第七十四話:黄海海戦
8月9日の深夜、街明かりの無い暗闇の旅順港内で旅順艦隊の航行可能な残存艦艇は出港の準備に掛かった。乃木軍の砲撃は昼間のみ行われ、日没後の夜間には終わり翌日の夜明けに再開される。
この合間を見計らい、旅順艦隊は夜明け前に洋上に出ようとした。艦隊の戦力は以下の艦から成っていた。
戦艦
レトヴィザン(旗艦)
ポベーダ
ペレスヴェート
セヴァストーポリ
ポルタヴァ
巡洋艦
ノヴィーク
アスコリド
パルラーダ
ディアーナ
これら、どの軍艦も開戦来の幾度の日本軍との戦闘により損傷を受けていた。旅順港には軍艦を整備できるドックは無く、艦体の所々が壊れ、黒焦げ、赤錆ている。艦底にも牡蠣などが付着していた。乗組員も地上員や軽傷者をかき集めても定員割れだ。
陸上の乃木軍が旅順港のロシア艦がいなくなっているのに気付いたのは夜明けになってからだ。203高地で観測していた将兵らは直ちに司令部に連絡して旅順口沖の連合艦隊へ報告された。
この時、旅順口の出口を張っていたのは連合艦隊の第3艦隊であった。第5戦隊と第6戦隊からなる艦隊には、日清戦争で日本海軍の主力を成した三景艦こと『厳島』『橋立』『松島』、清国海軍の賠償艦『鎮遠』があり、日露戦争時には速力に劣る旧式艦として主力艦隊の補助部隊となっていた。
陸軍の旅順港砲撃に合わせ、ロシア艦隊の出港を予想して沖合い付近に哨戒網を作り待機していた。
午前6時、最初に旅順艦隊の出港を確認したのは哨戒任務に就いていた水雷艇であった。日が上り、洋上から黒煙を幾つも立つのが見え、既に陸軍からのロシア艦隊出港の知らせは全艦艇に届いており、第5戦隊旗艦の『橋立』や艦隊旗艦の『厳島』に相次いでロシア艦隊発見の連絡が届く。
連合艦隊の主力は既に出港していた。陸軍からの電信を受信し、第3艦隊からの報告内容を確認した通信士官が電信室を飛び出し急ぎ足で艦内の作戦室に入る。
連合艦隊司令部の幕僚は既に揃っており、長机の海図を睨んでいた。
「どうした?」
と、作戦参謀の秋山真之が尋ねる。
「第3艦隊より報告です。旅順艦隊発見との事です」
この言葉で司令部は騒然となったのは言うまでもない。東郷平八郎にも報告が入り、「うん」と頷くと急ぐ様子もなく、普段通りに艦橋に向かった。
『三笠』を先頭に7隻の軍艦が縦列を成して進んだ。