第七十一話:臨時乃木軍
二百三高地攻略後の第3軍司令部の行動は多忙だった。
新たに指揮下に入った後備第1師団と後備第1旅団及び後備第4旅団に第9師団と第11師団の占領地を引き継がせ、戦線の整理を行う。
その後、兵馬に少しの休養を与えてからの満州平野への北上である。更に補充兵員と弾薬、物資の補充、輸送計画の作成等々山積みだ。
そして、ロシア旅順要塞の包囲部隊に乃木希典中将を指揮官に『臨時乃木軍』を設置した。常設師団に第1師団を預け、前述の後備師団と二個後備旅団、旅順艦隊攻撃用の独立重砲兵連隊を戦力とする。
後備役とは、常設師団に配属される現役兵から予備役の後に着く兵役で、20代後半から30代前半の召集兵を主体として戦時に臨時編成される後備部隊は主に占領地の警備や治安維持に使われる。その装備は旧式を占め、日清戦役時の村田銃や四斤山砲まで持ち出されていた。
「敵は少なくとも、一回はニ百三高地を取り返しに攻撃してくる」
と、兒玉十三朗は考えていた。今回の戦闘で、第3軍の砲弾は大量に消費し、特に二十八糎砲の砲弾は消耗が激しい。そのため、旅順港内のロシア艦隊を砲撃するには、砲弾の補給を待たねばならない。
この間に、ロシア軍が逆襲を仕掛けニ百三高地を奪還する可能性があった。
十三朗が旅順を発つ際、乃木に二つの事を託した。
一つは包囲軍で要塞攻略に用いらないことだ。
「旅順要塞を取ろうと無理に力攻めをすれば、幾万の兵を失おうと落とすことはできず、包囲軍は崩壊する」
と、言うのが十三朗の考えで、そうなればニ百三高地を取るために犠牲となった千二百余名の将兵の死が無駄になってしまう。その上で、旅順艦隊は近い内に港湾からの脱出を図るが連合艦隊に阻止される。その後に要塞軍がニ百三高地を取りに来るだろうと推測を立てた。
二つ目に内地の参謀本部からの圧力に屈しないことだ。
「私や大山閣下が後で参謀本部の山縣閣下に念を押すようにしておくが、海軍や政府の口車に乗せられて旅順要塞攻略を強行するようにしてくるかもしれない」
臨時乃木軍は独立部隊として機能するが、それでも満州軍→第3軍→臨時乃木軍と、指揮系統が機能しており参謀本部から直に臨時乃木軍を動かすことはできない。しかし、もっとも憂えるのが、陛下の権威を借りた要塞攻撃命令が下ることだ。
「いざとなれば、私は命令書を焼き払う事も厭わないが、乃木さんも上手くやってもらいたい」
この事は、十三朗が特に気にかけおり帽子を脱いで頭を掻き回した。