2.ニホンアマガエル(3)
『すきっぷ、すきっぷって……そればっかり』
声は不満そうだ。
『おい、いつも言うことだけどな。【かいせつ】はちゃんと最後まで聞けよ。まったく……あいかわらず、俺の言うことを聞いていないんだな』
あきらの周囲には誰もいない。ということは――そう、声の主はカラーペーパーの中央に浮いている映像のカエルだった。
あきらにゴツゴツした背骨を見せていたカエルは、懸命に手と足を動かして、自分の位置を修正した。3度目の水平回転でようやく正面を向き、あきらと顔を向き合わせた。
「なんだよ、またおまえか」
せっかく視線を合わせられる位置まで回転したカエルの苦労も顧みず、あきらはそっぽを向いた。
『まるで偶然会ったみたいな言い方だな。でも命令したのはあきらだぜ。俺に会いたいから出てきて下さいってね』
「でてきてくださいなんて、いってない! 『でろ』っていったんだ。それも一回ためせって先生がいうから。そうじゃなきゃ呼ぶもんか」
『俺は会いたかったぜ、あきら。前回教室の外に投げられてから、全然呼んでくれないからさ。あの時の俺は肉食恐竜の人形だったかな? あきらはとにかく怒りっぽいからな』
「よくいうよ! おまえがいきなり女の子のうさぎのぬいぐるみにかみついて、泣かしちゃったからじゃないか!」
『そりゃあ、ごっこ遊びだから真剣にやらないと……うまそうなごちそうが目の前にいれば、飛びかかるのが恐竜ってもんだ』
「もういい、お前とは、しゃべりたくない」
『つれない事を言うなよ、《ぼっちゃん》』
「ぼっちゃんって呼ぶの、やめろ! みんなにからかわれるんだから」
『へぇ。じゃあ、ヒナちゃんみたいに、《あきらくん》って呼べばいいのかい?』
カエルは皮肉たっぷりに言って、ケロケロと笑った。アマガエル特有の目の横の縞模様が、ピクピクと動いた。
「うるさいな……さっさとひっこめよ!」
あきらはかっとなって、このたちの悪いカエルの映像を睨みつけた。
どうしても、こいつと喋っていると最後には怒鳴ってしまう。あきらは胸に手を当てた。落ち着け、相手はただのおもちゃなんだぞと言い聞かせる。
けれど一度高ぶった感情には効果が薄く、イライラとする気持ちは全然、おさまらなかった。
「マコさんがいけないんだ!」
あきらは『この件』について、ついこの前も担任の保育士に解決をお願いしたばかりだった。
「マコさん! ぼくの【ぴーえー】のきおく、はやくキレイにしてよ!」
依頼の台詞はいつも同じだった。
「あー! そうそう、あきらくんのPAでしょ? 大丈夫! 先生ちゃんと覚えてるんだから……ちょっと待ってね……説明書……説明書……えーっと、ここの所を押して……」
タブレットを操作する保育士の喋りと手つきが、どんどん怪しくなってくる。あきらはその様子を見せられる度に、大人びた諦めのため息をつく事になった。