第32話 中庭ピクニック
「明日はピクニックよ」
右手以外は本調子になってきたある夜更け。ぼちぼち寝るかと考えていたところで、部屋に来た母上がそんなことを言い出した。
「この夜更けに、いきなりですね」
夕食の席では何も聞いていなかったのに、なぜ寝る前になって急に告げるのか。
「夜空を眺めたらね、星がとても綺麗だったの。明日はきっとよく晴れるわ」
「はあ」
「レオはその手じゃ仕事も訓練も出来ないでしょ。暇を持て余してると思って。皆の慰安と生還のお祝い、それと気分転換ね」
「傷が開くといけないので、馬車に乗るのも多分医者が認めてくれませんよ」
「その辺は気にしなくていいわ。場所は中庭でやることにするから」
「それってピクニックと言えますかね?」
ガーデンパーティというやつじゃなかろうか。前世だったらお花見かバーベキューだ。
「細かいことはいいのよ。じゃあ、お休みレオ」
◇◆◇◆◇
翌日、午前中のうちに準備をして、お昼から中庭ピクニックが始まった。
参加者は、俺の関係者全員と、伯父上、ローガン殿、領軍の隊長さん3名、そしてゲッコー医師。
俺の関係者は簡単に集まるとして、伯父上たちをよく集められたな。また後始末だって終わってないだろうに。
ゲッコー医師は、領軍がジュリアノス市を進発して、ハチルイの町を通過した際に、臨時の軍医として連れて行かれたそうだ。
今は、伯父上が褒美を出すということでジュリアノス市に滞在している。
「ピクニックだから、追加はなしよ。使用人たちも今は仕事をせずに楽しみなさい」
母上のこだわりなのか、食べ物、飲み物は最初に庭に持ち込んだものだけ。使用人を使って追加をもってこさせるのは不可ということになった。
それを聞いたドンガ親方は、自前の酒樽を持ち込んで万全の態勢だ。
「では兄上、乾杯の挨拶をお願いします」
母上に促されて伯父上が皆の前に立つ。
「あー、今日は天気もよく、陽気も過ごしやすい。そこに食べ物と酒があって、長話をするのは無粋だろうから、簡単にすませる。まず、この度のエルフたちの起こした騒動で誰も死者が出なかったことを神に感謝しよう」
全員で祈りを捧げたあと、伯父上が続ける。
「領軍の者たちよ、急な召集であったがよく規律を守り、よく戦ってくれた。その忠義と勇気に儂はとても満足しておる。
また、元シルバードーン関係者も取り乱すことなく、節度ある行動をしてくれた。こうやって共にレオナルド達の生還を祝えることを嬉しく思う。
アデリーナ。よく生きて帰った。
そして、レオナルド。ここではクドクドは言わん。よくやった。フィルミーノも喜んでおろう。
ただし! 儂の言葉を無視して飛び出していった挙げ句に捕まったことについては、乾杯後にじっくり説教してやる。覚悟しておけ。
では、乾杯!」
最後にオチをつけて、伯父上が乾杯の音頭をとった。もちろん、最後のお説教云々は冗談だ。なぜなら数日前に説教は終わっているから。
伯父上は、俺がスキル保有者だと気がついた。モニカさんからの報告では半信半疑だったが、屋敷の本館ロビーで無残な姿になった甲冑のことを思い出したそうだ。それで、母上にカマをかけてみたら、あっさりと肯定されたとのこと。
母上は、モニカさんがスキルの発動を目撃した以上、正直に話したほうが得策だと考えた。その上で、伯父上の都合で俺にスキルを使わせないことを約束させた。グッジョブ母上。
それでまあ、スキルを隠していた件を含めて説教されたというわけ。
伯父上は謹厳実直な人だと思っていたけど「そんなに儂が信用できんかったのか」と言われて、思った以上に浪花節の人だということが判明した。「もっと儂を頼れ」とも。
危なかったな、もしかしたら身代金として家宝を渡す未来もあったのかもしれない。
「レオナルド、落ち着きなさいな」
俺が各人にお礼を言おうと回っていると、お祖母様に呼び止められた。酒飲み同士で気が合うのか親方と酒樽を挟んで飲んでいる。
「飲みすぎないでくださいよ。まだ日も高いんですから」
「レオナルドは若いから知らないだろうけど、真っ昼間から飲むお酒は最高さ」
「違えねえ。夜に飲む酒も最高だけどな」
お祖母様は上品に、親方は豪快に笑った。ジョッキをぶつけ合って楽しそうだ。
退散退散。未成年で怪我人の俺では手に余る。
先生とサマンサさんは、2人だけの空気を出しているので近づけない。見る限りでは、女王様と騎士のような関係に見える。
使用人たちは普通に楽しんでいる。バスケスとフィニーが良い雰囲気っぽいのは気のせいだろうか。
未だに独身のコルトが妻帯者のトッドとマイルスに人生相談をしていた。酒を飲みながら若者に講釈を垂れる二人は上機嫌だ。
