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第13話 幸せを願う

 中途半端に高い場所から懐かしい部屋を見ている。


 足元に、質素な祭壇らしきものと写真立てがある。


 お線香が2本、ほとんど灰に埋まりつつ、まだ健気に煙をくゆらしている。


 その前で、体を丸めて寝ているのは、鈴木花梨(かりん)

 懐かしい、二度と会えないと思っていたもうひとりの妹。


 記憶の中と何ら変わらないあどけない寝顔。手元に本が転がっているということは、いつもどおり寝落ちしたのかな。

 悪い癖だよ。お行儀の良かった花梨なのに、寝落ちだけは治らなかったよな。電気をつけたまま、布団も胸のあたりまでしか掛かっていない。風邪を引いたらどうするんだ。


『ほら、ちゃんと布団をかけて寝ろよ』


 かつて、何度も繰り返した言葉で話しかける。


 分かってる。これは夢だろう。いまの花梨と俺の間には越えられない世界の断絶がある。理解できてしまうんだ、俺はもうそちら(・・・)の住民じゃないってことがさ。


 でも、勝手に話しかけるくらいはいいだろう?


『いまは、どんな本を読んでるんだ?』


『エッセイっぽいタイトルだな。そうだったな、花梨はエッセイが好きだった。思い出したよ』


『上京した時、最寄りの図書館が大きくて嬉しかったよな。貧乏だったけど本はタダで借りられるもんな』


『今はどうしてるんだ?』


 って……あれ? 鈴木蓮(おれ)が死んでからそんなに経ってないのか?

改めて見れば、部屋の様子があまりにも記憶のままだ。

 

 生まれ変わって十数年、時間の流れが違うのか、それとも理屈抜きで、そういうものなのか。まあ、考えたって仕方ないか。


『なあ、花梨。起きてくれよ。顔をちゃんと見たいんだ』


 もぞり、と花梨の身体が震えた。


「ん…… 寝ちゃってた。お兄ちゃんがいればまた怒られてたかな」


 そのとおりだ。


 花梨は、体を起こして綿入り半纏を羽織る。その半纏、後ろ襟のところが擦り切れてるぞ。他人(ひと)に見せるもんじゃないけど、そのうち直しとけよ。


「お兄ちゃん、今日はお兄ちゃんが死んじゃってから初めて遊びに行ってきたよ」


「遊園地に行ったの。友達にね、いつまでもメソメソするなって怒られて、連れて行かれたの」


「楽しかったよ」


「ねえ覚えてるかな、一度だけ2人で地元の遊園地に行ったよね。おじいちゃんがまだボケていなかった頃だよ」


「あのとき、帰り道にさ──」


 思いつくままに俺の遺影に向かって話しかける花梨。

 遊園地で花梨が迷子になったことも、帰り道でハート柄の猫を見かけたことも、もちろん覚えているさ。


 これからは、もっと楽しいことをたくさん覚えていってくれよ。


「もう一度、お兄ちゃんと遊びに行きたかったなぁ…」


『ごめんな』


「旅行とかもしたかった」


『そうだな、俺は北海道に行きたかったな』


「美味しいものも食べたかった」


『花梨の作る料理が一番好きだったぞ』


 花梨はティッシュで鼻をかんで、キッチンに向かった。お茶の用意をしているようだ。


 戻ってきた花梨の手には急須と2つの湯呑。ああ、俺の遺影にも淹れてくれるのか。気持ちだけもらっておくよ。


 もう一度鼻をかんで花梨は遺影の正面に正座した。


「それでね、報告があるの」


『なにかな』


「仕事を辞めたの」


『おいおい、急にどうしたんだ? 一度クビになった俺がいうのもあれだけど、仕事は大事だろ?』


「劇団に誘われてて。入団しようかなって」


『またすごいことを考えたな。女優さんになるのか』


「脚本にも興味があるし、演者にもなってみたい。まあ最初は雑用らしいけどね」


『いいんじゃないか? 生活費なら俺の生命保険があるだろう、俺をはねた車の運転手からもお金がもらえるんだろ?』


「毎回違う自分になれるって、すごい楽しいそう」


『そう言われるとそうかも』


「団員さんの生活はいつもカツカツだって。だけど貧乏生活なら年季が違うからね」


『間違いないな』


「お兄ちゃんの生命保険のお金をどうしようかなって考えたときに、貯金するのも違うかなって」


『いや、貯金もいいぞ』


「あたしはあんなお金欲しくなかった……」


『……そう言ってくれるなよ。お金(あれ)だけが唯一お前に遺してあげられたものなんだ』


「お金なんて……! お金なんて要らなかったよ……!」


『……』


「約束したのに! 幸せになろうって約束したのに!! お金があれば幸せになれるの!? あたしはお兄ちゃんといるほうがずっと幸せだよ!」


 泣いている。その姿にまだ小さかったころを思い出す。花梨は我慢強かったから、泣き顔なんてほんの幼い頃にしか記憶がない。


『我慢ばっかりさせてきたよな。泣かせてあげることすら出来なくて、ごめんな』


「──だからね、幸せになるために使おうかなと思ったの」


『いいよ、花梨の好きなようにしたらいい。演劇がやりたいなら応援するよ』


 まだ懐かしい声を聞いていたい、ずっとその姿を見ていたいけど、お線香の香りが薄れるにつれて花梨の声が聞こえづらくなってきた。


「お兄ちゃん、もし生まれ変わったら私の舞台を見に てね」


『すまない妹よ。実はもう生まれ変わってるんだ』


「チケ トはおごってあげ から」


『俺のことは考えなくていいよ。思う存分やりな』


「あた は死 ないよ」


『当たり前だ』


「が ばる  」


『無理はすんなよ』


「 兄  ん 分も    るから」







「幸せになってくれ、花梨」


「バイバイ、お兄ちゃん」 







 沈むように、浮かぶように、流れるように、とどまるように。


 レオナルド(おれ)は目覚めた。


 右腕が温かい。フランが抱え込んでベッドに突っ伏して寝ている。


 左手で、フランの頭をなでる。


「幸せになろうな、フラン」


 もうひとりの妹はくすぐったそうに身をよじった。

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