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第2話 決闘しましょうよ

 脂汗を流しながらこちらをうかがうアブラーモ。


 そして、目の前のこいつが細剣を手に取った瞬間に踏み込もうとする俺。


 空気が重くなる。


「そこまでです。ご両人」


 そこに割って入ってきたのは、俺の教育係兼護衛のサンダース=アクィナス先生。元軍人らしい堂々たる体躯とびしっとした姿勢、精悍な顔つき。腰に下げた剣も儀礼用の細剣ではなく、実戦用の無骨な片手剣である。


「止めないでくださいよ、先生。こっちは母親を侮辱されたんだ。引けませんよ」


 先生はつかつかと歩み寄って俺とアブラーモの間に陣取った。


「落ちつきましょう、レオ君。闘いの時に熱くなるのはよろしくないといつも教えているでしょう」


 言葉そのものは柔らかいが、その声色には有無を言わさぬ迫力があった。頭に上っていた血がすこし下がる。


「いや、それでもね先生。なかったことには出来ないですよ」


「まあ、お二人とも少し離れましょう。そして深呼吸です」


 先生は手ぶりで俺に下がるように示す一方、床に転がった細剣を拾い上げてアブラーモに視線を移す。


「非武装の未成年を相手に武器を取るとは穏やかではないですねご当主殿」


 先生が特別睨み付けた訳でもないのに、アブラーモは後ずさる。王族からも信頼される護衛と、いざというときに剣を取り落とす小太りの中年。


 完全に役者が違う。


「わ、儂は! 当主だッ!」


 だからなんじゃい。パニクってんじゃねえよ。


「レオ君、深呼吸です。そして頭の中でゆっくり5つ数えなさい」


「うす」


「ご当主殿も、深呼吸です。なに、この部屋は安全ですよ。私が保証します」


「そ、そうだな。わかった」


 つかの間の静寂。少し落ち着いた。見ればアブラーモも表情が落ち着いてきている。顔色は悪いままだが。


「さて、貴族家の当主と嫡男が殺し合い寸前とは、ちょっと見過ごせません。お二人とも責任のある立場、軽々に事を荒げる前に話し合いで決着を付けましょう。どうですかな? 当主殿」


「承知……した。しかし、ソレは嫡男ではない。廃嫡して追放が決定した。つまりは我が男爵家の一員ではない」


「なるほど、お家騒動で手が出かかったと。それ自体は部外者の私の出る幕ではありませんが、先ほどレオ君は『母親が侮辱された』と言いましたね。それはどういうことでしょう?」


 俺は努めて静かに経緯を説明した。前当主の妻であるアデリーナ母上に敬意を払わずに呼び捨てにした上に、自分が娶るなどと言い出したこと、母がそれを受ける訳もないので、それは侮辱以外の何物でもないこと。そして、息子として捨ておけぬことを。


 先生は、深く頷いてアブラーモに質問した。


「レオ君の話、事実ですかな?」


 縁談が成立していないうちから婚約者面するというのは、十分に礼を失している。ましてや当人同士の合意もないのであれば、それは侮辱だと言われても仕方がない。


 少し冷静になってみてそのことに気が付いたのだろう、アブラーモの顔に更に脂汗が流れる。必死に弁明しようと頭をめぐらしているのが表情からもわかる。


「アデリーナ……殿を、呼び捨てにしたのは……言葉の綾だ。軽んじるつもりはない。そう、ちょっとした言い間違いだ。大袈裟にあげつらうようなことではない」


「ほう、では娶るとというのは? 前当主の未亡人を後継者が娶るというのは聞かぬでもない話ですが、きちんとテルミナ子爵家及びアデリーナ殿の合意を得た上での発言でしょうか?」


「あ、いや、それは……」


 この時点で、俺の頭もかなり冷えた。おそらく俺の母を娶るなどというのは、願望かハッタリか、最高でもテルミナ子爵家に打診してみた、程度の話なのだろう。


 アレだよな。取らぬ狸の皮算用。


 王弟殿下が病気だ! 余命いくばくもない方が都合がいい! きっとそうなる! そうに違いない!


