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if 明治興亡記  作者: 高田 昇
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第八十話:白兵戦

 静かになった。しかし、まだ別の場所では銃声が鳴り続いている。兒玉白朗は、双眼鏡でロシア兵の突撃を観測した。中隊正面の梯隊は全滅したが、奥から次の部隊の突撃が見えた。


 「まだ敵が来るぞ」


 と、周りの味方に呼び掛け電話機を取り、「敵は攻撃を再度仕掛けてくる」と、分散して戦う各小隊に達する。


 突進する敵との距離が接近する最中、無数の砲弾の落下音が大きく響き渡ってきた。


 陣地の真上に落ちて来る音だ。白朗は自分の耳を疑った。砲兵の戦術上で、敵味方が接戦する場所に砲弾を落とすことは味方にも被害が出る御法度だ。一発だけならば分隊の人為的誤射といえるが、聞こえてくるのは複数から成る音である。部隊単位のものならば指揮官の思考に欠落があるのかと疑う。


 「砲弾だ、伏せろ」


 と、味方の誰かが声を上げ、その場の下士官、兵卒達は咄嗟に塹壕の底に身を伏せた。白朗は周りを確認して最後に身を屈め、耳を塞ぎ鼓膜を守る。


 頭上の砲弾群は、落下音が鳴り終わる前に地面に弾着して次々と爆発していった。


 物凄い爆音が聴覚を襲い、熱を帯びた衝撃波が背中を叩きつけ、地の底から響き渡る振動が体内の臓器を揺らす。そして、宙に舞った土砂に覆われ埋まってしまう。


 数分間続いた砲撃は、守備する日本軍を壊乱させるには十分な効果があった。


 白朗が積もった土砂の中から身を上げた時には、まだ脳内は砲撃のショックが抜けきれておらず、ぼんやりとする視界にふらつきながらも頭を動かそうと努力した。


 『Улла!(ウラー)(万歳)』と、喚声を上げて突っ込んでくるロシア兵がそこまで近づいている。


 白朗は腰に下げる鞘からサーベルを抜き身を屈めて構えた。最早、周りの味方の生死を確かめる事や命令を出す暇は無かった。彼らの踏み込んでくる足音は間近だ。


 「南無三!」


 塹壕に達した目の前のロシア兵は、内部に飛び込まず壕の手前で足を止め、下を覗き込むように前のめりになった。白朗は、これ幸いとそのロシア兵の腹部を目掛けて刃を力強く突き刺す。


 断末魔は短かった。サーベルを抜く間も無く、崩れ落ちるロシア兵の体重が手に伝わってくる。この拍子に手首を返されてしまい、柄から手を離しサーベルは倒れる大男の下敷きとなってしまった。


 「武器はないか?」と、白朗は通路に吹き飛ばされた木材の棒切れを見つけ、それを取ろうとする。しかし、その動作が不味かった。


 しゃがみ込んだ隙を着かれ、銃剣で白朗を突き刺そうと別のロシア兵が襲いかかって来て、銃口を掴んでの乱闘となった。


 そのロシア人は、日本人の平均身長より長身であったが、童顔の残る若年兵だった。銃を脇に挟まれ、振り払えず必死に取り返そうと焦りの表情を浮かべている。


 白朗は、相手の腕へ力一杯に木材の棒を振り当て、矢継ぎ早に顔面や頭部にも打ち付けた。この一撃で頭が割れ大量の血液が顔を覆うように流れ落ち、悲痛な声を上げながら膝を崩し、抵抗する力が無くなった。


 銃を奪った白朗は、躊躇すること無く銃床をロシア兵の脳天に振り下ろした。


 「白朗!」


 と、聞きなれた声が耳に入ってきた。乃木保典だった。


 「保典、無事だったか」


 「頭から血が垂れてるぞ」


 白朗は、初めて自身が負傷してることを知った。まだ、全身の痛みは抜けず、耳鳴りは続いており気付かなかった。


 「何、頭の血は余計に出るもんだ。それよりも敵を追い出すぞ」


 そう言って、白朗は乗り込んだ敵の排除に向かった。戦場は、日露の怒声が響いていた。

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