2.ニホンアマガエル(1)
「はい、これ。あきらくんの分ね」
ピンクのエプロンを着けた保育士がやってきて、正方形の紙をあきらの前に差し出した。
返事はない。
先生が手に持っているのは新品のカラーペーパー。けれどそれを見ても、あきらの表情はまったく冴えなかった。
じっと見つめること5秒。ようやく先生から色紙を受け取った。
「みんなにもお願いしてるの。今度の発表会までに、好きな色とか模様でかざってきてね。約束よ?」
これまた返事の代わりに、あきらは無言で首を縦に振った。
「ああ、よかった! あきらくんが最後だったの」
その先生はようやく全員に紙を配る仕事を終え、安堵の息を漏らした。
「いちおう壊れていないか確かめてみてね。じゃあね!」
そう言い残すと、保育士は忙しそうに別の子どもたちの方へと走っていった。
残されたあきらはひとり、紙を手にぽつんと立っていたが、やがて寒さを感じてぶるっと震えた。
寝汗で濡れたシャツを着替える為、いちど色紙をフローリングの床に置いた。
新しい上着を懸命に引っ張って、袖口から大きな頭をずり出した。ズボンをたくし上げ、シャツを中に入れる。背中の方はうまく仕舞えていないが、本人は気にもしなかった。
自分なりに着替えを終えたあきらは、フローリングの床にペタンと座り込んた。人からもらった餌を警戒する猫のようにしばらく、おもちゃから宿題となった『紙』と睨めっこをしていた。
渡されたおもちゃの色は、単色の黄緑色。『カラーペーパー』という名前は立派だが、薄くて変哲もない1枚の紙きれだった。
やがて緑の紙に手を伸ばし、つまみ上げる。裏側を眺め、違う手で持ち替え、今度は目線の高さにかかげた。
わかっている。警戒なんてする必要はない。あきらはこの種のおもちゃのことよく知っている。遊び方も、その紙に命を吹き込むための言葉も――。
「でろ」