ゲッコー医師からは往診鞄のお礼を言われた。こちらがお礼として送ったのに律儀な人だ。鞄の口が大きく開くのと、道具を収める場所が決まっているのがいいらしい。ついでに飲酒は厳禁だと念を押された。
ニコロは領軍の隊長さんの前で”どじょうすくい”に似た踊りを披露していた。前世でもリアルでどじょうすくいを見たことはなかったが、まさかこの世界で似たものを見ることになるとは。
ローガン殿は俺が挨拶回りをしたときには既に撃沈していた。酒に弱すぎ。
ビックリしたのは、バスケスがセバスに説教をしていたことだ。内容は別にして、面白い光景だった。
「兄さま、あーん」
一通り回ってスタート地点に戻ってくると、フランがカナッペを差し出してきた。最近のフランのブームはこの”あーん”だ。
砦跡から戻ってきて数日はこうやって食事の介添も必要だったのだが、今はもう不要なのに、フランは喜々としてやりたがる。
空気を読んで食べさせてもらうが、衆人環視の前だと恥ずかしいな……
「あ、間に合ったわね」
母上が嬉しげに呟いて、中庭に面する本館の出入り口に顔を向けた。つられて俺もそちらを見ると、そこにいたのはモニカさんだ。
松葉杖をついてこちらに歩いてくる。ゲッコー医師の助手であるリュシーさんが付き添いをしている。
モニカさんはいつもの騎士服ではなく、薄紫のワンピースドレスを身にまとい、首にはエンジ色のスカーフ、髪には流れ星のヘアピンが飾られている。
生き残ったとは聞いていた。経過も順調だと。だが、こうして自分の目で動いている姿を見るのは格別だ。
「モニカさん!」
思わず呼びかけてしまい、皆の目がモニカさんに集まる。
「ご、ごきげんよう、皆様……」
緊張しているのか、頬を赤らめて似合わないセリフを口走った。
「レオ、エスコートして差し上げなさい。主役のご登場よ」
母上はこれを狙っていたのか。モニカさんは今回のMVPだ。エスコートするのは共に闘った俺が適任だろう。
立ち上がってモニカさんの前に行くが、エスコートの仕方がわからない。どうやって松葉杖の人の手を引けばいいのだろう。
「エスコートしたいんだけど、むしろ邪魔だよね?」
「ええと、気持ちだけで……」
そこにリュシーさんがさっと現れて俺の手を引いた。モニカさんから片方の松葉杖を取り上げ、その代わりに俺をセット。肩を貸す体勢を取らされる。
「レオ、モニカちゃん。こっちよ」
中庭を横切って母上たちのところに戻るのだが、参加者たちに囃し立てられる。イジられ慣れていないので、超恥ずかしい。
いつの間にか伯父上の横に用意されていたフットレスト付きの椅子にモニカさんを座らせる。
今日は、地面に布を敷いて飲み食いをしているので、モニカさんだけがとても目立つ。
これ以上イジられては敵わないと、俺は少し距離をおいて地べたに座る。ごめんよモニカさん、主役として頑張ってくれ。
「よくやったわリュシー」
母上がリュシーさんを褒める声が聞こえた。母上、いつのまに手懐けていたんですか。
「レオは、なんで戻ってきているの。今日は最後までモニカちゃんのお世話をしなさい」
「ええー」
「それと前に言ったことは撤回するわ」
前に言われたこと……、なにも思い当たらないが。
母上が俺に耳打ちをする。
「あの娘なら手を出していいわよ。怪我が治ったらね」
ぶっ。ごほっごほっ。
「なんちゅうことを言い出すんです。よそ様の娘さんですよ」
「私の見立てでは、脈はあるわ。でもそうね、急にガツガツしたら嫌われちゃうかも……。まずはお互いの趣味のことでも話してきなさい。ほら四の五の言わず行く!」
公開見合いかよ! 勘弁してくれ!
「おう、レオナルドもこっちに来い」
伯父上も俺を呼んでるし……
「じゃ、じゃあ。フラン、一緒にモニカさんのお世話をしようか」
「分かったの! モニカお姉ちゃんにあーんてしてあげるの!」
すばらしい返事だ。頼もしいぞ。
「へたれ」
聞こえるように言ったに違いない母上の独り言は無視だ。
うららかな初夏のよく晴れた日。俺とモニカさんはぎこちなかったけれど、皆エルフのことなんてすっかり忘れて中庭ピクニックを楽しんだ。
読者の皆様方、読んで頂いてありがとうございます。
第1話から連日投稿してきましたが、この第2章で、一区切りとなります。
第3章は、ストックがある程度溜まってからとなりますので、しばらくお待ち下さい。
更新再開は未定ですが、遅くとも月内にはと思っています。
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