第30話 幸せになれない
「走るわよ!」
こちらに向かってくるエルフから逃げるために、母上が声を上げる。
テルミナ軍が目の前にいるので、エルフの全員がこちらに殺到したわけではなく、向かってきたのは3人だけだったが、モニカさんを連れてでは確実に追いつかれる。
しゃあないか……
「母上、モニカさんを頼みます」
足止めできるのは俺だけだ。片手のエルフにスキル込みで辛勝した俺が3人を相手にしてどこまで粘れるのか。先程の全力発動で、スキルの使用もしばらくは無理だ。言うまでもなく右手は使い物にならない。
ははっと乾いた笑い声が口から漏れる。笑うしかない状況というのはこういうことなんだなと他人事のように思った。
「行って! 時間を稼ぎます!」
死ぬつもりはない。が、覚悟は決める。死中に生を求めるということだな。
いい具合に脳内麻薬が分泌されて、やる気になった俺の服が引っ張られる。
「それは、私の役目よ」
モニカさんが立っていた。
「モニッ……!」
言い終える前に後ろに引っ張られ、突き飛ばされた。
「私はモニカ=テルミナ! 掛かってきなさい!」
3人のエルフはもうすぐそこだ。モニカさんは剣を下段に構えた。
「レオ、行くわよ」
「そんなっ!」
「あの娘は戦うのが役目。私たちは逃げるのが役目よ」
「しかしっ!」
ここまできて、モニカさんを見捨てろと? すぐそこにテルミナ軍がいるのに? 立っているのがやっとの人間を犠牲にしておめおめと生き残れと!?
ぱちんと力ない平手打ちを喰らった。
「行くわよ!!」
金切り声でそう言った母上の顔は苦渋に歪んでいた。
俺の手を引っ張って走り出す母上。ぐずぐずとそれに従う俺。
正直に言おう。俺はこれで助かると考えてしまったのだ。頭ではなく、どこか深いところで安堵する自分がいることをぼんやりと感じていた。
振り返った時に見たモニカさんは、例えようもないくらいに美しかった。
エルフの突き出した短槍を摺り上げていなし、滑るように前進して敵を一刀のもとに両断した。
気負いも力みもなく、無駄なものをすべて──おそらくは生きるという願望も含めて──捨て去った一撃だった。
眩しいほど純粋な剣士の姿がそこにあった。
場違いなことに、俺はその姿をずっと見ていたいと思ってしまった。
それでも、時間は止まってくれない。森の木々に阻まれてモニカさんの姿が見えなくなった時に、俺たちはテルミナ軍に保護された。
「若様と奥様、ご無事で良かったっす!」
久しぶりのニコロだ。領軍で武者修行していたのだが、ここまで付いてきたのか。
「お2人はこのまま最後方に下がってくださいっす!」
「気をつけるのよ、ニコロ」
「自分、山育ちなんで森の中なら遅れは取らないっす!」
テルミナ軍の兵が俺たちを囲んで防御しつつローガン殿のところに連れて行ってくれた。
「まずはレオナルド様の治療を! アデリーナ様は馬車にお連れしろ!」
「ローガン殿……、モニカさんが」
「名乗りは聞こえました。我が娘ながら天晴。あれこそ騎士の本懐でしょう」
「しかしっ! モニカさんは足が!」
ローガン殿は頭を振った。
「戦場とはそういうものです。一人一人が全力で役割を果たさねばなりません。それで死ぬことになっても、後悔はないでしょう」
厳しい表情とともに告げられたその言葉に、俺は膝から崩れ落ちた。
俺のなんと情けないことか。力だけじゃない、覚悟だって足りていなかった。娘が決死の戦いをしている最中でもぶれない芯を持つ眼の前の男と比べて、自分はとことん弱いのだと思い知らされる。
「さあ、治療を受けて下さい」
促されて、医師のところに連れて行かれた。最後方で待っていたのは、先だってお世話になったゲッコー医師だった。
「お久しぶりですな。私の出番がなければと思っていましたが、今回も重症のようで……。すぐに縫合しましょう」
二の腕を縛られて血流が止まったあと、丹念に傷口を洗われて治療が開始される。
俺が贈った往診鞄をぼんやりと眺めながら、されるがままに身を任せる。
「何にせよ、死ぬような怪我ではなくてよかったですな」
