むヒロと、咀嚼の最中は静かなミーの姿が可愛かった。


弁当を食べてお茶をごくりと飲むと、


「雑音が五月蠅かったら、ここを使えば良いのだ。蝿などかまっているから勇者はルシファーに連れて行かれたのだ」


「はい?」


聞き返すとまた咀嚼して静かになるミー。


「リュウちゃん、僕らは慣れているけどさ、人の目って煩わしいよね。昨日の事、噂で聞いたよ。僕も何気にあるんだよね、同性の告白、でも僕、女の子好きだし」


「下僕、他の女と契約を結んだら全身に流れる血を飲み干してやる」


千陽は箸をバシッと置いて立ち上がり興奮気味に言う。


「はいはい、御主人様、僕はいつまでも下僕ですから、それより早く食べましょうね。食べるの遅いんだから」


「ん?もしかして、2人付き合っているのか?」


「そのような下々の言葉を使うな、魂で結ばれているのだ」


「わかったから早く食べてよ、ミーちゃんは。リュウちゃんは、お昼はここに来ると良いよ。僕たちいつもここだよ」


「2人で過ごす楽しいランチに邪魔してないか?」


「ううん、良いの。ずっと2人だったから。でも、4人に戻れるかな?その方が楽しいし、約束もしてたじゃん」


「地獄から帰ってきた漆黒の勇者と共に」


ん?なにか大切なワードが出て来たと思って聞き返そうとしたら、ミーに話の腰を折られた。


「ミーは静かに飯食べてろ」


なかなか減らない弁当のゴスロリ娘にヒロと一緒に苦笑いを見せる。


俺のガバガバ設定も固めて欲しい。


「リュウちゃんさ、朝、殴りかかろうとしたでしょ?チーちゃん、そんなん聞いたら悲しむと思うよ。またかって」


「なぁ~俺の欠落している記憶になんかあるのか?」


「忘れたなら忘れていた方が良いことだってあるよ」


「異世界転移するときにバグったのだろう下僕は」


ヒロはミーに早く食べないと時間終わっちゃうよと促していた。


「なんかよく思い出せないけど、まっ、つまらねぇの殴って退学になったら海外からわざわざ帰国して、同じ高校に来た千陽に顔向け出来ないからな、雑音避けに使わせて貰うか、今朝のことは内緒にしといてくれ」


