第31話 嘘はいけません
「領軍からのお誘い?」
「はい、是非とも一緒に訓練がしたいと」
エルフ騒動から数日がたち、限界を超えた動きの反動で寝込んでいた俺に、そんなありがたくない申し出があった。
「意味が分からん。医者の許可があり次第、お礼に行くつもりだが、それがなぜ訓練ということになる?」
領軍にとって俺は、主の客人という意味しかない。それなのに救出部隊を組織して戦ってくれたのだから、お礼はしようと思っていた。
だが、一緒に戦ったのはほんの少しの時間だけだし、仲間意識が芽生える要素もなかったはずだ。
「まさか、厄介事を増やした俺をボコボコにして、憂さ晴らしにするつもりか!?」
「いえ、むしろ胸を貸してほしいとのことでした」
「なお意味が分からん。職業軍人に教えられることなんてないぞ。先生の間違いじゃないのか」
騒動が落ち着いたあと、俺は諸々の説明をしてもらった。
オデットというらしいエルフのお嬢様と、生き残りのその他エルフたちから得た情報によると、元々は聖教国内での派閥争いが発端だという。
ドワーフとの関係を巡って、派閥の生贄にされたオデットのデバイ伯爵家は、損失の補填のために急いでミスリルを用立てる必要があった。
出来なければ、家のお取り潰しと当主の処刑。
追い詰められたエルフは少々の軋轢は無視してでもミスリルを求めたが、簡単に見つかるような品ではなく、時間だけが過ぎていった。
そこにアブラーモが派遣されてきて、テルミナ家にミスリルの家宝があるという情報をリーク。それで襲撃と誘拐を決行した。
以降の出来事は先生の大暴れを除いて、俺の体験したとおりだ。
細かい人間関係などは、現在も尋問中とのこと。
アブラーモは砦跡で捕縛されてから、実に静かになった。正確に言うなら、精神に異常をきたしてしまい、会話ができない。情報が取れないが、そもそも大して重要な情報も持っていなかっただろう。
1人で拠点を制圧した先生なら訓練のお誘いがあっても頷けるが、俺は自分から助けに行ったにもかかわらず誘拐された、飛んで火に入る夏の虫だ。領軍からすれば、余計なことをした間抜け野郎だろう。しかも、アブラーモの甥という事実。
「聞くところによると、モニカさんは領軍のアイドルなのだそうです」
「ん? それが?」
「重症を負いながらも、単身でモニカさんを救出した働き、またその際に見せた動きが見惚れるほど見事だったそうで、領軍では、若様のことを『さすが我らがテルミナの一族』と絶賛だそうです」
なんという風評被害。自分たちのアイドルを救出したからって過大評価過ぎる。これで、実はへなちょこ野郎だとバレたらどうなるんだよ。
「なあ、今の話本当に俺のことか? 基本的には事実なんだが、凄い脚色がされて伝わっているぞ」
「私もにわかには信じられませんでしたが、ローガン様が盛んに喧伝しているので、信じているのが大半です」
あんのお喋り親父! 失望されるならまだしも、凄腕の人に挑まれたりしたら、危なすぎるだろうが。
大ピンチを切り抜けたのだ。日常パートで死にたくないぞ俺は。
「よし、過激な戦闘で、体を壊したことにしよう。2度と元のようには動けないという設定で噂を流してくれ。名付けて『ガラスの貴公子作戦』だ」
「嘘はいけませんよ、レオ君」
気配を消すのがうまい先生がそこに居た。いつの間に入ってきたんだ。
「嘘が広まっているので、事実に近づけるだけです」
「まあ、噂は噂です。私と模擬戦でもやれば実力が伝わるでしょう。そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ」
「それはどうでしょうか。サンダース様は今や『笑い鬼』の二つ名を持つお方。それと比べられて正しく力量が伝わるかどうか……」
疑問を挟んだセバスの言葉に、先生の口がへの字に曲がる。
本人は不本意そうにしているが、笑いながらエルフたちを虐殺したという噂話が『笑い鬼』という二つ名と一緒に広まっている。これは概ね事実に基づいているからな、全く問題はない。
俺の噂は虚像だからどこかで打ち消さないと。
「それはさておき、先生、聞きましたよ。サマンサさんのお許しは出ましたか?」
1度単独行動で心配をかけたのに、またもや同じことをした先生は、当初はしらばっくれていたらしいのだが、物騒な二つ名と共に噂が広がり、それを耳にしたサマンサさんは怒髪天を衝く勢いで怒りまくったらしい。
「ハハハ……。もうしばらく掛かりそうです。私は噂よりも妻が怖いです」
「まあ、それだけ愛されているってことでしょう。嘘はいけませんよ先生」
弱みを見せる先生はとても珍しいので、軽くイジってみた。
「そうですね、嘘はいけません。──レオ君、私に隠し事があるでしょう? 嘘をつかずに答えてください」
すると、軽口への反撃にしては鋭すぎる問いが発せられた。
「ああー、ええと。あります。隠し事はあります」
多分スキルのことだよな。片手エルフとの戦いで相手の短剣を溶かしたけど、後始末できなかったから。
現場を実況見分したら、刃の部分がない短剣が残されていて、周囲には水滴状の鉄粒が散らばっていたはずだ。
「これのことですよね」
差し出されたそれは、まさしく例の刃なし短剣だった。緊急事態だったとはいえ、勘の鋭そうな先生に見つかっていたか。
どうする、どこまで話そうか。”鉄を溶かすスキル”と過小報告するか。それだと、俺の趣味という事になっている金属細工のことを突っ込まれるだろうなぁ。
ええい、南無三!