 ロッシーニ伯爵家が味方になれば都合がいい! 死んだ兄より生きてる弟の味方をしてくれるはず! そうに違いない!


 兄嫁を娶れば都合がいい! 男爵家と縁を結びなおせるのだからテルミナ子爵家も前向きになるかもしれない! そうに違いない!


 こんな感じで、自分に都合の良い未来を夢見たんだとすれば合点がいく。じゃなきゃ、こんなにすぐに馬脚はあらわさないだろ。すごいだろ、こんなのが叔父なんだぜ。


「ご当主殿、はっきりとご説明いただきたい。アデリーナ殿との婚姻、しかと合意成立しているのですか?」


 青かったアブラーモの顔が徐々に赤みを帯びていく。あ、これ逆ギレするだろと思ったその瞬間、爆発した。


「黙れ! 黙れ! 黙れっ! 男爵家当主たるこの儂を! 揚げ足を取るようなことをクドクドと! 無礼であるぞ、不敬であるぞ! ……そうだ不敬だ。不敬罪だ! 処罰されたくなければ出ていけ! 即刻立ち去れ!」


 ああもう支離滅裂だな。廃嫡されようが俺はフィルミーノ=ガル・シルバードーン前男爵とアデリーナ=ミル・テルミナ・シルバードーン夫人の実子で、れっきとした貴族である。不敬罪はよっぽどのことがない限り王族以外には適用されない。このアブラーモのような思い違いをする奴が多すぎて何代か前の国王が不敬罪の乱用は厳に慎むべしというお触れを出しているし、そもそも貴族同士で不敬罪はありえない。


 結局、話し合いでの解決なんて無理だったな。


 俺は胸のポケットからハンカチを取り出して、おもむろにアブラーモに投げつけた。


「先生、話し合いは不調に終わりました。ついては、私レオナルドは母への侮辱に対する謝罪と発言の撤回を求めてシルバードーン男爵アブラーモに決闘を申し込みます」


 突然の決闘申し込みにぽかんとするアブラーモ。対して先生は面白げに笑った。


「なるほど、名誉をかけての決闘。実に貴族らしいです。決闘ならば死人が出ても醜聞にはならない。どうですかなご当主殿。なかなか気の利いた解決方法だと思われますが」


「決闘だと!? なぜそうなる!」


「能書きはいいんだよアブラーモ。俺は既にハンカチを投げた。家族を侮辱されて話し合いで解決できないんだから、残るは実力行使しかないだろ? 貴族家の当主サマならまさかいやとは言うまい? な、早く拾えよ。出来れば代理人なしの当事者同士でやろう。もちろん、どっちが死んでも恨みっこなしだ」


 サンダース先生が左胸に右拳を当て、かかとを鳴らして敬礼の姿勢を取る。


「王国勅任騎士サンダース=アクィナスが決闘の申し込みが正統な作法にのっとって行われたことを認めます。アブラーモ男爵がそのハンカチを拾った時点で決闘の受諾とみなしますが、さあ、受けるや受けざるや、いかに」


 俺とサンダース先生二人の視線がアブラーモに向かう。


 アブラーモは言葉もなく、茫然としている。突然、命のやり取りをしようと言われたのだ。そんな覚悟はこれっぽちの持っていなかったのだろうさ。ビビりすぎて声も出せないとみえる。


 決闘は受けない、という選択も一応はできる。出来るが、決闘から逃げたというのは貴族として大きな汚点である。負けることは恥ではないが、逃げることは恥という価値観。


 もちろん、ここで決闘が受け入れなければ俺は大いに今日の顛末を吹聴する気である。


 アイツがこんなふざけたことを言ったからさ、決闘申し込んだけど、逃げられたんだよ~。いやー、まさか王国貴族にあんな腰抜けがいるとは思わなかったヨ!


