第六十四話:二百三高地
満州軍司令部一行が第3軍司令部に訪れた時だけ、兒玉十三朗は馬に乗らなかった。薄汚れた軍服を綺麗なものに取り替えて総大将を出迎えた。
7月の中国の気候は日本と変わり無く蒸し暑い。馬に跨がる参謀たちの背中は汗が染みっでて濡れていた。
「御苦労さんです」
と、総司令官の大山巌大将は薩摩訛りで労いの言葉をかける。次に続いたのが総参謀長の児玉源太郎だった。
「おい、海軍に釣られて参謀本部の連中も催促しているぞ。旅順を何時攻めるのだ?」
参謀本部も海軍に同調していた訳ではない。陸軍は遼陽での決戦に備え、物資を満州軍に向けたかった。しかし、旅順攻略のための物資を割けている都合上、第3軍に早々に旅順攻撃の目処を立ててもらいたかった。
集落の広場に屋根型の天幕が建てられており、その下に机が置かれ旅順要塞の地図があり敵味方の部隊に模した青赤の駒が敷かれていた。
第3軍の参謀たちは、これまでの戦闘推移と敵情について淡々と説明する。度々、「あれはどうなっているか。ここはどうしているか?」と、扇を仰ぎながら児玉源太郎は所々の詳細を問うと、参謀長の伊地知少将が応える。部隊指揮官よりも参謀職の経験が多いだけに軍の準備と対応には余念がないと説明した。児玉源太郎は、「なるほど」と言って話を聞きなおす。
「敵については私が説明します」
と、十三朗が指示棒を手に取り話を始めた。旅順要塞の全貌は各堡塁の構成に障害等、十分な情報が不足している現状と要塞攻略の切り札となる攻城砲の数が絶対数が足りていないと述べた。
「では、旅順の短期攻略はできないと申しますか?」
大山の問いに十三朗は、「できません」と答えた。
「旅順港のロシア艦隊を港内から追い出す海軍の要求はどうするんだ」
と、児玉源太郎は言った。これに十三朗は、「旅順艦隊については」と、手に持つ指示棒の先端を、旅順の地図の一点を着いた。
「敵の勢力下に二百三高地と呼ばれる禿山があります。ここに、砲兵の観測所を設けて港内の艦隊を攻撃します」
「連合艦隊の秋山参謀が申していた山ですな」
と、大山は言った。
-二百三高地を取ってもらいたい-
と、満州軍首脳が長山列島の連合艦隊旗艦『三笠』艦内で連合艦隊首脳との会談の最中に作戦参謀の秋山真之少佐は主張した。
旅順口沖から洋上で閉塞する連合艦隊は、海上からの観測と日清戦争で用いた地形図を頼りに陸上から旅順港全域を観測できる地点を見つけた。そこが、二百三高地である。