「うん、わかっているよ。黙っておくのが良いこともあるしね」


「凍る時の部屋で飯・・・・・・」


「ミーちゃん時間止まってないからね。あと五分だよ」


上品に可愛らしい小さなお弁当をゆっくり食べるミーを急かす、大食い美少女のやり取りが妙に懐かしく怒っていた事を忘れさせてくれる昼休みになった。


放課後、電車の中からメッセージを千陽に送る。


『調子どうだ?なにか買って行くか?』


スマートフォンを抱えていたのかすぐに既読になり、


『うん、大丈夫。熱も下がったし、買い出しもお祖父ちゃんお祖母ちゃんしてくれたから』


『まぁ、帰り寄る』


『俺の顔見られなくて一日寂しかったんでしょ?』


『ばーか』


千陽の家に寄りインターフォンを鳴らすと


『あっ、ごめん今出られない鍵開いているはずだから』


中から返事が来たので上がらせて貰う。


千陽の部屋に行くと


「うんしょっとに汗で張り付いて脱ぎ辛くて、思ったよりリュウちゃん早いし、着替えの最中だよ」


汗で湿ってしまったシャツを脱ごうとバンザイしているところだった。


ぴったりと張り付いたシャツの裾が丸まってしまい引っかかって上手く脱げない様子、


「ほれ、貸してみろ、前向くなよ」


「うっうん・・・・・・」


背中に張り付いている湿ったシャツをグイグイと脇腹の裾を持ち上げる。


「キャッ」


珍しい悲鳴が、


「おっおいなんだよ、変な声出すなよ」


「はははははっ、ごめんごめん。脇腹が性感帯らしい」


「っとに、こんな時に性感帯とか言うなよ。くつぐったかっとでごまかせよな」


脱がすと綺麗な背中は前屈みになり、用意してあるシャツを手にする千陽。


「待て待て、ちょっと待ってろ拭いてやるから。タオル脱衣所だよな」


「え?良いよ。あとでシャワー浴びるから。もしかして臭う?」


「全然、臭いとかじゃなくて汗拭かないと冷たくなるだろ、治り遅くなる」


千陽の体臭、秘密だが好きだ。今日はその匂いは強い。黙っておこう。


「あ~ごめんごめん。風邪ひいたの久々で、昔はよくひいていたんだけどね」


脱衣所に行きタオルを取り戻ると、ベッドで背中を向けて正座で待っていた。


「拭くからな、変な声出すなよ」


「はははっ、感じたら出しちゃうよ」


「バーカ、病気の時くらい下ネタから離れろ」


背中の汗を拭き取ると、


「前の汗も拭き取ってくれないかな」


「そんなに拭いて欲しいなら拭いてやるぞ」


いつも俺をからかってくる千陽に勝つには今だろ。


「ごめん。自分で拭く」


後ろ手にタオルを取り、前を素早く拭くとシャツとパジャマをすぐに着た。


「汗臭くない?」


「病人が気にすることではないさ。ってか、臭くないから安心しろ」


臭くなんかない。むしろ千陽の部屋は心地よい甘い匂いに包まれている。


「うん。ありがとう」


「飯は?スポドリは?薬は?」


「お祖母ちゃんも来てくれたから冷蔵庫に入ってるよ、お昼もちゃんと食べた。一眠りしたら汗でビショビショになってて着替えている最中だったんだ。昔も風邪ひきの時、心配して来てくれたよね」


「そこまでは覚えてないな」


「リュウちゃんは昔の事みんな忘れちゃうたちなのかな?」


「さぁ~どうなんだろ?なんでもかんでも覚えている方が凄いって。記憶は上書き保存」


「私はリュウちゃんの事は別フォルダーにして大切に保存しているけどね」


今日の千陽は少しお淑やかに見えた。風邪で弱っているからかな?


「ミーもヒロも脳内キャパシティーに余裕あるんだろうな、俺、昔なんかやらかしたらしいじゃん。それ覚えているみたいだし」


目を大きく見開きゴソッと起き上がって千陽は俺の両肩をがしっと掴んだ。


「学校でなにかあったの?なにかしたの?」


「なにもしてないし、なにもなかったよ。ヒロ達に昼飯誘われて一緒に食べた。そん時に少し昔話が出て」


あのことはわざわざ耳に入れる必要はないだろう。


「ほんと?ほんとだよね?」


「どうした?千陽?」


「ううん、なんでもない」


再び横になる千陽は静かに目を閉じ、


「今なら襲えるよ」


「良い塩味してそうだな」


「俺、鮎の塩焼きじゃないし」


「焼かれる前の塩をふった鮎」


「女の子はしょっぱくないからね」


「いや、男も塩味はしないだろ?」


「汗かいたらするんじゃないかな?」


「なら女の子だって塩味だろ?」


「女の子は砂糖水が出るの」


「それ異世界のエルフかなんかか?サキュバスか?」


「試してみない?味見」


「やめとく」


「そっか、そうだよね」


「そうだよ。今日の千陽いつにも増して変だぞ」


「だよね」


布団で顔を隠す千陽が妙に可愛かった。


しばらく黙ってベッドに脇に座っていると、寝息が聞こえる。


枕元に飲んだ後の風邪薬のゴミが見えるから薬で眠くなったのだろう。


そこに『なにかあったら電話しろ』とメモ紙を残して家に帰ると、滝音が、


「彼氏さん、どうだった?」


リビングでテレビを見ていた滝音は電話でもしているのかと思ったら、俺に言ってきた。


「お前、なんか勘違いしてるって」


「大丈夫、男同士のラブありだと思うよ」


目をキラキラと輝かせて言う。


「お前もしかして、腐っているのか?」


「失礼しちゃう。妹として兄がどんな恋愛しようと応援してあげようと思っていたのに」


テレビを消してバタバタと大きな足音を立てて二階の部屋に逃げていってしまう。


お前、壮大な勘違いしているな。


誤解を解こうと思ったが、夕飯になると珍しく両親がそろっている。


そんな中で妹の腐女子疑惑の話も出来なく、翌朝・・・・・・。


「キャーーー」


突如の悲鳴に驚いて目を開けると理解するのに悩む光景。


目に映るはスラリとした綺麗なスタイルの黄色とグレーのパステルカラーのシマシマパンツ。


千陽・・・・・・なんで服を脱ぐかは、今から俺のベッドに潜り込む所だったのだろう。


それはもう慣れた。


その先だ。


廊下に続くドアは大きく開けられ、パジャマ姿で両手で口を当てて目を本当にビー玉のように大きくしている妹滝音がへにゃへにゃと腰砕けに座っている。


「や~おはよう、滝音ちゃん」


黄色のパステルカラーのシマシマパンツ、腰に両手を当てて胸を張って挨拶している千陽の後ろ姿が、すがすがしいほど男らしいが、実は女の千陽に滝音はやはり大きな誤解をしていた。



