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第九章 突然の玲☆え?ピンクの糸って

   1


 ワーワーワー。

 ワーワーワー。

 今日の分の闘いは終わり、歓声に包まれたまま、選手は会場を後にした。

 翌日は、決勝戦を控えている。


「どうかな、美舞。大会は順当に進んで行って、男子の部には二人、女子の部には三人、混合には六人、新入生が残ったわ」


 会場の隅で、日菜子は、記録を整理していた。


「注目は、やっぱり混合の六人かな」


 美舞も手伝っている。


「ああ、試合の合間に、観戦もしていたわね」


月代(つきしろ)夕矢(ゆうや)火野(ひの)光輝(こうき)水城(みずき)猛威(たけい)木田(きだ)洋次ようじ金山(かなやま)柔一(じゅういち)土方(ひじかた)(れい)だな」


 美舞は、少し考えていた。


「うんー。後は女子部だけれども、日下部(くさかべ)涼夏(りょうか)。良い蹴り持っていたし、スピードも十分だね」


 美舞は分析は苦手だが、強いかどうか、勘は働く。


「彼らは皆、先輩達を相手に危なげなく闘い抜き、ベスト十六に入ったしね」


「その中でも――。特に、土方玲は相手に指一本触れさせる事なく倒して来た。中々のものだと思うよ。他の新入生も十分な闘いぶりで勝ち上がったものだから、期待十分だと僕は思うよ」


 口に手を当てて静かに闘いを思い出していた。


「美舞は、闘いに関しての思考レベルが段違いよね」


   2


「じゃ、帰ろうか。ひなちゃん」


 美舞は学園のシャワーを浴びて出て来た。


「あれ。ひなちゃんは、浴びないのかな」


 美舞は、少し濡れた髪がさらさらと美しく、さっと猫の髪留めで纏める。


「私は、帰ってからお風呂に入るわ。選手じゃないし」


 美舞は、日菜子と共に、歩いて学園の最寄り駅、徳川学園前へと向かっていた。

 二人は、よく一緒に帰る。

 反対方向だが、駅から美舞は二駅、日菜子は一駅と、お互い直ぐ近くに家がある。

 美舞は、日菜子のガードも兼ねて帰っているつもりだ。


「ねえ、美舞は誰に目をつけているの?」


 日菜子がにやにやするので、美舞は引いてしまった。


「目をつけるって……? な、何を仰るマドモアゼル」


「別に変な意味じゃなくってね。美舞から見て期待できる選手はいたかな」


 美舞は今日の試合を振り返る。


「そうだな――。男子なら、土方玲って子かな? 男子は実力が拮抗していて誰って言うのは難しいけど、土方君が二歩ほどリードかな。基本ができているし、伸びそう」


「何? 二歩って。ねえ」


 又、日菜子は口を尖らせている。


「それはね、土方君は――」


「呼びました?」


 突然、二人の背後から声がした。

 二人が振り向くと、そこに土方玲が立っているではないか。

 微笑みを浮かべながら。

 玲は、両の瞳が茶で、髪もさらさらの茶の前髪が長めのショートヘアが似合う。

 健康的な肌色に白い歯が今にも光りそうだ。

 身の丈は百七十九センチで、すらっとしている。

 美舞は、好感を覚えた。


「びっくりしたなあ。いるなんて気付かなかったわ」


 日菜子は本当に驚いた様だ。

 それに対して、美舞は無言を通す。

 それを玲は微笑ましく見つめる。


「それで、先程の事なんですが……」


「何でしょうか」


 玲の微笑は、怜悧にも捉えられた。


「二歩の事ですよ。他の方より二歩リードって」


「分かった。理由を明かそう。一つは、今の君の行動からも分かる。動きにそつがない。僕の後ろに気配を感じさせずに立ち得た人は、一握りしかいないよ」


 玲は、先程よりもあたたかい瞳に変わった。


「もう一つはね――」


 珍しく慎重に言葉を選んでいる。

 美舞の言の葉一つで世が変わりそうだからだ。


「もう一つは?」


「君には、他の人にない力を感じる! 大切な事なので、言い渋っていたよ」


 美舞は目に力を入れた。


「力?」


 玲は先程迄の微笑みを消し、真面目な表情になった。

 図星をつかれたと顔に書いてある。


「鋭いですね。驚きました、正直言って」


 今度は美舞が微笑む番だ。

 美舞には、同じ匂いを持つ人間がいた事が、嬉しくて仕方がない。

 ただ、意表を突かれたので、対応に困っている様だ。


   3


「それで、君の家はどこなの?」


 美舞が世間話の範疇だと思った質問は、別の質問で返って来た。


「突然で悪いんですが、貴女のお宅へ伺いたいんですが」


 玲の顔は真剣でかつ緊張している。

 それに対して、美舞は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。


「はあ。僕のうちだって?」


「ですから、貴女のお宅へ一緒に向かいたいと」


 デーデーッポッポー。

 架空の山鳩が横切って行った。


「あの、話が見えないんだけど」


「土方君、もうちょっと詳しく話してくれないかな?」


 日菜子は横から入って、二人を落ち着かせた。

 そして、三人で公園にあるベンチに腰掛ける。

 改めて玲は二人に話し始めた。


「私は、貴女のご両親にお会いするために、この学園に入学したのです」


「僕の両親?」


 美舞は、自分の両親についてさほど知らないのに、何故、他人が徳川学園まで来たのかとじれったく感じた。


「ええ。私の父は昔、戦地で医師として働かせていただきました。貴女のお父様と仲が良かったそうです。父は昨年他界しましたが、貴女のご両親にお会いするようにと遺言がありました」


「そうなんだ。大変だったね」


 ご愁傷様というべきタイミングでもないので、美舞は困っている。


「ここ迄辿り着くのは、父の死に比べたら、大変ではありませんよ。徳川学園中央図書館にて、生徒名簿が気になり、三浦美舞という名とお父様がドイツ生まれとの一文を見つけ出しました」


 玲は続ける。


「貴女の身辺を洗うと、男子空手部に所属している事も直ぐに分かりました。貴女と知り合いになる手っ取り早い方法、つまり空手部に入部したという訳です。ふうー」


 玲は話し終えると溜息をついた。

 元々、口数の多い方ではない。

 相手が初対面という事も多少影響しているのだろう。


「ひなちゃん、OK?」


「イエーイ。OK、OKじゃない」


 美舞も日菜子も玲の様子がまともそうに見えたので、取り敢えず信じる事にした。

 玲は表情が穏やかで人当たりが良い。

 初対面の人にも安心させる雰囲気を持っている。


「じゃあ、僕の家に寄って行ってよ」


 美舞は気さくに誘った。


「ありがとうございます……」


 玲は、深く頭を垂れた。

 二人は、日菜子と別れた後、美舞の青葉区にある家へと歩いて行った。

 公園に咲いていた桜が、美舞の肩に落ちていたのを玲は教えられずに困っている。

 あんなに堂々と話しかけたのに、今は、恥ずかしくて仕方がない。

 美舞の顔は見ない様にしていた。


「さあ、僕の両親の洗礼を浴びるかね」


「は、はひ」


 深い意味もなく放った言葉だったが、予想外の展開が待っていた。

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