「ゲッコー先生、俺に生き残る価値はあったのでしょうか……?」
「さて、私には判断しかねますな。医者としては、今は気が弱くなっているから後ろ向きなことを考えやすい状態なのだとお伝えします。悩むのも後悔するのも生きていればこそですよ」
死ねば後悔も出来ないか、当たり前のことだ。だが、俺は生まれ変わった人間だ。死んだ人間だって後悔することを知っている。
モニカさんが転生するかは、神のみぞ知るってやつだろうが、魂って死んだらすべて初期化されるものなのだろうか。そんなはずはない。一生懸命生きて得たなにかも、痛みも傷も刻まれるに決まっている。そうじゃなきゃ生きる甲斐がないだろ。だから俺はそう信じてる。
縫合されていく傷口からは、まだ血が流れている。モニカさんの流した血はこんなものじゃない。
モニカさんは騎士志望だ。今は見習いの従騎士でも、いずれは叙勲して本物の騎士になることを夢見ていただろう。
きっとモニカさんの魂は傷ついてしまうだろう。10代前半のこれからという時に他人に生命を奪われて……
「縫合は終了です。なるべく手を下げないで心臓よりも上にしておいて下さい」
俺は助かった。それでいいのか。それで終わりにしていいのか。
「レオナルド様、あまり思い詰めてはいけませんよ。どれだけ理不尽なことがあっても明日は必ずきます。今は休みなさい」
理不尽。その単語が引っかかった。
かつて他人の都合で、他人の欲で色々奪われた。
無謀運転で両親を奪われた。面と向かって「貧乏人」と罵られたことも、暴力を受けたこともあった。バイト先のレジのお金が足りなかった時、有無をいわさず弁償させられた。
しまいには車に撥ねられて、妹を天涯孤独にしてしてしまった。
そうだ、俺の魂にも刻まれている。
理不尽に対する怒りが!!
心に熱が戻る。
また理不尽に屈するなんて、死んでもゴメンだ。
モニカさんを見捨てて、何十年も生きるのは楽しくない。
今ここでエネルギーを最後の一滴まで振り絞って動かなきゃ、心から笑えなくなる。
そんなのは、俺の目指す幸せじゃない!
俺と同じように治療を受けていた兵士の腰から剣を引き抜いた。
「ありがとうゲッコー先生。また後でお世話になります」
左手に剣を持ち立ち上がった。嘘みたいに身体が軽い。まったく身体ってのは上手く出来てるよ。消える寸前のロウソクだな。
もう誰の声も聞こえない。白黒になった視界で戦場を見れば、重装兵が馬防柵の一つを排除したところだった。
走り出す。モニカさんのいる場所を目指して。
人質を取り戻して、勢いのついたテルミナ軍が押している。組織的な連携ができなくなったエルフに目もくれずに走る。
女エルフのヴィヴィアンが斬りかかってきたが、そんなハエが止まりそうな遅い剣じゃ止められない。わずかに減速して空振りをさせて、すれ違いざまの体当たりでぶっ飛ばしてやった。
戦場を抜けて、森に飛び込む。
モニカさんは仰向けに倒れながら剣を振っていた。2人組のエルフの片方がこちらを振り向いた。その瞬間に首を刎ねた。
もう一人が逃げ出そうとしたが、モニカさんの剣が脚を切り裂き、地面に倒れた。がら空きの背中の真ん中に剣を突き立てて、確実に死ぬように体重をかけて押し込んだ。
周囲の気配を探り、最大の危険は過ぎたと判断して振り向くと、モニカさんは、剣を握ったまま倒れていた。
駆け寄って、身体を揺するが反応がない。剣を捨て、モニカさんの身体を引き上げて背負った。
今の今まで戦っていたのだ。まだ間に合う。是が非でも間に合わせる。
俺は戦場にとって返した。まだエルフの掃討は終わっていないが、俺たちを見つけたテルミナ兵が花道のようにローガン殿までの道筋を作ってくれた。
森の中から駆けつけたニコロに背後を守られながら、俺とモニカさんは戦場を抜けた。
すぐさま俺の背中からモニカさんが下ろされ、ゲッコー医師のいる場所に運ばれていった。
緊張の糸が切れてへたり込むと、肺から熱い息が溢れて、耳には音が、目には色彩が戻ってきた。
はは、やってやったぜ。どうだよコンチクショウ!!