~袋田滝音~


 今日もお兄ちゃんの彼氏さんは朝から家に来た。


具合良くなって良かったね。どれどれ・・・・・・。


とっても美青年のお隣さん。千陽さん。


お兄ちゃんはどんな起こされ方をしているのか興味津々。


いや違うの、お兄ちゃんが痔にならないか心配なの。


そうそうよ。朝から襲われてお兄ちゃんが・・・・・・。そう言うことにしといて。


そっとドアを開けると綺麗な肌理の整った肌、ほっそりした肌、服を脱いでいる千陽さん? あれ? ちゃん? え? え? えぇぇぇぇぇぇぇ、胸がある・・・・・・。


え?パンツは女性もの・・・・・・


「キャーーーーーーーーーーー」


私は脳内処理が間に合わなく悲鳴を上げてしまった。


そこにいるのは間違いなく女性。


裸になろうとしている女子。凜々しく爽やかに『おはよう』と挨拶する女子、


「どうした、滝音」


階段の下から慌てて上がってこようとするパパに、


「来ちゃだめーーーー」


ジブリの名作映画のように叫んでしまうと、ママに止められていた。


え???


ママが二階に上がってくると、


「おはよ、千陽ちゃんごめんね邪魔しちゃって、おほほっ」


ドアを静かに閉めるママ。


「え?ママ?」


お兄ちゃんの部屋を指さしながら言うと、


「良いの、良いの、兎に角良いの」


「なんで?お兄ちゃんと女の子だよ?」


「あんたの書いている漫画より健康的でしょ」


「え?」


「兎に角、顔洗って来なさい」


えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。


混乱は夕方まで続いた。



~袋田龍輝~


「おはよ、千陽、風邪治ったからって人の部屋来て朝っぱらから脱ぐな」


「だって脱がないで入ると濡らしちゃうし、濡れちゃったらまた風邪ひくじゃん、下半身が」


「濡らすようなことするな、下半身限定で風邪ひくか、大バカ」


妹の反応と母親の反応を正面をどんと見せる千陽の裸で打ち消した。


「ちっ、今日はハグ出来なかったか・・・・・・」


「あのな千陽、服着てて「ハグさせてくれ」って言うなら別に親友として考えるし、時と場所を選ぶならくっついていても不快じゃないけど、わざわざ裸になってベッドに潜り込もうとするな」


「だって肌で感じたいんだもん。リュウちゃんの温もり」


語尾にハートマークが付けそうに言う千陽。


「おら、冷えるから服着ろっとに」


服を着させて俺も着替えてリビングに行くと、親父が丁度会社に行くところで、


「ちゃんと掃除しろよ。滝音がゴキブリの大行進見たとかで悲鳴上げてたって母さん言ってたぞ。んじゃ、行ってきます」


「おっおう、いってらっしゃい」


親父を見送ると台所で母さんと千陽は、いつものように朝食の支度を済ませていた。


「あっ、今日日直だろ?一本早い電車で行かないと」


「あっ、そうだった」


2人で急いで飯をかき込む。


「ごめんなさい、おばさん、片付けできなくて」


「良いのよ、将来はいっぱいしてもらうんだから」


謎の返事をする母さんにツッコミを入れる余裕はなく急いで登校した。


滝音はずっとうつむいていた。


チラリと見える顔は真っ赤、幾分肩も揺れているような。


学校では昨日聞こえてきた雑音は本人がいるせいか届いてこない一日、それでも昼飯に千陽を連れて文芸部に行くと、ヒロとミーは鞄からお弁当を出して準備しているところだった。


「あっ、やっぱり来てくれたんだ」


大きなお弁当の蓋を開ける手を止めて言うヒロミ。


「下僕の来るところは主の部屋に決まっている」


ゴスロリ姿、言葉とは正反対に、ミーは今日は世界一有名であろう清々しいほど緑でウインクしているカエルのキャラクターの弁当箱を手に持っていた。


来るであろう事は想定されているのは席を見れば一目瞭然で並べられている。


ミーの隣にヒロが座り、真っ正面に二席空いているのだから。


ミーの前に千陽が座り、隣のヒロの正面に俺は座った。


弁当をひろげると、


「2人とも、おんなじお弁当なんだね?」


俺と千陽の弁当を見て言うヒロ、


「これかうちの母さんがまとめて詰めていてくれてる」


「リュウちゃんのお母さんに甘えさせて貰ってる」


千陽が食べる分以上に千陽のお祖父さんが、米や野菜やらをおすそ分けとして家に置いていくので、千陽の朝飯や弁当一人分が増えてもむしろ食費がかからなくなり、うちの母さんは喜んでいるくらいだ。