 こんな内容で、貴族界隈の話題となってしまえば、少なくとも今後数年は社交界に顔を出すことも出来なくなるだろう。決闘の理由が身内の名誉を守るためなので、不当に申し込まれたと主張することも出来ない。


 で、実際に決闘になったとして、アブラーモに利点はない。ことが大人数の知るところになった時点で、自分の行動の方に非があると思われるだろう。その上、勝算も立たない。当事者同士の闘いなら、地道に剣術稽古をしている俺と、剣をステータスシンボルとしか捉えていないアブラーモ。まず、こちらの負けはない。代理人を立てるとしても、俺の代理人は王族にも認められた実力を持つサンダース先生に依頼することになる。田舎の男爵領で、勅任騎士を上回るような凄腕を見つけるのは現実的に不可能だ。万が一勝ったとしても、事の次第が広く知られてしまうことは避けられず、結局どちらにせよアブラーモの赤っ恥となる。


 そういうわけで、既に詰んでいる場面。先生が面白げに笑ったのはそこまでを瞬時に理解したからだ。


 アブラーモにとって、決定的な敗北を喫する前にできることと言えば、ひとつしかない。


 それが分かっている先生がアブラーモに話しかける。優しい声色で、ゆっくりと噛んで含めるように。


「ご当主殿、落ち着いて聞いてください。事の発端は差しおいても、大事(おおごと)になるのはどうなのでしょう? 察するに、些細な言葉の行き違いから始まったと私は思います。ここはご当主殿が大人として度量を見せられるのが良いかと思いますが」


 その言葉をアブラーモが理解するのにたっぷり10秒ほどは必要だった。


「度量を示せ、とはまさか私に謝罪しろと? 男爵家当主のこの儂が?」


 先生の笑顔が一層深くなる。アブラーモにはどういう風に見えているのだろうか。


「ええ、ご当主殿は、アデリーナ殿を侮辱するつもりはなかったのでしょう? であれば発言を撤回することに何の障りがありますか。まさか本当に侮辱するつもりがあったのであれば、それは決闘しかないのですけれど、そうではないのでしょう?」


 ちょっと言い方を間違っただけだよね、だったら間違いを認められるよね?

という先生からアブラーモへの助け舟に見えるが……


「そ、そうだな。決闘はだめだ。あ、いやそこまでする話でもない。ここはサンダース殿の助言のとおり、当主としての度量を見せることとしよう。

 あー、おほん。先の儂の発言はアデリーナ殿を侮辱する意図はなかった。なかったが、誤解を招く表現があったことを認め、発言を撤回するものとする。……これでいいだろう」


 おお、なんとなくそれっぽい言い回しも出来るんだな。しかし足りないよアブラーモ。


「謝罪がありませんが?」


「ぐ、この儂がここまで下手に出たのだぞ……!」


「謝罪は?」


「はいそこまで」


 先生がパンパンと手をたたいて荒れそうになった場を収めた。


「そこまでにしておきなさいレオ君。これ以上はいけません」


 まあ、そうだな。完全に納得したわけじゃないけど少しは溜飲が下がった。今日はこの辺にしといてやる。あくまで今日のところは、だがな。


「分かりました。発言の撤回。確かに聞き届けました」


「では、本日のここでの騒動はこの場限りのこととし、以後はお互いに吹聴したり蒸し返すような真似はせぬようにお願いします。よろしいですかなご両人」


「……分かった」


「了解しました。先生の言うとおりとします」


「では、一件落着です。さ、レオ君引っ越し準備をはじめましょう」



 そうして、決闘云々は、不発のまま終了した。


 しかし、アブラーモは分かっているだろうか、俺の母親を娶るという発言を撤回して、以後蒸し返さないと約したのだ。


 以後そのような戯言を言えなくなったということを。


 もしもその約束を反故にしたら、つまり、貴族同士が勅任騎士のいる状況で交わした約束を反故にするなら、言った言わないの水掛け論ではなく、決闘のような私闘ですらなくなる。出るとこ出ましょうか? という話だ。法廷でやりあう覚悟はあるか? 公文書に恥が残ることになるけどな。


 その辺、分かっていないだろうな。

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[一言] 決闘で殺してOKシステムな世界だと王族や貴族は当然政治力よりも武力へ傾倒することになるけどどうやって政治やっていくんだろう? 当たり前のことだけど毎日のように腕自慢が貴族の地位や財産目当てで…
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