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if 明治興亡記  作者: 高田 昇
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第五十七話:父の姿

 6月6日、広島の宇品港から第3軍司令部を乗せた船団が大連港に到着した。


 軍司令官に兒玉十三朗大将、参謀長に伊地知幸介いぢちこうすけ少将、砲兵部長に豊島陽蔵てしまようぞう少将、工兵部長に榊原昇造さかきばらしょうぞう大佐、参謀副長に大庭二郎おおばじろう大佐、そして副軍司令官という第3軍独自の役職に乃木希典中将が着く。


 第3軍は、第2軍から第1師団を引き抜き、金沢に司令部を置く北陸の第9師団と四国善通寺の第11師団を主力部隊として、約六万人の兵力が陸上から旅順に圧力を掛け、ロシア艦隊の無力化ないしは湾口から洋上に追い立てる。


 軍司令部は、まず第1師団司令部のある大連に設置し、続く揚陸部隊の処理と本州との連絡拠点を早々に設けられた。


 金州の攻略から十日ほど経つ。既に本土から幾らかの官民が進出し、多くの日本人でごった返しており軍の兵站拠点として稼働していた。


 作業が一段落してから、現状の把握のため前線の視察を始めた。配置に着くどの部隊も日清戦役来の激戦により、多くの損害を被ったと言え士気はまだ健在であった。どの連隊や大隊、中隊であっても軍司令官の前では襟を正し、隊を整列させ出迎えた。


 歩兵部隊の視察は長引いた。各連隊の防御する地域が広く、隷下の大隊なども各地に分散している。十三朗は、各歩兵大隊の陣営を回る。


 そして、6月10日に歩兵第1連隊某大隊に足を運んだ。


 馬から降りる軍司令官に大隊に所属する中隊のらっぱ手が一斉に『送迎』を吹いた。十人にも満たないらっぱ隊は若い兵卒が多く、下士官は数える程しかいない。


 「御苦労」


 十三朗は、らっぱ隊に敬礼をして通りすぎる。らっぱの吹奏が終わると、若い士官の号令により横隊で整列する歩兵が揃って手にする小銃を正面に縦に向けて捧げ銃を行う。


 横隊の最右翼で号令を入れた青年士官が軍司令部の面々の前に表れて、サーベルを持ったまま敬礼をした。


 「乃木少尉が御案内致します」


 と、汚れのない軍服を着た保典は改まった態度で彼らの先頭を進み、全線部隊の陣地を案内する。友人の父親である軍司令官や実の父親を前にして表情を変えることすらなかった。足場の抜かるんだ道路は瞬く間に長靴を泥まみれにする。


 大隊隷下の中隊は何処と同じで地面に掘った塹壕に歩兵部隊が籠り、敵方に火器を構えて警戒を続けていた。足場には水が溜まり、湿った土壁に身体を寄せていて誰もが汚れていた。


 気を付け。と、軍司令部の向かうところで各中隊の長が号令をかけて敬礼をする。十三朗は答礼を返す。どの指揮官も鋭気に満ちていて頼もしくあったが、末端部隊の将校や下士官の数が足りていない。それを補佐しているのが熟練の兵卒たちで、彼らが隊の柱となっている。


 しばらく歩くと、次の中隊の担当地域に入る。そしてすぐに現場指揮官が表れて号令をかけて出迎えてきた。中隊長にしては若年士官の印象だ。


 「中隊長心得の兒玉少尉であります」


 白朗の前に立つ第3軍司令官である父親は、これまで見てきた気さくで愉快な面影は無く、軍人を志すきっかけとなった名将として語れてきた人物である。


 戦時であり他の将校がいる以上、お互いに親子の情は出さず他人行儀な対応となったが、それでも十三朗は倅に軍人として言った。


 「部下の前で気を張るのもいいが、自分のことも労われ、次の戦いまで体が持たんぞ」


 将校たちが立ち去った後、白朗は胸の内から沸き上がる感動を抑え込もうと深呼吸をした。部下の命を預かる指揮官としての責任の重圧が父の言葉で少しばかし和らいだ。


 暫くして持ち場に保典が戻ってきた。軍司令部一行がいなくなった様だ。


 「少し休め」と、白朗が言うと、保典は首を横に振って「大丈夫だ」と応えた。


 「親父さんに何か言われたか?」


 白朗が尋ねた。十三朗が別の中隊の長の話を聞いていたとき、保典の側に希典がそっと近づいてきた。親子が顔を会わせるようなことはなかったが、横から「身体に気を付けてやれよ」と、言われた。


 そして、また希典は十三朗の近くまで向かっていった。

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