「朝ご飯も一緒なんだよ」


「へぇ~朝から一緒なんだ?」


「下僕1、汝も朝起こしに来るであろう」


「ついに僕も下僕扱いか・・・・・・」


ヒロミがしんなりとしている。


「下僕1、2、3」


「誰が下僕じゃ~」


「あはははははっ、面白いねトッキー」


千陽には受けが良く、その受けが良いことが恥ずかしいようでミーは顔を赤らめる。


「恥ずかしいなら、んなこと言うな」


このグループのツッコミ役は俺で確定だな。


「なら下僕のことを今更なんと呼べば良いのだ?」


「リュウちゃんとか龍輝とか普通に呼べば良いだろ?幼稚園の時なんて呼ばれていたっけ?」


「勇者」


「はあ?」


「自分で呼ばせていたのを忘れているのか?」


ヒロミを見るとコクリと頷く。千陽もコクリと。


「それは却下、リュウ君とでも呼んでおけ」


「リュウの勇者」


「やめて!」


昔の俺なにをしていたやら。


正直呼び方なんてどうでも良い。昔の記憶をもっと思い出したい。


千陽とミーはお弁当箱のキャラクターが昔と一緒のを使っていて懐かしいとか話している。そんなの覚えているんだ。


俺は戦隊物が描かれた弁当箱を使っていたような・・・・・・。


心地よい昔語りを聞きながら昼飯を食べると今日もミーはヒロに、


「ミーちゃん早くしないとお昼終わっちゃうよ」


急かされながら残り半分を黙々と食べていた。



「普通じゃないよ、二島さんは」


男女別の体育の授業が終わって教室に戻ると、千陽とクラスの女子がなにやら揉めていた。


「そうだよね、外見こんなんだもんね・・・・・・」


「ちょっと待て何なんだよ」


割って入ると、千陽は俺の肩をそっと押さえて


「大丈夫だからリュウちゃん怒らないで」


「いや、でもさっ」


「ううん、あとで・・・・・・帰りでも説明するからさ、大丈夫だから落ち着いて」


もう片方の手も肩を掴むと千陽は細腕の限界に近い力で俺を抑えていた。


「わかった」


俺の怒りの感情を見せただけで周りは静まった。


その日の帰りの常磐線の車内は珍しく混んでいる。


春先によく起きる濃霧のせいで、遅延しているのが原因だった。


電車内では深い話も出来ず、自転車で話しながらと言う内容でもなさそうなので千陽の家にそのまま帰った。


まだ出してあるこたつに、千陽はオンにして足を入れると、冷たい足を俺になすりつけて絡めてくる。


止めようとするが、


「私のことがね・・・・・・気持ち悪いって」


「なんだよそれ」


「やっぱりリュウちゃんにそれ言うと怒るよね。あの場だったら、そのまま言葉続いていたら殴りかかっていたでしょ?駄目だよリュウちゃん」


うつむいて手もこたつに入れ背を丸めて縮こまる千陽。


背が俺よりも高いはずなのに小さく見える。


その姿はどことなく寂しそうで俺は肩を抱き寄せた。


「っだよ、ちょっと格好いい乙女が珍しいのかって!」


「ずっとそう言う奇異の目で見られているから慣れているんだよ」


「慣れるなよ。否定しろよ、俺だって一緒に否定してやるからさ」


「ちゃんと男が好きな、ちょっと変態さんです?って」


「うっうん、変態さんは言わないけど」


「リュウちゃん、正直言うと私ね、好きな性別対象ってのもよくかんないの。男の人にときめくって今までないの。勿論女の子にも」


「だけどが続くんだろ?」


「当たり」


ニンマリと顔を一度すると、目をつぶって口を尖らせて待つ顔となる。


・・・・・・チュッ


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」


「なんだよ、自分の方から誘ってきて」 


「だって、絶対「変な顔すんな」って怒ると思っていたし、ほら、ファーストキスにしたいシチュエーションあったんでしょ?」


「クリアしてるし」


「え?」


「女の家でこたつに入りながらチュッってするシチュエーションが夢だったんだし」


「そっか、こたつ出してて良かった」


こたつ布団を上げて顔をちょっと隠している。


「てっか、もう、五月になるんだからしまえよな」


「え~冷え性なんだもん梅雨明けまで待ってよ」


「それって七月じゃねぇ~か、夏休み始まるまで出しているのか?梅雨ジメジメだろ?途中でカビ生えるぞ」


「ちゃんと天気良い週末は洗濯してるもん、干すもん」


「今週そのまましまっちまえ」


「え~酷い。なら代わりに温めてくれるの?」


「んなことするかバカ」


「ねぇ~こんな何でもない場所で良かったの?」


こたつの上に置かれていたお菓子入れのチョコを一口食べる千陽、


「こたつって最高の萌えシチュエーションなんだよ。幼なじみとって」


「ねぇ今するとチョコレート味だよ」


「ファーストキス、味しなかったな・・・・・・チュッゥ」


ちょっとだけ濃いめのキスをすると


「リュウちゃん考えてくれるんだ?」


「答えはもう決まっているけど、俺が最高に考える萌えのシチュエーションで言いたい」


「ふぅん~仕方ないな。それに付き合ってあげるのも親友か」


「そうだ少しくらいちゃんと待てよ。変な行動するなよ」


「リュウちゃんも、私のことで・・・・・・私たちのことで暴走するのは禁止だからね」


「私たちって?」


「ヒロとミーと私・・・・・・」


「やっぱなにかあったのか昔?」


「ねぇ~今日は思い出の日にしたいから、この話やめて良いかな?拙者も初接吻でござるのだから」


千陽の表情は高揚している。うん、これ以上はやめておこう。


まともに話も難しいだろうから。

 