叫びたいが、そのパワーすら残っていない。だが満足だ。限界まで絞り尽くした。
「レオ、ナルド様……」
顔を上げると、泣き笑いのローガン殿がいた。
拳を上げて、ぶつけ合う。間違って右手を使ったせいで、猛烈な痛みが突き抜けた。俺も泣き笑いだ。
戦場もこちらの勝利で終わったようだ。生き残ったエルフが砦跡方面に逃げていくのが見える。
その後、俺たちは二手に分かれた。モニカさんを始めとする負傷者を最寄りの町に運ぶ部隊と、追撃の部隊だ。
俺は当然追撃隊に志願したのだが、全員に止められて移動部隊に入れられた。
「叱るべきかしら、それとも褒めるべきかしら」
俺は母上に絶対側を離れるなと厳命された。道中はずっと叱られて褒められた。
それは仕方ないが、俺の腰に縛られた縄はどういうことですかね母上。この歳で迷子にはなりませんよ。
◇◆◇◆◇
ここからは、後日聞いたことの要約だ。
ローガン殿率いる追撃隊は、騎兵を中心に坂道を登って、砦跡に進軍した。途中にあった、俺たちを足止めした倒木を人数に物を言わせてどかし、目的地にたどり着くと、そこには鬼がいたそうだ。
全身を返り血で濡らし、初夏だというのに湯気を立ち上らせたその姿に、味方の誰もが震えたという。
周りには、エルフの屍の山。生き残ったエルフは10人に満たなかった。
その鬼とは、サンダース先生だ。
ローガン殿の制止を振り切って、単独で行動した先生は、俺たちと入れ違いで砦跡に到着。何故かエルフが混乱していたので、片っ端から殺して周り、砦跡を捜索していたところでローガン殿と再会。先生は俺たちの無事を知ると、いつもどおり朗らかに笑ったそうだ。
その姿を見たテルミナ軍の兵たちに強烈なインパクトを与えた先生は、ちょっとした伝説になった。
笑い鬼のサンダース。
先生は、せめて”笑い”はとってくれと抗議したそうだが、その甲斐もなくテルミナ領では『笑い鬼が来るよ!』と、言うことを聞かない子供を叱る時の定番になったそうだ。
閑話休題。
ローガン殿たちは、無力化された砦跡を捜索し、気絶したままのアブラーモと、祭壇の裏に隠されていたお嬢様エルフを発見して連れ帰った。
2人とも、王都に連れて行って裁きを受けさせることになる。お嬢様エルフ以外の生き残ったエルフは貴族でもないので、伯父上の判断で処刑も出来たが、外交的な配慮でそいつらも王都に連行することになった。
そうそう、ヴィヴィアンという女エルフも生き残ったそうだ。ただし、右腕は先生に切り落とされていた。数日中には血が腐って死ぬらしいので、運が良かったのか悪かったのか。
まとめると、一連の出来事は至極速やかに終わったということだ。
特筆すべきは、負傷者は多かったが、テルミナ軍に死者が出なかったことだろう。
モニカさんも生き残った。
やったぜ。
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