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if 明治興亡記  作者: 高田 昇
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第六十二話:歪頭山・剣山の戦い

 コンドラチェンコは自身の師団を率いて出撃した。大規模な兵力の移動は、日本軍に雇われた中国人諜報員から情報によって第3軍の知るところとなった。


 「剣山辺りで一合戦起こる」


 と、兒玉十三朗は確信していた。地図を覗き、部隊の配備状況を確認する。


 前線には二つの師団が縦に並んでおり、北を第1師団、南に第11師団がある。第9師団は、大連港で部隊の揚陸作業中のため不在しており、今日まで第3軍は二個師団でやりくりしている現状であった。


 軍司令部が直轄する兵力は、工兵旅団と砲兵旅団だ。


 十三朗は、砲兵旅団の駒の中から一つの駒を掴み、第11師団が展開する後方に置いた。野戦重砲兵連隊の駒である。


 鴨緑江会戦で活躍した第1軍直轄の野戦重砲兵連隊と同じ編成の部隊で、式十二糎榴弾砲を36門運用する。


 師団直轄の野砲兵連隊の野砲の定数も36門であり、前線には合計72門の火力が発揮される。


 その第11師団は、剣山と南西にある歪頭山に布陣してロシア軍の襲来に備え迎撃の準備を進めた。鉄条網を張り巡らせ、その向こう側には小銃俺体の穴が掘られロシア兵の犠牲を強要されるように嫌らしくも巧みに兵力が配置された。


 この様子を間近で伺う集団があった。日本軍に派遣された列強各国の従軍記者団である。日本政府と軍部の了解を経た彼らは、第3軍司令部付き将校の説明の下で最前線を良く観察して記事を書く。


 記者の中には黄色人種に対する差別意識を持った人間もいた。しかし、第3軍の大連上陸から今日までの統制された戦闘行動を目の当たりにし、着実に旅順のロシア軍への圧力を与えてきた事で彼らの思想が少しづつ変わろうとしていた。


 十三朗の予測通りにコンドラチェンコの師団が第11師団の防御する歪頭山・剣山に攻め上がった時、日本軍の強力な砲火に曝されてしまう。


 この時、コンドラチェンコが早々に部隊を退けていたならば、被害は最小限に抑えられたかもしれない。しかし、スッテセリの反対を押しきって攻撃を強引に進言した手前え、冷静に判断すべき思考力を拘束してしまった。


 兵力が互角であっても砲兵の戦力差に優劣があり、砲弾の雨に吹き飛ばされ指揮系統がバラバラになりながらも死に物狂いで突撃するロシア歩兵部隊を日本兵の十字砲火が待ち受ける。


 戦闘開始から一時間が過ぎた頃には日本砲兵がロシア砲兵にも砲弾を落とし始め、さらに半日を過ぎには被害が師団の三分の一の達した。犠牲者の多くは砲撃によって齎され、いよいよ事の重大さに気付いたコンドラチェンコは各部隊へ撤退命令を下した。


 この直後、コンドラチェンコのいる指揮所に日本軍の砲弾が直撃する。彼を含む師団の参謀将校たちが吹き飛び、全員が即死した。

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[一言] あれ?コンドラチェンコ中将もう死んでもうた
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