憧れるファーストキスのシチュエーションはいくつかある。


彼女の部屋、こたつで。


冬山登山の雪に囲まれた避難小屋で寄り添って。


初日の出、筑波山山頂岩のてっぺんで。


初詣、鹿島神宮で御神水のコーヒーを飲んだ後のコーヒー味のファーストキス。


春、梅咲き誇る偕楽園で。


ゴールデンウィーク、ひたちなか海浜公園のネモフィラ咲き誇る丘で。


夏、大洗に海水浴に行って夕日に照らされながら砂浜で。


秋、コキアが真っ赤に染まる丘で。


クリスマス、舞浜の遊園地で待ち時間見つめ合っている中チュッ・・・・・・。


それを千陽に話すとゲラゲラと笑って、


「リュウちゃん、ライトノベル読み過ぎ。凄い正統派青春ラブコメドラマだよ」


「そうか?案外ライトノベルの青春ラブコメってキスすら出てこないぞ」


「なら、リュウちゃんの頭の中が青春ラブコメなんだよ」


「そうかな?」


「そうだよ。俺なんていつでもリュウちゃんの唇奪いたいけどね」


「さかってんのかよ」


「絶賛発情中」


「それは18禁小説だろ」


軽いチョップを食らわし、迫ってこようとするのを止める。


てへへへへと笑っている千陽、帰るにも時間も早いしテレビを付けると、ひたちなか市にある国営海浜公園が写し出されていた。


「あっ知ってる。海外でも放送していたんだよ、この景色」


茨城県が世界に誇るネモフィラのブルーの丘は、幻想的でアニメのモチーフによく使われており聖地としても有名。


それでなくてもリア充達はこぞって映栄る写真を撮りたくて集まってくる。


「行きたいなぁ」


「混むんだよゴールデンウィークの海浜公園」


「だよね・・・・・・」


ジッと見つめる千陽の目はキラキラと輝き間違いなく幻想的なお花畑に夢を見る乙女の目をしていた。


「仕方ないな、行くか。茨城自慢の風景見てないって茨城県民じゃないからな」


「はははははっ、リュウちゃんなにそれ~」


「屋台も出ていて、ちょっとしたお祭りになっているから、ヒロとミーも誘って行くか?」


「・・・・・・」


「ん?どうした?いやか?」


テレビから俺の顔に目を移してまじまじと見る千陽、


「違うの・・・・・・覚えていないのに不思議だなって」


「なんか俺、約束したんだっけ?」


「うん、良いの。きっとヒロミとトッキー驚くと思うよ。ねぇ~今日は家でご飯食べていかない?俺作るからさっ」


「ん?別にかまわないけど」


「ならテレビ見てちょっと待ってて」


千陽は一度部屋着に着替えてエプロンをして、料理を始めた。


キャベツの千切りのリズムが意外に良くトントントントンと進む。


フライパンで肉をジュワーと焼く匂いはとても食欲を沸き立たせる。


一時間ほどで、


「あなた、ご飯よ」


「誰かあなたじゃい!っておっ、美味そう」


とても細い繊細なキャベツの千切りが載せられた皿に豚の生姜焼きと、けんちん汁。


そして、ぬか漬け?


「いただきます」


「めしあがれ」


キュウリのぬか漬けから口にすると、ほどよい塩加減とぬか漬けの風味が口に広がる。


「ん?ぬか漬け美味い、千陽のお祖母ちゃんの手作りか?」


「あ~それ?私が漬けてるの。元のぬか床は、お祖母ちゃんに分けて貰ったやつだけどね。俺がちゃんと毎日混ぜてるよ。愛情と俺の汗と体液と肌の常在菌がたっぷり入ってる」


「やめてくれ美味いのに一気に萎える」


千陽は冗談交じりに言いながら、こねくり回す動作をしていた。


「あはははははははははっ、だよね。お祖父ちゃんがお祖母ちゃんのぬか床をそうやって褒めていたけど、

ぬか床ってさ、家族愛の食べ物だと思わない?」


ぬか床、毎日空気を含ませてあげるなど管理しないとカビが生えたり、腐ってしまったりすると聞く。


素手で毎日かき混ぜれば、千陽が言うように、かき混ぜる人の何かも含まれてしまう。


よくよく考えれば、潔癖症の人などは食べられないだろう。


俺はそんなのは気にならないし、そう言うことを言ってしまえば、おにぎりだって、お寿司だって、蕎麦、うどん、パンだって手でこねている。


数えればきりがなく、気にしていたら美味しい物は食べられなくなる。


「言われてみればそうだけど、その表現はやめて。でも、本当に美味しいよ」


褒めながら食べると、千陽は力こぶを付くって見せている、ぬか漬けに力こぶは必要なのだろうか?