「そうです。俺の【金属操作】スキルで溶かしました」
「神の恩寵……。予想していたとはいえ、衝撃的ですね」
先生は笑顔を消して真顔になった。
セバスは親方のときとは違い、黙って成り行きを見守っている。
「どれくらいの範囲でバレているか知っていますか?」
先生にはバレた。これは諦める。
あの場で指揮官をしていたローガン殿は仕方ない。その上司の伯父上もローガン殿から報告を受けるだろう。ここまでは許容できるが、その他の一般兵の噂にでもなったらとても危険だ。
あ、モニカさんの目の前でスキルを使ったんだった。じゃあ、モニカさん、ローガン殿と伯父上は確定か。
「いえ、私がこれを見付けて回収したので、他の兵には見られていないはずです。別の短剣を近くに捨てておいたので誤魔化せるでしょう。楽観的な考えですが、1回疑問を覚えただけではスキルまでは思い至らないかと。複数回疑って、初めてたどり着くのではないでしょうか。私も、レオ君たちが捕らえられていた牢の様子と、この短剣を見つけたからです」
ナイス先生。アフターフォローまで完璧だ。お礼に、もっと驚かせて差し上げよう。
「先生にお見せしたいものがあります。セバス、アレを」
定期的に医者の診察があるので、例のブツはセバスの預かりだ。
「どうぞ、サンダース様。ミスリルでございます」
先生が身体ごと固まる。今日は珍しい姿をよく見るな。
何度か深呼吸して、先生はミスリル(=チタン)を受け取った。
「先生、これで隠し事は白状しました。知ったからにはもう関係者の1人ですよ」
先生にスキルを秘密にしていたのは、単純に彼の忠誠が王弟殿下に向いているからだ。国の超大物に報告されれば、楽しくない未来しか想像できない。
知られたからには、先生をこちらに引き抜くか、最悪でも口止めを約束させたい。
「はっ……あっはっは! これはまた凄まじいものを。国をまたいだ大騒動のきっかけになって、何人ものエルフが命をかけたものが、ここにある?! どういう冗談ですか、参りましたね、これは想定外だ!」
うんうん、先生の度肝を抜けて俺は嬉しいです。もうひと押し。
「【金属操作】を実演しますよ。ミスリルをこちらに」
先生からミスリルを返してもらって、防犯上の観点から、鈍い銀色に戻していたミスリルをスキルで色付けする。
先生はミスリルの本来の色でも本物と断定できたようだが、こうすれば分かりやすいだろう。
「ああ! これは『蒼炎の盾』と同じ青! なんと神々しい!」
一度、全力でスキルを使ったせいなのか、【金属操作】がより馴染んだ感覚がある。集中できる環境なら虹色ではなく、単色に加工できるかもしれない。
「こういうスキルです。単刀直入に聞きます。先生はスキルを保有した俺をどうされますか?」
自分で言っておいてなんだが、まるで生殺与奪を先生が握っているような意地悪な訊き方だ。
先生だって、望んで俺に不利益になるようなことはしないだろう。しかし、王弟殿下に報告すべき案件であることは明らか。
良心に訴えてでも、情報拡散は防ぎたい。
「困りましたね。私のせいでレオ君が危険になるのは護衛として絶対に避けるべきですが、秘密を抱えたまま殿下の前に立つのは……」
悩むってことは、秘密にしてくれることを本気で考えてくれているってことだよな。
「相手が先生なので、言葉を選ばずに言います。自分1人の胸のうちに留めて、秘密にしてもらえませんか? 俺は、幸せになりたいです。誰かに利用されて生きたくありません。自分の生き方は自分で決めたい。だからスキルのことは、特に権力者には知られたくはないのです」
困ったときは開き直りの本音勝負だ。
俺だって心苦しい。王弟殿下には恩がある。だけど国の利益と俺への個人的な感情を秤に乗せた時、殿下の判断はどちらに傾くだろうか。
「考えがまとまりません。この件は保留とさせてください。結論を出すまでは誰にも口外しないと誓いましょう。レオ君を不幸にするつもりもありません。しかし、私に目をかけてくれたお方に不義理をするのは……、躊躇われます」
「もう少ししたら、総貴族会議に出席する伯父上とともに王弟殿下に謁見を願い出ます。それまでには決めていただけますか? 俺も色々と考えますので」
限定的にスキルを公開して偉い人の庇護下に入り、程々の貢献をしていく。それも出来なくはないが、難しい綱渡りだ。一度美味しい思いをした権力者が要求を増やしていくに決まっている。
亡命するという選択肢は最後の最後だが、他に取りうる手段はあるのか、よくよく考えなければ。
「承知しました。それまでに結論を出しますので」
「じゃあ、それまではいつもどおりでお願いします」
「ええ、それも了解です」
まったく、いつになったら呑気に暮らせるのやら。
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