第六十一話:剣山
「フォークは何をしているのだ」
と、コンドラチェンコは旅順要塞にいて前線から届く日本軍との戦況を知る度にアレクサンドル・フォークの戦下手を批判した。
日露戦争が始まってから旅順郊外の前衛部隊の指揮官として日本軍の攻撃に警戒していたが、第2軍の金州攻略に際して徹底抗戦を行おうとせず、人的損害を恐れるあまり早々に部隊を後方に退いてしまった。
この結果、南山に籠るニコライ・トレチャコフ大佐の東シベリア狙撃兵第5連隊だけが取り残され、孤軍奮闘して戦う事となった。その上、大連港も日本軍に無血占領されてしまう。
もし、アレクサンドル・フォークが勇猛果敢な将軍だったなら第2軍の損害は更に膨大なものとなり金州の攻略は頓挫して、遼陽から南下した第1シベリア軍団の挟み撃ちに合い奥の軍団は壊滅に追いやられたかも知れない。
旅順要塞の工事が概ねの目通しがたったのを見計らい、コンドラチェンコはステッセリ中将に日本軍迎撃の許可を求めた。勿論、出撃には戦略的観点もあったからだ。
第3軍は、金州から旅順に向けて進撃した。その経路は北路・中路・南路と呼ばれる道を進む。
中路には、剣山と呼ばれる日本軍が命名した山がある。日本軍が使用する地図には、その山の存在があっても名前は書かれていなかった。
ここにもロシア軍の前哨部隊の陣地があり、攻略したのが第11師団の善通寺に所在する歩兵第43連隊であった。ロシア軍守備隊は日本軍の砲撃に渋く持ちこたえたが、歩兵突撃による激闘の末、半数以上の兵力を失い破れた。
山は日本軍に占領され、第43連隊の郷土である四国の名山として知られる剣山に因みに呼ばれるようになった。この高地の山頂から、旅順要塞の正面陣地が伺うことができた。
望遠鏡で覗くと、要塞の禿げ山の山頂は人工的に削られて砲台が設けられ、中腹には幾多の長い窪みが掘られていて塹壕や銃座となっている。幾何の長大な鉄条網も見受けられた。どの禿げ山も同じ様に仕上がっている。
剣山の戦略的価値は当然、ロシア軍も認識の範囲内だった。しかし、ステッセリを含む将校は旅順要塞の防備に絶対的な自信を持っており、剣山の喪失に大勢の優劣が影響するとは思ってもいなかった。
だが、旅順要塞の工事責任者であるコンドラチェンコは違った。日本軍に要塞の全容を覗かれる事への潜在的な危機感があった。また、金州を失った事により内陸からの補給が断たれ上で要塞内に籠って日本軍の攻撃を防御するよりも、野戦をもって日本軍の撃退を望んだ。
ステッセリはコンドラチェンコの主張を認めるも、全面攻勢については状況に応じて考慮すると述べたが、それ以上の言葉は避けた。ステッセリの腹の内は防御一辺倒で固めていた。