豚肉の生姜焼きも、生姜がたっぷりと入って少し辛めの大人向けの味だが美味い。


「千陽意外に料理、上手いんだな・・・・・・」


「せめて胃袋くらいは掴みたいから勉強してたんだ」


「財布の紐は掴ませないからな」


びっくりした顔を見せ咳き込む千陽、


「それってプロポーズ?」


「まさか」


「だよね」


黙々とちょっと恥ずかしく、お互い静まりかえって咀嚼音だけが部屋に響いていた。


後片付けくらい手伝おうとすると千陽が拒んだ。


「俺もさっ、憧れってあるんだよね。台所に夫を立たせるとか、ちょっとしたくないって古風な」


「へ~珍しい。昨今じゃ家事は分業だって騒いでいるのに」


「それは勿論、悪くはないと思うけどさっ、それって日本文化の否定なんだよね。みんながみんな家事分担をしたい男の人じゃないでしょ?そんなこと騒ぎ出しているから結婚もしなくなって少子化になるんだよ。俺は身なりはこんなんだけど、中身は古風な主婦に憧れてるんだ。それに台所って俺の領域であって欲しいんだよね。俺が使いやすいように配置する、家事分業だと夫の仕様も入って来ちゃうじゃん、手を出させない、そして口も出させない、だから分担も望まない」


意外に少子化問題まで自分なりに考えを持っている千陽に驚く。


確かに自分の領域を犯されるのは誰でも嫌うだろう。


俺の部屋の本棚だって作家、出版社、レーベルで独自に分けている。


それをこの作品とこの作品は同じジャンルだから隣の方が良いんでは?などと言われたくない。


机の上だって乱雑に見えるだろうが、自分が使いやすい配置になっている。


そんな事を考え洗い物をしている千陽を見ると不思議と懐かしい。


「なぁ~おままごとするときって母親役してなかったっけ?」


「少しは思い出してきた?」


「ん~たまに一枚の写真のような思い出がちらっと出てくるんだよ」


「リュウちゃんがお父さん役で、トッキーとヒロミちゃんが娘役してたよ」


「あのころって、ヒロミって丸坊主じゃなかったっけ?」


「それって、ヒロミちゃんがお父さんに無理矢理切りに床屋さんに連れて行かれた後の記憶だよ。年長さんになるまで市松人形みたいに肩まであったの覚えてない?」


「ん~年長の終わりくらいの記憶がギリギリ・・・・・・」


「忘れっぽいなリュウちゃんは」


話しながらも意外とテキパキと片付けも終わらせる千陽は、昆布茶を入れてくれた。


千陽は昆布茶がお気に入りなんだな。


「こんな風にちょっと昭和の家庭に憧れてるんだ。子供も5人くらい作ってさ、でもお父さんには子育ては期待しないお母さん」


「男としてはポイント高いな」


「でしょ?今ならお買い得だよ」


「なぁ~安売り文句は言うなよ。まだ帰ってきてちょっとしかたってないけど、俺さっ千陽といると心地よいからさ・・・・・・なっ・・・・・・その・・・・・・俺が最高のシチュエーションで言いたい」


目を一度見開いた後、両手で昆布茶の入った茶碗を両手で持ち、中でふよふよと泳いでいる昆布茶の粉をジッと見て、


「それ言ってると一緒だよ、リュウちゃん」


小さく言った。


昆布茶に集中しているように見せかけている顔は、ニヤニヤとしているのが横から見えた。


「かもしれないが聞き流しておけ」


「うん、今はそうする」


昆布茶の入った茶碗を両手で持ち手を温めながらこたつの中では、長い足をもぞもぞとくっつけてくる千陽は可愛かった。


格好いいのに可愛い女。そんな千陽を俺は好きだ。



~袋田滝音~


 お母さんとお父さんが揃っている夕飯、お兄ちゃんの席が空いている。


最近、仕事が一段落したお父さんは、働き方改革とかで残業を減らすように人事課から言われたそうだ。


「母さん、龍輝は?」


「ん、さっきメッセージ来て、千陽ちゃんと食べるって」


「へぇ~男の子なのに夕飯作れるのか?」


私も勘違いしていた事をお父さんが口にすると、


「格好いいわよね~龍輝のお嫁さん」


「え゛?」


「はい?」


私の驚きと言葉を重ねてお父さんも聞き返す。


「千陽ちゃんは女の子よ、かっこいいから男の子だと思っていたでしょ?でも、料理上手だし、毎朝龍輝のシーツ交換してくれてるし、マメな女の子なのよ、龍輝は昔は4人でよく遊んでいたから、お父さんは、多分その中の1人、ヒロミ君あたりと勘違いしているんじゃない?」


「ん~確かに、幼稚園の頃は何人か出入りしてたけど、千陽ちゃんは女だったか?俺はてっきり龍輝は同性が好きなのかと・・・・・・」


「あははっ、あの子の部屋のライトベルは女の子ばかりが表紙よ、んなわけないじゃない。むしろ妹が大好きだーって叫び出すんじゃないかって、私はハラハラしていたんだから」


「ちょっと、お母さん良いの?千陽ちゃんお兄ちゃんの部屋で裸になろうとしていたんだよ」


「はぁぁぁぁぁぁ?朝の悲鳴はそれだったのか?」


「孫の顔を早く見たかったんだからお父さんには秘密にしてたのに。滝音、お兄ちゃんが魔法使いになって欲しくないなら気を使いなさい。千陽ちゃんのお母さんと私は、幼なじみよ、話しはとっくについているんだから。もしもがあったら、働き口だってあるんだし」


「ん?」


「二島さんの農業の跡取りにするって」


「えええええええ!お兄ちゃん学生結婚しちゃうの?」


「母さん、俺は聞いていないぞ」


「言ってないもの、龍輝と千陽ちゃんが進む道を黙って見守ってあげましょうよ」


「俺は孫が抱ければ良いのだけど・・・・・・でも15、16は早すぎるだろ?」


「私、龍輝生んだとき18だったんですけど~」


「あっ・・・・・・」


お父さんとお母さんは年の差婚、お母さんが18歳、お父さんは30歳・・・・・・?


「えっ、それって今だったら犯罪でしょ?」


私は改めて思わず聞き返すと2人は気まずそうに笑いながら多くを語るのをやめた。


って、私、中学生で叔母さんはいやだよ~・・・・・・。


   ◆


「おはよ、おっ今日もちゃんと服着ているな?」


毎日朝は千陽が起こしてくれる。


あの告白ギリギリのファーストキスの一件以来、少しだけしおらしい。


「ん~スカートだけはシワになるから脱いだけど、我慢してる」


ニヤニヤとしながら胸元から上目使いで顔を見てくると、手はジョリジョリと俺の顔を触っている。


「まぁ~こう言う起こし方なら別に良いけど、夏もするのか?」


「もちろん」


「うわ~暑苦しいな」


「ははははは、ねぇねぇ、今日スカートにしたんだけど、どう思う?」


ベッドを出てすぐに穿いてくるりとスカート姿を見せた。


膝より高い裾、紺色のなんちゃって制服風、


「なぁ~それだったらニーハイ穿かないか?」


「ニーハイ好きなの?リュウちゃんが好きなら買うけどって日本のソックスの歴史って不思議だよね、ルーズソックスの後、紺のハイソックス、今、くるぶし丈が流行の兆しなんだよ、一部の愛好家はニーハイをこよなく愛しているみたいだし」


「ハイソックスはまだしも、制服にくるぶし丈靴下は萌えないを通り越してダサい、俺は好きじゃない」


「なんか、リュウちゃんって足に、なみなみなるこだわりあるみたいだけど、足好きなの?」


ベッドに足を掛けて長い足を見せながら言う千陽は、右手を前に出し、左手は後ろに回して『おひけぇなすって』と、水戸黄門のお銀さんがやる仁義の挨拶風に見せてきた。


つやつやとしている臑は正直、綺麗だ。


「千陽の足が好みの足なんだよ、細すぎず太すぎずスラリとした足、まっすぐに立つと太ももの間に隙間が生まれる足」


「結構見ていたんだね」


「まぁ~今更隠すこともないだろ、俺は足好きだよ、千陽のスラッとした足」


「ふへへへへへへっ舐める?、踏んであげようか?」


「はぁ~なんで踏まれなきゃならん、愛でるのが良いんだ」


足、眺めるのが好きで、舐めたり匂いを嗅いだり、踏んで欲しいと言う願望はない。


「タイ式足踏みマッサージ習ったんだよ。バイトするつもりで」


「うっ、本場の足踏みマッサージは魅力的だな」


「リュウちゃん少し背曲がっているでしょ?肩こっているんじゃない?」


「あっ、うん、当たり。ん~今度頼むよ」


マッサージに自信があるのか頼むと、嬉しいそうに小さなカッツポーズをしていた。


「ほら、朝ご飯の時間なくなるわよ」


下から母さんの声で時計を見ると家を出ないとならない時間まで30分なかった。


着替えて急いで朝飯を食っていると、滝音は無言で千陽をずっと見ていた。


母さんから千陽が女だと聞かされたのだろうけど。


「宝塚でトップしてそう・・・・・・」


「滝音ちゃん、俺女の子だよ、今度、一緒に温泉入りに行こうよ」


「私、百合には興味ないもん」


滝音はそう言って勢いよく箸を置くと学校へ行ってしまった。


「つかまり立ちした頃、みんなでお風呂入りに行った事もあったのに、覚えていないわよね、ほら、早く食べないと電車乗り遅れちゃうわよ」


母さんに急かされ味噌汁でご飯を流して、慌てて家を出る。


これが俺たちの日常になっていくんだろうな・・・・・・。


   ◆


学校で昼飯の時、ヒロとミーに、


「なぁ~千陽と海浜公園行くことになったんだけど、一緒に行かないか?」


ネモフィラに誘うと二人とも驚いた顔を見せて、


「汝は魔王に封印されし記憶が蘇ったのか?」


「俺、魔王と戦った記憶すらないから」


「リュウちゃん、僕たち卒園式の間近の時にダブルデートしようねって約束したんだよ」


ヒロミが箸を置いて言う、千陽が、


「別に良いじゃん、約束は実行されるんだしさっ。無理に思い出させなくても」


「そうだ。魔族との戦いなぞ思い出す必要はない」


「なぁ~俺、なにかあって記憶消えているのか?」


三人は口裏を合わせたかのように黙り、もくもくと弁当を食べ続けた。


「なぁ、教えてくれよ」


「ダブルデートの時にその話してあげるよ」


ミーがいつものふざけたテンションキャラでなく、明らかに地の真面目であろう口調で静かに言うと、それが逆に不気味で聞き返すことが出来なかった。


「うん、わかった」



~二島千陽~


「やーい男女~」


「女のくせに男みたいなかっこうしてる~」


「おなべって言うらしいぜ」


「そのうちチンチン生えてくるんじゃない」


「リュウもよくそんなのと遊んでるよな」

 

 私が遠い昔、幼稚園でよく言われていたからかい・・・・・・いじめ。


それをいつもリュウちゃんは庇っていてくれた。


おままごとやお人形遊びを好きとするヒロミちゃん、無口でずっとお人形を抱えていたトッキーにまでその罵詈雑言は向けられると、リュウちゃんは我慢の限界?心の箍?堪堪忍袋の紐が切れたのか、いつもからかってきた五人組を相手に殴りかかっていった。


幼稚園始まって以来、前代未聞の取っ組み合いの盛大な喧嘩。


多勢に無勢。


だけど、箍が外れたリュウちゃんは、まさに名前通りに龍と化し、先生三人かがりでやっと止める。


6人のスモッグは赤く染まった。


相手に流血させるくらいリュウちゃんは怒った。


怒り狂ったと言う表現を見たのはあの時が最初で最後のはず。


私たち三人は「もう良いよ、やめて」そう泣きながら暴れ狂うリュウちゃんに声をかけるのが精一杯だった。


喧嘩相手の五人は軽い怪我、鼻血程度のことだったが。


事の発端がいじめが原因だったことで、親たちは子供達の喧嘩だからと、特に大きな問題としなかったが、リュウちゃんは翌日から高熱を出し卒園式の日前日まで入院、卒園式の日も本調子ではなかった。


上の空のリュウちゃんに私は別れの挨拶をする。


「リュウちゃん、私ね、明日から遠くに行っちゃうの」


「そっか・・・・・・」


「リュウちゃん、私、必ず帰ってくるから、そしたらみんなでまた遊ぼうね」


「・・・・・・うん」


生気のない返事にリュウちゃんのお母さんは、


「またみんな会えると良いわね。ごめんね、まだ本調子ではないから病院に帰るね」


リュウちゃんはおばさんに手を引かれながら幼稚園から去って行った。


別れは突然静かに迎えた。


ちゃんと別れの挨拶も出来ないまま、ヒロミちゃんとトッキーと私はリュウちゃんが病院に戻っていく背中を見送った。


大きく感じていた背中はその日、小さく感じたのを今でも鮮明に覚えている。


あの時のような取っ組み合いの喧嘩は子供だからこそ許された。


今なら間違いなく退学、悪い事態となれば警察沙汰。


忘れているなら思い出さない方が良い。


思い出してしまえば、またあの時のように私たちを庇って・・・・・・。

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